番外編:金貨2枚の価値
再投稿。
モナカ視点。
古代魔導具『星の動脈』の件の後始末を『黄昏の預言者』マリン・フォルゼマートに丸投げしたモナカ達は解散となった。
現在この街では祭りが開催中のため、モナカはどうせなら、と参加してみることにした。
ただ結果はどうだろうか。
「ほらそこ退いた退いたぁぁ!」
「ぅ、すみません…」
混雑した大通りで急ぎの人に肩をぶつけられ、
「なんでゃぁ、お前。こっち見ぃとんちょうじょ」
呂律の回らない酔っ払いに絡まれ、
(何してるんだろ…わたし…)
散々な結果に終わった。
どこへ行こうとしても、道が混んでて進めないか、人に声をかけられて通れなくなるかのどちらかになってしまう。
すっかり祭りを堪能することを諦めたモナカは、本屋へ向かった。
マリンの館から出る時に、「せっかく祭りを楽しむなら地図はあったほうがいいでしょ?」とマリンから貰った地図に書かれた本屋だ。
モナカは読書自体には興味がないのだが、魔術書や数学諸に関してだけは目がない。
図書館棟で魔術書を見かけたら寮の門限を超えるまで読み漁り、担当教師に怒られていたのは、ゴードンの間でもかなり有名な話だった。
モナカが暗い裏路地を歩いていると、次第に明かりが見えてきた。
その明かりの方に進んでいくと、ランタンに照らされた、看板に『猫書店』とか書かれている店を見つけた。
モナカは地図を開いてこれまでの道筋をなぞった。
するとどうやら、この猫書店という店がモナカの来たかった本屋で合っているらしい。
モナカが扉を開くと、からんという鈴の音が鳴った。
扉を開けた中はびっしりと本が並べられていた。
ふと見てみただけで、冒険、ミステリー、恋愛、魔術、ホラーと多種多様な本が並べられている。
モナカが入ってきて真っ直ぐの奥には、白髪混じりの男性がテーブルに座って下を向いていた。店長だろうか?
「こんばんわ」
「…いらっしゃい」
無愛想な人だ。と思ったら、彼は羽根ペンを持って紙に何かを書いていた。
多分何かの作品の著者なのだろう。
無愛想なのも、それを書くことに集中しているからだろう。
モナカは気にせずに魔術書の辺りに移動した。
(何か面白そうなのはあるかなぁ)
モナカが探すと、ゴードン、魔法省、七賢者、上級魔術師…役職出所問わず、色々なところから本が取り入られていることが分かった。
モナカが久しぶりに頬を緩めて本を手に取って眺めていると、後ろから、からん、と鈴の鳴る音がした。
「やぁ、ポーター。こんばんわ」
「…どうも」
何処か聞き馴染みのある声が気になり振り返ってみると、そこにはモナカのよく知った人物がいた。
その人物は金髪で水色の目をした、完璧な美青年。
「…でっでででっでっ殿下!」
「おや、オルフェ嬢。奇遇だね!こんなところで会うなんて」
今は私服姿のようだが、それでも溢れる美しさは消えない。
そこでモナカは今の自分の状況を思い出した。
モナカは、魔術に関してはからっきしという設定である。
だから、魔術書を見ているのを、フィリップに見られたらマズい!
フィリップはそんなモナカの懸念を余所にモナカに近づくと、モナカが手に取っていた本を覗き込んだ。
「『鮮血の魔女の『鮮血女王』における精度・魔力回路操作術式について』か。
レティーラ王国では彼女を怯えている人物が多いけど、君は大丈夫なんだね」
「は、はい。戦争は好きじゃないですけど、『鮮血の魔女』様の、大魔術の魔術式は、とても美しい、ので。
ところで、殿下は何をっ、探してるんです、か?」
「そうだね、僕は…」
そう言葉を濁したフィリップは、ポーターと呼びかけた店主に振り向いて話しかけた。
「ポーター、何か良い本はあるかい?」
「そうだな、最近仕入れた物だと『ミネルヴァの泉』がある」
「『ミネルヴァの泉』!」
(『ミネルヴァの泉』!?)
