第二十話:『夢見の魔女』の一端
ミリアは倒れたラークを横目に、ラークの身につけていた暴走したブローチの修復を終えたミリアは、後ろを振り向いた。
そこには、木の陰に隠れた少女がいた。
「待機はいらなかった、すまない『沈黙』」
「う…う、うん、だ、大丈夫だよ?」
ミリアは自分が倒れた時のために、保険としてモナカを用意していたが、結局ミリアが終わらせたのでモナカの出番はなく終わった。
(使える手札は隠し持っていたほうがいい)
モナカ・エルノートの存在は隠したほうがいい。
七賢者が三人も投入されているのだ。
一人は、表の二人の手が追い付かないときに出したほうが、相手の意表をつける。
「えっと…ミリア、む、無詠唱魔術、つ、つか、えるように、なったんだ」
「…アレは魔術じゃない」
そう、最後の蒼炎の弓矢は魔術ではない。
アレはミリアが発明した『魔力変質』…魔力の性質・状態を変化させる技術だ。
通常、魔力の性質・状態は無で、だからこそ魔術により状態・性質を変え放つ。
魔力はいくつもの魔素とよばれる魔力の素が特定の並びを結ぶことで魔力たりえるが、ミリアはその並びを弄ることで、魔力単体による魔術の再現に成功した。
これを魔力変質という。
魔力変質は魔術とは違い、魔術式を介さず、魔術師本人が手作業で行うため、魔術式、つまり詠唱を必要としない。
そして当然、自分の魔力を使わず、空間に存在する魔力を使用すれば魔力も消費しない。
魔力変質をミリアが行うたびに、見た人々は「無詠唱魔術なんて初めて見た!」と言い湧くが、まったくもって別物だ。
ちなみにラーク戦では魔力の性質を炎に、状態は延焼に設定していた。
ミリアはそのことをモナカに説明した。
「え、えっと、ご、ごめんなさい」
「いや、いい。 ネロ」
「んお?」
ミリアが流し目でネロを見ると、ネロは眠そうなまぶたをこすった。
「はは~ん、さてはオレ様になんか仕事か?そうだろう?そうだよな!」
ミリアはラークの体を引きずりネロに見せた。
「この人を運べ。 場所は適当でいいが、できるだけ外側で、人に見つからないように運べ」
「あいよ~!」
ネロは小さな体を宙に浮かせ回ったと思うと、人の姿に変化した。
見た目は、20代後半の男性で、ミリアの1.5倍の身長だ。
「いっつもこの姿になると思うんだけどよ~、やっぱりミリアってチビdー」
ミリアはネロが言い終える前には腹を蹴った。
「カハッ…」
「さっさと運べ」
倒れたふりをしているネロにそう言うと、ネロはラークを抱えて走り去った。
ミリアはネロの姿を見届けた後、モナカに向かって言った。
「『沈黙』の役割はもうない。 ご苦労」
* * *
ちょうどいい大きさの岩に座りながら、『オベールに対処したミリア』と『ラークに対処したミリア』の視点をミリアは見終えた。
このミリアは本体だ。
そして、二人の対処をした二人のミリアは分身だ。
だが、分身と言ってもその性能は本体と同等、身体能力も魔力量も魔力技術も知識も経験も、本体と変わらない。
唯一違う点があるとすれば、それは衣服と仮面を除いた装備品の有無だ。
ちなみに、分身を作成する人体生成魔術は国の禁忌に指定された魔術ー禁術の一つでもある。
禁忌には、人に有害であったり人類に影響を与える魔術である禁術と、それに相当する魔道具である禁具がの二種がある。
ミリアは禁忌すれすれの魔術を開発したり、分身のような禁術を使用することもあるが、ミリアの功績からそれは黙認されている。
ミリアが出せる分身は二体まで。
