第九話:哀れミリアなり
「ミ〜リア。 初日だったけどフィリップ殿下かセフィル殿下とは会えた?」
ミリアとニナが授業を終え、2人で部屋に戻り、ニナが話を切り出した。
「一応、王子殿下と会いはしたね、王子殿下の方は警戒心ダダ漏れだったけど」
ミリアも自覚していたが、相手の警戒心は高かったし、エリックと呼ばれた茶髪の生徒会員を見るに暗殺者として自分が疑われていた。
そしてエリックが腕を掴んだが、びくともしなかったのだ。
エリックにどれほどの力があるのかは分からないが、ミリアは怪しまれたと確信していた。
「私が怪しいというのは、王女殿下にも共有されてるだろうから、私は補助に徹する。 ニナが主となってやってくれ」
「分かった。 けど…ミリアはもう近づかないの?」
ミリアはゆっくりと首を振る。
怪しまれた以上、積極的に近付くのは任務の失敗に近付く。
この護衛任務は2人の王位継承者を…つまり次代の王を守る為の潜入だ。
ここで失敗するわけにはいかないのだ。
「ああ、私はあまり近づかないようにする。 あちらから接触してくれば話は変わるが…まあ、無いだろうから特に考えなくてもいいな」
「ふ〜ん…ミリアがそれでいいならそれでいいけど。
…ねぇ」
「どうした?」
「セフィル殿下に誘惑されても乗らないでよ?」
ミリアは言葉の意味がわからず少し沈黙した。
「もう、分かった!?」
「う、うん…」
ミリアは咄嗟に返事をしたが、先ほどの言葉の意味は何だったのだろうか、と聞くと。
「自分で考えてよ!」
と青髪を薄く染めた空色の髪をなびかせて反対に振り向いてしまった。
* * *
「よぉ、お疲れさん。 初日で王子か王女とは会えたのかよ?」
「もう、ネロ、ミリアがそんなことできると思ってるの?」
ミリアが部屋に戻ってきてから夕方を越え日は沈み、もう夜になっていた。
ニナは湯浴みをしに大浴場へと向かった所だ。
それと同時にこのうるさい猫達は帰ってきた。
「会えた。 警戒されたからほぼ失敗だが。
お前たちは、何か殿下方の情報を得られたのか?」
ミリアが無表情のままそう言うと、ネロとメロは「待っていました!」と言い、そして喋り始めた。
「俺様は、リチーズ?…って第二王子は生徒会所属らしいぜ! つまり、生徒会役員になれば自然に近づける!」
「そして私は! セフィル第二王女は、生徒達の両親の貴族達を相手にする相談事務所で働いてるんだって! だから、その相談事務所の一員になれば、きっと近づけるわよ!」
「俺様…「私…すごいでしょ!」だろ!」
猫達は誇らしそうに鼻をふんふん鳴らしながらこう言った。
実際、役に立ついい情報ばかりである。
だが、あやしまれた以上は迂闊に近づけないのだ。
そして、所属の仕方がわからない。
生徒会になるには成績をひたすら上げて生徒達からの信頼を得ればいいのか、相談事務所なら事務作業と対面での会話の手腕で決まるのか、予想はできるが確定はしていない。
なので、2匹の得た情報は有益だが、実際に活かせるわけではないのだ。
それを2匹に伝えると、こう返してきた。
「でも、ミリアって七賢者の1人でしょ? 物凄く凄くて凄いんでしょ? 何とかなるんじゃないかって私は思うけど」
「そうだぞ! 相談事務所とやらはともかく、生徒会に入るための勉強はお前もそこそこできるんだろ?」
2匹はこう言ってくるが、そういうことではないのだ。
ミリアはゆっくり首を横に振った。
「違う、確かに勉強はそこそこ出来るが、セレスティナで上位10%に入れる程でもない。 精々が20%だ。
そもそも、ゴードンは魔術関連の問題が多く、実戦問題があるのに対し、セレスティナでは量も質もケタ違いの幅広い問題、貴族社会で役立つ技能テスト。 2つは全く違うから、魔術師の頭を持ち出すことが間違ってる」
「へ〜、つまりゴードンとセレスティナじゃ問題の『形式』とか『趣向』が違うから、ゴードン出身のお前でも難しいってことか〜。 ハッ、『形式』とか『趣向』とか使えてる俺様カッコ─」
「よくない! しかも要約出来てるつもりで出来てない!」
「な、なんだと〜!」
猫達が一発触発の雰囲気になりつつあるのでミリアが「静かにしなさい」と言うと猫達は背をピシッとし収まった。
すると丁度ニナが帰ってきたようで、扉が開いた音がした。
「戻ったよ〜、あ、ネロくんとメロちゃんも戻ったんだ。 おかえり」
「「ただいま〜!」」
ニナがお帰りと言うとすぐに2匹はただいまと返した。
(この自主性の差は?)