モナカは心のなかで驚きながら目を丸くした。
魔術師養成機関であるゴードンでは半年に一度、学生や教授の研究成果をまとめた雜誌に発行している。
それが『ミネルヴァの泉』。当時特待生だったモナカやミリア達の論文もいくつか載っていた。
というわけで、『ミネルヴァの泉』に掲載されている内容のほとんどが魔術に関するものだ。偶に教授のエッセイが入っているが、まさかそれを見たいとは思わないだろう。
(な、何でそれを殿下が欲しがって…
も、もしかして、殿下は教授のエッセイを読むためだけに…?)
もしかしたら、フィリップは脱毛気味で、教授の育毛エッセイを見て美しい髪を維持しているのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
そうモナカが自分に言い聞かせていると、雑誌を手に取ったフィリップはパラパラとめくり、子供のような目をキラキラと輝かせて言った。
「ポーター!『沈黙の魔女』の論文が載っている!」
モナカはつい出そうな、ひぃっ、という悲鳴を息を呑んで殺した。
(い、今『沈黙の魔女』って言ってたよね?い、いやきっと、聞き間違い、聞き間違いぃ…)
青ざめたモナカの背後で、ポーターが羽根ペンを止めて言った。
「そこの3冊は全て『沈黙の魔女』の論文が掲載されている。
それと、少し難解だが面白そうな本も手に入れた」
「面白そうな本?」
フィリップが聞くと、ポーターは羽根ペンで魔術書が並べられた棚の端を指した。
フィリップとモナカが見ると、そこには『─存在を定義する不可視構造とは─』著、MF,Aと書かれた本があった。
モナカは題名もそうだが、MF,Aというイニシャルのも気になった。
「存在を定義する不可視構造?
ポーター、これはどういう内容なんだい?」
呼びかけられたポーターは眉を下げながらフィリップに答えた。
「最初だけ目を通したんだが、これまた新しい概念を提唱していたな」
「新しい概念?」
「そうだ。魂の存在や世界の多重構造についてが書かれていたが、どうにも難解で、馬鹿げた理論だったが、妙に説得感があった」
「へぇ…確かに面白そうだね。読んでみようかな」
「オススメはしない。それよりも、『ミネルヴァの泉』ではなかったのか?」
そうポーターが聞くと、フィリップはそうだったそうだった、と言いそうに視線を『ミネルヴァの泉』に戻した。
「ポーター、君はいい仕事をしてくれたよ!」
そう言うフィリップは分かりやすいほど浮かれていた。そう、浮かれていた。
学園内では見たことがない笑顔。
モナカが様々な衝撃を受けて唖然としていると、フィリップは恥ずかしそうに笑った。
「驚いたかい?実は魔術に興味があったんだよ」
「な、なるほど…」
フィリップがなぜ魔術に興味があるのに基礎魔術学の講義を受けないのか、どうして沈黙の魔女に首ったけなのか、モナカには疑問が多かったが、それを胸の奥に留めてフィリップに言った。
「わ、私も本見てきて、いいですか?」
「ああ勿論。気に入る本を探しておいで」
フィリップからの言質は取ったので、ささっと魔術書の棚から離れた。
自然に魔術書エイアから脱出できたモナカは、チラッとフィリップを見た。
彼はまた『ミネルヴァの泉』を漁りだした。
どうやらよっぽど楽しみにしていたらしい。
モナカは他の棚に移動し上を見上げた。
目の前にある棚は医学書や生物学に関する本がまとめて並べられていた。そこに見覚えのある名前を見つけてモナカはヒュッと息を呑んだ。
『遺伝構造と情報から読み解く』著 ヴェルネ・モネ。
それは今から5年前に発行され、著者が禁忌に触れたとして処刑された時、燃やされた本。
モナカは引き寄せられるようにその本を手に取り、震えた指でめくった。
