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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第十章:黎明の魔術師編
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第百十三話:精霊との協力

 寝ていたラークは肌寒さに震え、手探りで毛布を探す。だが指先に毛布の感触はなく、カサカサと枯れ草の擦れる音と柔らかく湿った土の感触が残った。


(これは…土と草?)


 ラークが寝ぼけているだけだろう─と楽観し、寝返りをうつと、カサカサ枯れ草が揺れるのが分かった。

 ようやく医務室のベッドで寝ていないことに気づいたラークは、眠さに耐えて目を開けた。

 ラークは自分が寝かされていた場所に気づくと、目を見開いて硬直した。


「…ここ、は…」


 ラークが寝かされていたのは洞窟の中だった。

 洞窟と言ってもかなりの広さと高さがある。これなら立って頭をぶつけたり、万が一魔術を使っても巻き込まれずに済みそうだ。

 奥の方は外に繋がっているのか、夜空の光が見えた。

 ラークが洞窟の様子がすぐに分かったのは、明るかったからだが、特に明かりとなるものはなかった。だが洞窟内には幾つもの淡い小さな光の塊がフワフワと漂っていた。


(これは…まさか、下位精霊?)


 ここまで多くの精霊が集まることがあるのか─とラークが驚愕している横で、メランはぐっすり眠っていた。

 二人の下には乾いた草が大量に敷き詰められていた。シーツ代わりのこの草と、毛布代わりの枯れ草が、二人の凍死を防いでいたのだ。


「メラン・バグオール。さっさと起きんかっ…!」

「うぅ…副会長、今日の朝食は鶏のモモ肉がいいっす…」

(寝ぼけている場合かっ!)


 今が非常事態であることは見て分かる通りだ。

 自分達の状況がわからない以上、怒鳴ることは(はぶ)られた。

 そんなラークの気遣いも関係なく、メランはぐっすり眠っている。


「起ーきーんーかーーっ」


 なるべく低く小さな声で(うめ)きながらメランの肩を揺さぶっていると、後ろから音がした。


「いい夢は見れましたか、人間さん?」


 ラークが勢いよく振り向き、メランも「ムニャ…」と言いながら目をこすった。

 ラークの背後に佇むのは、5、6歳ほどの幼い少年と、猪並みに巨大な狼。

 どちらも精霊ではあるのだろうが、彼らが自分達をどう思っているかは、この待遇だとしてもまだ分からない。

 ラークがどう話すか悩んでいると、まだ眠そうなメランが口を開いた。


「はいはい!ここってどこっすか?」

「ここはレーブンの森です」


 少年は丁寧な口調で答えた。どうやら幼い見た目と年齢は関係なさそうだ。


「レーズンの森というと、魔力濃度が高いから立ち入り禁止になっている場所だな…」

「そうです。わたしとフェンリがあなた達を連れてきました」


 フェンリ、と言い、少年は背後の狼を振り返った。

 灰色の毛並みに紫色の目をしている。おそらく中位か上位よ精霊だ。

 魔力も体力もない満身創痍の自分とメランでは、この2体の相手はできない。

 ラークは少年と狼を交互に見て、相手を刺激しないよう慎重にたずねる。


「お前達は、精霊なのか?」

「そうです。こっちはフェンリル。中位精霊です。私はたぶん…氷霊?」

「…多分?」


 どの階級の精霊か分からない精霊なんて存在するのだろうか。

 ラークが困惑していると、少年は困ったように俯き、答えた。


「わたし、力が殆ど残っていないから、自分のこともよく分からなくなってきたんです」


 そんなことあるのか?とラークは眉間を(しわ)に寄せる。

 ラークは精霊学を学んでいたわけではなかったが、去年受講した基礎魔術学で精霊の見分け方は学んでいた。

 その時の見分け方から推察すると、人の姿をしているこの氷霊は間違いなく上位精霊だ。

 しかし授業では、上位精霊が力を失うと自分の名を忘れるとは教わらなかった。


「人間さん。あなた達を連れてきたのは、この森の精霊達を救って欲しいからです。

 わたしは弱ってもうできることは少ないから、魔力の多い人を探してたんです」

「それで、私達を(さら)ったと?」


 ラークは怒りのにじんだ声で言った。

 それと同時に周囲が氷の魔力がラークから漏れ出たせいで寒くなった。

 夜間ということで寒かったのに、更に寒くなってしまったので、メランは「クシュンっ!」とくしゃみをした。

 すると今まで黙っていた狼がグルルルと威嚇しながら、牙の生えた口から低い声を出す。


「元はと言えば、お前達人間が撒いた種。ならば同族で解決するのが筋。我らがそれにより損益を受けることなどあってはならないことなのだ」


 いきなり喋りだした狼にラークは驚いた。

 中位精霊の中でも力の差は大きい。殆ど喋れない者や流暢に喋る者、そのどちらも多い。勿論喋れるほうが強いと判断されていく。

 つまり、中位精霊であっても、下の方の上位精霊と同等の力を持っているということだ。

 そんな狼なら、今すぐ二人の喉を噛み破ることも難しくないだろう。

 狼は紫の目でラークとメランを交互に睨みながら言う。


「忌々しい人間共。今すぐあの鈴振り男を連れ帰れ。あの男のせいで、この森は半壊だ」


 どうやら、森の精霊達は狼の言う鈴振り男のせいで迷惑を被っているらしい。それを解決するために、2人を連れたわけだ。

 ラークはメランと目を合わせた。メランは「どうするっすか?」と目が聞いている。


(私は先輩だ。ならば後輩を無事に学園へ戻す義務がある)


