わたしの正体
「ねぇおチビちゃん、おチビちゃんは何の妖怪だった?」
『あ…』
物知りなお姉ちゃんの言葉に、宵さんと顔を見合わせる。
すっかり忘れていた。
「まったく…オーナーに訊けばすぐ分かるからね」
そう言って、お姉ちゃんはどっか行っちゃった。ついでに赤い人も。
「オーナーさんってどんなひと?」
「変人だよ」
「宵さんよりも?」
あっ、固まった。
「嬢ちゃん…俺は変人じゃないよ!?」
「どうしようもなくへんじんだよ」
宵さんはガクガクしてる。乗り心地が格段に悪くなった。
「ねえ宵さん…宵さんっ」
「えっ。…どうしたんだい、嬢ちゃん」
微妙に立ち直ってる。この頃ダメージからの回復が早くなった…
じゃなくて!
「あのひと…」
なんか変な人がいた。バーテンダーの格好をしてカクテルをシャカシャカしてるんだけど、グラスに注いでは自分で飲んでるの。
見た目は…よくわかんない。
白くて長い髪をしてて、宵さんぐらい背が高くて、アイマスクしてる。見えてない筈なのに、こっちに手を振って…
「やっほ〜、にいさ〜んっ!」
…兄さん?
後ろを振り向いても、該当しそうな変人はいない。
「琥珀にいさ〜んっ!」
「……………」
宵さんを見て、変な人を見て、また宵さんを見る。
「宵さんの…おとうと?」
宵さんが頷く。
「と言っても血は繋がってないけどね」
そう言って、宵さんがカウンターのイスに座る。わたしは宵さんの膝に座った。
「久し振り、義兄さん。それとはじめまして、お嬢ちゃん」
「…はじめまして」
わたしにはオレンジジュースが、宵さんには野菜ジュースが渡される。
何で目を隠してるのに見えてるみたいに動けるんだろう?
「嬢ちゃん、こいつがここのリーダー。通称“オーナー”だよ」
「………え?」
もっと年上の人だと思ってた。
「いや〜、結構年はいってるよ?」
「―っ!?」
(もしかして…心を…)
「うん、読めるよ」
怖くなって宵さんに抱きつくと、宵さんが変人オーナーを殴った。
「嬢ちゃんを脅かすな、この万年酔っ払い野郎」
「あっはー、ロリコンに言われたくないなぁ〜」
(やっぱり宵さんってロリコンだったんだ)
とりあえず宵さんからすぐさま離れ、隣のイスに座る。
「嬢ちゃん!?」
「義兄さんがロリコンだから怯えてるんじゃない?あっははー、自業自得だよね〜」
「そんなことよりはやくわたしのしょうたいをおしえて。じかんのむだ」
それにこの人の言い方が何かむかつく。
「つれないね〜、お嬢ちゃんは。…ん〜、良いんだけどさ〜、ちょっと大変だよ?」
「かくごしてる」
「…良い目だね」
声音が変わった。
オーナーさんは身を乗り出して、わたしの顎に指を掛ける。
「…僕の目から、逃げちゃダメだよ?」
そう言ってアイマスクに指を掛けてそっと捲っ…
「―っ!!」
オーナーさんと目が合った瞬間、体が動かなくなる。
『今から君の過去を“視る”よ…』
(いや…気持ち悪い……!!)
心の中を覗かれているような気持ち悪さ。今すぐ逃げ出したい。
『君が豹変した日のことを思い出して…』
あの日…わたしの誕生日で…《それで?》
わたしの生まれた時間が来た瞬間…母さんが悲鳴を上げて…《何で?》
わたしが化け物になったから…《それから?》
母さんにケーキを切り分ける包丁で刺されて…《君は何を見た?》
母さん…《違う、君は君を見た筈だ》
わたし……見てない…《いいや、君は君を見た》
…違う…見てない…《君は化け物になった君を見た》
違う!わたしは化け物じゃ…《君は化け物だ》
違う…違う……《受け入れるんだ。君は化け物だ》
やめて…《思い出せ》
《 君 は 化 け 物 だ 》
「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!」
「嬢ちゃんっ!!」
『駄目だよ義兄さん。お嬢ちゃんに触ったら全てが無駄になる』
思い出した…思い出したっ!!
息が出来なくなって苦しくて鱗が生えて腕に水掻きがになって髪が蒼くなって角が生えて耳が尖って足が鰭になって…
「…もう良いよ。お疲れさま」
「はぁっ…はぁっ……」
ようやく解放されて、カウンターに突っ伏す。
「嬢ちゃんっ!大丈夫かいっ!?」
「よ…宵…さん……」
宵さんに抱きしめられる。汗だくで気持ち悪い。
「う〜ん…困ったね。お嬢ちゃんはちょっと普通じゃない」
アイマスクを戻したオーナーさんが困ったような声を出す。
「何かの亜種か?」
「混合…と言ったほうが正しいかな?お嬢ちゃんは人魚と水龍のどちらかだ。まあもう少し成長したら定まる筈だよ」
確かに角の生えた人魚何て聞いたことがない。
「嬢ちゃん、大丈夫かい?疲れただろ?」
「うん…」
宵さんにジュースを飲ませてもらう。
「ただ人魚だと厄介だね。またいつ変貌するか分からないし、鰓呼吸になって上手く呼吸が出来なくなるかもしれない。いつでもたくさん水を常備しててね」
「わかった」
本当に疲れちゃった。おうちに帰って眠りたい。
コトン
目の前にゼリーが置かれた。
「………?」
「ああ、賄いさんだよ」
宵さんが教えてくれる。
「ほら嬢ちゃん、あ〜ん」
「あむっ」
美味しい…!
ちょっとだけ疲れが無くなった。
「あの子は恥ずかしがり屋だからね〜。僕も付き合い長いけどまだ喋ったのを聞いたことないし」
むぐむぐ食べてると、横に物知りなお姉ちゃんが座る。ってか赤い人が座らせた。
そして不機嫌そうな顔をして、ベロンベロンに酔ったお姉ちゃんをしゃくる。
「オーナー、もっとお酒ちょうだ〜い?」
赤い人がぶんぶん首を振る。
「ダメだよ〜。もうたくさん呑んだんだろ?」
「いいじゃない!呑ませなさいよ〜」
オーナーさんは苦笑している。赤い人はうんざりした顔をしてる。
「あかいひとっておねえちゃんのこいびとなの?」
「……………………………二度とそんな戯れ言を言うな」
…さっきとは比べ物にならないほどの恐怖に、わたしは気を失った。