第六十三話:大会一週間前
大会まで、残り一週間。
学内の空気は、目に見えて張り詰めていた。
大会出場者を除くミリア達生徒会および運営会は大会進行の最終チェックを行った。
廊下では楽器ケースを抱えた生徒が行き交い、普段チェスの選択授業で使われる教室は大会出場者のみが黙々と模擬戦をしていた。
* * *
窓際に置かれたチェス盤を挟み、二人の少女が向かい合っていた。
白はモナカ。黒はセフィル。
「分かっています。
……ですが、全力で来てください」
「はい、本気で来てください。そうしないと、対戦相手に失礼ですからね」
駒が進む。
序盤は穏やかだった。定石に忠実で、どちらも無駄がない。
(……変わらない)
セフィルは内心でそう思った。
モナカのチェスの雰囲気は、最初に彼女がチェスを行った時と全く同じだ。正確で無駄がない。
モナカのチェスは逃げ道を潰すチェス。
王を取ること以外に価値はなく、ポーンもクイーンも同価値と見なす。
ただキングを取るチェス。
対してセフィルのチェスは、攻防一体のチェス。
攻めると同時に守りも行えるが、中途半端なチェス。
「…守りが硬いわね」
「攻め急ぐ理由がありませんから」
モナカは視線を盤から外さない。
その声は静かで、感情の起伏がない。
中盤。
セフィルはあえて、危うい一手を差した。
キングに王手をかける時間が短縮されるが、ハイリスクハイリターンな手。
(彼女ならきっと乗ってくる。
…そこからが本番ね)
「いいえ」
モナカは別の駒を動かした。
確実で、安全で、駒を生かす手。
セフィルは一瞬、目を細めた。
(…駆け引きも覚えられたら私はもう勝てないわね)
終盤。
盤面は拮抗したまま、引き分けが見え始めていた。
「ここで、終わりにしましょう」
セフィルがそう告げ、盤を見下ろす。
「十分よ。
自慢じゃないけれど、私はこれでも去年の三校大会だと他校の3年を楽に倒したから、このレベルにもなると…本番で当たる相手が、気の毒になるわね」
「……ありがとうございます」
モナカは一礼したが、その表情に達成感はない。
「ねえ、モナカ」
立ち上がり際、セフィルが言った。
「オベールとやってみたら?」
「え、えぇぇぇええぇ!」
モナカはうめき声を上げながらほぼ無理やりオベールと対局し、結果はステイルメイトで終わった。
* * *
一方、音楽棟の一室。
譜面台を挟んで、ニナとメアリーが向かい合っていた。
メアリーはピアノを演奏し、それに合わせてニナはトランペットを吹く。
「テンポ早いわね。
もう少し抑えなさい」
「はい」
ニナは頷き、深く息を吸ってから構え直した。
旋律が流れる。
美しく、譜面から読み取れる作曲者の意図を最大限表現した演奏。
「止めて」
メアリーが手を上げる。
「貴方、表現しすぎね」
「……それは、悪いことですか?」
「悪いわけないわ。
その表現を演奏で表すというのは、コンサートなら良いでしょう。
ただ大会の演奏は、自己証明の場ではなく、如何に譜面通りに美しく演奏できるか。
そこを勘違いしないように」
ニナは唇を噛む。
「……昔から、こうなんです。
強く出ないと、埋もれるから」
その一言に、メアリーは一瞬、視線を落とした。
「人は自分にない物を持つ者を異常だと思い込む。
周囲は理解する前に、排除しようとするでも。
貴方はどちらなのかしら」
教室に少しばかりの沈黙が起きた。
「…無駄口はおしまい。
もう一度、集中」
「……お願いします」
* * *
同じ頃。
自室で進行表を確認していたミリアは、ふとペンを止めた。
(……それぞれ、向き合ってるな)
自分にしかないものを見つけ、究めようとする者。
ありきたりでも、信じて道を進む者。
何も無くても、周りから得る者。
「大会ね…」
大会にはミリア、ニナ、モナカ、全員が在籍していたゴードンがいる。ゴードンにはもしかするとモナカの友人などがいるかも知れない。
そうすればそこからさらにバレる可能性がある。
(派手な舞台ほど、違和感は浮き彫りになる)
それでも、止める気はなかった。
ただ気を引き締めて、当日を臨みに行くだけだ
(今だけは…何も思わず、ただ楽しくしていたい)
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