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無情の魔術師  作者: 情緒箱
第八章:王城編
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第九十七話:交渉

「ご足労、感謝する。『無情の魔術師』殿」

「驚きました。

 まさか貴殿が私を呼ぶとは思っていなかったもので…アズノール公爵」


 アズノール公爵はミリアを向かいの席に促した。

 ミリアが座ると、アズノール公爵の後ろにいた2人は机に紅茶を置き部屋を出た。

 そして防音結界を張った。盗聴対策だろう。

 ミリアはアズノール公爵との面識はなかったので、どうせ大事だ。

 結界に特別な、防音や対属性のような効果をつけることは上級魔術師でも難しいことだ。使用人にしてはレベルの高さが伺える。

 ミリアはアズノール公爵を観察した。

 ミリアはアズノール公爵を遠目でしか見たことがないから、彼自体をあまり知っていなかったからだ。

 アズノール公爵と孫のフィリップとの共通点は、やはりその整った顔だ。

 アズノール公爵の白髪かかった金髪と、年老いて尚整った顔は、孫のフィリップを思わせる。

 逆にフィリップと異なる点は雰囲気だ。

 フィリップは温和で親しみやすい雰囲気だが、アズノール公爵は相手を萎縮させる威厳があった。

 なるほど、確かに彼は国内有数の大貴族。

 モナカやそこらの貴族、魔術師ならば威圧に負け、動けず、彼の傀儡になるだろう。


(けど、それがなんだって話だけど)


 ミリアは出された紅茶に口をつけず、またアズノール公爵もミリアに鋭い視線を送るだけ。

 睨み合いが続くかと思われたその時、アズノール公爵が口を空けた。


「私を前にしても、その仮面はつけたままか」


 アズノール公爵の、視線の鋭さが増した。

 部屋の空気はアズノール公爵の威圧と重々しさで埋め尽くされる。

 息をするだけで肺が痛くなるような気分、アズノール公爵の一挙一投足で威圧を感じ、平伏させられるような気持ちにさせられる程の威圧感。

 これがアズノール公爵。


「…フッ」


 ミリアは口角を上げながらそれに合わせ顔も少しずつ上げる。

 そして漆黒の仮面の下から、アズノール公爵を強烈に睨みつける。

 それに対抗すべくアズノール公爵も自然とミリアを睨みつける。


 ジリジリ、ギリギリと、互いの視線がぶつかり合い部屋が二分されるような幻聴が互いに響いた。


 そうして、どれほど時間が経っただろうか。

 それすらも忘れそうなほど長く睨み合った末、アズノール公爵が口を空けた。


「『公の場において、国王の冠、聖職者の帽子(ミトラ)、宮廷魔術師及び宮廷道化師のローブまたはハットのみ、被り物を正装とす。』なるほどあなたは礼に何一つ背いていない。しかし仮面は違う」


 アズノール公爵の視線がさらに強くなった。


「申し訳ありません。私は貴族の礼式に疎いものでして。ですが、仮面に関しては陛下より直々に着用を許可されております。何かあるようでしたら、国王陛下にお聞きください」


 そう言ってもまだ、アズノール公爵は睨みを続ける。そろそろ飽きてきた頃合いだ。


「…庶民の店であれば、あなたは店員、私は客。

 礼式を教えてくださるのは大変ありがたいのですが、私も忙しいのです」


 口角と頭をゆっくり下げ、睨むこともやめると、アズノール公爵も睨みを止めた。


「申し訳ない。貴殿の多忙への配慮が足りなかった。

 さて、時間も無駄にはできない。

 本題に入らせてもらおう」

(へ〜、意外に正直なもんだね)


 ミリアが内心関心していると、アズノール公爵は淡々と喋りだした。


「まずは、近年我がレティーラ王国を脅かした脅威─厄災『白龍』『黒獣』の討伐に感謝と敬意を示したい」


 ミリアは複雑な気分になった。

 白龍と黒獣の討伐は苦戦はしたが、結果は辛勝ではなく圧勝寄りだったからだ。

 それに、まず面識のない特に親しくもない人物に言われたところで何とも思わないのだ。


「貴殿に、フィリップ・アルト・レティーラの専属の護衛を依頼したい」


 ミリアは一瞬硬直したが、すぐに考えを回らせ納得した。

 ミリアは現在、国王からの命令でモナカ、ニナと共に第二王子と第二王女の護衛を行っているが、それはあくまで非公式なもの。

 これについて知っているのは、一部の協力者たちとローラン、そして国王だけ。フィリップ達はおろか、アズノール公爵はそれを知るはずがない。

 そして現在、国王の座に最も近づいているのは第二王女で、その次に第二王子、第一王子と続いているのだ。

 第二王子派としては、第一王子と更に差をつけ、第二王女を抜かしたいだろう。

 ならば、そんな状況でアズノール公爵がミリアに求めることは何なのか。

 答えは簡単に出る。


(公爵は私を第二王子陣営に引きずり込む気か)


 現在、継承権を争う者たちの優劣はあれど、さほど差が開いているわけではない。

 そして、アリエル、『結界の魔術師』、『黎明の魔術師』と3分割されているおかげでパワーバランスが拮抗している。

 ここにミリアが第二王子派に加われば、パワーバランスは一気に第二王子へと傾く。

 では何故アズノール公爵は他の七賢者ではなくミリアを選んだのか。


(まぁ、先の護衛任務か)


