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推し活聖女、公式から出禁をくらう

作者: キュラス
掲載日:2026/06/14

「ああ……ッ! 今日も今日とて、我が推し(・・)の顔面が国宝指定区域……! 生きているだけで王国の奇跡、呼吸をするだけで民への慈悲、それが我が君、アレンディル王太子殿下……!」


純白の聖女服の胸元を強く握り締め、私は大聖堂の私室で身悶えしていた。

私の名前はエルリア。このエルフェザ王国の現役「聖女」である。


聖女といえば、清廉潔白で、常に神への祈りを捧げ、傷ついた人々を癒やす慈愛の象徴。王都の誰もが私をそう信じて疑わない。現に、私の治癒魔法の出力は歴代最高だし、神殿の公務も完璧にこなしている。


だが、そんな私の本性は――王太子の熱狂的な『トップオタ(限界オタク)』だった。


私のすべての原動力は、アレンディル殿下にある。

十年前、魔獣の襲撃で死に直面していた私を救い出してくれたのが、当時まだ幼かった殿下だった。夕日を背に「もう大丈夫だ」と微笑んだ彼の美貌と気高さに、私の幼き魂は撃ち抜かれた。


(あの美しき君を支えたい! 合法的に近くで拝みたい!)


その一心で血反吐を吐くような努力を重ね、神聖魔力を開花させ、ついに聖女の座を掴み取ったのだ。

それからの私の人生はバラ色だった。聖女になれば、王宮の式典や夜会で、殿下を最前列(いわゆるロイヤルボックス席)から合法的に眺めることができる。私にとって聖女の公務とは、神への奉仕ではなく、すべて「推し活」の現場(参戦)に他ならなかった。


「エルリア聖女様、まもなく王宮夜会のお時間です。お迎えの馬車が参りました」

「ええ、今行きますわ」


侍女の声に、私は一瞬でオタクの顔を消し去り、鏡に向かって完璧な「聖女の微笑み」を貼り付けた。

プラチナブロンドの髪を気高く結い上げ、濁りのない蒼い瞳には慈愛を宿す。よし、ビジュアルは完璧。いざ、現場へ。


*****


王宮の大舞踏会。きらびやかなシャンデリアの下、貴族たちが歓談している。

その中心に、私の推し、アレンディル王太子殿下がいた。


夜空を溶かしたような艶やかな黒髪に、鋭くも知的なアメジストの瞳。完璧な黄金比率で構成された横顔は、神の彫刻のようだ。仕立ての良い漆黒の正装が、彼の引き締まった長身によく映えている。


(最高。今日も作画が神がかっている。あの角度から見る鼻筋のラインはまさに芸術。生きててよかった、神様ありがとう、あ、私が聖女だったわ)


私は大聖堂の特別席に座り、淑やかな笑みを浮かべながら、内なるオペラグラス(心の眼)で殿下を網羅していた。

殿下がグラスに口を付けるだけで「聖水摂取の瞬間」と拝み、他の令嬢と社交辞令で微笑み交わせば「プロのファンサ」と心の中でペンライトを振り回す。


だが、事件は夜会の中盤に起きた。


「アレンディル殿下ぁ、お久しぶりですわん!」


割り込んできたのは、隣国の公爵令嬢であり、性格が悪いことで有名なブリジットだった。彼女は殿下の腕にこれみよがしに胸を押し付け、香水をぷんぷんと漂わせている。


ここまではよくある光景だ。推しが有象無象の女に絡まれるのは、トップアイドルの宿命。私は「殿下、今日も営業お疲れ様です」と菩薩の心で見守っていた。

しかし、ブリジットの次の行動が、私の逆鱗に触れた。


「あら、殿下? その胸元のブローチ、少し野暮ったいですわ。私、もっと素敵な宝石を知っていますの。そんな安物は外して、私の贈るものを付けてくださいな」


ブリジットはそう言うと、殿下の胸元に輝く、青い小さなブローチを指先で弾いたのだ。


それを見た瞬間、私の脳内の血管がブチ切れた。


(……は? 今、何て言った? 安物だと?)


あのブローチは、殿下が幼少期に初めて自らの剣で倒した魔獣の魔石を、自ら磨いて仕立てたという、エピソード付きの「世界に一つだけの至高の初期衣装アクセサリー」だぞ!?

殿下の努力と歴史が詰まったあの概念アイテムを、あの中身の詰まっていない女が侮辱した!?


気づいた時には、私の聖女としての理性が、オタクの暴走によって完全に崩壊していた。


「――そこまでにいたしなさい、不届き者が」


凛とした、しかし地獄の底から響くような声が舞踏会に響き渡った。

ガタ、と椅子を蹴立てて立ち上がった私は、周囲の貴族たちが呆気に取られる中、大股で殿下とブリジットの元へと歩み寄る。


「え、エルリア聖女様……?」

困惑するブリジットの前に立ち、私はその手を掴んで殿下から引き剥がした。


「あなたが今触れようとしたそのブローチが、どれほどの価値を持つか理解していおいでですか!? それは殿下が九歳の冬、北方の森で凍えそうになりながらも、民のために戦い抜いた証! 傷だらけになりながらその手で磨き上げた、殿下の不屈の精神の結晶です! それを安物などと……! あなたのその濁った瞳には、殿下の尊い歴史がゴミのように映るのですか!? 解釈違いも甚だしい! 今すぐその無礼な口を閉じ、殿下のブローチに五体投地で謝罪しなさい!!」


