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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第九章:編入編
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第百九話:ガツン

 ヘッケランは、自身が最も待ち望んだ獲物が自ら狩りに参加してきたことに、歓喜に震えていた。

 だが一つ懸念があった。


「この霧、解除しなくていいのかぁ?」


 モナカは現在、森を覆い尽くすほどの霧を発生させている。

 モナカの正体を隠すためとは言え、維持のための魔力消費はそう安くないだろう。

 それに、ヘッケランが知る限り一人の人物を除き、魔術師の魔術の同時発動数は2つだ。

 霧の維持をするということは、ヘッケランを1つの魔術で相手するということだ。

 それをヘッケランが指摘すると、モナカは無表情のまま答えた。


「…片手間で、十分です」


 臆病な普段のモナカからは考えられない挑発的な態度に、ヘッケランは憤るわけではなく逆に興奮した。


「嬉しいねぇ、ゴードンじゃオドオドだったお前がそんな挑発を覚えてくれるなんて…だが、変わったのはお前だけじゃないんだぜぇ?」


 ヘッケランが左手を振れば、無詠唱で火の矢が飛んでくる。

 それをモナカは防御結界で耐えた。さすがは七賢者と言うべきか、硬い。


(この硬さじゃ、火の矢だけで壊すのは到底無理だな。

 なら、これはどうかな?)


 ヘッケランは短縮詠唱で雷の槍を結界に放った。

 結界が軋む。

 ヘッケランの火の矢と雷の槍、モナカの防御結界。このまま押し切れば結界は壊れる。

 モナカは焦らずにヘッケランを見据える。


「…雷の槍は、詠唱がいるんですね」

「無駄口叩く余裕があるのかぁ?」


 モナカは言葉の代わりに、周囲の霧を濃くした。互いの姿が見えなくなるほど。

 モナカはこれに乗じて結界を解除しているだろう。

 そしてそれと同時に移動もしている。モナカが無詠唱魔術を扱うから、何処から魔術が飛んでくるかは予測できない。

 ヘッケランは素早く半球形の防御結界を張り、攻撃への警戒をする。

 今、ヘッケランの周りにはラーク達3人がいる。

 どうやらミリアはもう移動したらしいが、それでも3人を傷つけることはモナカにはできない。

 だからモナカはこの状況で範囲攻撃をすることは出来ないが、ヘッケランには関係ない。


「撃ってこねぇのか?

 このまま隠れてるなら範囲攻撃を放ってもいいんだぜ?

 5…4…3…」


 カウントが減るより速く、霧の中から氷の槍が飛んできた。氷の槍は見るからに込められた魔力は多く、威力は高い。


(俺の防御結界が破られるな)


 ヘッケランは飛行魔術の回避を選択した。都合がいいことに、氷の槍の速度自体はそこまで速くない。

 もしモナカがこの氷の槍に追尾術式を組み込んでいたとしても、追尾効果の有効時間はせいぜい2、3秒程度だ。しかも追尾術式は遠隔術式同様精度が悪い。

 そんな追尾術式は一度軌道修正をするまでが精一杯。

 なら、飛行魔術で一気に距離をとって回避すればいい。

 3秒以上が経過すれば、追尾術式は効果を失うのだから。


─そう、既存の追尾術式であるなら。


「なんだと?!」


 氷の槍は追尾術式の効果時間を超えてもなおヘッケランを追尾する。

 それに精度も、まるで獲物に食らいつく蛇のような正確さだ。

 こんな効果時間と精度の追尾術式を、ヘッケランは知らない。


「…これは、最近開発した、高度追尾術式です。

 …効果時間はおよそ10倍でしょうか。20〜30秒、です」


 これほどの精度ならば3人を巻き込む心配もいらない。

 ヘッケランはゾクゾクと高い興奮を感じだ。

 あのバケモノ、無慈悲で冷酷で高慢なバケモノ、モナカ・エルノートが、自分に開発したばかりの術式を使用している!


 現状、モナカは霧と氷の槍の2つを発動している。これ以上の魔術が来ることはない。

 それに対しヘッケランは使用しているのは飛行魔術だけ。まだ1つ余裕がある。

 ヘッケランは氷の槍の追尾時間をカウントしだした。現在は10〜20秒といったところか。


(追尾効果が切れた瞬間に畳み掛ける!)


