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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第九章:編入編
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第百三話:決闘宣言

 生徒会室の柱に飾られた時計を眺めながら、ラーク・ヴェルトンは苛々としていた。もう役員会議が始まる時間だというのに、モナカが一向に姿を見せないからだ。


「…オルフェ会計は何処に行ったのだ」

「今日役員会議があるのは知ってるはずなんですけど…」


 ニーアが困ったように呟き、エリックは「さっさと始めようぜ」と開始を促し、即座にアーリアから「ええっ!」と驚かれた後注意される。

 ミリアはさぞどうでもいいと言わんばかりに事前に配られた資料を読み進めている。

 無言でいるメアリーがフィリップの言葉を伺うように視線を向けると、フィリップは「…おや」と呟いた。


「…何か、声が聞こえないかい?」


 耳をすませば確かに誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 このみっともない泣き声のような悲鳴はラークが知っているものだ。モナカの悲鳴だ。

 モナカが驚いたり転んだりする度に奇怪な悲鳴を出すのは慣れたものだが、ただ今日はやけに悲鳴が長い。

 徐々にモナカに悲鳴が大きくなってくる。

 より鮮明に聞こえてきたうめき声と泣き声の合わさったような悲鳴に、ラークはさすがに心配になり席から腰を浮かせようとする。

 その時、勢いよく扉が蹴り開けられた。


「ここが生徒会室で、合ってるよなぁ?」


 扉を蹴り開けた彼のことはセフィルから共有されてばかりの生徒ということで覚えていた。

 かの『弾劾の魔術師』の甥で、素行不良から退学された問題児と既に学園内で広まっている、ヘッケラン・ジェラートだ。

 ゴードン出身ということで特別に高度実践魔術の選択授業を受けることになったヘッケランとは、授業で見かけたこともあった。

 ヘッケランはたった数回しか授業を受けていないが、それでも十分に分かるほどに実力は並外れている。

 ではどうしてそんなヘッケランがモナカを担いでいるのか。

 モナカは「下ろしてぇ…」と弱々しい声で泣きじゃくっている。誰がどう見てもただ事じゃない。

 開きっぱなしの扉の奥では、やじ馬の生徒たちが集まってきている。


「君が編入生のヘッケラン・ジェラート君だね?