「ひ、ひえっ……!?」


聖女にあるまじき凄まじい剣幕と、オタク特有の早口長文オタ語り。

ブリジットは私の放つ、怒りで物理的な光(神聖魔力)を帯びた威圧感に恐怖し、腰を抜かして床にへたり込んだ。


「あ、あなた、聖女のくせに何て野蛮な……!」

「野蛮なのはどちらですか! 推しの公式衣装にケチをつけるのはアンチのすることです! お下がりなさい!」


ゼェ、ゼェ、と肩で息をしながら、私は殿下の胸元のブローチをそっと確認する。

よかった、傷はついていない。今日も完璧な輝きだ。


「……あの、エルリア?」


背後から、困惑に満ちた、しかし相変わらずとろけるように甘い声が聞こえた。

振り返ると、アレンディル殿下が、見たこともないような複雑な表情で私を見つめていた。アメジストの瞳が、驚きと、ほんの少しの恐怖で揺れている。


ハッと我に返った。

やってしまった。殿下の前で、完璧な聖女の仮面を脱ぎ捨て、ただの過激派トップオタの姿を晒してしまった。


「あ、あの、殿下……。これは、その、神の啓示により、殿下の尊厳を守るべく……」

言い訳をしようとした私の前に、王宮の近衛騎士たちがゾロゾロと立ち塞がった。


「エルリア聖女様。いかに聖女と言えど、王宮の夜会にて他国の貴賓を威嚇し、公の秩序を乱す行為は看過できません」

騎士団長が、苦渋の表情で告げる。


そして、殿下はそっと目を伏せ、静かに、だが決定的な言葉を口にした。


「……エルリア。君の私への忠誠(?)は嬉しく思うが、最近の君の視線や行動には、少々……恐怖を感じることも多かった。今回の件も含め、一度頭を冷やしてほしい。しばらくの間、王宮で開催されるあらゆる行事、式典への君の参加を禁じる」


「……え?」


殿下の口から放たれた、残酷な宣告。

それは一般社会で言うところの、謹慎処分。

しかし、私にとっては――。


「推しの公式現場ロイヤルから……出禁・・……!?」


世界が反転するような絶望が、私を襲った。


「嘘、でしょ……。出禁、つまり、現場への出入り禁止……? この私が……?」


王宮の近衛騎士たちに左右を固められ、事実上の強制送還を食らった私は、大聖堂の自室に戻るなり床へと崩れ落ちていた。

膝をついた大理石の冷たさなど、今の私の凍りついた心に比べれば温夜ぬくよのようなものだ。


純白の聖女服が床に広がる。昼間なら「祈りを捧げる美しき聖女」に見えるであろうその姿も、今の内実はただの『チケットをすべて失った絶望のオタク』である。


「聖女様……あの、お気を確かに」

おそるおそる声をかけてきたのは、私の専属侍女であり、唯一の「オタ活の理解者(協力者)」でもあるミナだ。彼女は私が夜な夜な殿下のファンアート(肖像画)を描いたり、殿下の発言録を聖書にスクラップしたりしているのを知っている、数少ない同志である。


「ミナ……聞いた? 殿下が、アレンディル殿下が私に『恐怖を感じる』って……。私の視線が怖かったって……」

「あー……。まあ、聖女様、式典の最中も、瞬きを一切せずに殿下の網膜の動きを追ってらっしゃいましたからね。あと、殿下が飲んだ後のグラスを回収しようと、給仕係に変装して忍び込もうとした件も、たぶん薄々バレてたんだと思います」

「あれはただの物販回収(遺物保存)の精神よ! 悪意なんて1ミリもないわ!」


私はベッドに顔をうずめて枕を叩いた。

オタクとしての愛が深すぎた。公式(王宮)の供給があまりにも良質だったがゆえに、距離感を完全に見誤ってしまったのだ。


推しに「怖い」と思われることほど、ファンとして不名誉で、万死に値する大罪はない。

しかも、向こう半年間のあらゆる王宮行事、園遊会、建国記念式典にいたるまで、私の出席(参戦)はすべてキャンセル。聖女としての公務の代理は、引退間近の大司教や、別の神殿の聖女が務めることになるという。


「終わった。私の人生の春夏秋冬、すべてのシーズンが強制的に終わらせられた……。これからは、あの輝かしいお姿を、生拝み(現場参戦)することすら許されないなんて……」


「でも聖女様、大聖堂での『昼の治癒公務』はそのまま継続ですよ? 殿下への拝謁はできませんが、お仕事は山積みです」

ミナの冷徹なツッコミに、私はガバッと顔を上げた。


「……そうよ。仕事はある。神聖魔力を全力で消費する、あのクソ忙しいブラック労働(公務)は、出禁になっても免除されないのよ! なんで現場(ご褒美)が取り上げられて、労働(義務)だけが残るのよ! 労働基準法(神殿法)はどうなってるのよ!」


