第百十二話:不審
ベッドの中で寝返ったモナカの鼻に、知っている匂いが入ってきた。
冬特有の冷たい空気に、薬や薄いハーブの匂い。これは医務室の匂いだ。
モナカは結構な頻度で倒れたり気絶したりせていたから、ついには医務室の匂いを覚えるまできてしまった。
モナカが薄目を開けると、机の方で誰かが小声で話していた。たぶんフィリップと医務室の先生だろう。
「ライクネット教諭も使い魔を飛ばしていますが、まだ見つかっていないそうです」
フィリップのいつもより低い声と、暗く見える顔からは、緊迫した様子をうかがえた。
見つかっていないとはどういうことなんだろう─モナカが布団の中でジッとくるまっていると、医師が重々しい口調で言った。
「では、私は医務室で待機しているとしましょう」
「お願いします。それとオルフェ嬢が起きたら、すぐに寮へ戻るようにと伝えておいてください」
フィリップは足早に医務室から出ていった。
モナカはフィリップの足音が聞こえなくなったところでモゾモゾと起き上がった。
「あの…」
「起きたか。ぐっすり眠っていたね」
「魔法戦の、決闘って…」
「あぁ、それはヘッケラン・ジェラートの魔導具が暴走したから引き分けになったよ」
どうやらモナカが魔法戦に乱入したことはバレていないようだった。
しかしフィリップの「まだ見つかっていない」がちょっと気になる。
モナカが探るように医師の目を見ると、医師は視線を外して窓の外を見た。
「もう外は暗い。君も早く寮に戻りなさい」
モナカも窓から外を見ると、すでに日は沈んでおり、外は真っ暗だった。他の生徒はもう寝ている時間だ。
モナカは医師からランタンを貰ったランタンを片手に医務室を出た。
モナカは寮部屋に向かいながら、フィリップの言葉について考えていた。
(普段ならフィーちゃんさんにお願いすればよかったんだけど…)
最近、アルファードは姿を見せていない。
いつの間にか、ネロとメロは冬眠してしまったようだし、これからは自分だけで調べるしかない。
モナカは薄暗い屋根裏の寮部屋に戻ると、気絶するようにベッドに倒れ込んだ。
(…よし、がんばるぞー!………)
モナカが意気込みを示した瞬間に、彼女はスヤスヤと眠り始めた。
* * *
コツン、コツン、と窓を叩く音でモナカは目が覚めた。
外はまだ真っ暗闇で、日が変わって間もない時間帯だろう。
カーテンのない窓に目をやると、長髪の人影が見えた。もしかしたらアルファードが来たのだろうか。
(でも、フィーちゃんさんはこんな丁寧なことしない……)
かなり酷いが正当な評価を下すモナカは、モゾモゾベッドから起き上がって窓を開けると、予想外の人物に目を丸くした。
「夜分遅くに失礼」
そう言いモナカの部屋に入ったのは、長髪を三つ編みにした美丈夫、『結界の魔術師』ローラン・ヴァイス。
今日は杖(凶器)を持っておらず、木こりのような服も着ている。
ローランはランタンに火を灯してから、小声でモナカに聞く。
「さて同期殿。簡潔で短い説明と詳細で長ったらしい説明。どちらがいいです?」
ローランの顔は哀愁が漂ってっていた。しかもかなり不機嫌そうだ。モナカの生存本能が、「詳細な方」と答えてはいけないと判断した。
「じゃ、じゃあ簡潔な方…」
ローランは嬉しそうに頷き、一度呼吸してから答えた。
「これから馬鹿をリンチしに行くので、出かける準備をしてください」
(り、リンチ…)
「す、すすすすみません。やっぱり詳しい説明を、お願いしまふゅ」
ローランは面倒くさそうに髪を巻き上げながらため息をついた。
「順を追って説明しましょうか。
今日、ヘッケラン・ジェラートによる魔法戦の決闘が行われましたね?」
「は、はい…」
「私は結界の調整役としてライクネット先生に呼ばれていました」
今回の魔法戦にはローランの弟子メランも参加している。
かつて、膨大な魔力量でゴードンの校舎を破壊したメランに対抗すべく、ライクネット教諭はローランに助力を求めたようだ。
ライクネット教諭は元ゴードンの先生だったから、当然ローランも学生時代に世話になっていた。だからローランは、その恩を返そうと─ついでにメランの実力を確かめようと─二つ返事で引き受けたとのこと。
「そして魔法戦が終わった後、醜態を晒したメランを回収しようと思っていました、が。現場にはヘッケラン・ジェラートとダーウィン・クリームが倒れているだけ…」
「…え?」
「メランと、ヴァルドン侯爵のご子息─ラーク・ヴェルトンが見当たらないではありませんか」
モナカは、全身から血の気が一瞬で引く感覚を味わった。
(メランさんと、ラーク様が、行方、不明…?)
