別腹
「この子は我がギルドの拷問姫、通称“エクセター公の娘”だよ〜」
女の人は無表情で、何にも反応してな…
『はじめまして』
フリップに文字が書かれててそれを…髪で持っている。ちなみに表情は全く変わらず、体も微動だにしてない。
「ちなみにこの子は毛じょうろうだよ〜。名前は無いから、姫ちゃんって呼んでるよ〜」
毛じょうろうのお姉ちゃん…姫ちゃんさんがぺこってお辞儀する。
そういえば私、この中の人で名前知ってるのって宵さんだけだ。多分、オーナーさんも宵って苗字だとは思うんだけど…
「僕たちは敢えて名前を隠してるんだよ〜。真名を操る妖怪もいるからね。兄さんみたいに力が強い人や人畜無害な人は良いけどね〜」
「うしぢちやずうたいがでかくてすごくなまいきなやつは?」
「ヴァネッサちゃんは偽名だし、鬼童くんは無害だからね〜」
オーナーさんには名前が出なくてもコミュニケーションがとれて便利だ。
でもあのデカブツが無害?あんな大口叩いていてデカくてゴツいのが?…今度試しに殴ってみよう。
「いや殴らないであげてよ」
「うるさいばか」
「へぶし!」
オーナーさんに水球をぶつける。
どこから水を出したかって?空気中の水分子から。
わたしたちは普通の人より頭の発達が早いからちゃんとそういうことも知ってるんだよ。わたし寝たきりだから本を読むしかやることないし。
「じゃあ姫ちゃん早速よろしく〜。あとお嬢ちゃんには教育上悪いからさ、アリスと違う部屋で待っててね」
「わたしもここにいる」
生で拷問見る機会なんてそう無いし。
「いやでもさ〜」
「えくせたーこうのむすめがよびなってことは、うでとかひっぱってかんせつをはずすんでしょ。ちがでないならもんだいないよ」
そういえば四肢を同時脱臼(※前々回参照)って言ってたけど、あの髪の毛を巻き付けて引っ張るのかなぁ。痛そうだなぁ。
「まあ確かにギルドにいるんなら多少の荒事にも慣れた方が良いけどさ〜…」
でもオーナーさんは渋ってる。
するといきなり、姫ちゃんさんに抱き上げられた。
『ダメですよ。アリスさんと良い子にしていてください』
表情だけ全く変わらないからちょっぴり恐い。
「でも…」
『美味しいケーキを焼いてあるんですよ?ね?』
ケーキ…魅力的。
『アリスさん、はい』
赤い人に渡された。
「………………………………………アレは」
『ふふ、マカロンもちゃんとありますからね』
なんかすごい和やかそうなやりとりの内容だけど、二人共びっくりなぐらい無表情だから、何とも言えない雰囲気。
赤い人は姫ちゃんさんの額に軽くキスをして、わたしを連れて部屋を出てっちゃった。
「…ありすさんはひめちゃんさんのこいびと?」
「……………………………違う。…………………………義兄だ」
義兄…義理のお兄さんってより、恋人の方がぴったりな気がするけど…赤い人が怒ると恐いから言わないどく。
「ひめちゃんさんのケーキっておいしい?」
「美味い」
反応早っ!!
隣の部屋には、チョコケーキと苺のショートケーキとチーズケーキとアップルパイとシフォンケーキと、大量のマカロンが置いてあった。それと、『義兄さんと人魚さんへ』と書かれたカードが。何となく赤い人の頬が緩んだ気がする。
赤い人はわたしに一切れずつ切り分けてくれて、あとは自分の方に寄せてた。…まあわたしはそんなに食べれないんだけどさ、ちょっぴりズルい。
伊勢海老とかはたくさん食べたけど、ケーキは別腹だもん。
でもマカロンは半分くれたよ。
「はむ…おいしい!」
「当然だ」
隣の部屋からは男の人の絶叫が聞こえた。でも赤い人は眉一つ動かさず、ケーキを堪能してる。
あ、赤い人の頬が緩んでる気がする。
でもおいしいな〜。
チョコケーキはベリー系の甘酸っぱいジャムがハート型に乗っかってて可愛い。少し苦めなビターな味で、後味がすっきりしてる。
ショートケーキはクリームがこってりしすぎて無くて、ちょっぴりすっぱめの苺が丁度良い。スポンジは卵の風味がして、柔らかかった。
チーズケーキはタルトに乗っかってるようなやつで、レモン風味でくどすぎない。ピスタチオと金箔が乗ってて、見た目もすごい可愛かった。
アップルパイは生地がサクサクで、焼きたてだった。シナモン風味に煮詰まれたりんごは歯ごたえが残ってて、やっぱりおいしかった。
シフォンケーキは紅茶風味で普通のシフォンケーキが固く感じるぐらい柔らかくて、こってりした生クリームと絶妙な相性だった。
マカロンも、前に赤い人が作ったのもすごくおいしかったけど、それよりもおいしかった。
「………ふぅ」
全部お腹に入っちゃった。自分でもびっくり。お腹ぽんぽんだよ。
赤い人を見ると、赤い人も完食してる。
おかしいよね?大体ケーキ四ホールぐらい(+マカロン)があったんだよ?しかも赤い人さっきも沢山ご飯食べてたし…本当に何者?
「…どうだ」
「すごいおいしかった!」
「だろ」
なんか赤い人いっぱい喋るな〜。姫ちゃんさんのこと大好きなんだろうな〜。
赤い人は部屋にある紅茶を淹れて、長い脚を組んで飲んでる。なんか上品に見える。
赤い人って無表情だし目つきが悪いんだけど、顔は格好いいし背も高いんだよね。しかも細マッチョだし、脚の長いモデル体型(男の人にも使うっけ?)だし。
姫ちゃんさんも凄い美人さん(+無表情)だし、お似合いなのにな〜。なんか似た者同士で。
「…そろそろだな」
赤い人の言葉で、いつの間にか絶叫が途絶えてることに気づいた。
赤い人はわたしを抱っこして、拷問部屋まで運んでくれた。