 だったら敵対行動は愚策だ。素直に協力したほうがいい。


「一体この森で何があったのか、それを聞かせてほしい。それを聞かねば、協力するかどうかも決められない」


 枯れ草の上にラークとメ欄が腰を下ろすと、氷霊もその向かいに座った。狼は変わらず、氷霊の後ろで待機している。

 氷霊はたどたどしい口調で語る。


「今からちょっと前…えぇと、夏の終わり頃に、一人の人間がここに住み始めたんです。その人は部屋で魔導具を作ってたり、何か…実験?みたいなことをしていました。でもうまくいってないみたいで、焦ってました」

 

 実験については、氷霊達もよく分からなかったそうだが、たまにとても大きい魔力反応がその小屋から感じられたらしい。

 魔導具については、そうそう順調にいくものではない。魔導具への魔術付与はとても高度な技術だし、もし攻撃魔術を付与しようと言うならかなり苦難したはずだ。攻撃魔術は魔導具とは相性が悪いのだ。


「そして、その人は度々ここを訪れてたんですけど、秋の終わり頃から来なくなったんです。けど、新年になってからまた戻ってきて…」

「アイツはこの森のそこらの下位精霊と支配契約を結び、この森の殆どを支配したのだ」

「あの、支配契約ってなんすか?」

「はぁ…教えてやる」


 ラークはメランにこのように説明し始めた。

 支配契約とは、普通の契約とは違い、格下もしくは負かした精霊を支配するという契約だ。

 この契約には、普通の契約のような、精霊の自由な行動が認められず、契約主の命令に従うことしかできない状態にする契約だ。


「わたしとフェンリは、ちょっとだけ支配に抵抗できたので、フェンリとこの子たちと一緒に、この洞窟まで逃げてきたんです」


 氷霊の言うこの子たちというのは、この下位精霊達のことだろう。下位精霊を見ている氷霊の顔は穏やかで優しい。

 対して狼はイライラしているの、前足で地面を蹴り、枯れ草を浮かせていた。


「あの男は感知もしているから、近づけば契約させられるから迂闊に近づけぬ。だから契約などすることのない人間がすべきことなのだ。

 わかったら、早くあの鈴振り男を始末しろ!」

「フェンリ、脅すのは駄目です。わたしたちはあくまで頼む側なので…」

「いつまで甘いことを言っている。そんなだから力を失うのだ氷霊よ。それは上位精霊として恥ずべきことなのではないのか?!」


 氷霊は精霊としてフェンリの意見に納得し理解しつつ、人間のラーク達も気遣っていてくれている。

 その姿勢は中途半端で不安定。どちらからも悪い印象を抱かれやすいのだ。

 精霊は涙を流さない。その器官が無い。それでも、ラークには、この氷霊は今にも泣き出しそうに見えた。


「ごめんなさい、人間さん。助けてって言ってるのに…ごめんなさい、ごめんなさい…」


 そう言う氷霊の姿に、ラークの目頭が熱くなった気がした。そして氷霊の姿は、いつも謝るモナカの姿と被って見えた。


「自分の力でどうしょうもない時、誰かに頼るのは間違いではなく、正しい判断だ。謝る必要はない。

 …勿論、無断で連れ去ったことは問題だが」

「俺らってほぼ誘拐されたみたいなもんすからね!」


 気づけばラークは口を出していた。

 ラークは胸を張って答えた。


「此度の件が看過されることなど決してあってはなはないことだ。

 ならば私は、今回の件の解決に尽力させてもらおう。

 メラン、付き合ってくれるか?」

「勿論っす!」


 ラークとメランが協力の返事を返すと、氷霊は泣きそうな顔で歓喜し、2人に頭を下げた。


「人間さん、ありがとうございます!」

「ラーク・ヴェルトンだ」

「メラン・バグオールっす!」

「ありがとう…ラーク、メラン」


 かくして、ラーク達による対鈴振り男作戦が始まった。


 * * *


「以上が、わたくしがレーブンの森で聞き得た情報です。命令にない行動をしてしまい、申し訳ありません」


 洞窟のなかで息を潜み、会話を盗み聞きしていたウェンラポートは急ぎで学園に戻り、その(てん)末を主人であるフィリップに伝えていた。

 ウェンラポートは水の精霊だ。飛行魔術は扱えないが、水の中であれば魚より速く移動できる。

 幸い、レーブンの森の近くには学園の近くまで続く川があったため、すんなりと学園に戻ることができた。


「いやいいよ。君の判断はいいものだったからね。

 しかし、レーブンの森か。確かあそこは『黎明の魔術師』が購入している土地だったね」

「七賢者様が…?」

「そうだね。アズノール公爵に、脅されてるような状態で支持していたね」


(これは使えるな)


 ウェンラポートは、フィリップが目的のために手段を選ばないことは知っている。

 だからウェンラポートは、フィリップが何かをしでかさないか心配だ。


「大丈夫さウェン。そんなに無茶はしない。

 …少し仕事をしてくるよ。ついでに、大事な未来の側近を助け出してこようかな」


 それは本当についでなのか─ウェンラポートは思っだが、主人の心を覗くことは許されない。

 ウェンラポートは心配しながらも、主人ならばどにかするだろう─と放っておくことにした。

評価、ブクマなど、投稿の励みになりますので、どうぞよろしくお願いします!

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