 幸い氷の槍の速度は、飛行魔術に専念すれば十分に避けれる速度だ。ヘッケランが次の攻撃のために少し高度を下げた瞬間。

 前方に青い光が見えた。

 そして視界が青く染まり、遅れて左目に激痛が走る。


「ぐっ…!ああっ!」


 激痛に飛行魔術の操作を失い地面に倒れるが、高度を下げたおかげで衝撃は少なかった。

 だが、ヘッケランを追尾していた氷の槍がヘッケランの背中を貫いた。

 同時に、複数の火の矢がヘッケランの四肢を貫く。

 あまりの激痛に絶叫しながら、ヘッケランは状況把握に努めた。


(左目を貫いたのは?青い(・・)火の矢?モナカは手一杯だからあり得ねぇ。なら一体誰だ?…まさか!


 …青いのはミリアか!


 クソッ、勝手なことしやがって…

 なら後の火の矢は?ミリアが青なら誰だ?

 ラーク・ヴェルトン?それかメラン・バグオール?それともダーウィン・クリーム?

 いや違う!あれは、あの矢は!


 ………俺のだ!)


 サクサクと土を踏む音が聞こえる。左目を押さえて顔を上げると、モナカが自分を、表情を変えずに見下ろしていた。

 モナカの指には、ヘッケランの持っていた指輪がつままれていた。


「ヘッケラン先輩は魔法戦が始まるまでは右手にも指輪をつけていました。それなのに今は外している。

 右手の指輪を、仕込んでいたんですね?」


 ヘッケランは、ヒッヒッと喉を震わせ笑った。


「ルール違反じゃあねぇなぁ。これは魔法戦(・・・)だからなぁ」


 魔法戦を何故魔術戦と呼ばず、魔法戦と呼ぶのか。

 これは、魔法戦で使用されるものが必ずしも魔術だけと限らないからである。

 そもそもの魔法戦の始まりは、実戦に対応できる魔術師を育てるためのものだ。実戦では魔術だけで勝敗は決まらないのだから、魔法戦で魔術以外が許可されても何ら不思議ではない。

 魔法戦では、ダーウィンの使った魔法剣、ヘッケランの使った魔道具も使うことができる。

 だが魔道具を使おうとする人間は少ない。

 何故なら魔道具は基本的に使い切りだからだ。

 ヘッケランは威力を極限まで殺したことで連射は可能になったが、並の威力で連射も可能とするのは『無情の魔術師』作成の魔道具のみだ。

 そしてそれらを使いこなすことができる人物も『無情の魔術師』その人だけだ。


 ヘッケランの魔道具は、人差し指につけた指輪を司令塔とする10個でセットの魔道具だ。

 左手人差し指に魔力を送ることで、残り9個の指輪から火の矢が飛び出る。

 ヘッケランはこれを気づかれないよう使うことで無詠唱魔術を真似たのだ。

 それに気付いたモナカは氷の槍で追尾させている間に指輪を1つ1つ解析し…


「書き換えやがったなぁ?俺の魔道具を…!」


 モナカは魔道具に記された、所有者を表す魔術式を、ヘッケラン・ジェラートけらモナカ・エルノートに書き換えたのだ。

 常時なら数時間、上級者でも数十分はかかる魔術式の書き換えという超高難度テクニックを、ヘッケラン相手の片手間に行ったのだ。

 それをこのバケモノは、何とも思っていないのだ。


「以前ローランさんの結界を書き換えたときがありました。その時には1分以上かかりました。

 けど…貴方の物(これ)の書き換えには5秒もかかりませんでした。こんなダミー術式なんて、子供だましも同然」


 そう言いモナカは指輪を、玩具を扱うように手のひらで転がした。

 薄暗い森の中、かの『沈黙の魔女』は高慢に呟いた。


「そんな小細工を使って再現したかったんですか?無詠唱魔術(これ)なんかを」


 そんなに簡単に言い切るモナカを見て、ヘッケランは更に興奮した。

 全魔術師が絶賛する無詠唱魔術すら、この魔女にとっては大した技術ではない!


「ヒヒッ、やっぱりお前は最高だぜぇ!

 さぁ、命じてくれよ『圧倒的な力の前にひれ伏せ』ってなぁ!」


 すると、今まで無表情だったモナカは、困ったように眉先を下げていた。先程の無慈悲さは無くなり、オドオドとした少女の態度だ。


「……あ、あのぅ、跪かなくて良いので……わ、わたしの正体を伏せて、任務に協力するって、約束して……ください」

「俺を従わせたいならちゃんと躾けをしてくれよぉ?とびっきり、キツいやつで、ガツンと俺をイかせてくれぇ?」


 モナカは主導権を奪った手元の指輪に魔力を込める。

 周囲に配置された指輪と、ヘッケランの右手の指輪が赤く発光した。

 指輪から生まれた火の矢は、一斉にヘッケランを取り囲む。

 モナカはヘッケランのお望みどおり、一言告げた。


「…ガツン」


 火の矢は、愉快そうに口を三日月に歪めるヘッケランに振り注いだ。

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