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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第六章:大会編
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番外編:ブラックオートの修道院にて

 風の上位精霊であるアルファードが人を連れて飛行魔術を使う時は、球体の結界を展開し、その内側にいる自分達を移動させている。

 そして現在、その結界内には、アルファードと『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスが片膝を立てて座り、片手で黙々と本を読んでいた。

 ローランが目指す目的地にはあと数時間はかかる。

 多忙なローランは時間を無駄にすることが嫌いなため、移動時間を読書にあてがうことにしたのだ。


「その本、どういう内容のものなのですか?見たところ魔術書のように感じますが」


 アルファードは体を後ろ向きに倒して聞いた。

 人間の魔術師がそんな真似をすればコントロールを失って墜落するが、そこは流石に精霊、その程度で墜落することはない。


「かなりぶっ飛んだ本ですよ」

「ぶっとんだ存在であるローラン殿からそのような言葉が出るとは驚きです」


 しばいてやろうか─そんな言葉が出そうになるのをローランはグッと堪えた。

 この風の上位精霊は冗談が効かないから、気分次第で落とされるかもしれない。そうなれば飛行魔術で数時間もかかる場所まで歩いていかなければいけない。

 そんな面倒が回避できるなら、アルファードの腹立たしい物言いにも我慢してやる。


 表面の紳士とは思えない内心がありながら、ローランは本の続きに目を向けた。

 ローランが読んでいる本は『感知術式と流動魔力感知から導き出せる未来』 著 MF.A。

 ふと題名に興味をそそられ買った本だが、内容がどうにも現実離れし過ぎていた。

 この本を要約すると、空間の魔力反応を感じ取る感知術式と、空間の魔力の流れと起こりを感じ取る流動魔力感知を組み合わせれば、短時間の未来予知が可能になるというものである。

 一応ローランも試してみたが失敗した。

 未来予知を成功させる人物など、それこそ大天才であるローランの姉弟子ぐらいなものだろう。

 ローランは本をパタンと閉じると、思い出すように目を閉じた。


「アルファード。そういえばお前は、三校大会に侵入した刺客を、その目で見ましたね?」

「ええ、そうです」

「エリザ・エルメスに成り代わっていた刺客は、幻術を使っていましたか?」


 アルファードはしばし考えるように黙り込み、やがて首を横に振った。


「いえ、私の見た限りでは、幻術を使ってはいませんでした」


 これについては警備兵とも確認は取れているから間違いない。

 ローランも幻術を展開させることはできるが、それでも低再現度の数十秒が限界だ。幻術を得意とする『夢見の魔女』でも、高再現度の数分が限界だ。

 それほど幻術というのは燃費が悪く、人間では到底不可能、出来るとすればその手を得意とする水の上位精霊だ。

 それなのにアルファードに聞いたのは、刺客が上記の上位精霊と契約していた可能性を疑ってのものだったが懸念で終わった。


「刺客がエリザ・エルメスに成り代わっていたのは変装でも幻術でもない…となれば、肉体改造魔術か」


 肉体改造魔術はその名の通り、魔力を肉体に通して改造を施す魔術を言う。

 例えば変質した臓器を正常な形に戻したり、怪我を直したりなど、傷ついた肉体治癒が目的の魔術だ。

 だが、傷ついた臓器や皮膚を変質させることができるなら、顔の造形を変えることも不可能ではないだろう。

 肉体改造魔術はそのデメリットとして軽度から重度の魔力中毒を引き起こす。

 それ故、全ての国で肉体改造魔術を禁術に指定している─ただ一国を除いては。


「肉体改造魔術を医療魔術として解禁したのが、最近我が国と仲の悪い帝国です。

 とくれば、普通に考えて刺客は帝国の人員の可能性が高い」


 以前起きた、ギー・ソリアとセリアーネ・サザンドールが引き起こし、『沈黙の魔女』と『夢見の魔女』が相対した侵入者も協力した第二王子の暗殺未遂事件。ローランが調べると、あの裏にはレティーラ王国と帝国の狭間に位置する小国─2人をそそのかした、ザンバール王国があった。

