第百十一話:王子様とモナカ
ヘッケランを倒したモナカは、倒れているラーク達を暖かい場所に運びたい気持ちをグッと堪えて、大急ぎで森の外へ出た。
魔法戦が終わった以上、現場の確認に誰かしらがやってくるだろう。しかも、観客席を離れてだいぶ時間が経っている。
あまり長く離れていては、アーリア達に不審がられるかもしれない。
モナカは来た時と同じく、不慣れな飛行魔術を使って観戦会場付近まで戻った。すると、術を解除したところで大きくよろめいた。
普段は魔力を節約する術式を魔術式に入れることで魔力消費を抑えていたが、今のモナカにはそれを忘れてしまうほど、精神的に追い詰められていた。
また、霧の維持や飛行魔術も、一定時間魔力を消費し続けなければならないため、どうしても魔力消費は多くなる。
魔力不足に加え、連日の睡眠不足に栄養不足、精神的疲労が重なり、モナカの体は限界寸前だった。
(早く、戻らないと…心配かけちゃう…)
重い足を動かして数歩進んだところで、モナカは地面に崩れ落ちた。
(駄目…これじゃ、また…迷惑かけちゃう…)
起きなくては、という意思に反して体は鉛のように重く感じ、立ち上がれない。まぶたは重く、目に映るのは暗闇だ。
「オルフェ嬢」
誰かの腕が、痩せ細ったモナカの体を抱き上げた。
細いが筋肉が付いているから、男性だろうか?
(あぁ…また、わたしは、誰かに迷惑をかけたんだ…)
ポロリと溢れた涙の滴で頬を濡らし、モナカは水気を失った唇で呟いた。
「…ごめんなさい……ごめんなさい………迷惑かけて、ごめんなさい………」
* * *
フィリップが抱き上げたモナカの体は驚くほど冷えていて、顔色は青白く、唇はカサカサに乾燥していた。
モナカの体は、女子と言えどもありえないほどに軽く、抱いただけでわかるほど痩せ細っていた。ヘッケランの騒動で、ろくに睡眠も食事も取れていなかったのだろう。
フィリップが医務室に向かって歩き出すと、モナカはポロポロと涙を流しながら呟いた。
「…ごめんなさい……ごめんなさい………迷惑かけて、ごめんなさい………」
どうやらモナカは、夢の中でも誰かに謝り続けているようだ。きっと、この少女の口癖なのだろう。
モナカは周りがそれほど気にしていないような些細なことでも、取り返しのつかない大失敗をしてしまったように、必死になって謝罪する。
(誰も気にしてなんかないのに…)
目を閉じれば、昔の友人の言葉が浮かんだ。
『ごめんなさい、ごめんなさい……いつも迷惑かけて…ごめんなさい………』
そう言って、記憶の中の友人はいつも泣いていた。澄んだ水色の目からボロボロと涙を零して。
今、自分の腕の中にいる少女が、幼い友人の面影と重なった。
2人とも、泣き虫で、臆病で、自分に自信が無くて、すぐに自分を責めて……それなのに、大事なところで 彼を頼ってくれない。
(…本当は、もっと頼って欲しかったのにな…)
フィリップは医務室に入り、モナカをベッドに寝かせた。職員が誰もいないのは、きっと魔法戦の対応にあたっているからだろう。
フィリップはモナカに執着している。そしてそのことも、その理由も、フィリップは分かっていた。
モナカとフィリップの友人はとても似ていた。
泣き虫なところも、臆病なところも、案外見えない優しいところも、欲しいものを与えられたときに犬のように嬉しそうにするのも。
フェリクスは水色の目を陰らせ、小さく溜息を吐く。少し感傷的になりすぎていた。
フェリクスはモニカの青白い肌を指先でつついて、拗ねたように呟いたで。
「もっと、私を頼ってほしいものだね」
フィリップの友人も、モナカも、フィリップを頼ろうとはしなかった。2人はフィリップに何も望んではくれないし、望んでくれないから与えることもできない。そして挙げ句には、「迷惑かけてごめんなさい」と言うのだ。
だから、モナカの言動はいつだって、フェリクスが胸の奥に隠している感情を揺さぶるのだ。フィリップは、彼の友人にしてやれなかった分もしたいと考えていることもあるだろう。
フィリップが拗ねていると、ウェンラポートの反応が魔法戦の現場から離れていることに気がついた。
(おかしいね…ウェンには森でヘッケランの始末をお願いしていたはずだけれど…)
フィリップは契約精霊のウェンラポートに遠隔で、それほど細かな命令はできない。精々が『戻れ』『来い』『続けろ』といった簡単なものだ。
だから、距離が遠ければ遠くなるほど、情報の共有と意思の把握は難しくなる。
フィリップは、ウェンラポートの命令違反を珍しいと思いながら、ウェンラポートを帰らせるかそのままにするか、結論を出した。
(もう少し、様子を見ることにしようか)
フィリップは目を閉じ、昔の思い出を振り返りながら待つことにした。
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