その本は生物学・医術学と魔術学の3つを理解していないと読めない内容で、今のモナカでも半分も理解できなかった。
これは、モナカの父、ヴェルネ・モネの書いた本だ。
かつてのモナカが、燃やされ灰になっていくページを見ることしかできなかった本の完全版が、今目の前にある。
モナカは本を胸に抱き、ポーターのもとへ駆け寄った。
「あのっ!これっ…この本が、欲しい、ですっ!」
ポーターは原稿用紙から顔を上げてモナカを見た。
そして本のタイトルに目をやり、目を少しだけ見開いた。
「…それは、僕の友人が遺した本だ。高値にさせてもらう」
ポーターが父の友人だという事を始めて知ったモナカは驚いたが、フィリップの前でそれを晒し出すわけにもいかず、動揺を押し殺してたずねた。
「おいくら、ですか」
ポーターは指を2本突き立てた。
「金貨、2枚」
モナカは絶句した。
専門書の相場は銀貨1枚程度。ポーターはそれを大きく飛び越えた金額を出したのだ。
しかも金貨2枚となれば、慎ましく暮らす平民がしばらく働かず暮らしていける金額だ。
モナカには大量の貯蓄がある。
買い物をする機会が無かったため、七賢者の収入は貯まるに貯まっていたからだ。
「い、いつか必ず払いに来ますからっ取り置いて、もらえません、か?」
「ふんっ、お前みたいな小娘が金貨2枚を稼ぐとなれば何年かかることやら」
「あぅっ…」
金貨2枚程度は払おうと思えば払える。ただフィリップのいる前でおもっきり払ってしまうと、怪しまれてしまう。
珍しくモナカが歯を噛み締めて葛藤していると、いつの間にか横に立っていたフィリップが、カウンターに金貨を2枚置いた。
「これで問題ないね?」
モナカは思わず目を見開いてフィリップを見た。
「だ、駄目、ですっ。こんな大金を、差し替えていただくなんて…」
「さっきの光景の口止め料さ。魔術に関しては訳ありだからね」
そう言ってフィリップは控えめに笑った。
「君はどうせ、僕には無感情。
だったらこの場で好印象を抱いてもらうって打算だよ」
「…で、も…金貨2枚なんて…」
「僕にはその本の価値は分からない。
けど君にとってはそれだけの価値って、ことだろう?」
その言葉を言われた瞬間、モナカの目から涙が溢れ始める。
この本は、父の研究成果だ。それを当時の人々は、灰になるまで燃やして、嘲笑っていた。
モナカがいくら価値を訴えても、大衆はその声をかき消した。
フィリップはこの本の価値を知っているわけじゃない。それでも、モナカの大事な物を、大事でいることを認めてくれた。
それが、どれだけモナカにとって嬉しいものだっただろうか。
モナカは涙を袖で拭きながら、何度も何度もうなずいた。
フィリップは身を屈めて、困ったような顔でハンカチを差し出した。
「困ったね…君を泣かせる気は無かったのだけれど」
「ありっ、がとぅございました、殿下…」
クシャクシャに歪んだ顔で笑うモナカに、フィリップは優しく目を細めた。モナカ越しに遠い昔のことを思い出すように。
そんな2人を尻目に、ポーターは金貨をつまんだ。
「金貨2枚、確かに。この本は今からお前のものだ」
ポーターがモナカに差し出し、モナカは震える手でそれを受け取った。
そうして父の本を抱き、モナカは2人に深々と頭を下げる。
「この本に…これだけの価値をつけてくれて、ありがとうございます」
「普通は、詐欺だと怒るんだがね」
呆れたポーターの呟きに、モナカは首を横に振る。
モナカにとって、この本が安く売られるより、高く売られたほうが、価値を認めてくれたような気がして、嬉しかったのだ。
本を胸に抱き、顔を真っ赤にして泣きながら、でも嬉しそうに微笑むモナカを、フィリップは優しく見つめていた。
昔を懐かしむ優しい目で。