 ミリアはこの前の正式な護衛任務を思い出した。

 その時遭遇した邪竜は第二王子、モナカ、ミリアの3人で解決したことになっている。

 周りの人間は、そこに少なからず交友があると考えるだろう。そんなものないが。

 そう考えるとモナカも交渉に参加させられそうな気はするが、大丈夫だろ。


「引き受けてもらえるか?」

「却下します」


 ミリアがすぐさま却下すると、アズノール公爵の眼光が増した。

 そもそもアズノール公爵にミリアをどうこうする権利はない。

 ミリア達は国王直属に選ばれ、貴族や軍部とのしがらみがなく完全に分離された組織。

 七賢者に命令できるのは国王のみだ。

 それを除いたとしても現在の護衛任務に加えて正式にやるとなると負担が半端ない。

 いざとなれば分身を使えばいいが、できるだけそれは避けたい。


「七賢者は国王陛下直属。それ故命令できるのは国王陛下しかいない。それは承知の上だ。しかし、国王陛下が病で床に伏せっている今、私が国王の権限の一部を有している」

「嘘つき」


 国王の権限の一部を行使できるとはいえ、それはあくまで、国王による絶対権限─つまり七賢者の命令、命令、解任、また宣戦布告や国家プロジェクトの認証外の話。

 もし例外なくアズノール公爵が有していれば、こんな交渉関係なく、無理矢理ミリアやモナカを護衛にさせることができたはずなのだ。

 ならばアズノール公爵が七賢者にできるのはあくまで依頼の範囲。命令するとなれば、今すぐにミリアが公爵を捕縛することができる。

 それほどまでに七賢者の重要度は高い。

 アズノール公爵は無言でミリアを見据える。

 ミリアはそれに口角を上げる。

 

「報酬は貴殿が望むだけ出そう。現在議会では七賢者を束ねる役職を追加しようという案も出ている。

 それに貴殿を推薦してもいい」


 議会というのは有力貴族が話し合い案を出す場。

 アズノール公爵が認めたとして、その他の公爵が賛成するだろうか?


(いや、寧ろ賛成するか。そんな案があれば懐柔しやすくなると考えてるからね)


 もしそんな狂った役職があっても、それを決めるのは国王。公爵ではない。

 だというのに、そんな約束できるかも怪しいことを出してくるということは。


(コイツ、国の全てを掌握するつもりか)


「いずれフィリップが王になる。その際に、貴殿を推薦するよう指示しよう」


 もしモナカが護衛に参加していればフィリップは王になるだろう。だがモナカに了承されたのなら2人を推薦することになる。だからモナカは拒否しているだろう。

 そして、ミリアを引き込まなければ王になる確率はそう高くはないだろうに、ここまで自信満々にフィリップが王に宣言するのは何故だろうか。


(コイツ、何か爆弾を投下する気だな)


 その爆弾が何かはミリアには分からない。

 フィリップの評価を上げるものか、他2人の評価を下げるものか。

 ただ、とんでもないものなのは確かだろう。


(自制心は働かせてくれよ)


 ミリアはそう思いつつ、目の前に置かれていたが、まだ飲んでいなかった紅茶を手に取り飲み干した。

 そして立ち上がり、指を鳴らした。


─パチンッ!


 甲高く鳴り響いた指の音と共に、防音結界が破壊された。

 防音結界の破壊は、交渉決裂を表すもののなかではかなり荒々しいとされる。

 何故なら術者に技量の違いを見せつけ、反逆の意思を潰すとも捉えられるからだ。

 そしてミリアは呟くと同時に赤い蝶を出現させた。

 蝶の魔術的な意味はないが、魔術を少しでも齧った者なら勉強していた過程で例として取り上げられていたであろうこの蝶の形。

 蝶は、禁術指定の精神干渉魔術の術式が加わっていることで有名なのだ。

 つまり、一連のミリアの行動の意味は、『ゴタゴタ言うならどうなるか、分かるね?』という脅しだ。


「紅茶、美味しかったですよ」


 ミリアは画面をつけたまま微笑みながら部屋を出た。

 部屋を出ると、扉の隣にいた2人の魔術師が狼狽え、ミリアが食堂に戻ろうと1人に近づくと、その人物は「ヒッ!」と言い腰を抜かした。

 ミリアはそれを意に介さず、先程のことを振り返っていた。


(舐めやがって)


 ミリアが紅茶を飲んだ際、ミリアの指輪の1つ、治療の指飾が作動した。治療の指飾は毒といった体の内側から害を及ぼすものを無効化する。

 そんな治療の指飾が作動したということは、紅茶には何かしらの毒が服用されていたことがわかる。

 その薬が洗脳か判断を鈍らせるものか暗殺用なのか…それはどうでもいいが、彼女(・・)にとって、それはミリア・アルトという人物が舐められた、という方が問題だった。


 ミリアは先の交渉において、アズノール公爵のフィリップへの対応についても密かに怒っていた。

 個人的にフィリップがどうなろうと思うところはないが、どうしてなのか。


(多分、フィリップは私と同じだったからだったんだろうな…)


 ミリアが考え事をしていると、人とぶつかってしまった。


「あぁ、すみません。大丈夫で…」

「ええ、大丈夫です。それにしても、随分と長かったですね?」

「いやそんなに長くはない…よね?」

「プレットなんか一回寝ちゃったのよ」

「僕関係なくない、それ?」


 ミリアは結局その日は、夜から次の日の朝までプレットとルベリアと遊ぶことになってしまった。

 翌日ニナやモナカから拗ねられ、また大人陣からは酒のツマミにされたのは言わずもがなである。

明日でこの章終わりです。

なんだか疲れました。

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