「聖女様、声が、声が大きいです! 下の階の神官たちに聞こえます!」


はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら、私は自分の頭を激しく振った。

いや、待て。落ち着けエルリア。私はただの無力なファンではない。歴代最高出力を誇る、現役最高の『聖女』なのだ。


出禁をくらったからといって、ここで大人しく引き下がるような柔なタマじゃない。公式の現場がダメなら、別のルートを開拓するまでだ。オタクの執念を舐めてもらっては困る。


「ミナ。殿下の直近のスケジュール(公式インフォメーション)を教えなさい」

「えっ? いや、王宮からの出入りは禁じられていますが……」

「王宮の中に入れないだけでしょう? 殿下が王宮から『外』に出る公務なら、私は一般の民(一般席)として紛れ込めるはずよ!」


ミナは呆れたように手元の手帳を開いた。

「……ええと、三日後、アレンディル殿下は王都の南にある『中央市場』の視察に赴かれる予定です。近年、南街区の治安が悪化しているため、騎士団を引き連れての民情視察ですね」


「中央市場! 屋外(野外フェス)じゃない! チケット不要のフリーライブ(無銭現場)よ!!」


私の瞳に、かつてないほどのギラギラとした光が戻ってきた。

王宮の夜会のようなドレスコードもなければ、身元確認のセキュリティチェックもない。ただの「買い物客」として路地裏に潜めば、殿下の神々しいお姿を、最前列で拝むことができる。


「よし、決まりよ。三日後、私は神殿の有給(特別祈祷休暇)を使うわ」

「聖女様、本当に懲りないんですね……」


「当たり前でしょう! 推しがそこにいるのに、拝まないなんて聖女の看板が泣くわ!」


私はクローゼットへ走り、純白の聖女服を脱ぎ捨てた。

代わりに引っ張り出したのは、王都市民の娘が着るような、地味な茶色のワンピースと、顔をすっぽりと覆うことができる深いフード付きのマントだ。


「見ていなさい、アレンディル殿下。私は完璧に気配を消し、一人の『無害なモブ(一般の壁)』として、あなたを静かに守り、崇めてみせますわ……!」


こうして私は、公式から出禁をくらったその足で、地下に潜るステルスオタ活(隠れファン)へと転向することを決意したのだった。


*****


三日後。王都の中央市場。

いつも以上の活気に満ち溢れたその場所に、私はいた。


「(……きた、きたわ……!)」


フードを深く被り、果物屋の屋台の陰に身を潜めながら、私は心の中で狂喜乱舞していた。

市場の大通りを、白銀の甲冑に身を包んだ騎士たちを引き連れて、ゆっくりと歩いてくる一団がある。その先頭を歩くのこそ、我が推し、アレンディル王太子殿下だ。


今日の衣装は、動きやすさを重視した乗馬服風の軽装。胸元には、あの私が命をかけて守った(と勝手に思っている)青い魔石のブローチがしっかりと輝いている。

陽光を浴びてきらめく黒髪、民に向けて優しく振られる長い手。その一挙手一投足が、市場の小汚い風景をまたたく間に最高級の劇場へと変えていく。


「(あああ、野外の自然光で見る殿下、肌の透明感が限界突破してる……! 衣装の肩幅のライン、素晴らしい、仕立て屋にボーナスを振り込みたい……!)」


私は胸の前で両手を握りしめ、声にならない悲鳴を上げながら、じっとその姿を網膜に焼き付けていた。

今回は前回の反省を活かし、絶対に目線を合わせないようにしている。推しの視線のレイヤー(角度)からわずかに外れた位置から、周辺の背景と同化する「背景グラフィック」としての立ち回りを徹底しているのだ。これなら「怖い」と思われるはずもない。


殿下は市場の商人たちと言葉を交わし、子供たちの頭を優しく撫でている。

「皆、いつも王国を支えてくれて感謝する。何か困ったことがあれば、いつでも騎士団に申し出てくれ」


「おお、王太子殿下! 万歳!」

「なんてお優しいお方だ!」


民衆から湧き上がる歓声。私も心の中で全力のコールを送る。

やはり私の選択は間違っていなかった。こうして遠くから見守るだけで、聖女の激務で荒みきった私の魂は、これ以上ないほどに美しく洗浄されていくのだ。


しかし。

オタクの平和な現場参戦は、またしても「予期せぬトラブル」によって破られる運命にあった。


市場の喧騒の奥から、不穏な空気(魔力)が揺らめいたのを、私の卓越した神聖感知能力が見逃さなかった。


(……え? 何、この嫌な魔力の波形。これって、攻撃魔法の詠唱……!?)


ハッと視線を巡らせると、殿下が歩む大通りの先、二階建ての古びた酒場の窓から、一人の男が不気味な黒い杖を殿下に向けて構えているのが見えた。

男の周囲に集束しているのは、高密度の『火属性魔法』。しかも、ただの魔法ではない。威力を限界まで高めた、一撃必殺の「暗殺魔術」だ。


騎士たちは民衆の誘導に気を取られ、真上の窓にいる暗殺者にまだ気づいていない。

殿下が、あと三歩進めば、完全にその射線に入ってしまう。


(冗談じゃないわよ……! 私の国宝(推し)の顔面に、万が一にも傷がついたらどうするのよ!?)


