番外編:カイル・ラックゴールの憂鬱
カイル・ラックゴール。彼は天才だ。
彼はレティーラ王国では知らない貴族はいない、歴史のある魔術の家、オルゴール伯爵家の次男だ。
貴族における次男の扱いは、どんな時代であれ長男のスペアと相場が決まっている。どれだけ次男が優秀であれ、長男が無能であれ、それは変わらない。
カイルは兄より自分の方が優秀だと、天才だと自負していた。
実際、勉学の面では彼は、貴族の家庭教師の中でも優秀と言われる者達を唸らせ、自ら辞退するほどの成績と勤勉さを有していた。
この時点で医術の方面でも、専修する者には劣りはすれど、独学である程度学ぶことができた。
それよりも魔術の才能があった。レティーラ王国では、最近こそ忌避されてきた医術の存在を優先するようになったものの、基本は魔術主義だ。
カイルは国内三大名門校が一つ、魔術学園ゴードンに入学した。
才能のある彼は高みを目指した。上級魔術師なんかではない。魔術師の頂点、七賢者だ。
七賢者は国王の相談役だ。そこまで上り詰めることができれば、歴史を持つオルゴール伯爵家ですら他の伯爵家と変わらない。そうなれば兄や父に自分を認めさせることができる。
だからその高みを目指して努力した。
ゴードンに入学してからも彼は優秀だった。
学年成績はトップ、魔術師の中でも扱えるのは50人に1人と言われる魔術の2種同時発動・維持に短縮詠唱を扱えるようにもなった。
カイルは七賢者を目指すにあたって、カイルが入学する1年前に七賢者となり卒業した、ミリア・アルトを超えることを目標にした。
* * *
カイルが魔術の実践授業を終え教室に戻ると、一人の女子生徒に複数の男子生徒に囲まれていた。
女子生徒の名前はモナカ・エルノート。いつも無口で空気になっている小柄な少女だ。
男子生徒達は自分より弱いものを虐めることで有名な3人組だ。
彼らは無口で無抵抗なモナカで、新しい玩具を見つけたと言わんばかりに遊んでいた。
教科書を取られ、机には落書きがされている。
男子生徒の一人が蜘蛛を2匹取り、他の二人がモナカの口に手を当て、襟と腰巻きににも手を当てようとした。
「おぅ、ちゃんと抑えてろよ」
モナカは襟と腰巻に触れられようとしたところで抵抗する素振りを見せたが、抵抗虚しく手を当てられていた。
「止めなさい」
蜘蛛を手に持った男子生徒がモナカに近づいた瞬間、袖口が焼けた。
「アッツ!」
「お前…良いところだったのに空気読めねぇのかぁ?」
「弱いものイジメ、しかも女子生徒への下心丸出しの行動…貴族としてのプライドはないのですか?
…あぁ失礼。貴方達にはそのような誇り高いプライドは無く、自己顕示欲や承認欲求の塊よプライドしかなかったでしたね」
「あぁ?今なんて言った?」
「貴族としての矜持と自覚がないと言ったのです。聞こえませんでしたか?
…無駄な問答はやめましょう。これ以上続けるなら貴方達には痛い目を見てもらいますよ?」
「…チッ、優等生ぶりやがって」
男子生徒達はそう捨て台詞を吐いて消えていった。
「大丈夫ですか?」
モナカは、ゆっくり顔を上げた。
「…はい…あ、あの…!」
「なんですか?」
「く、くもを、たたた助けていぃただいて…ありっ、がとっ、うぅ、ご、ござ、ぃました…」
「…僕は蜘蛛を助けたわけじゃありません。
僕はあなたを助けたんです」
カイルは呆れつつ訂正した。
「ごっ、ごごごめんな、ななさいぃ」
「全く…滑舌が悪いのか、それとも喋るのが苦手なのか…話すのに苦労しそうですね」
* * *
それから、自然と一緒にいるようになった。
モナカはカイルには自然に話せるようになり、また困った時は頼られるようになった。
モナカは極度の人見知りだった。カイルと話せるようになっても、人前では変わらず喋れなかった。当然詠唱もできなかった。
口を開こうとすると、声が詰まる。
魔力制御は完璧なはずなのに、詠唱が出来ないせいで発動出来ない。
ある日、そのことについてカイルは相談された
「人前だと緊張しちゃうから詠唱出来ない…どうしたらいいのかな…」
「…そうですね…。そうだ、詠唱が難しいなら、短くすればいい」
「え?」
「詠唱を、短く、するんですよ」
短縮詠唱。
それはカイルが努力して身につけた技術だった。
魔術発動において必要となる部分を省いて詠唱する技術。
「全部は詠唱しなくていいんです。
短縮詠唱が出来れば、ほんの少し勇気を出せば魔術を使えるようになりますから」
モナカは、真剣な顔で頷いた。
「……やってみる」
それから、短縮詠唱を追い求めるカイルとモナカの秘密の訓練が始まった。
* * *
ある日、短縮詠唱が成功した。
「やった!やったよ!カイル!」
「モナカ、おめでとうございます!」
「後はこのまま、人前でも詠唱出来るようにするだけですよ!」
「うん!頑張る!」
カイルが喜びの余韻に浸っている中、モナカはもじもじし始めた。
「どうしました?」
「あ、あのねカイル。
カイルが教えてくれたから短縮詠唱できた。カイルって実戦も強いし、教えるのも上手いし…本当に凄い!」
「当然でしょう?だって僕は七賢者になる男ですから」
「うん!カイルなら絶対になれるよ!」
* * *
それから1人でも出来るようにしたいとモナカに言われてからは少し距離を置いた。
試験当日。
カイルは楽しみにしていた。
自分が教え、モナカの努力の末、遂に習得した短縮詠唱を使い、教師たち生徒たちに見せることが。
そうすればモナカは評価され、それを教えた自分も評価される。そして見に来ている者たちの度肝を抜いてやれる。
そんな期待の中で迎えた結末は、カイルが求めたものではなかった。
「それでは、開始」
その言葉を聞くと、モナカは手を突き出した。
そして、目標がひとりでに切れた。
――無詠唱だ。
声もなく、淀みもなく、ただ─魔術が発動した。
(……は?)
