閑話:正体
明日16:30投稿します。
ーヴァイス特待伯爵邸にてー
ここは『結界の魔術師』ローラン・ヴァイスが住む館。
ローランは『沈黙の魔女』と『無情の魔術師』の定期報告書を、砂糖をドバドバ入れた紅茶を飲みながら読んでいる。
医者の妻のロールズから「糖分の摂取はほどほどに」と言われている、妻に敷かれているローランでも、その注意は無視して飲み続ける。
(魔術師は魔術を使うと消耗して糖分を欲しがりますからね。 仕方ありません。 そう、仕方ないのです)
「後で奥様に報告しておきます」
「やめてください」
ローランの心の言い訳を見透かしたアルファードの言いなりになりつつ、報告書からは目を離さない。
『ローランさんへ。
奥様のご懐妊おめでとうございます。 お祝いの品は算数の入門編でよろしいでしょうか?
任務の件ですが、なぜか生徒会会計になっていました。 不思議です。 でもこれで第二王子の護衛がしやすくなったと思います。 ミリアも監査になっていたので、私と違って第二王女の護衛もしやすくなったと思います。
ソリックス教諭を捕らえた件についてはミリアから説明されたと思うので省きます。
いろいろ大変ですけど、もうちょっとがんばります。
モナカ・エルノートより』
「褒められる気を感じませんね。 褒められるのが最初の一行だけとはどういうことですか? しかも色々あっただろうに端折りすぎていて、何もわからないではないですか」
モナカは何を伝えたいのか全く分からない。
生徒会会計になったことは、つまり第二王子からの信用k¥を勝ち取ったというわけで、喜ばしいことではあるが、重要なその過程が一切語られていない。
極めつけに、まだまだ先に生まれてくる第一子のそれはそれは可愛らしいであろう赤子に算数の本を送ろうと考える思考回路がわからない。
生まれたばかりの子供にいきなり教育とは信じられない。
ローランは愛情たっぷりに育てたいのだ。
そして次はミリアの報告書に目を通した。
(師匠のことですし、あまり心配はせずともいいでしょう)
『『結界の魔術師』殿へ。
任務の件について、私は監査になりました。 生徒会、運営会ともに監査の管轄内なので第二王子、第二王女の護衛はしやすくなると考えています。
また、生徒会副会長、ヴァルドン侯爵令息ラーク・ヴェルドンと運営会副所長、リザーブ侯爵令嬢オベール・トランペットが精神干渉魔術の影響を受けて暴走していたため対処いたしました。
くだんの犯人はセレスティナの私と『夢見の魔女』殿の担任で、『夢見の魔女』殿が捕縛いたしました。
高位精霊アルファードに引き渡しましたので、そちらに諸々の対応は任せます。
『無情の魔術師』より』
こちらは詳細に簡潔に説明されていて良い。
だが、これから生まれてくる子供に対する挨拶がない。
ミリアは親密な人間との対応を疎かにはしない。
「アルファード、さては師匠にロザリーが妊娠したことを伝えていませんね?」
「…すっかり忘れていました」
「この駄メイドめ」
ローランは無駄に美しい舌打ちをした。
「それにしても、まさかセレスティナに精神干渉魔術を使う者がいるとは、驚きましたね。 アルファード、そいつはどこに置きました?」
「王都の牢屋です」
「そこは近くの別邸の地下室にしておきなさい。 王都ではロールズに会いづらいではないですか」
「それくらいは我慢すればいいのでは?」
「我慢できると思いますか?」
ローランが返すとアルファードは迷わず首を横に振ったので、ローランは少しイラついた。
「しかし、あのバカ弟子がうまく陽動になってくれているので安心しましたよ」
「メラン殿には潜入のことをお伝えしたのですか?」
4人の編入生のうち、七賢者ではないメラン・バグオールはローランの弟子だ。
バカみたいな図体とバカみたいな知識量とバカみたいに多い多いでたらめな魔力量を持つあのバカ弟子は、うまくやっているだろう。