大聖堂の聖女エルリアとしては、ここで魔法を使って目立つわけにはいかない。有給を使って、しかも変装してここにいるのだ。正体がバレれば、今度こそ聖女の座を剥奪され、物理的な牢獄行き(永久出禁)になりかねない。


だが、オタクとしてのエルリアは、そんな保身など1秒でゴミ箱に投げ捨てた。

私の社会的地位など、殿下の前髪一筋の安全性に比べれば、塵芥ちりあくたにも劣る。


「(絶対に、当てさせない……!!)」


私はフードの奥で翡翠の瞳をカッと見開き、誰にも気づかれないほどの超高速で、指先を複雑に交差させた。

昼間のブラック労働で鍛え上げられた、私の『神聖魔力操作』の精密さは世界一だ。詠唱破棄、かつ魔力の「指向性」を極限まで絞り込み、周囲の民衆にはただの「眩しいそよ風」程度にしか感じられない超高密度の防壁を、殿下の周囲に展開する。


その直後、酒場の二階から、轟音と共に巨大な火炎の弾丸が放たれた。


「――殿下、危ない!!」

騎士団長の声が響くのと、火炎弾が殿下に着弾するのは、ほぼ同時だった。


市場は一瞬にして悲鳴に包まれ、爆風と黒煙が辺りを覆い尽くす。


「殿下!!」

「敵襲だ! 殿下をお守りしろ!」


慌てふためく騎士たち。民衆がパニックを起こして逃げ惑う中、私は煙の向こうをじっと見つめていた。

もちろん、私は確信していた。私の張った『絶対神聖防壁(オタクの愛の盾)』は、あんな三流の暗殺魔法ごときで破れるものではない。


煙がすっと晴れる。

そこには、すす一つついていない完璧な状態で、怪訝そうな顔をして佇むアレンディル殿下の姿があった。


「……私は、無事だ。何が起きた?」

殿下は自分の身体を見回す。衣服の一端さえ焦げていない。

それどころか、殿下の周囲には、うっすらと黄金色の光の粒子が、まるで演出の桜吹雪のように美しく舞い散っていた。私が魔力を込めすぎたせいで、防壁の残滓が最高級の「エフェクト(美の強調)」として機能してしまったのだ。


「(素晴らしい……! 硝煙の中でさえ、輝きを失わない我が推し! まるで戦場の美神……!)」


私は屋台の陰でガッツポーズを決めた。

暗殺者を防ぎ、なおかつ殿下のビジュアルを限界まで引き立てることに成功した。これ以上の完璧なサポート(現場内助の功)があるだろうか。


「おい! あそこの酒場の二階だ! 捕らえろ!」

騎士たちが酒場へ突入していく。暗殺の危機は去った。


よかった、と胸をなでおろし、私は人混みに紛れてその場を立ち去ろうとした。これ以上ここにいると、魔力の残滓から私の正体がバレる可能性がある。


しかし、その時。


「待て」


聞き覚えのある、低く威厳に満ちた声が、私のすぐ背後から聞こえた。


心臓がドクンと跳ねる。

ゆっくりと振り返ると、いつの間にか人混みをかき分けて移動してきたアレンディル殿下が、茶色のマントを着た私の目の前に立っていた。

アメジストの瞳が、フードの奥に隠された私の顔を、真っ直ぐに射抜いている。


「その魔力の質……。そして、今私を覆った防壁の展開速度。……君は、エルリアだな?」


(う、嘘でしょ!? なんでこの短時間で、モブ(一般兵)の中から私をピンポイントで見つけ出せるのよ!?)


「い、いいえ? 私は通りすがりの、ただのしがない果物好きの市民でございますが……」

私は声を演歌歌手のように低く変えて誤魔化そうとしたが、殿下は容赦なく、私のマントのフードをバサリと脱ぎ捨てた。


白日の下に晒される、プラチナブロンドの髪と、バッチリ目が合ってしまった翡翠の瞳。


「……エルリア。君は王宮から『出禁』にしたはずだ。なぜ、こんなところにいる」


殿下の顔は、驚きを通り越して、今や完全に「警戒」と「困惑」に満ちていた。

推しからの冷たい視線。それは過激派オタクにとって、最大の社会的死を意味していた。


「……い、いいえ殿下。これは決して、ストーキングなどという破廉恥な行為ではございません。神の啓示が……そう、神の啓示が『今日、南の市場で凄まじい顔面国宝の危機がある』と私に告げたのです。聖女として、王国の至宝たる殿下をお守りするのは、当然の義務ライフワークでして……!」


フードを剥ぎ取られた私は、冷や汗を滝のように流しながら、必死の早口で弁明を並べ立てた。

目が泳ぐ。完全に不審者のそれである。


対するアレンディル殿下は、白銀の甲冑の胸元に手を当てたまま、私をじっと見つめていた。アメジストの瞳の奥にあるのは、怒りというよりも、もはや人知を超えた未知の生物を見るかのような「底知れない困惑」だ。


「エルリア。君が今、私の命を救ってくれたことは事実だ。あの速度での詠唱破棄、そして私に煤一つつけない完璧な防御結界……。さすがは歴代最高出力を誇る聖女だと、認めざるを得ない」