不意打ちなどの警戒と不足自体への対応を兼ねて本体は待機している。
ミリアはオベールとラーク、二人の状態を思い返した。
あの二人はひどく消耗しており、心に秘められた感情があふれ出し、またひどい錯乱状態だった。
(…まさか、な…。 いや、向かわせておこう。 アレは『夢見』の十八番だ)
ミリアは、上空で待機している、ニナを抱えたアルファードに指示を出した。
同時に、ミリアの少ない魔力量を、大量に食っていた分身と結界を解除した。
いくら魔力変質は魔力消費がないといっても、他の魔術ではしっかりと魔力を消費するのだ。
ーニナ視点ー
どうしてこうなったんだろう。
* * *
「魔女様、『無情の魔術師』様より、魔女様を連れ待機するよう言われましたので、お連れ致します」
「はい、お願いします、アルファードさん」
私は寝ているところをネロ君に起こされ、色々聞かされた。
どうやら大きな魔力反応が二つあって、それにミリアが向かうらしい。
私が七賢者の姿をし終えて部屋から出たときにはもうミリア達はいなくなっていた。
そして、私はアルファードさんに掴まれて部屋から出た。
* * *
今、私は遥か上空で浮遊しているアルファードさんに掴まれている。
「今ミリアは戦ってるんですか?」
「ええ、魔術師様は二人と戦っています。 魔力反応が高いので、かなり戦闘が激化しているのだと思います」
私も高い魔力反応を感じて、一応と思ったのでアルファードさんに聞くと、私と同じだった。
私たち二人とも高い魔力反応を感知しているのに、戦闘の様子が見えないのは、私たちが上空にいるからではない。
たぶん、ミリアが隠匿結界を張っているからだ。
隠匿結界というのは、結界展開時の情景から変えないことで、内部で起きたことを外部に視認させない結界だ。
「魔女様」
「どうしました?」
「魔術師様から伝言です」
「伝言?」
ミリアが伝言するということは、もう戦闘は終わったということだろうか、いや、まだ魔力を感じる。
「『接敵したオベール・トランペットとラーク・ヴェルトンは、精神干渉魔術を使用された可能性がある。 また、近くにその犯人がいる可能性大。至急、対処を要請する』」
「え! 精神干渉魔術!?」
精神干渉魔術は禁術に指定されている魔術の一つだ。
使用することで対象の洗脳、記憶の欠如などができるかわりに、対象は錯乱状態や強い恐怖に煽られたり、後遺症として精神の不安定化などもあり、最悪死に至る。
そんな精神干渉魔術の使用者が、この名門セレスティナにいると思うと、私はゾッとした。
「追加で『精神干渉魔術・幻惑魔術・夢幻魔術の使用を、七賢者『無情の魔術師』兼『魔術協会会長』ミリア・アルトの名の下に許可する』とあります」
ミリアが私に魔術の使用許可を出すということは、それだけ早急に対処するべき事案だと判断したということだ。
そしてそれを私に託すということは、私への信頼も意味する。
なら、私はその信頼に応えなければならない。
「…アルファードさん、ミリアの言う犯人の下へ案内してください」
「承知いたしました」
* * *
アルファードさんが犯人のかなり近くに接近したと聞いたので、私を下ろしてもらった。
「ここからは私一人で十分です。 アルファードさんは見ていてください」
「よろしいのですか? いくら魔女様でも、増援がいれば厳しいのでは…」
「大丈夫、魔術の使用許可を得た私に勝てる人なんて、七賢者にもいませんから」
* * *
ー七賢者の中で、最強の魔術師は誰か?