 まず、どうして彼女を担いでいるのかな?とても本人の意思とは思えないのだけれど」

「ちょいと直談判したいことがあってなぁ。率直に言うぜ。

 モナカは魔法クラブがもらうから、生徒会辞めさせろ」


 その言葉に廊下の生徒達がざわめきだす。

 そんな中モナカは、か細い声で主張した。


「…ちっ、違うんです。…おねがい…ぬるしてください…わ、わたし、生徒会、辞めたくな…」

「お前は今俺に頼める立場かぁ?なぁ、モーターカー?」

「…!」


 ヘッケランがモナカの近くで囁くとモナカは青ざめる。脅迫を受けているのだろうということは、誰の目に見ても明らかだ。


「彼女は魔術関連の選択授業は受けていない。

 それなのに君はどうして、彼女を魔法クラブに入れようとするんだい?」

「あぁ?そんなの簡単だろ…

 毎日(魔法戦)ヤりまくるに決まってんだろぉ?」


 場が凍りついた。


「ラーク」


 フィリップが発した声の意味は、攻撃命令だ。

 ラークは短縮詠唱で氷の魔術を発動した。床から氷の槍が3本飛び出し、1本がヘッケランの顎先に突きつけられ、残る2本は両腕を拘束する。

 ヘッケランはそこまでされても余裕の笑みを浮かべている。


「いい腕だな。ゴードンでもこの精度で短縮詠唱を扱える奴はそういなかった」

「モナカ・オルフェ会計を解放しろ」

「嫌だと言ったら?」

「物言わぬ氷像に変えてくれる」


 ラークがその青い目をギラつかせながら言っても、ヘッケランは余裕の笑みを崩さないどころかさらに笑みを歪めた。

 だが、突如ヘッケランの体がぐらついた。誰かがヘッケランの背中に飛びかかったのだ。


「モナカを離せ!」


 ヘッケランにタックルをかましたのはメランだった。どうやら飛行魔術で加速してからタックルしたらしく、ヘッケランはよろめいた。

 その拍子にモナカがヘッケランの手から離された。

 そして床に落ちようとしていたモナカの体を編入生ダーウィンがキャッチした。


「お怪我はありませんか、オルフェ嬢」


 モナカは放心状態で、ダーウィンに声をかけられても虚ろな目のまま沈黙していた。

 よろめいたヘッケランは立ち上がり、攻撃してきた3人を一瞥もせずにフィリップに視線を向けた。


「いいのか生徒会長?目の前で他対一の暴行事件があったってのになぁ?」

「暴行事件?おかしなことを言うものだね。これは暴走した生徒への制圧行為だろう」


 ヘッケランは未だ気持ち悪い三日月の笑みをしたままだった。そして何かを考え込むように辺りを見回した。

 ヘッケランの目には、詠唱を完了させ魔術をすぐにでも発動してきそうなラークに、今にも飛びかかりそうな躾のなっていない犬のようなメラン、モナカを抱えつつヘッケランを睨むダーウィン…冷たい視線を向けるフィリップ…そして最後に、何も関係なさそうに資料を読み、沈黙を貫くミリアが映る。

 そしてヘッケランは三日月の笑みをさらに歪めて言った。


「そんじゃあなぁ…お前たちの流儀に則って、決闘してやろうじゃねぇか」

「…決闘?」


 冷ややかに言葉を返すフィリップに、ヘッケランは指輪ばかりの片手を振って答える。


「決闘、つまり魔法戦さぁ。

 女を賭けた戦い。いいじゃねぇか。熱くなるだろぉ?」


 ヘッケランはこの場を引くつもりが毛頭無いのは誰もが分かっていた。例えヘッケランが退学の判決を下されることになっても、彼は自分の意思を貫くだろう。

 その上で、ヘッケランはフィリップ達に決闘という譲歩をしたのだ。


「一応言っとくが、相手は俺と、俺にかかってくる奴ら全員だ。俺は何人でも構わないぜぇ?

 何にせよ簡単な話だ。

 お前らが勝てばモナカは返す、俺が勝てば俺が貰う。ただそんだけ、簡単だろぉ?」


 ヘッケランが挑発気味に言うと、メランとダーウィンが真っ先に名乗り出た。


「上等っす!今度こそ、ぶっ飛ばしてやる!!」

「モナカ嬢の婚約者候補として、ここで引くわけにはいきません」


 そしてラークはフィリップに視線を向け、フィリップはそれに冷たい視線を返した。


「ラーク。初めての命令といこう。

 勝利しろ」

「承知いたしました」


 こうして以上3名の参加が決まったが、ヘッケランはその3人ではなく、ある1人を注視していた。


「そこの銀髪、お前も参加してもらうぜ」


 周りの生徒が、一斉にヘッケランの見る人物を見た。その人物は、ミリアだった。


「…僕が?…どうしてですか」

「そうっす!どうして自分の意思じゃないのにミリアが参加しなきゃいけないんっすか!」

「その通りだ。

 それにそもそも、マイル監査は基礎魔術学は受けているがあくまで座学。戦闘能力があるわけじゃない」

「ほ〜う?」


 ヘッケランは不思議そうに首を傾げ、笑みを消した。

 ヘッケランが黙ったのを見てから、ミリアはヘッケランに顔の半分だけ見える状態で片目を向けた。


「…僕は戦えないし、参加したいと思わない。

 だから参加しない。それで終わりでいいね?」

「い〜やぁ?終わらせないぜ。何せお前が参加しなかったらコイツらがどうなる分からないからなぁ?」


 そうしてヘッケランは詠唱をした。

 詠唱から推察するに、風で何かを移動させるものだ。

 風の魔術で、ヘッケランの後ろから運び出されたのは、意識を失っているグレイシー・アルトとフラム・アルト。ミリアの預かっている子供達だ。

 

 その瞬間─




「─あ゙ぁ?」




 フィリップ達やヘッケランでさえ身動きが取れなくなるほどの威圧が放たれた。

 ミリアの、普段聞いたことのない太く低い声に、生徒達は呆然とし冷や汗を流した。

 ヘッケランもまた、冷や汗を流しながら口角を上げた。


「…いいよ。相手してあげよう。

 ─その2人に手を出したこと………その意味をよく考えるといいさ…あたしに負けた後に、ね」


 ミリアはようやく威圧を止めた。

 こうして、モナカ(とグレイシー、フラム)をかけてヘッケランvs4人の魔法戦が成立した。

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