「お、お褒めにあずかり光栄の極み(限界突破)にございます……!」

「だが」


殿下の声が、一段と低くなった。


「君は、王宮から『出禁(謹慎)』を言い渡された身だ。大聖堂で静かに反省しているはずの聖女が、なぜ一般市民の服に変装し、果物屋の陰から私をじっと、それこそ穴が開くほどの視線で見つめていたのだ? ……正直に言って、暗殺者の魔力よりも、君の背後から注がれる視線の熱量の方が、私にとっては恐怖だった」


「きょ、恐怖……っ!?」


推しからの二度目の「恐怖」宣告。

私の心臓に、目に見えない大剣が深々と突き刺さった。過激派トップオタたるもの、推しに精神的負荷を与えるなど、あってはならない最大の不祥事である。


「殿下、違うのです! 私はただ、殿下の尊いお姿をこの網膜に納め、日々のブラックな神殿公務を生き抜くための栄養素(供給)を摂取したかっただけで――」

「殿下! アレンディル殿下、ご無事ですか!?」


私がさらにオタ語りを炸裂させようとした瞬間、酒場に突入していた近衛騎士たちが、顔を真っ青にして戻ってきた。彼らの手には、先ほど暗殺者が持っていたと思しき黒い杖が握られているが、肝心の暗殺者の姿がない。


「どうした。暗殺者は捕らえたのか?」

殿下が鋭い声で尋ねる。

「申し訳ございません……! 奴は、我々が踏み込んだ瞬間に、自らの魔力を暴走させて自爆……いえ、『肉体を融解』させて消滅しました。後に残ったのは、この不気味な魔導具だけです。これは……王都の地下組織、いや、隣国の『魔導テロ組織』の紋章が刻まれております!」


「何だと……?」


殿下の表情が、一瞬で緊迫したものへと変わる。

私はその瞬間、オタクの脳から一気に「現役最高聖女」としての脳へと切り替わった。騎士が持っている黒い杖から漂う、どす黒い魔力の残滓ざんし。それは、ただの暗殺者が持つような代物ではない。


(……待って。この魔力の波形、どこかで……。そうだわ、大聖堂の地下深く、初代聖女の遺骨が安置されている『最深部結界』の近くで、ここ数ヶ月ずっと微かに感知されていた『空間の歪み』と同じだ!)


聖女としての直感が、警鐘を鳴らしていた。

今回の暗殺未遂は、単なる王太子個人の命を狙ったものではない。もっと巨大な、このエルフェザ王国そのものを根底から覆そうとする、大掛かりな陰謀の一部だ。


「殿下、その魔導具を私に見せてください」

私は地味な茶色のワンピース姿のまま、凛とした声を上げた。先ほどまでの限界オタクの気配を完全に消し去り、聖女としての圧倒的なオーラを纏う。


「エルリア……?」

「この魔力、大聖堂の地下結界をむしばんでいるものと同一です。敵の真の狙いは、殿下の暗殺で騎士団の目を逸らし、その隙に大聖堂の『初代聖女の聖遺物』を破壊、あるいは強奪すること……!」


「聖遺物が狙いだと……!? あの結界が破られれば、王都を包む守護結界が消滅し、周囲の魔獣が一斉に流入するぞ!」

殿下の顔が驚愕に染まる。


「おそらく、決行は今夜。……いえ、もう始まっているかもしれません」

私は市場の空気を睨み据えた。太陽はすでに西へ傾き、王都に長い影を落とし始めている。


「チッ、罠か……! 騎士団、直ちに大聖堂へ向かうぞ! 最優先で地下結界の防衛に当たれ!」

「はっ!!」


騎士たちが一斉に動き出す。殿下も馬に飛び乗ろうとしたが、その前に私の前に立ち塞がり、まっすぐに見つめてきた。


「エルリア。君の出禁(謹慎)は、一時的に解除する。これほどの危機だ、君の最高出力の神聖魔力が必要だ。私と共に来い!」


「……! はい、アレンディル殿下。この命に代えましても、殿下と、殿下の愛するこの国をお守りいたします!」


私は力強く頷いた。

(((公式からの期間限定・特別参戦許可(出禁解除)がきたあああああ!!!)))

心の中のオタクが、狂ったように太鼓を叩いて大祭りを始めたのは言うまでもない。


*****


深夜。大聖堂の最深部、地下迷宮。

かつてないほどの静寂と、どす黒い緊張感が立ち込めていた。


大聖堂の神官たちはすでに避難させ、現在この地下にいるのは、アレンディル殿下、私、そして精鋭の近衛騎士が数名のみ。

大理石の通路を進むほどに、空気は重くなり、壁に掛けられた魔導灯の光が怪しく明滅する。


「……静かすぎるな」

殿下が腰の聖剣を抜き、鋭い視線で闇の奥を睨む。その鍛え上げられた背中、剣を構える前腕の筋肉の筋。


(((至高。やはり実戦仕様の殿下は、夜会の正装とは違った『雄々しさのインフレ』が起きている。背後から型取りしてフィギュア化したい……!)))

