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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十章:黎明の魔術師編
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第百十六話:向日葵

 精霊達に迷惑をかけている鈴振り男なる人物を説得すべく、ラーク達は氷霊の案内で森の奥を目指していた。

 氷霊によると、その人物は小さい湖の畔にある、小さな家で寝泊まりしているらしい。

 鈴振り男は現在、残された氷霊とフェンリ、そして下位精霊も契約すべく、支配した精霊達に森を見回らせているのだそうだ。

 フェンリが周囲を警戒するように鼻をひくつかせて言う。


「上位精霊には注意しろ。

 炎霊デスティネ、地霊ナーヴァ、そしてよく分からん通りすがりの風霊。この3体が敵に回った。更に、鈴振り男が雷霊も連れ回している」


 精霊というのは、膨大な魔力を持つ魔法生物。

 しかも精霊は生物として魔術を行使するから、詠唱などしない。

 味方の氷霊はどれほどの強さか不明、フェンリは中位で上位精霊には劣る。

 もし戦闘になれば、後手に回るだろう。

 できることなら説得したいが、支配契約をされているならそれもできない。

 極力、戦闘は回避するに越したことはない。

 ラークが気を引き締めていると、横を歩いているメランがボソッと呟いた。


「通りすがりの風霊…」

「どうした、心当たりでもあるのか?」

「うーん、俺の考えすぎだと思うんすけど…でも、風の上位精霊が敵なら絶対厄介っすよ。

 移動は速いし攻撃見えないし………あっ」


 メランが何かに気づいた声を上げ、右の茂みを見る。ラークも釣られて見ると、赤茶の毛のキツネが飛び出した。


「な〜んだ、狐か〜」

「凍れっ!」


 気の抜けた声を出すメランの横で、ラークは短縮詠唱で氷の魔術を発動した。地面から氷の壁が、キツネを囲むように生成された。


「メラン構えろ!」

「えっ、なんでっすか?」

「冬の試験範囲に魔法生物についての項目があったろうだろうがっ!」

「へっ?」


 キツネを囲んでいた氷の壁が赤く輝き、内側から爆ぜる。氷の壁は日の粉をまき散らしながらバラバラに砕け散った。

 炎を纏うキツネは、真紅の目で鋭くこちらを見る。


「魔法生物は何に化けても目の色だけは変わらんのだっ!」


 キツネが炎に包まれ、炎が膨らむ。炎の中から姿を現したのは、オレンジのドレスを着た20代ほどの赤毛の女。

 その姿を見た氷霊が、悲鳴混じりに言う。


「あれは炎霊デスティネです!」


 炎霊が右手を一振すると、ラーク達の周囲を炎が包み込む。ラークより背の高いメランの倍はある高さだ。

 静かに、確実に。炎は明確な殺意を持ってラーク達に狭まる。

 これは結界で守られた魔法戦ではない。この炎が当たれば、確実に死ぬ。

 冷たい汗がラークの背中に流れる。


(落ち着け…落ち着くんだ)


 自分に言い聞かせながら、フェンリに問う。


「フェンリ、私達を乗せて走れるか?」


 フェンリは不満げに鼻を鳴らしてから、早く乗れと言わんばかりに体を伏せる。


「メラン、私が指した方向に火球を放て」

「はいっす!」


 二人はフェンリの背中に跨った。メランが前で、ラークが後ろだ。メランは詠唱を始め、ラークも短縮詠唱をする。

 ラークが攻撃方向を指差すと、メランがそこに向かって火球を放った。


「いっけーーー!」


 メランの火球は炎の壁とぶつかり爆ぜた。ラーク達の進行方向に大きく穴が空いた。


「凍れっ!」


 メランの火球により空いた穴を塞ごうと炎霊の炎が広がるが、それをさせないようにラークが氷の壁を生成する。

 炎の壁と氷の壁がぶつかり、数秒で氷の壁が溶けていく。

 だがその数秒で、三人を乗せたフェンリが疾走し、炎の壁から抜け出す。フェンリはその勢いのまま森の奥へ逃げようとしたが、右の前足から崩れ落ちるように倒れる。

 フェンリの背中に乗っていた三人は身を投げ出され、地面に叩きつけられた。


「ぐっ、うっ…何が、起こった?」


 ラークが呻きながら体を起こすと、目を見開いた。

 フェンリの前足に炎の矢が刺さり、光の粒─魔力が流れていた。そして炎霊が、周囲に30はあるだろう火球を浮かせながらゆっくり近づいてくる。

 ラークが火球を防ごうと短縮詠唱を始めるが、それよりも速く火球が降り注ぐ。


(間に合わない!)


 炎の雨はラーク達を焼き尽くそうと目がくらむような輝きを見せながら振り注ぐ。

 だが、その輝きは一瞬で何かに遮られた。


(これは植物の…いや向日葵(ひまわり)?)


 炎を遮ったのは向日葵の葉だ。だがラーク達よりも大きい向日葵の葉がラーク達の目の前に広がっていく。更に葉は広がり、重なり、ラーク達を守る壁になった。

 炎霊が操る炎は、さすが上位精霊なことはあって威力はあるが、広がるのが遅かった。一定以上まで威力を上げると速度が遅くなるという、魔術師の当たり前は精霊にも適用されていた。

 炎霊の炎は向日葵を焼くが、それよりも早く向日葵が再生する。

 炎霊は押し負けることを確信したのか、後ろに一歩下がる。

 そしてその瞬間、音もなく、炎霊の横の空中に、黒い仮面の銀髪の少女?指を銃のように構えながらが現れた。

 炎霊が一瞬少女に目を向けた瞬間─


発動(アード)


 少女が呟くと、蒼炎が炎霊を包み焼き、一瞬で灰にした。


(なっ…!)


 ラークは心の中で絶句した。

 この少女は、自分達が逃げるだけで手一杯だった炎霊を、たった一瞬で、たった一つの行動も許さず倒したのだ。

 つまり、彼女とラーク達では、絶対的に埋まらない差がある。

 もし彼女がラーク達を襲うつもりなら、ラーク達は逃げることすらできないかもしれない。

 だが炎霊を倒したことから、もしかしたら協力できるかもしれない。

 ただならぬ緊張の中、少女は着地すると、ラーク達を一瞥すると、何も無かったように後ろを振り返った。

 ラークも釣られてそこを見ると、もう一人、190cmはあるだろう長身で、筋肉質な男が出てきた。

 ラークが炎霊の増援かと短縮詠唱を始めると、男は「タンマタンマ、ちょっと待っておくれよ」と両手をあげながら言った。


「俺達は味方だよ」


 * * *


 フィリップは間に合ったか、と声を出さずに呟き、白い制服の上に外套を羽織った。

 ラークとメランは無事、『無情の魔術師』と『繁茂の魔女』に引き合わせた。


(少し様子を見るとしよう)


 後はタイミングを見計らって彼と接触し、交渉するだけだ。

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