第八十話:不満
「と、いうわけで、彼がバルス役の代役を務めるメラン・バグオール君です」
舞台裏に集められた役者達に監督が第役として紹介したのは、人懐っこそうな青年だった。
(あら、あらあらあら、あら?)
ミディアムは表向きはかすかに首を傾げつつ、内心は疑問と不満で満ち溢れていた。
(なぜ、代役がフィリップ様ではないのかしら?
あぁ…そうね、きっとこの男がフィリップ様に我儘を言ってしゃしゃり出てきたんでしょうね。そうに決まっているわ…)
そんな内心のミディアムを気づかず、監督は表情を強張らせた。
「ちなみにてすが、彼を推薦されたのはフィリップ殿下とのことです」
はぁ?と出そうになるところをミディアムは本気で堪えた。
フィリップ本人がこの男を推薦した?
ミディアムの夫役に別の男を?
ありえない。ありえるはずがない。
フィリップはミディアムの夫となる人物なのだ。
そんなミディアムに他の男をあてがうなど、許されていいのだろうか?いいや、許されて良いはずがない。
「どうも、メラン・バグオールっす!
自分、お芝居はあんまり得意じゃないんすけど、子供の頃にバルスごっこは沢山やってたんで、結構自信はあるっす!なんで安心してほしいっす!」
どうして子供のごっこ遊びと同じ感覚でそこまで自信があるのだろうか。全員が思った。ミディアムは特に思った。
役者達は皆、不信感を抱いた視線でメランを見ていた。だがメランはそれにすら気づいていない。
本当に大丈夫なのだろうか?
「どうも、シーナ役、ミディアム・デンマークと申します。よろしくお願いします」
「シーナ役?」
メランはミディアムの役を聞いて首を傾げながらミディアムを見た。
「カッコいいシーナと雰囲気違うっすね」
メランの一言に空気と役者達は凍りついた。ミディアムは表には出さずとも、裏では静かに怒りを灯し始めた。
シーナは普段は優しく振る舞うが、堂々な態度を見せる気高い女性だ。おっとりした受け身のミディアムはシーナには合っていなかった。
そんなことは皆が知っている。ミディアムも知っている。
では何故ミディアムがシーナ役に抜擢されたのか。
それはミディアムがメアリー、アーディアと並び学園三大美女であり、そしてそれ以上にアズノール公爵が彼女の大伯父だからだ。
ここセレスティナはアズノール公爵の支配下にあるお膝元。そんな公爵の血縁にあるというだけで学園内での地位は高くなるのだ。
今回のシーナ役への抜擢も、周囲がミディアムに気を使ってのことだった。
勿論ミディアムには教えていなかったが、ミディアムもそれぐらいは察せられる
なるほど、メランは綺麗にミディアムの地雷を踏み抜いたというわけだ。
ミディアムはイカリを表に出さず、あくまで穏やかな令嬢としての姿で接する。
「確かに、私ではかのシーナ様には遠く及ばないでしょう。しかしそれでも、私は精一杯やらせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
思い知らせてやるのだ。この男がたった少しの間でも、自分の隣に立つなど勘違いも甚だしいと。
(ええそうですわ。そしてフィリップ殿下しか私の隣には立てないと、殿下にも知ってもらわなければ)