私は聖女服(大聖堂に戻って大急ぎで着替えた)の袖の中で、指をワキワキと動かしながら不穏な欲望を燃やしていた。もちろん、顔は「祈りを捧げる悲壮な聖女」のままだ。


「エルリア、結界の様子は?」

「……すぐそこです。ですが、すでに『手遅れ』のようですね」


私が指し示した通路の先。重厚な鉄の扉が、不自然に歪んでこじ開けられていた。

扉を抜けた先は、広大な地下神殿。その中央には、まばゆい光を放つ『初代聖女の涙』と呼ばれる巨大な魔力結晶が鎮座しているはずだった。


しかし、そこにいたのは――。


「クハハハ! 遅かったな、王国の能無し騎士ども! そして、お高くとまった聖女め!」


結晶の前に陣取っていたのは、禍々しい漆黒の魔導衣を纏った数十人の密教徒たち。そしてその中心で、結晶に禍々しい『呪いの杭』を打ち込んでいる男がいた。男の放つ魔力は、昼間の暗殺者の比ではない。


「我が名はバザル! この結晶を破壊し、百年の怨恨を今こそ晴らす! 死ね、アレンディル!」


バザルが手を掲げると、地下神殿の床から、無数の「影の魔獣」が這い出てきた。鋭い爪と牙を持ち、実体を持たない不気味なバケモノたちだ。


「防衛線を築け! 殿下をお守りしろ!」

騎士団長が叫び、騎士たちが魔獣に応戦する。しかし、影の魔獣は物理攻撃が通りにくく、騎士たちは苦戦を強いられた。


「エルリア、私たちがバザルを叩くぞ! 私の剣に、君の神聖魔力を――」

殿下が私を振り返り、叫んだ。


その瞬間。

一匹の巨大な影の魔獣が、騎士たちの防衛線をすり抜け、殿下の死角から猛烈なスピードで飛びかかった。その狙いは、殿下の美しいお顔――ではなく、その胸元。


ガキィッ!!!


不快な金属音が響く。魔獣の爪が、殿下の胸元を掠めた。

殿下自身は咄嗟の身のこなしで直撃を避けたため、怪我はなかった。だが、その衝撃で、殿下の胸元に留められていた『あの青い魔石のブローチ』が、ピンからはじけ飛んだ。


コロコロ、と虚しく音を立てて、ブローチが暗闇の亀裂の奥へと落ちていく。


「しまっ――」

殿下が手を伸ばすが、届かない。


それを見た瞬間。

私の頭の中で、昼間の市場以上の、いや、これまでの人生で最大級の「ゴトッ」という音が響いた。理性のスイッチが、完全に消失した音だ。


(……私の国宝(推し)の、唯一無二の初期限定概念アクセサリーを……)

(よくも、よくも……よくも落としやがったな、この三流のモブ雑魚バケモノがぁぁぁぁぁ!!!)


私の周囲の空気が、一瞬で凍りついた。

いや、凍りついたのではない。私の身体から溢れ出た、異常な高密度の神聖魔力が、物理的な圧力となって大気そのものを押し潰したのだ。


「え……?」

戦っていた騎士たちも、密教徒たちも、そしてバザルさえも、あまりの「異様な気配」に動きを止めた。


ゆっくりと顔を上げた私の翡翠の瞳は、すでに慈愛など1ミリも宿していなかった。ただただ、推しの公式グッズを汚されたオタクの、底知れない『怨嗟えんさ』と『殺意』だけがギラギラと輝いている。


「……神の慈悲は、今ここで営業終了(閉店)いたしました。アンチの皆様、全員まとめて地獄の最前列へご案内いたしますわ」


私は純白の聖女服の裾を乱暴に翻し、両手を天へと掲げた。

その指先から放たれたのは、もはや「治癒」や「防御」なんて可愛いレベルの魔法ではない。神殿の歴史上、誰も見たことがないほどの、超巨大な『戦略級神聖破壊魔術』の光だった。


「ひ、光が……!? なんだこの、押し潰されるような魔力は……っ!?」


テロ組織の首謀者バザルが、恐怖に顔を歪めて絶叫した。

当然である。今、この地下神殿を満たしているのは、祈りや慈悲といった生温かいものではない。大切な聖遺物を傷つけられ、推しの歴史を愚弄された過激派オタクによる、純粋な『憤怒』と『粛清』の波動なのだから。


私の指先から溢れ出る黄金の光は、またたく間に地下神殿の天井を埋め尽くし、巨大な魔法陣を幾重にも形成していく。一枚、二枚、三枚……いや、数えるのも馬鹿らしい。私の脳内にある、殿下への愛(魔力貯蔵庫)は無限大だ。ブラック労働で培った精密な魔力操作で、そのすべてを凶悪なまでの指向性攻撃へと変換する。


「殿下のブローチ(家宝)を奈落に落とした罪、万死に値しますわ。――神聖魔術・『天罰覿面(ファンサ拒否)』!!」


私が両手を振り下ろした瞬間、地下神殿に黄金の雷霆らいていが降り注いだ。


ドガァァァァァァン!!!


