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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第五章:導き編
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第五十六話:魂の遺書

 「迷った」


 街の地理は事前に覚えていたはずだが、そう油断したせいで迷ってしまった。


(最悪…)


 ミリアはこんなことになるなら路地に来なければよかった─と後悔しながら、先ほどの出来事を思い返していた。


『誰の為でもなく、自分の為に生きなさい』


 それはかつて自分が今では思い出せない、大切だった誰かに言われた言葉だ。

 だからこそ、自然と口をついて出たのだろう。

 だが無責任で酷い言葉というのは、ミリアも分かっている。第二王女であるセフィルにとってはそれこそ無責任だろう。

 ミリアは『あの時』から今までずっと悩んでいることがある。それはセフィルに授けた言葉への返答だ。


「私は…果たせているのかな…?」


 誰にも届かない問いを発しながら、ミリアは路地を進んでいく。

 そうしているうちに曲がり角を一つ越えたとき、あるものを見つけた。

 古い建物の一階、控えめな木製の看板。

 そこには手書きの文字で、こう書かれていた。


――《猫書店》


「…本屋?」


 祭りの日に営業しているとは珍しい。

 いやそれよりも、猫書店という名前に少しの興味を覚える。

 窓から漏れる柔らかな灯りは、まるで招いているかのようだった。

 ミリアは少しだけ悩んだ後、扉を開けた。

 からん、と控えめな鈴の音が鳴った。

 中は静かだった。

 祭りの喧騒が嘘のように、時間がゆっくりと流れている。

 天井まで届く書架。

 年代物の小説、新しい実用書、魔術理論、童話、詩集。

 色々な種類の本がとてつもない量ある。

 店に人が歩くことが難しいと思うほどに棚が大きく高かった。


「いらっしゃい」

「こんばんわ」


 カウンターの奥には、白髪交じりの店主がいた。

 無愛想な返事だ。声をかけてくる気配はない。

 客の邪魔をせず、自分の作業を進めている。

 見れば現行のようなものに何か書いていたが、小説家なのだろうか?


 ミリアはゆっくりと棚を眺めていく。

 戦術書。

 動物の性質。

 レティーラ王国の歩き方。

 歴代七賢者の評伝――これは読んだ。

 読み進めるうち、ふと一冊の背表紙が目に留まった。


 

《眠れない夜のためのお話》


 柔らかな挿絵。

 文章も短く柔らかさを感じられる

(グレイシーとフラムに……いや)


 一瞬そう思ったが、首を振った。

 今14の二人には合わないだろう。


(『農業の可能性』『最近注目─魔術剣士になるためには!?』…こっちの方がいいかな)


 ミリアはその2冊を取ったところで、近くに箱入れしてある3つの本を見つけた。

 名前は隠されていた。

 ミリアは名前を見ようと背表紙を見たら何も書かれていなく、そこで表表紙を見ると─


『─存在を定義する不可視構造とは─』著、MF,A


 ミリアは手に取った。理由は分からない。

 この論文が自分に何をもたらすかもわからない。

 断定して言えることは、自分やここの店主以外に見せられるものではないということ。

 ミリアは2冊と一箱を持ってカウンターへ向かった。


「……これを」


 店主は顔を上げ、穏やかに頷く。


「…まさかこれを買う人がいるとは思わなかったね」


 ミリアが言葉を返さないでいると、店主は無愛想な表情で本を渡してきた。


「夜道に気をつけることだ」


 ミリアは小さく笑った。


「……確かに」


 代金を支払い、本を受け取る。

 紙袋は使わず、そのまま抱えた。

 扉を出ると、夜風が頬を撫でた。

 遠くでまだ、祭りの名残の笑い声が聞こえる。


 ミリアは本を胸に抱え、歩き出す。


(少しだけ……寄り道して正解だった)


 ミリアは3冊が入った箱を路地に置き、そして─


発動(アード)


 ─燃やした。


「これでいいんだ」


 ミリアは残った2冊を腕に抱きながらまた路地を歩いていった。

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