「ああいう馬鹿には伝えないほうがこちらの思惑通りに動いてくれるのですよ」
「なるほど、つまりローラン殿は弟子を捨て駒に使う糞野郎ということですか」
「今すぐその認識を訂正しなさい」
アルファードは、ふと思い出したかのように疑問を口にした。
「ローラン殿、どうして今回の潜入調査、七賢者を3人も投入したのですか? それも、うまく立ち回れなさそうなうち二人を余分に」
余分な二人というのは間違いなくモナカとニナだろう。
モナカは人見知りすぎて勿論潜入向きではなく、ニナも非常時では役に立つがミリアがいるなら大していても意味はない。
「理由は2つあります」
「2つですか?」
「ええ」
そう、2つだ。
ローランがミリアやニナ・モナカに言った事とは違う理由もある。
「1つは、『沈黙の魔女』殿は素人感丸出しだから殿下に警戒されにくく、『夢見の魔女』殿は、師匠だけだと注目されると思ったので注目の分散役として、ですね。 これは既に二人には話しています」
「では、2つ目とは?」
「回答を急がないでください」
ローランは自分の考えを整理してから、間を開けて話した。
「…師匠はゴードンに入学してから三つの論文を書き上げ公表し、七賢者になりました。 その後は七賢者だからこそできるギリギリの研究を行い、その成果を一部役職以上にだけ発表したりといろいろしました。
これは存じているでしょう?」
「はい、私が記憶した情報と一致しています」
その前だ、ローランがミリアを疑っていることは。
「師匠は七賢者になる直前、妹を亡くしたそうです。
また、ゴードンに入学する前は、両親はとある王都の端の村で焼かれて死亡したようです」
「それが2つ目の理由に関係あるのですか?」
アルファードほそれがどんな理由になるのか分からなかった。
ただの悲しい過去なだけだ。
思いつく理由は『ミリアが無茶しないため』だが、決してそんなことではないだろう。
ローランはそんなしょうもないことで心配はしない。
「師匠の妹の死因には、不自然な痕跡がありました。 普通に調べても、何もおかしく感じない程度の」
妹の死因は、敵対集団が、ミリアと妹の二人きりだった時を狙った集団に、ミリアを庇ったことで致命傷を負ったこと。
そして敵対集団はミリアが全滅させたらしい。
兵士が駆けつけた時には、返り血を浴びて倒れているミリアと敵対集団の死体、そしてミリアの証言によるとすでに燃やした妹の骨があった。
「ここまで言ったら、もうわかるでしょう?」
「…なるほど、『無情の魔術師』殿の家族の情報が全くないというところですか」
アルファードは無表情のまま握った手をポンと開いた手に叩いた。
「師匠は、ゴードン以前の経歴が全く持って不明です。
2つ目の理由は、師匠の正体を見極めることです」
ミリアは何か重大な何かを隠している。
それが本人だけの問題で終わるのか、そうではないのかは、ローランには分からない。
それを判断するために、七賢者を余分に投入した。
(何も無い方が個人的には助かるのですがね)
─フィリップ視点─
「ウェン」
「はっ、ここに」
「昨日は驚いたね。 暴走していた二人を助けに行こうとしたら、もう終わっていたからね」
「はい。 ヴェルトン令息を運んだアレがやったのかと思いましたが、おそらく違うでしょう」
「そうだね、アレは刺客でも護衛でもない。 通りすがりの人外だ。 久しぶりにあそこまでの緊張を感じたよ」
僕は昨日起きたことを思い出しながらウェンと話した。
* * *
深夜、突然事態は起きた。
「殿下、夜中申し訳ありません。 ヴェルトン令息が暴走しています」
「ラークか。 うん、向かおう」
僕は寝ていた所をウェンに起こされ、内容を聞き準備を始めた。
ラークはたまに魔力中毒になることがある。
その度、僕はウェンと一緒にラークに対処する。
フィリップ・アルト・レティーラが夜中歩いていることがバレないように、今日も黒のローブとフードを、かぶって進む。