とミリアが首を傾げると、二匹がこっちをニヤニヤした顔で見はじめた。
「いや〜やっぱり、挨拶してくれる主様はオーラが違うぜ〜、特に包容感が」
「同感。 どっかの誰かさんみたいな硬い体じゃ味わえない成分が女の子にはあるからさ〜」
「黙れ」
かなりイラッときてしまったミリアであった。
「それじゃ、俺様達はニナと話してるから用があったら言ってくれよ!」
と最後にネロが言い、2匹はニナの後を追い、部屋の個室の扉を閉めたのだった。
「…私は…本でも読もうか」
ここに本を読み始めた哀れなミリアあり。
* * *
─ニナ視点─
私は個室に入るとミリアの抱き枕を抱えてベッドの上をゴロゴロしまくった。
私は今、ミリアと相部屋を使っている。
私は個室だが、たしかにミリアと同室なのだ。
「これから明かり消したら、ミリアがそっと近づいて「ニナは私のものだよ」なんて言ってきたりして─きゃー!」
私はベッドの上を更に激しくゴロゴロし始めた。
こんなはしたない思いを知られたら彼はどう思うのだろう─
私はそんなシュチュエーションを考えてミリアエキスを摂るのだ。
今日から一緒になるから、ミリアエキスの過剰摂取で倒れないかだけが心配なことだ。
私はそのようなことを考えながら今日のミリアの姿を思い出した。
「ミリア、今日もかっこよったな〜。 あんな演技ってできるんだ〜」
すぐに思い出すのはミリアが自己紹介の時に言葉を詰まらせながら喋る演技だ。
アレは区切りの悪さで喉の痛みに耐える様子を、少し言葉と言葉の間隔を空けることで喉の苦しさを表現していた。
「私にはあんな演技できないや。 やっぱりミリアは凄いな〜」
「おう、何だ? そんなにミリアの演技はうまかったのか?」
私が言っているとミリアの猫達のネロくんとメロちゃんが入ってきた。
「そうなんだ〜、特に苦しそうな演技がすごくてね、私もうっかりだまされちゃうところだったよ〜」
「って!お前は一番簡単に騙されちゃいけないだろ〜!」
ネロくんは私のボケに気づいてツッコミしてくれた。
それは嬉しいのだが…何か少し違うような違和感を持った。
「仕方ないよ、だってミリアの演技が上手すぎたんだもの!」
「へ〜、そんなに上手かったのね。ミリアに甘々のニナが言ってるから信用しないほうがいいわよ(小声)」
「聞こえてるわよ」
メロちゃんはいつも余計な一言を言うので耳を澄ませている。
うまく行けばずっとネタにできるほどの話があるので、全部を聞き逃してはいけない。
そう考えている、そこで私は思い出した。
そう言えば、私は今もミリアの抱き枕を抱いているんじゃ…
「てりゃ!」
私は抱き枕を勢いよく枕の位置に置いた。
これなら見られても不審じゃないし、枕だからたくさんミリアエキスを摂れる一石二鳥なのだ。
猫達は投げ出された枕を見るとこう言った。
「そんなにアイツが好きなこと隠したいのか?」
「仕方ないでしょ、そういうお年頃なんだから」
「はわわ…」
私は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしさで倒れてしまうんじゃないかかと思った。
「み、ミリアって凄いよね。 10歳で何個も論文出して七賢者入りだよ?」
私は話を逸らそうとミリアのことを話し始めた。
実際、本音だ。
先人たちですら思いつかなかった超短縮詠唱の『詠唱に新たな読みを作り、それを短縮する』、『魔力の性質を変化させ』魔術を魔力だけで再現する魔力変質。
特にこの2つは、ミリアこそ成し得た革新だと私は思う。
「いや、ニナも10歳で七賢者入りでしょ?」
「う〜ん、そうだけど…私には魔術しか取り柄がないから」
そう、私には魔術しか取り柄がない。
ミリアほど研究は出来ないし、ローランさんみたいな強かさもない。
こんな私にミリアは振り向いてくれるのかと思うと、思わずため息が出てしまった。
「─ニナ、フード準備。 ネロは動き出せる準備」
「え?」
メロちゃんが変なことを言ったと思うと、メロちゃんは個室を出てミリアに伝えた。
「ミリア、窓の外を見て!」
* * *
ミリアが本を読んでいると、ニナの個室からメロが飛び出してきた。
「ミリア、窓の外を見て!」
ミリアは瞬時に窓を開け外を見た。
メロは魔力感知が得意で、壁や床すら通り抜けて数kmまで感知することが出来る。
そのメロが「窓の外を見ろ」と言うなら、それはメロでも完全に感知できなかったorミリアに視認させる必要があることを示している。
ミリアはその意図を瞬時に察し、窓の鍵を開け窓の外を見た。
(表庭に誰かいる。 特徴を覚えろ。 全身黒服、フードで頭を隠している)
「ミリア、黒服の顔を確認して」
ミリアは言われた通りに顔を見ようとしたが、黒服の顔は見えなかった。
しかし、かすかにフードの中から金髪の髪が見えた。
黒服は見られたのに気づいたのか、学園の寮に向かって走り去っていった。
「嘘だろ?」
あの黒服は第二王子か第二王女を狙う刺客だろう。
そんな黒服に寮で暴れられたらどうなるかは分からない。
「ネロ、あの黒服が寮内にいないか探索しろ!」
「分かったぜ〜!」
ネロはそのまま部屋を出て探しに行ったが、結局見つけられなかった。
ミリアは不安を抱いて夜を越し、ニナと共に教室へ向かうのだった。
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