第十七話:心の内
ヴァルトン侯爵令息ラーク・ヴェルトンは、元はヴァルトン本家の血筋ではなく、遠縁の人間だった。
ではなぜそんな人物が侯爵令息になったのかと言うと、現在のヴァルトン侯爵家の子供は娘しかおらず、跡継ぎとして養子を求めたからである。
ヴァルトン侯爵家は多くの分家を持っていたが、それでも平民のラークが選ばれたのはそれだけラークが優秀だったから。
ラークはその誇らしさを胸に抱え養子に出、侯爵家と生活したと同時に、絶望した。
ヴェルトン侯爵家の人間は、一人一人が超人的な頭脳と記憶力を持つため、『歩く大図書館』とも呼ばれている。
そしてその侯爵令嬢、ラークの義妹であるアーディアの、その称号に恥じない才覚を目のあたりにして、ラークは自分の存在意義を見失った。
当然である。
侯爵家に才覚を努力を認められ養子となったと思えば、自分は本家の人間とは天と地ほどの差があったのだから。
そこからラークはあらゆる分野で知識を蓄えた。
しかし知れば知るほど埋まらないアーディアとの差、しかしラークは自分だけの才を見つけた。
それは魔術。
ラークは魔法を行使する上で最も重要となる魔力量が、アーディアより倍近く多かった。
だから、ラークは魔術を磨いた。
必死に大量の詠唱、魔術式を覚え、いつでも発動できるまでに至った。
それは急速な成長だったが、急速な成長は体の毒となって蝕んだ。
魔力過剰吸収症状。
本来人が減少した魔力を少しづつ吸収することで取り戻すのに対し、体に蓄える魔力の器をたった数分、早ければ数十秒、数秒で回復してしまう症状。
魔力が満タンになっても、吸収は止まらず、体に害が出るまで吸収してしまい、体が耐えきれなければ最悪死んでしまう。
故に、ラークはヴァルトン侯爵から授かったブローチを身につけることで、限界まで溜まった魔力を体外に放出している。
しかし、今はその効果が発揮されていない。
ラークは寮の裏の裏庭の更に奥の森をフラフラ倒れそうになりながら歩き、そして早口で詠唱を唱えた。
あたりの樹木が一瞬で氷像とかした。
魔術を使い魔力を減らせば一時的に楽になれるが、ラークの体は、すぐにまた魔力を吸収してしまう。
しかし、その速度がいつもより明らかに早すぎる。
幾ら魔術を使っても使っても体内の魔力が空にならず、寧ろ、増えていく一方。
その魔力は体を蝕む。
頭が痛い、吐き気もある、目眩がする。
おかしい、ヴァルトン侯爵から授かったブローチかーあれば、大丈夫なはずなのに。
ラークはそう思った。
ラークは、自分に期待してブローチを授けてくれたヴァルトン侯爵の期待に応えなければならない。
ラークは、自分に自分だけの役割を与え、そばにいることを許してくださったフィリップに報いなくてはならない。
そして何よりも…●●に認められてもらいたい…
* * *
オベール・トランペットは、侯爵家ではあまり期待されていなかった。
オベールの生まれ、リザーブ侯爵家には息子はおらず、2姉妹がいた。
オベールは長女で、最初の方は、オベールが侯爵家当主になるものと思われていた。
しかし、姉妹の間では努力では埋まらない才能があった。
オベールは全てのことがある程度できた器用貧乏だった。
妹─ノエールは全てのことが上位までできる、言わば器用万能だった。
当然、両親は優秀なノエールを溺愛し、全てに劣るオベールには見向きもせず、あろうことか侮蔑の視線を向けられた。
そして、当主の座は勿論ノエールが近くなり、更に婚約者までノエールは決めた。
オベールが一番耐えられなかったのは、ノエールは優しかったことだ。
オベールは、ノエールに才能も優しさあるなら、自分は決して勝てないと、ようやく理解した。
ノエールが自分を見下してくれれば、どれだけ楽だったことだろう。
それならば、躊躇なく家を捨てられたのに。
オベールは家の空気に、自分は居ないと思われた空気に耐えられず、逃げるようにセレスティナに入学した。
1年時は楽しかった。
新しい環境で、セフィルと出会い、友人と話し、今までとは違う、バラ色の人生だった。
2年時は現実に引き戻された。
ノエールが入学した。
また比較された、耐えられなかった。
運営会に入り、好きな人もできたのに、思いも伝えられなかった。
3年時も変わらない。
今も、黒い思いがある。
ノエールがいなければ、自分は幸せだったのに…
オベールは風魔術が得意だ。
風は誰にも見えない。
好き勝手にできる。
何者にも縛られない。
オベールは風魔術で、花を吹き飛ばした。
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