第百七話:ミリアの狩り
3人がヘッケランを相手している中、ミリアは結界の外れに向かっていた。
外れに到着すると、長い白髭を撫でる痩せた男─ライクネット教諭と、長い三つ編みを美丈夫─『結界の魔術師』ローランがいた。
「やぁ『結界』。調整ご苦労だね」
「師匠、よくここが分かりましたね」
ミリアは左手に巻き付けた鎖を外し、それをローランに手渡した。
「ローラン、『鳴鎖』の後始末は君に任せよう。
魔力はもう無いから勝手に発動はしないだろう」
鳴鎖自体は、ミリアが万が一の事態の為に持ってきた魔導具だ。
(鳴鎖を使えば、あの3人がヘッケランを倒せるぐらいには消耗させられると思っていたけど…)
万が一のために残しておきたかったが、ミリアの正体がバレるのを防ぐことが優先だ。今回はそのために使用したのだ。
しかしこの魔導具は禁具指定にされているものだ。
本来戦争や内戦で使用される危険な魔導具をそうホイホイ使う真似はできない。
一度使った以上二度目は使えないし、それなら管理者のローランに渡しておこう、というわけである。
「だけどねぇ、あんなに派手に使ってよかったのかい、ミリア君?
中には鳴鎖と、それに直撃していないミリアを勘ぐる生徒もいるだろうけど」
ライクネット教諭が髭を撫でながら首を傾げ聞いてくると、ミリアは微笑みを返した。
「生徒では、怪しんだところでどうにならない。なら問題ないでしょう」
ミリアは森の方へ戻ろうと踵を返した。
「ミリア君、やり過ぎないようにね」
ミリアはピクリと肩を震わせ立ち止まったが、何も無かったように手を振り歩き出した。
* * *
森の中を歩きながら感知術式を発動すると、どうやら三人は既にヘッケランに負けていたようだった。
ミリアは歩きながら呟く。
「ふ〜ん。意外とやるもんだね」
ミリアは銀の装飾が施された黒い鐘─『晩鐘』を手に持っている。
晩鐘の役割は、鳴鎖の余分な魔力を吸収することともう一つある。
鳴鎖のような強力な魔導具は、その威力と範囲に比例して周辺の空気の魔力配分配合を乱すことが多くある。今回の鳴鎖は威力を抑えたことで影響は少なくなっているが、それでも一部乱れているだろう。
また、それが起きることで、魔力暴走が起きやすくなる。
その魔力暴走の魔力を吸収することが、晩鐘のもう一つの役割だ。
晩鐘は国の重要な魔導具であり、禁具の一つだ。盗まれるなどあってはならない。
ミリアは適当な場所に晩鐘を設置した。
そしてその周りに、外部からの干渉を拒否する結界を半球形に張った。これで晩鐘が盗まれることはない。
だが、そこで一つ問題が生じた。
結界を維持する必要があるため、ミリアが発動できる魔術数はあと一つに絞られるのだ。
つまり、それだけ手数が減るということだ。
それにヘッケランにそれが気づかれれば窮地に追いやられる可能性が出てくる。
(まぁ、私個人としては勝たなくていいんだけどね)
今回の決闘にミリアが参加したのは、ヘッケランにグレイシーとフラムを人質に取られたからだ。
ヘッケランからは、負けたら魔法戦をしてもらう、と言われたわけでもない。あくまで参加までだ。
今回のミリアの暴挙は、2人に手を出したヘッケランにお灸を据えることが一つ。
またヘッケランはミリアを参加させるにあたって、ミリアを指名した。その時に、周囲はミリアを『もしかして魔術が強い?』と思わせてもいるだろう。
それをある程度は解消しておかなくてはならない。
(─つまり、戦いと呼べるレベルで戦った後に、きっちり負ける必要がある)
ただ、モナカがヘッケランと魔法戦をする羽目になるのは面倒臭い。何せモナカの力と正体がバレる可能性が極めて高いからだ。
周囲の人間は皆モナカとヘッケランの関係をあっちの方向に考えている。
(…逆にそっちで考えてくれれば対応が楽なのでは?)