セレスティナの裏庭の外壁の一部分には、壊れて穴が空いたところがある。
わざとカバーをかける事で見えづらくし、秘密の出入り口にしているところがある。
そこを通ると、偶然、そこを通ろうとした人と頭がぶつかった。
外に出、頭をさすりながら顔を上げると、相手はラークを抱えた黒髪の20代後半くらいの男性だった。
その人物はラークを外壁に置いた。
「やぁ、こんばんわ。 身内を運んでくれてありがとう。 ところで、セレスティナ周辺には、許可証を持った人以外立ち入りは禁止されているはずなんだけど…」
「へぇ、それは初耳だったな。 まあ、そこのひんやりお兄ちゃんをわざわざ相手して運んでやったんだ。 多少のことは見逃しな」
「うん、もちろん」
僕は彼の言葉に頷きながらラークを見た。
服にホコリがついているけど、傷は見えないから、本当に気を失ってるだけなんだろう。
「あと、こいつはお返しするぜ」
彼はそう言ってポケットからウェンを取り出した。
ウェンは正体に探りを入れようと忍び込んだらしい。
「こいつでオレ様の正体を探ろうとしたのか? 残念だったな、オレ様魔力に敏感なんだ」
フィリップは確信した。
彼は人外だ。
高位精霊であるウェンに触覚で気づくならともかく、『魔力反応』で気づくことなど人間ではありえない。
「あばよ」
彼はそう言い去っていった。
* * *
「申し訳ありません殿下」
「構わないよ。 まさか人外がいるとは私も思わなかったからね」
あの人外が何の目的で学園に侵入したかはわからないが、警戒は必要になるだろう。
僕はそう確信し、夜を越した。
─セフィル視点─
「かなりマズイことになりましたね」
私─セフィル・ベータ・レティーラは、隠匿結界で隠された中の様子を、魔力の反応を見て観察していた。
「ヴェルトン令息とオベールを相手に完封するとは、そして…四人ですか」
私の魔力感知のレベルはお兄様の契約精霊を超える。
だから隠匿結界により視覚での把握は難しくとも、魔力反応の感知で内部の状況を把握できる。
そうして把握できたのは、生徒会副会長とオベールが暴走して、それを何もか二人が完封していた。
人数は、ラーク・ヴェルドンを相手にしている一人とそれを見ているもう一人、おベールを相手にしている一人、その両方を離れたところで傍観する一人だ。
正体はわからないが、戦闘の様子を見るに、七賢者クラス。
ただ、四人も投入できるわけはないので、分身二体を作れる『無情の魔術師』にもう一人といったところだろう。
「それにしても、『無情の魔術師』様を見るのはいつぶりでしょうか」
思い出すのは、二月前のあの災害。
お忍びで抜け出したあの日。
空は黒雲に覆われ、翼竜が飛び交い、『厄災』白竜が空を泳ぎ、『厄災』黒獣が山を奔る地獄の景色。
その地獄に、現れた空に浮かぶ、どこか古めかしい木製の扉。
扉が開くと同時に、恐怖を感じた。
『死』、最も訪れないと確信した恐怖を、目いっぱいに感じた。
そして、見えない光ー属性を介さない純粋な魔力の光に数々の翼竜が撃ち落された。
私はそれを行った、鎌を持った『無情の魔術師』の姿を後ろから見ていた。
「おそらく、現在はセレスティナに潜入しているのでしょう。 ふふふ、会うことはないと思いますが、妄想と心構えはしておきましょう」
セレスティナで護衛となっているであろう会うことはないだろう。
ただ、会うことを期待して、その準備をしておこう。
私はそう思い、『無情の魔術師』と『沈黙の魔女』の論文を見返し始めた。
「やっぱり、魔術の理解を深めるなら『沈黙の魔女』の、魔術の理解を上書きするなら『無情の魔術師』の論文ですわね」
私は、何十何百回もめくったページを開いた。
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二章閉幕




