第十九話:氷の散る日
ミリアがオベールを相手するのと同時刻、もう一人のミリアは森の中を駆けていた。
そして森をかけた先の草むらでラークを見つけた。
見つけたと同時に、自分に向かって氷の矢が飛んできた。
ミリアはそれを蒸発させながら、ラークの姿を観察した。
「う…あぁ…」
唸り声を出しているラークを見るに、魔力中毒、そしてそれにより引き起こされる高揚感のまま、症状は最終段階まで進行していた。
魔力中毒というのは、魔力過剰吸収症状による、体が取り込められる魔力量の器からこぼれだした魔力が、本人の体をむしばむというものである。
魔力中毒の症状には五つの重度段階がある。
レベル1、体に疲労感と眠気を引き起こす。
レベル2、体に倦怠感と精神的苦痛を感じる。
レベル3、体の節々から痛みと頭痛が生じる。
レベル4、魔術行使に対する異常な高揚感と、重度の酩酊状態、強烈な全身の痛みを感じる。
レベル5、あふれ出す魔力により引き起こされる大規模・高火力の魔術の無意識的な行使、体の制御の負荷。
ラークの下半身から下は、5メートル、厚さ3メートルはある巨大な氷塊に包まれていた。
ラークが今も身に着けている、胸元の魔力中毒対策のブローチは、不気味に輝き、本来の役割を喪失している。
ブローチは、『あふれる魔力を氷の魔力へと変換する』本来の仕組みが暴走し、『体外の魔力を取り込む』使用に代わった。
これにより、魔力過剰吸収症状の効果が加速し、魔術によりたまる魔力を放出しようとしても、その魔力すら取り込むことになっている。
ミリアはオベールの斬撃とは比較にならないほどの量の氷の矢を蒸発させながら思案した。
まず、オベールのの斬撃よりも威力も量も多く、間隔も短い。
そして、範囲が桁違いだ。
熱の魔力により蒸発させることができるからこそ、オベールよりも対処は簡単だが、気を抜けば出血は免れないほどの威力である以上、油断はできない。
ミリアは言葉を発さず、ただ氷の矢を飛ばすラークに焦りを感じた。
これだけ大規模で目立つ見た目な以上、オベールより時間はかけられない。
そして、ただ氷の矢を飛ばすだけの知能の低下にも違和感を感じた。
重度の酩酊状態からくる知能の低下と思えば納得はできるが、それでも氷の矢を飛ばすだけ?
そんなはずがない。
ミリアがそう結論を出したと同時に、氷の竜が現れた。
サイズは本物の十分の一にも満たないが、その数は一目見て20以上。
そして、竜たちはミリアに突進した。
ミリアは向かってくる竜を目の前に思った。
(………使うか)
氷の竜、その数20は一瞬で蒸発した。
ミリアの手に宿りしは、夜空の青よりも深く、そして輝く、蒼い炎。
ラークはさらに氷の竜を創造し、その数は目の前を、空をも覆い隠すその量、なんと50以上。
何も考えず突進する竜45、氷の矢と刃を放つ竜10、氷の息を吐く竜5、そしてとどめと言わんばかりにラークが放つ上空から降り注ぐ無数の矢を前に、一瞬、時間にして0,01秒もない中、ミリアは手をかざした。
詳細に言えば、片手で蒼い弓を持ち、もう片手で弦と矢を引いた。
ミリアが矢を放つと、世界は一瞬、暗く青い輝きに覆われた。
ラークの体を包んだ氷も、数々の竜も何一つ意味をなさず、すべてが消えた。
倒れたラークに近づいたミリアは、ラークの額に指先を当てた。
「貴…様、は…一体、なん、なの…だ………」
ミリアは答えず、ラークの魔力を吸い取り、ラークに睡眠魔術を施した。
ーラーク視点ー
私は思い知った、自分の無力さを。
私は思い知った、極限の知を。
私は救われた、輝く光の殿下の手によって。
私が忘れることはない、母上の顔を。
私の幼少期は、父親からの暴力に耐え、母親を喜ばせる行動の日々だった。
いつしか父親は死んだが、なんとも思わなかった。
むしろせいせいした。
いつも母様をたたき、仕事もせず、飲み歩き、愛した女性を裏切る行動をした奴の死因がチンピラに殴り殺されたと知ったとき、自業自得だと思った。
だが、母様は違った。
あの糞みたいな男に、泣いていた。
…確かに愛情はあったのだろう。
生活が困窮したとき、私にヴァルドン侯爵から養子の誘いを受けたときは舞い上がった。
(これで、お母さまに楽をさせられる!)
だが、母様に伝えたとき、私は言われた。
「あなたはやっぱり…貴族なのね」
遠回しに、自分はあの男の血を引いているのだと、拒絶された気がした。
「違います!私は母様の子です!」私には、そんな簡単な、否定の言葉すら、言えなかった。
結局、私は何も言えぬまま養子になり、アーディアの才女ぶりを見せつけられ、魔術を鍛え、そして魔力過剰吸収症状を発症した。
ヴァルドン侯爵はブローチをくれ、アーディアも「心配してない」といいつつも看病してくれた。
それでも、私には恩人たちを家族と見れなかった。
私は今、化け物と対峙している。
意味も分からず、放たれた氷の矢をすべて、魔術を発動させた痕跡すら残さず蒸発させる化け物。
挙句の果てには、数々の氷の竜の相手すら、私から意識を避かすことさえかなわず、瞬時に消えていった。
私ではこの化け物には勝てない。
だが、この者が殿下を狙った刺客なら、私がここで命に代えても止めて見せる─
─私が決死の覚悟で放った魔術たちですら、化け物は蚊をたたくようにつぶした。
私は、この化け物が私の額に指先を当てた時、自分が最後にこれだけを言ったことは覚えている。
「貴…様、は…一体、なん、なの…だ………」
私は、私を射るように冷たい視線を前にして、意識を失った。
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