それにどうせローランかモナカが対応するのだろうし。
「いや流石に駄目だな」
ミリアが思考を口に出すことで振り払うと、目の前には、三人に火の矢を放ちいたぶっている変態─ヘッケラン・ジェラートがにいた。
彼はいたぶりながら三日月の気持ち悪い笑みを浮かべていたが、ミリアを見つけるとそれを更に歪めた。
「ようやく見つけたぜぇ?
感知術式を発動しても全く見えなかったから警戒してたっていうのに…一体何処にいたんだ?」
「森さ。僕は歩いていただけ。
単に君の感知術式の腕が低いだけだね」
ヘッケランはミリアの言葉を最後まで聞くことなく、短縮詠唱で雷の矢を放った。
* * *
ミリアは体を横に捻って雷の矢を回避し、詠唱しながらヘッケランに向かって走り出した。
(なんのつもりだぁ?
ミリアなら超短縮詠唱をして終わりだろうに─いやそうか。
正体をバラしたくないアイツにとっては、観客がいるこのステージは不利)
ヘッケランの読み通り、ミリアは観客の目があるこのステージ内で超短縮詠唱を使うことはできない。
しかも結界の維持にストックを使用しているからまともに戦うことは厳しい。
という状況でミリアが取った戦法は…
(あの詠唱…まさか結界!?)
ヘッケランはミリアに殴り飛ばされた。
本来、ミリアの物理攻撃は魔法戦の結界に無効化され、相手の魔力も減少しない仕組みのはずだった。
しかし、ヘッケランはダメージを食らい、魔力の量を減らしている。
一体どういうことなのか?
ミリアは、薄い結界を拳に張ることで、物理攻撃の判定を突破したのだ。これがローランが発明したいわゆる『ザ・不良戦法』なのだ。
「くっ!」
ミリアが殴りを続けると、ヘッケランは避けながら後退していく。
ヘッケランは思いもよらないミリアの攻撃に戸惑いながらも、なんとか対処しようと短縮詠唱で雷の矢を放つが全て避けられる。
一度距離を取ろうと離れようとしても、飛行魔術の詠唱を始めても、その前に殴られる。
(なら!)
ヘッケランは逆に近づき、ミリアの腹を思い切り蹴った。
魔法戦では物理攻撃は無効化されるが、その衝撃は無効化されないのだ。
お互いに距離を取る形になった。
ミリアは髪を捲し上げながら体勢を整え、ヘッケランはミリアに悟られないように短縮詠唱を始める。
するとミリアは何かに気づいたように眉をピクリとひそめ、明後日の方向に視線を飛ばした。
「思ったより早かったな」
その一瞬の隙を見逃すほどヘッケランは甘くなかった。
ミリアの四方から雷の矢が同時に飛び出す。
反応が遅れたミリアは上に飛んだが、それと同時にミリアの背後から雷の槍が飛び出す。
ミリアがそれを捻ってギリギリで回避すると、その不安定なミリアを火の矢が貫いた。
ミリアは地面に倒れた。そして起き上がれないフリをした。
(なるほど。奥の手はそれか。
意外とこすい手を使うな)
ミリアが先ほども3人を襲った火の矢の秘密を解くと、ヘッケランが不機嫌そうにミリアをたずねた。
「お前、俺に手加減してたなぁ?」
「手加減?何のことだか」
「お前、魔術をドッジ発動してなかっただろ?」
「同時発動なんて真似するほど、私はこの学園で魔術を習ってないからね」
「そうかよ」
ヘッケランが吐き捨てるようにそう言うと、ミリアは思い出したように呟いた。
「ちなみに、まだ魔法戦は終わってない」
「あぁ?そりゃ一体どういう─」
ミリアを問い詰めようとしたヘッケランだったが、そこで彼の周囲は深い霧に包まれた。
「…あっひゃっひゃっひゃっ!そうか、そういうことか!全く、最高だぜお前は!
…なぁ!『沈黙の魔女』よぉ!」
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