第二話:憂鬱の『無情』
─魔術とは、一体何か?
それは、学生として、義務教育の範囲で習う超基礎問題。
簡単に言うと、魔術は『魔法を発動するための経過事象』である。
途中に出てきた魔法は『魔力を操り現象・事象を引き起こすこと』である。
魔法には三要素がある。
一つ、魔力操作の技術。
二つ、魔術式の理解度。
三つ、魔法への想像力。
この三つが魔法に於いて重要となる。
その内の二つ目が、魔術に当たる。
魔術を詳しく説明すると、『詠唱により魔術式を編むこと』となる。
人々はこの手順を踏まなければ魔術を発動することはできない。
竜などは生来から魔法を魔術なしで扱えるが、これは、生まれた時から魔法を扱う機能が発達しているためだ。
竜は圧倒的な武力を持って、人は圧倒的な知力を持って支配する。
人は魔法を扱う機能が発達していないのだ。
だから、人は魔力を操り、詠唱し、魔術式を編み、魔法を描く。
魔法を扱う機能を元から持っている魔道具ですら、人は詠唱しなければ発動できない。
そこに、魔術界に激震を走らせる人物が登場した。
当時齢10歳の少年。
彼は─
『詠唱に新たな読みを追加し、それを短縮する』超短縮詠唱。
『程度の差はあれど必要であった『詠唱』を消す』魔道具の無詠唱化。
常識である魔法でしか行えない『現象・事象』を、魔力の『状態・性質』を変えることで再現する魔力変質。
この三つをその年で発明し、担当教授の補助の下、論文を発表した。
論文を読んだ人々は、「何故これほどまでの考えを思いつけるのだろう」と疑問に思った。
しかし、その疑問に対して少年のきっかけは単純だった。
「何故、皆ありえないと思ってるんだろう?
実証できる可能性はあるのに─」
彼は当然の常識に疑問を持ち、それを調べ尽くしただけだった。
論文による名声と富すら彼にとっては『利用できるモノ』程度しか考えていなかった。
少年がこれを思いついたのにはもう一つの理由がある。
当時の少年は、過去のトラウマから、自分が何かしらの功績・実績を出さなければ自殺する程の精神状態だった。
その精神状態は幾文かマシになっているものの、今でも危ういのは変わらない。
そして少年は、彼が公表した2年後の12歳には史上最年少、これ以上更新されない、レティーラ王国最高戦力『七賢者』に就く。
その3年後の15歳の年に、史上初めての無詠唱魔術を扱う『沈黙の魔女』、30年ぶりの代替わりとなる『結界の魔術師』が就く事となる。
無詠唱魔術が出てきたことにより、超短縮詠唱は衰退すると思われた。
しかし、『沈黙の魔女』が成功した無詠唱は、なんと彼女本人しか扱えず、なおかつ彼女が「超短縮詠唱の果て」と明言したことで、事なきを得る。
そんな超短縮詠唱並びにその他を発明し、『七賢者』『無情の魔術師』へと就任した人物こそが、
─ミリア・アルトである。
* * *
ミリアは自分の質素な家に戻り、美丈夫を家に上げた。
「コーヒー、紅茶、どっちだ」
「では、紅茶で。 できれば甘めでお願いします」
オーダー通りの甘い紅茶を美丈夫が飲み、カップを置いた所でミリアが話をしだす。
「…『結界』 来た理由は?」
「おや、遊びに来たとは考えないのですね」
「お前がメディア侯爵領からここに、用もなく来るわけないだろう」
この美丈夫はミリアと同じく七賢者の一人である。
名はローラン・ヴァイス。
今代『結界の魔術師』として名を馳せる猛者である。
彼は『結界の魔術師』と呼ばれるように、国内で最も優れた結界魔術の使い手なのだが、攻撃魔術が疎かになっているわけではない。
『竜の国』とも称されるレティーラ王国で、七賢者の中では竜討伐数第1位、歴代では第3位まで上る。
彼はミリアより十歳年上の27歳だが、ミリアのことを師匠と慕っている。
ミリアが七賢者就任時に王都をブラブラした時に話しかけられ、その時に魔道具について話すと、見事に敬われてしまったのだ。
「本日は護衛の件で、師匠に頼みたいことがありまして」
「─ほう」
ローランは『結界の魔術師』として、通常の七賢者よりも多く仕事に携わっている。
それは重要都市の結界を貼る・点検する作業と、重要人物の護衛である。
「相手は?」
「現在セレスティナ貴族学園に在籍している第二王子、第二王女です」