学園の教師達は、一部を除いた生徒達に悟られないよう、しかし大急ぎで捜索に取り掛かっているそうだ。
そこで問題なのは、2人が行方不明なだけなのか、何らかの事件に巻き込まれたのか分からないということ。
今のところ、誘拐犯から身代金の提示はないらしい。が、そもそも身代金を狙うならヘッケランだ。
ヘッケランは実家が『弾劾の魔術師』がいるということもあり、かなり裕福な部類だ。
狙う人物の身元を少しでも調べているなら、ヘッケランを狙いこそすれど、次期当主候補とは言え養子のラークと庶民のメランを狙う真似はしないはずだ。
(だったら身代金目的じゃない…)
「しかし面白いことにですね、感知術式でギリギリ捉えた方向は、北東なのですよ」
「…北東…ですか?」
確か、北東の方角に進めば、そう遠くない場所にレーブンの森があったはずだ。
誘拐犯はどうしてそこを選んだのかは分からないが、モナカはそこと2人のこれからの関係を考える。
「同期殿の思い浮かべている通り、北東にはレーブンの森があります」
「魔力濃度が高いから、立ち入り禁止になっていたんです、よね?もしかしたら魔力中毒になるかも…」
「その心配は無用です。あの2人も魔法戦があったばかりで、かなり魔力を消費しているでしょうから、逆に丁度いいくらいに回復するでしょう」
ローランが説明していると、モナカは思い出したかのように声を上げた。
「あっ!あのっ、フィーちゃんさんってどうしたんですか?フィーちゃんさんなら、すぐに2人を連れ戻せますよね?」
「…あの馬鹿メイドならどっかに消えました」
「え?それってどういう…」
「レーブンの森についての調査中に、私とのつながりを強制的に断たれました」
「それって…かなりヤバいんじゃ…」
ローランは髪をかきむしり、重いため息をついて答えた。
「ヤバいどころではありませんよ。マズいですよ。
これらの意味することとはつまり、精霊を強制的に操ることを可能にするようなものですからね」
国内で精霊と契約している人物はごく少数だ。その中でも七賢者で精霊と契約しているのはたった2人。
そんな精霊との契約が第三者の手で断ち切れると分かれば、契約精霊の圧倒的な力も、制御できない暴力に早変わりだ。
第三者が契約を断ち切るには、魔導具か、よほどの実力者しかいない。そんな実力者など、このレティーラ王国には…
「契約を断ち切れるほどの実力者。いるではありませんか。我らが七賢者に」
その男は、『黎明の魔術師』デリック・ラン・フォーレ。
レティーラ王国一の魔力量を持ち、多くの精霊と契約している魔術師だ。
「そして、その『黎明の魔術師』殿は、レーブンの森の所有者です。
さぁて、『黎明の魔術師』殿はあの魔力濃度の高い場所で何をしているのでしょうか?」
「…精霊の力を試してたり?」
「どうでしょうね」
魔力濃度の高い場所というのは、魔力中毒になりやすい場所だが、逆に言えば魔力の回復が早い場所だ。
精霊は戦闘で多くの魔力を消費するため、魔力回復が早いレーブンの森で実験をしている可能性はある。
「─という、『黎明の魔術師』殿が怪しさ満点の状況で、『黄昏の預言者』殿から伝言です。悪い方の」
モナカは息を呑んで聞く体勢になると、ローランは重々しく口を開いた。
「『黎明の魔術師は、古代魔導具『鏡割りの鈴』『奈落の腕輪』を所持している可能性が高い』」
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