第五十六話:魂の遺書
「迷った」
街の地理は事前に覚えていたはずだが、そう油断したせいで迷ってしまった。
(最悪…)
ミリアはこんなことになるなら路地に来なければよかった─と後悔しながら、先ほどの出来事を思い返していた。
『誰の為でもなく、自分の為に生きなさい』
それはかつて自分が今では思い出せない、大切だった誰かに言われた言葉だ。
だからこそ、自然と口をついて出たのだろう。
だが無責任で酷い言葉というのは、ミリアも分かっている。第二王女であるセフィルにとってはそれこそ無責任だろう。
ミリアは『あの時』から今までずっと悩んでいることがある。それはセフィルに授けた言葉への返答だ。
「私は…果たせているのかな…?」
誰にも届かない問いを発しながら、ミリアは路地を進んでいく。
そうしているうちに曲がり角を一つ越えたとき、あるものを見つけた。
古い建物の一階、控えめな木製の看板。
そこには手書きの文字で、こう書かれていた。
――《猫書店》
「…本屋?」
祭りの日に営業しているとは珍しい。
いやそれよりも、猫書店という名前に少しの興味を覚える。
窓から漏れる柔らかな灯りは、まるで招いているかのようだった。
ミリアは少しだけ悩んだ後、扉を開けた。
からん、と控えめな鈴の音が鳴った。
中は静かだった。
祭りの喧騒が嘘のように、時間がゆっくりと流れている。
天井まで届く書架。
年代物の小説、新しい実用書、魔術理論、童話、詩集。
色々な種類の本がとてつもない量ある。
店に人が歩くことが難しいと思うほどに棚が大きく高かった。
「いらっしゃい」
「こんばんわ」
カウンターの奥には、白髪交じりの店主がいた。
無愛想な返事だ。声をかけてくる気配はない。
客の邪魔をせず、自分の作業を進めている。
見れば現行のようなものに何か書いていたが、小説家なのだろうか?
ミリアはゆっくりと棚を眺めていく。
戦術書。
動物の性質。
レティーラ王国の歩き方。
歴代七賢者の評伝――これは読んだ。
読み進めるうち、ふと一冊の背表紙が目に留まった。
《眠れない夜のためのお話》
柔らかな挿絵。
文章も短く柔らかさを感じられる
(グレイシーとフラムに……いや)
一瞬そう思ったが、首を振った。
今14の二人には合わないだろう。
(『農業の可能性』『最近注目─魔術剣士になるためには!?』…こっちの方がいいかな)
ミリアはその2冊を取ったところで、近くに箱入れしてある3つの本を見つけた。
名前は隠されていた。
ミリアは名前を見ようと背表紙を見たら何も書かれていなく、そこで表表紙を見ると─
『─存在を定義する不可視構造とは─』著、MF,A
ミリアは手に取った。理由は分からない。
この論文が自分に何をもたらすかもわからない。
断定して言えることは、自分やここの店主以外に見せられるものではないということ。
ミリアは2冊と一箱を持ってカウンターへ向かった。
「……これを」
店主は顔を上げ、穏やかに頷く。
「…まさかこれを買う人がいるとは思わなかったね」
ミリアが言葉を返さないでいると、店主は無愛想な表情で本を渡してきた。
「夜道に気をつけることだ」
ミリアは小さく笑った。
「……確かに」
代金を支払い、本を受け取る。
紙袋は使わず、そのまま抱えた。
扉を出ると、夜風が頬を撫でた。
遠くでまだ、祭りの名残の笑い声が聞こえる。
ミリアは本を胸に抱え、歩き出す。
(少しだけ……寄り道して正解だった)
ミリアは3冊が入った箱を路地に置き、そして─
「発動」
─燃やした。
「これでいいんだ」
ミリアは残った2冊を腕に抱きながらまた路地を歩いていった。
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