「…まさか、それを私にしろと?」
「はい」
(馬鹿かコイツ)
レティーラ王国には、現在2人の王子と2人の王女が次代の王の座を争っている。
レオメス第一王子、フィリップ第二王子、アリエル第一王女、セフィル第二王女である。
その内アリエル第一王女は継承権を放棄し、他の候補者はアリエル第一王女を味方に付けようとしている。
そんな継承権を持つ2人を1人で面倒を見させようとするなど、笑い事にもほどがある。
そもそもとして、護衛対象複数人を、一人で、しかも護衛対象が王族ともなれば、護衛は一人では足りないのだ。
それに、学園で護衛するには潜入しかないが、そうなると更に人手が足りなくなる。
ミリアはこのように心配していると、ローランが口を開いた。
「ご安心を。 師匠意外にも、暇そうな『夢見の魔女』殿、潜入にはもってこいの無詠唱を扱える『沈黙の魔女』殿にも潜入してもらいますので」
「辞退する」
ミリアは『夢見の魔女』とは親友と言っていいほど仲が良いものの、『沈黙の魔女』とは仲が良いわけでは無く、むしろ会いたくない一方的に思っているほどである。
ミリアは彼女と過去に問題を起こしたためである。
「…あまり言いたくはなかったのですが、護衛の件は私の職務ですが、今回に関しては、陛下からの勅令であり、私に一任されています」
つまり、と前置きをしてから彼は言う。
「─拒否権はないのです」
「チッ」
ローランは非常にいい笑顔で言った。
一方、ミリアは舌打ちをしながら、これ以上の逃れられないと判断し、逃れるのを諦めた。
「事前情報は?」
「師匠、2ヶ月前に私は師匠に制作をお願いした魔道具のことは覚えていらっしゃいますか?」
その魔道具はミリアも覚えている。
ローランが勝手に来たと思えば、サンプルの魔道具を作らされたのだ。
事前情報なしに来られたので、今も密かに怒っている。
魔道具は、本人が魔力を流すことで『対魔術結界』『対物理結界』『認識阻害』『王都への跳躍』の四種の機能をつけていた。
「あのサンプルを基に私が王子王女用に四つ量産し、その一つをフィリップ殿下とセフィル殿下にお渡ししました。
その魔道具に何かしらの変化があると、私の持つこのブローチに反応が起きます」
そうしてローランはブローチを肌見放さず持ち、危険がないか確認していたようだ。
「しかし、その一週間後に壊れてしまいましたね」
ローランの作った魔道具、しかも王からの勅令を果たすべく制作した魔道具が日常で壊れるわけがない。
つまり、なにかしらの非常事態が起きたということだ。
「王子殿下、王女殿下は無事だったのか?」
「ええ。 私が急いで学園に向かったところ、なんとお二人とも何もなかったと仰りましてねぇ。 あろうことか、魔道具は誤作動で壊れたと言われた時は…よく我慢したと褒めたかったですね」
ローランの作った魔道具は、あらゆる故障パターンを試されてから完成と見なされる。
だからこそ、『故障』したというのは不自然であり、何かを隠そうとする意思が感じられた。
「刺客の痕跡は?」
「ありました。 セフィル殿下の方は痕跡が残されていませんでしたが、フィリップ殿下の方は、部屋の魔力が少なくなっていました。 不自然と感じないギリギリの変化量でしたが、疑いの目をはじめから持っていたからか見抜けましてね」
それほどの魔力量となれば、何らかのの魔力操作を行なったはずである。
だが、第二王子も第二王女に魔力操作どころか魔術が得意という話も聞かない。
「つまり、フィリップ殿下かセフィル殿下がそれに長けた精霊と契約している可能性がある」
精霊は召喚魔術による召喚と契約により仕えさせることができる。
精霊は低位精霊、中位精霊、高位精霊の三種に分けられる。
魔力量を操れるとなれば、少なくとも高位精霊程と契約しているだろう。
そして、それほどの精霊ならば、潜入に気づく可能性が高い。
「だから七賢者を3人も投入するのか」
「そういう事ですので、明後日には出れるよう準備をお願いします」
ミリアはローランを締め出してから、ため息をこぼすのだった。
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