 その影には帝国が見える。

 そして今回の、帝国魔術師と思われる肉体改造魔術を使う侵入者。


 短期間で帝国が関与したと思われる事件が2つも起きた。

 それに、盗まれた禁具もまだすべてを取り戻せていない。

 そんな状況で、ローランはある懸念を抱いていた。

 その懸念を解消すべく、ローランはわざわざとてつもなく寒いこの土地にやってきたのだ。


「─クシュ!」


 ローランがくしゃみをして寒さに肩を震わせていると、やがて奥に目的地が見えてきた。


「そろそろ高度を下げなさい」

「せっかくならジャンパーキックを試したいと思いますが」

「却下です。普通に着地しなさい」


 アルファードは無表情なのに分かる不満を漂わせながら、ゆっくりと高度を下げていった。

 目的地の前には、ある一人の若いシスターがせっせとスコップで雪をかいていた。

 そのシスターは空中から降りてくるローラン達を見ても、驚きの声をあげたりはせず、目の上に手をかざして2人を見ている。

 雪の上に静かに着地したローランは、こちらを見ているシスターを見つめ返し「おや」と薄い笑みを浮かべた。


「飛行魔術を見ても驚かないとは、随分肝の据わったシスターだと思いましあが…貴女でしたか」

「久しぶりね。この前会ったのは何ヶ月前だったかしら」


 そう言って雪をかきながら、ローラン達に返事をするのは、かつて第二王子暗殺未遂を起こしたセリアーネ・サザンドールだった。


 * * *


 この修道院の責任者である老齢のシスターは、セリアーネにローラン達の案内を命じると、自分は関わりたくないとばかりに礼拝堂に引っ込んでしまった。

 世俗から離れて暮らす彼女達にとって、外部からの来訪者は──まして、男性であるローランは歓迎すべき客人ではないのだろう。

 それはセリアーネにとっても同じようで、彼女は2人を応接室に案内すると、茶も出さずに話を切りだした。


「それで、何の用かしら?私が話せることはもう話したつもりなのだけれど」


 ローランは、第二王子暗殺未遂ということで内密にセリアーネとギーを連行し、事情聴取を行ったことで面識がある。

 その時点では確かにセリアーネに持つ情報は全て絞ったとローランも自負しているが、現状では話が違ってくる。


「貴方に確認したいことが出来ましてね」

「暗殺未遂に関して屋敷の人間は関係ないわ。全て私と父がやったことよ」

「ええそうですか。あなたがどう思おうと勝手なので好きにそう思っていてください」


 ローランは懐から崩れたルビーの残骸を取り出し、セリアーネによく見えるように机に置いた。


「これが何かは、分かりますね?」

「ええ、私とギーが設置した『延焼の蛇』の残骸でしょ」


 ローランは正解と返す代わりにニコリと微笑み言葉を続ける。


「貴方のお父上は、これを商人から買ったと言っていますが、私はザンバールの人間が伯爵に譲ったのだと考えています」

「…ザンバールの方々が、私達を唆したって言いたいの?」

「『延焼の蛇(これ)』がいくらかご存知で?失礼ながら、裕福とは言い難い伯爵家で買えるようなものではない」


 魔導具というのはそもそも非常に高価なものだし、攻撃系、特に『延焼の蛇』のような性能の高い魔導具となれば王都に家を建てれる。

 暗殺とはいえのもう少し安い方法があったろうに、なぜ伯爵は『延焼の蛇』を使ったのか?

 何者かが伯爵にモノを渡し、唆したと考えるのが自然だ。

 これはセリアーネも考えていたのだろう。父に不利な助言をしないよう、必死に動揺を噛み締めている。

 ローランはルビーの欠片を1つ摘んだ。


「『延焼の蛇』に使われていたこのルビー、非常に純度が高いそうで、専門家によると、デーモイで採掘されたもので間違いないそうです」

「デーモイ?」

「おやご存知ない?ザンバール王国と帝国との国境沿いにある鉱山ですよ。希少価値の高い鉱石が大量に採れるということで、帝国の皇帝に搬入されるようになっているそうです。つまり市場で手に入るものではない」


 ローランはコトンと音を立ててルビーの欠片をテーブルに戻す。その音は静かな修道院では大きく響いた。


「伯爵が貴方に託した魔導具は帝国製。この意味はお分かりですね?」


 その言葉にセリアーネは青ざめた。ローランの考えていることをセリアーネも理解したのだ。

 伯爵がザンバールの人間から『延焼の蛇』を入手したとするなら、ザンバールの人間はどうやって帝国製の物を入手したのか。


「ザンバール王国と帝国が繋がっている可能性があります」


 レティーラ王国対、帝国・ザンバール王国連合軍という構図の戦争が起こる未来も、十分にありえる。そのことも理解したのだろう。

 セリアーネは膝の上で拳を固く握りしめ、俯きながら口を開いた。


「…私が知る限り、実家に帝国出身らしき人が出入りしているところは、一度も見たことがないわ。出入りしているのは皆、私でも名前を知っているザンバールの貴族だけ」

「お父上が帝国宛に手紙を出したりしているところも?」

「……ないわ」

「そうですか」


 ここで確固たる証言が得られれば良かったが、そう事はうまく進まないらしい。

 事前に別の場所に隠居させられたギーにも聞きに行ったが、情報は得られなかった。


(2人ともダメか…)


 そうローランは落胆しつつ考えを巡らせる。

 仮に帝国とザンバールが繋がっていた場合、国力で圧倒的に勝っている帝国が主なのは明白。

 末端の貴族には関係ない可能性もあるが、どちらにせよ常に帝国の影を意識しておいた方がいい。


「どうやら、貴方から絞り出せる情報はもう無いらしい。私はここで失礼するとしましょう」


 ローランは落胆を隠さない口調で言い、席を立った。

 ローランには帝国、ミリアのこととで、調べなければならないことが多すぎる。少しも時間を無駄にすることは許されないのだ。


「シスター生活を満喫出来るといいですね。

 それでは失礼」


 ローランは扉を開けて部屋から出ていった。

 パタンと閉まる音が響く修道院の一室には、曇った顔のセリアーネが1人取り残されていた。

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