鼓膜を破らんばかりの轟音が響き渡り、視界が真っ白な閃光で埋め尽くされる。

本来、神聖魔術とは悪しき存在を浄化するものだが、出力が限界を超えればただの「超高密度エネルギーの質量兵器」と化す。襲いかかってきていた影の魔獣たちは、私の放った光の激流に触れた瞬間、悲鳴を上げる暇さえなく一瞬で蒸発し、消滅した。


「ぎゃああああああっ!?」


背後に控えていた密教徒たちも、光の圧力によってまとめて吹き飛ばされ、壁に激突して次々と気絶していく。地面が激しく揺れ、地下神殿の頑丈な石柱にヒビが入るほどの、文字通りの天変地異。


「ば、化け物か……! これが、聖女の力だと……!?」


首謀者のバザルだけは、自身の持つ最高級の闇の防壁で辛うじて直撃を免れたものの、その防壁もパキパキとガラスのように音を立てて割れ始めている。彼は恐怖でガタガタと震えながら、完全に戦意を喪失して座り込んでいた。


だが、私の攻撃はこれだけでは終わらない。

私はすっと右手をバザルに向け、冷酷に告げた。


「まだ終わりませんわ。アンチの親玉さん、覚悟なさい。我が推しの作画を乱し、スケジュールを狂わせた罪、その身に刻みなさい――」


「ま、待て! エルリア! 待つんだ!!」


トドメの超特大魔術を放とうとした私の身体が、背後からガシリと力強い腕によって抱きすくめられた。


心地よい、しかし焦燥に駆られた声。気品溢れる香水の高貴な香り。

アレンディル殿下だ。殿下が私の背後から、暴走する私を止めるように力強く抱きしめていた。


「もう十分だ! 敵は全滅している! これ以上魔力を解放したら、大聖堂の地下どころか王宮まで更地になってしまう! 落ち着いてくれ、エルリア!」


「で、殿下……っ!?」


推しからの、まさかのバックハグ(超至近距離ファンサ)。

その事実が脳内を駆け巡った瞬間、私の頭の中で別の意味の爆発が起きた。


(((え、待って、今、殿下の胸板が私の背中に、殿下の吐息が私の耳元に、これ公式のイベント!? 距離感バグってない!? 供給が、供給が過多で心臓がバーストするぅぅぅ!!!)))


あまりの衝撃に、私の頭から殺意が綺麗さっぱり消し飛び、立ち上っていた黄金の魔法陣が一瞬でシュンと霧散した。

同時に、顔が沸騰しそうなほど真っ赤になり、身体から完全に力が抜ける。


「あ、う……あ、殿下、近い、近うございます……解釈違いです……ファンは推しの半径2メートル以内に近づいてはならない法律が……」

「法律? いや、何を言っているんだ。……とにかく、落ち着いたようだな」


殿下がほっと胸をなでおろし、腕を緩める。

私がよろよろと崩れ落ちそうになると、殿下は私の手を優しく取り、そのまま地下の亀裂の奥――先ほどブローチが落ちた場所へと視線を向けた。


「エルリア、見てくれ」


殿下が指差した先。私の魔法の余波で亀裂が綺麗に広がり、その底に引っかかっていた『青い魔石のブローチ』が、何一つ傷つくことなく、神聖な光に照らされてキラキラと輝いていた。


「あ……よかった。殿下の宝物が、無事でしたわ……」

私は安堵のあまり、そのまま大の字で床に倒れ込みそうになった(聖女のプライドで踏みとどまったが)。


バザルとその一味は、生き残った近衛騎士たちによって完全に拘束された。こうして、王国の崩壊を狙った大掛かりな陰謀は、過激派オタクの最大火力によって、一夜にして文字通り「灰燼に帰した」のだった。


*****


数日後。

大聖堂の私の私室。窓からは澄み渡った青空と、平和を取り戻した王都の街並みが見える。


「エルリア聖女様、本当に良かったですね。王国の危機を救った最大の功労者として、神殿からも王宮からも、山のような感謝状と褒賞が届いていますよ」

侍女のミナが、嬉しそうに手紙の山を整理している。


「ええ……。まあ、平和になったのは良いことだわ」


私はベッドの上で、ぬいぐるみ(殿下のイメージカラーである紫色のクマ)を抱きしめながら、ぼんやりと呟いた。

あの地下神殿の事件以来、私は再び大聖堂での「昼の治癒公務」に戻っていた。人々は私を「国を救った奇跡の聖女」とさらに熱狂的に崇めるようになったが、私自身の心はどこか物足りなさに包まれていた。


なぜなら――。

「(やっぱり、公式からの『出禁』は解除されてないのよねぇ……)」


あの時、殿下は「一時的に解除する」と言ったのだ。つまり、事件が解決した今、私は再び「王宮行事への参加禁止」という元の謹慎の身分に戻ってしまったのである。

あの夜の、殿下の尊い実戦仕様のお姿。そして、あのバックハグの感触。あれらを思い出すだけでご飯が三杯は食べられるが、やはり「新規の供給」がないのはオタクとして干からびそうだった。