カイルは、理解できなかった。
短縮詠唱は人の努力の結晶だ。魔術の核である詠唱を短縮することなど並大抵の者では出来ることではない。魔術師の熟練者とされる上級魔術師でも出来ない人物はいる。
かの天才ミリア・アルトが開発した超短縮詠唱も、突き詰めれば無詠唱に辿り着く可能性はあるが、そこが人類の最高到達域だと言われていた。現に、開発者であるミリア・アルトを含めて4人しか安定して超短縮詠唱を扱う事が出来ない。
無詠唱は別物だ。
詠唱が必要ない魔術などそれはもう魔術ではなく魔法だ。魔法を扱うのは人外。つまりモナカは七賢者という化け物の巣窟ですら成し得なかった、化け物の中の化け物なのだ。
カイルは観客席から離れた。
* * *
理解が及ばなかった。どうすればあの域に到達できるのか…全く想像できない。
ただ知っていることはある。
七賢者も無詠唱は出来ない。
そんな無詠唱を成し遂げた魔術の化け物、本物の天才に、天才と酔っていた秀才─もしかしたら秀才ですらない凡人かもしれない─が魔術を教えていたなど、どれほど滑稽に見えるだろうか。
そう考えながら歩いていると、前の人物の方がぶつかった。
「…あっ、すみません。注意不足でした」
「構わないよ。気付かなかった私にも非はある」
「では、失礼します…」
「─ちょっと待ってくれ」
通り過ぎようとしたところでその人物に呼び止められた。
「君、彼女の無詠唱を見て思うところがあったんだろう?」
「っ!何故、それを…」
「見ればわかるさ。…少しお話しないかい?大丈夫、すぐ終わるさ」
* * *
カイルと少年はテーブルに座った。
「無詠唱…どう思った?」
「人のすることではない、と…」
「私も驚いている。まさか超短縮詠唱が開発されてからわずか3年足らずで超えられるとは思ってもみなかった」
「僕もです。超短縮詠唱が人類の最高到達点だと思っていました」
少年は水を飲んだ。
「ただ、努力を才能は簡単に超えていくんだ。
愛らしいほどに、恨めしいほどに、憎たらしいほどに、ね」
「…では、貴方は才能がある者が努力しても、更に才能のある者の前には無意味と?」
「そういうことじゃないんだ。
まず、才能の有る無しは他人が勝手な尺度で決めるものだ。そんなものに信憑性はない。ただ、天才は違う」
「どう、違うのですか?」
「天才は天才以外を置き去りにする。天才は才能を持っているだけじゃなく、自分の価値観で他人の価値観に侵入し、常識を塗り替え、天才にとっての間違いを勝手に正す。
つまり世間体を気にするかが天才の分かれ道ってこと」
「…モナカは…あの無詠唱の少女はどちらですか?」
「天才。それ以外に彼女を飾る言葉はない。アレを人と見てはいけない。あの魔女も人を人と見ていない。
だから私は彼女を恐れる。
彼女が自分のすべてを奪うんじゃないか…君もそうだろう?」
カイルは問いを返せないまま、いつしか少年は消えていた。
* * *
無詠唱を披露してから、モナカは特待生になった。
そしてバルフォード教授に師事されることになった。
バルフォード教授に師事された人物が七賢者になるのは魔術界では言わずとしれたことだ。
周りはモナカが七賢者になるに違いないと騒ぎ始めた。カイルは聞こえないふりをして、すべての時間を鍛錬に費やした。
何度かモナカがカイルに会おうとしたが無視した。無駄な時間を送っていたら七賢者になれない。
幾度か魔力中毒になって医務室に運ばれたが、そんなのは関係ない。保健室でも結界を張って鍛錬した。
それでも差は縮まらなかった。
数週間後経ったある日。
「カイル!」
モナカが、嬉しそうに駆け寄ってきた。
七賢者だけが羽織ることを許されたローブ、持つことを許された杖。
「私、七賢者に選ばれたの」
その顔は、あの頃と同じだった。
助けてから自分と一緒に学んだ、あの静かな笑顔。
なのに――
「…え?」
カイルは目を逸らした。
『何なんだコイツは。七賢者を目指した僕に、目標を否定しに来たのか?お前にはできないって。最高の皮肉じゃないか』
「すごいじゃないですか!」
声が、冷たくなったのが分かった。
『わざわざ七賢者の正装で来て、僕のことを馬鹿にして、僕の気持ちも知らずに入り込んで踏みつけて』
「忙しくなるでしょう。
もう、一緒に遊ぶ時間もないでしょうし」
「……カイル?」
もしかしたら、モナカを師と仰ぎ、無詠唱を教えてもらえば、カイルも無詠唱を扱えたかもしれなかった。
だが、できなかった。カイルのプライドが許せなかった。
彼女の才能が開いた瞬間、あのドス黒い自分の思いを知ったからには。
貴族の矜持も魔術の才能も自分の存在意義も、全部失った気がしたから。
(あぁ、本当にスッキリした)
『あぁ、本当に許せない』
評価、ブクマなど、投稿の励みになりますので、どうぞよろしくお願いします!