それは、レティーラ国内の人々の中でずっと語られている話題だ。
ある人は、『弾劾の魔術師』と言うだろう。
ある人は、『結界の魔術師』と言うだろう。
ある人は、『沈黙の魔女』だと言うだろう。
間違いではない。
三人とも、先に攻撃が当たりさえすれば勝ちが決まるような魔術師だからだ。
この手の話題で、『無情の魔術師』と『夢見の魔女』の名前は上がらない。
『無情の魔術師』は戦闘ではなく研究者の面で知られているし、『夢見の魔女』はそもそもとして知名度が低い。
だが、最強の魔術師がだれかと聞かれれば、素直な七賢者はこう答えるだろう。
「魔術使用許可の出た『夢見の魔女』だ。 次点に『無情の魔術師』だろう」
* * *
私が道沿いに森の中を歩き進んでいくと、小さな家とそこから出てきた担任のソリックス教諭を見つけた。
「こんばんわ〜、ソリックスせ〜んせ♪ こんな夜中に、何をしていらしたんですか?」
「君こそ、こんな夜中に何をしている。 許可なく夜出歩くことは許されていないぞ。 処分を受けたいのか?」
私は彼に少しずつ近づいた。
「えへへ、すみませ〜ん。 と、こ、ろ、で。 ソリックス先生が持ってるその資料って、生徒会のですよね?」
「ああそうだが、何か問題でも?」
「今日、監査になったミリアが探してたんですよ。 前年度の資料が一つ消えたって。 おや先生、前年度の資料を持ってるじゃないですか〜。 いや〜、いい偶然ですね」
私が喋ると、彼はもう口を開かなくなった。
「もしかして、ソリックス先生。 生徒会予算を横領したの、貴方ですか?」
ソリックス先生は私がそこまで言うと資料を手放し、私の頭をつかんだ。
私の小柄な体格では、体格のいいソリックス先生には抵抗できない。
「正解だよ、ニナ・マイル嬢。 魔術の研究には金がいるんだ。 その金を手に入れるには生徒会の予算から引っ張り出すのが一番速いんだ」
やっぱり犯人だったらしい。
「なんで、そこまでして魔術を研究するんですか?」
「私も七賢者の様な天才になりたいのだよ。 かの沈黙の魔女や無情の魔術師に並ぶほどのね」
私は思わずため息を吐いた。
「貴方は天才を勘違いしている。 貴方の言った七賢者の二人は天才でも何でもない」
「何?」
あの二人は天才でもなんでもない。
「貴方の言う天才は、常人には理解できないことを思いつき、そつなく完成させる人間です。 けど、あの2人は、少なくとも、『無情の魔術師』は違う」
私はこれまで見てきたミリアの姿を、思いを知っているつもりだ。
「彼は、幼い頃からの疑問と課題を、ずっと何でだろう、解決するにはどうしたらいいんだろうと考えました。 そして、膨大な魔術式のパターンをしらみつぶしに消し、正解を選びました。
貴方の言う天才は、本当の天才─もはや神の子です。 ただ、世の中には努力の天才がいる。 貴方の様な悪辣な手段を使わずとも、莫大な時間と思考を費やして辿り着く。 そんな天才g 」
「黙れ。 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れーーー!」
私の言葉を遮って彼は激昂した。
私の言葉がよほど不快だったらしい。
私からしたら、天才に粘着しているこの人こそ不快だ。
「私の素晴らしく美しい完成した魔術式を、私の魔術人生を否定する奴は、何も言わぬ泥人形にしてくれるわ!」
彼がつぶやいたのは精神干渉魔術の一つの詠唱。
特に危険視される、相手の精神を破壊し廃人にする恐ろしき精神干渉魔術だ。
だけど、私に恐怖はなかった。
焦りも感じなかった。
ただ、そこには、静かな怒りがあった。
何でなんだろう?
ああ、そうだ。
(私はこの男に、負けるなんてこれっぽっちも思ってないんだ)
「終わりだ」
彼が詠唱を終えそう言うと同時に、私の額に精神干渉魔術が侵食した
否、しなかった。
「穴だらけにも程がありますよ、この魔術」
「な…どうやって、私の完璧な魔術を解いた!」
「簡単です。 貴方の魔術式には、対象を『発動者が触れた相手』に指定しています。 これを書き換えました。 対象は『先に指定した対象に触れた者』です。 つまりは、ソリックス先生、貴方です」
丁寧に説明してあげた私の解説を聞いたソリックス先生は「…はっ?」と呟いた。
それも仕方ない。
自分が廃人になると言われれば、それは不安になるだろう。
しかし、その心配はない。
魔術の効果を『精神の破壊』から『1分後に対象を眠らせる』に変更させておいた。
そろそろだろう。
「クッ、ば、化け物め!」
彼が逃げ出そうとしたところで、彼は倒れた。
「アルファードさん、ミリアに終わったと伝えておいてください。 あと、私を連れ戻してください。
その後に、この人をローランさんのとこに連れて行ってください」
こうして、事件は終わったのだった。
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