「はぁ、また変装して、一般席(街頭公務)を狙うしかないかしら……」


私がそんな不穏な計画を練り直していた、その時だった。


コンコン、と部屋の扉が叩かれた。


「エルリア聖女様、アレンディル王太子殿下がお見えになりました。直々に、お渡ししたいものがあるとのことで……」


「へっ!? ど、殿下が!?」


私は飛び起き、大急ぎで髪を整え、完璧な聖女の微笑みを顔面に貼り付けた。

扉が開き、入ってきたのは――あの夜のギチギチの甲冑姿ではなく、最高に洗練された純白の王宮正装を纏った、作画崩壊ゼロの完璧なアレンディル殿下だった。


「ご機嫌よう、エルリア。急に押しかけてすまない」

「いいえ、アレンディル殿下。大聖堂へようこそおいでくださいました。神の祝福が、今日もあなたと共にありますように」


私は完璧な淑女のカーテシーを決める。

心の中では(((あああ白の正装! 新衣装だ! ありがとうございます!)))と大絶叫しているが、表には一切出さない。プロの聖女だからだ。


殿下は私の前に歩み寄ると、真面目な、しかしどこか少し照れたような表情で、懐から小さな木箱を取り出した。


「エルリア。先日の事件では、君の力に心から救われた。君がいなければ、私は命を失い、この国も滅びていただろう。これは、その心からの感謝の印だ」


手渡された木箱を、私は恭しく受け取り、そっと蓋を開けた。

中に入っていたのは――。


「……え?」


思わず、聖女の仮面が剥がれかけた。

そこに収まっていたのは、まばゆい黄金の鎖で作られた、美しいネックレス。そしてその中央で輝いているのは……あの夜、私が命がけで(キレ散らかして)守った、殿下の『青い魔石のブローチ』だった。


正確には、ブローチの魔石を半分に美しくカットし、新しくレディース用の高級なネックレスへとリメイクしたものだ。


「それは、私が初めて手に入れた魔石を、君のために加工させたものだ。君が私のブローチをあれほど……その、『熱く解釈』してくれたのが嬉しくてな。……受け取ってくれるだろうか」


(((公式からの、一点物のペア概念グッズ支給だとおおおおおおおおっ!?!?)))


私の脳内全域で、建国記念日以上の打ち上げ花火が一斉に炸裂した。

ファンが推しとお揃いのアクセサリーを、しかも公式からの直々のプレゼント(配給)として受け取る。これはもう、オタクとしての概念が崩壊するレベルの超絶供給だ。


「あ、ありがたき幸せに存じます……! 家宝として、三代先まで、いえ、私が死んだら棺桶に入れて天国まで持参いたします……!」

「いや、普通に身に付けてくれると嬉しいのだが……。それと、もう一つ、君に渡したいものがある」


殿下は苦笑しながら、今度は一枚の、豪華な金の刺繍が施された『特製の書状』を差し出してきた。

そこには、王室の最高位の紋章が刻まれている。


「これは……?」

「君への、新しい『辞令』だ。エルリア、君の王宮への『出禁』を、永久に解除する」


「本当ですか!?」

私の目が輝く。再び最前列ロイヤルボックスで殿下を拝めるのだ!


「ああ。ただし、条件がある」

殿下は不敵に、しかし最高に美しく微笑み、その書状の文面を指し示した。そこには、こう書かれていた。


『聖女エルリアを、王太子アレンディルの「専属護衛兼、終身筆頭補佐官」に任命する。これにより、対象者は王太子のあらゆる公務、夜会、視察、私的な時間にいたるまで、常に「最短距離」にて同行することを義務付ける』


「……え?」

文面を読み上げ、私は硬直した。


専属護衛。終身筆頭補佐官。常に最短距離での同行。

それって、つまり。


「これからは、変装して果物屋の陰から見なくても、私のすぐ隣で、堂々と私を見ていていいということだ。君のその……強すぎる『愛の防壁』で、これからも私を一番近くで守ってほしい」


殿下は私の手を優しく握り、アメジストの瞳でまっすぐに見つめてきた。

その表情には、もはや「恐怖」など微塵もない。あるのは、一人の男としての、深く甘い、独占欲の混じった微笑みだった。


(((距離感ゼロの、終身最前列・永久全通チケットの当選キターーーーーー!!!)))


嬉しさのあまり、私の頭のネジは完全に消し飛んだ。

だが、同時にオタクとしての本能が、大いなる危機感を告げていた。


常に隣。私的な時間も一緒。推しを「24時間365日、至近距離で拝み続ける生活」。

そんなことをされたら、私の心臓が毎日限界突破して、神聖魔力が暴走して、世界が何回滅びても足りないではないか。


「あ、あの、殿下……! 大変ありがたいのですが、私、至近距離での供給に大変弱く、推しとの距離感は最低でも2メートルは空けないと、脳細胞が融解して聖女としての職務が全うできなくなり――」

「却下だ。これからは、私の隣が君の『指定席』だ、エルリア」


殿下は悪戯っぽく微笑むと、私の手をぎゅっと強く握りしめた。


公式からの出禁(お叱り)から始まった、私のステルス推し活。

まさか、公式側から「永久専属オタク(婚約者候補)」として最前列に囲い込まれることになるなんて、一体どこの誰が予想できただろうか。


私の清らかな(過激な)聖女としての戦いは、どうやらこれからも、殿下のすぐ隣で永遠に続いていくようである。

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