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留学経験活かして就活しようと思ったのにコロナ来て病んでます

作者: 佐和多 奏

第一章

「例えば和樹さ、願いが一つ叶うとしたら、何を願う?」

 吾輩は信也である。

 なんつって。

 信じることはいいことだと願いつけられた名前だ。こういう話。例え話。それも、一つ信じてみてもいいかもしれないと、真面目に考えてしまう。だから、和樹にこうして質問をしている。

 今、おれと和樹は、スケボーに乗りながら、大学の入学式から大学の最寄り駅まで帰っている。

 和樹は地面を蹴った。

「そりゃあ、例えば、そうだなあ、うーん。こういうのって、すごく悩むし、わからないし。昔、小学校の自己紹介シートにそんな質問あったな」

「おれは、確かゲームが欲しいって書いたな」

 和樹は空を見上げる。

「おれは、確か、あの時、『今後なんでも願いが叶うような能力が欲しい』的なことを書いたな。」

「和樹ずりいな、和樹のサッカーゲームのずるさはそん時からか」

「いや、普通はつええ選手入れるでしょ、てか信也も同じことしとったやん、リヴァプールの選手ばっか入れやがって、あれ控えめに言って今最強だろ」

「最強はマンチェスター・ユナイテッドやろ」

「でた結局ユナイテッド信者!信也本当にせこいんだよ!」

「なにが?リヴァプール入れる和樹の方がせこいわ!」

「あーうるせえ!」


 二人で笑いながらスケボーしてたら、川原に着いた。


 芝生にスケボーを置いて、ちょっと休憩。

 

「なあ信也」

「なに、和樹」

 風がスーッと通る。

 和樹の髪が揺れる。

「プレミアリーグ、見に行きたくね?」

「プレミア・・・?」

「いやガチで」

 ガチの話か。

 プレミアリーグは、サッカー発祥の地・イギリスで開催されているプロサッカーリーグ。

「え?ああ、行けるなら行ってみたいけど、え、なに、それいくためにイギリス旅行するの?」

「あー、まあ、それもいいけどさ、ほら、おれら国際学部やん?だからさ」

「あー、留学?」

 国際学部に来た理由。

 留学をして、英語を身につけたいから。


 リーマンショック、バブル崩壊、2018年の今、アベノミクスで経済は比較的安泰な気はするけど、何が起こるかわからない。

 就職に、使えるかなって思って。


 それで。



 英語の、学部を選んだけど。


 正直、英語がそこまで好きなわけではなくて、この学部の留学制度もほとんど知らない。

「確かに、おれ少し考えてたわ、一年行きたいなって」

「まじで?信也も!?」

 確か、値段が・・・。

「でもあれ一年くらい行こうとすると三百万くらいかかるでしょ?」

「いや、交換留学取れば百で行ける!ここ国公立じゃん、それ合わせても私立の学費より安いよ」

「まじか!どこ目指すん?」

「オーストラリアの大学とか、カナダの大学、アメリカの大学とか提携校いっぱいあるけど、やっぱ目指すならプレミアが見れるイギリスっしょ!」


 イギリス留学に行って、プレミアリーグを見る・・・!

 

「ええやん!」

「一緒に交換留学権取っていこうぜ!」

「でも、その枠ってけっこう少ないでしょ?キツくない?」

「いや、それはきついけど、でもまあ、頑張れば行けるっしょ!」

「だよね!頑張ろうかな」

「がんばろーぜ!」

 おれたち二人は公道を走りやすいソフトウィールの搭載したスケボーで、サイクリングロードの桜並木を走る。桜の花びらが西日に照らされて、周りにあるカラオケとか、飲み屋とかそういうものを横目に駆け抜けながら走っていく。人がいっぱいだけど、すり抜けながら、走っていく。    

 結構、楽しい。

 

「和樹さ、願いが叶うとしたら、何でも願いが叶う能力が欲しいって言った?」

「あー、言ったよ」

「もしそれが手に入って、人生がつまらないものになるとか思って後悔したりしない?」

「え、あー、するかもしれない」

「そうでしょ、だから、違う願いの方が良いかもしれないんだよ」

「なるほどね、じゃあ、信也のゲームが欲しいっていう願いは後悔しないの?」

「そうだね、もしかしたら後悔するかもしれん」

「じゃあ、ダメじゃん」

「そうなんよ、だから、その、一つだけ願いが叶うとしたらどうするっていう問い自体が、絶対に後悔を生み出すから、ダメなんだよ」

「あー、そういう話」

「そうそう、おれはそう思うんだよね」


 今まで。

 何度も。


 何度も失敗して。

 後悔して、ここまできた。

 だからこそ、おれは、そう思う。


 じゃあ、この大学での成功って。


 やっぱ、就職だろうか。


 わからない。

 

「なるほどね。なんか、きついな、後悔とか、そういう気持ちって」


 和樹はそういうと少し下を向いた。


 おれは、相談した。

 

「こういう気持ちって、どうすればいいんだろう」


 和樹はそれに答えた。

「わからん、それは、これからそれが正しいって信じるしかないのかもね」

 その答えが返ってくるのはなんとなくわかっていたけれど。

「なるほどね、でも、みんなそうやっていうけど、正しいか間違っているかって、自分で決めることじゃなくない?」

 強めの質問を、和樹はクッションのような口調で受け応える。

「まあそうだね、後悔も生まれるかもしれないし」

「なあ和樹。おれたちは、この先、どうやって生きるのが正解なのかな」

「それは、生きてみなければわからないよ。」

「おれはさ、たとえば今、和樹に言われてさ、交換留学に行きたいって今思っているけど、でも、この先、そのために努力をして、それで、その努力が叶わなかったときに、その努力のために捨てた他の時間とか経験に対して、どれだけたくさんの後悔をすることになるんだろう」

「信也。それは、わからないよ。けど、ひとつだけ、わかることがあるよ。おれらはさ、大学に受かったんだよ。そして、その時、嬉しかった」

「たしかに、そうだね。おれたちは、大学受験を頑張って、努力をしたんだよね」

「そうだよ。」

 和樹は、スケートボードを手に取り、帰路に立った。

「おれは、後悔の対処法とか、全然わからないけど、でも努力をすることに価値はあると思うよ」


 おれたちは家まで帰った。


 




第二章

 2019年、大学二年の春、四限が体育のソフトボールだから、同じ学科の友達同士五人で、三限が空きコマだからその時間にキャッチボールをしていた。

「おれ、留学短期で取りあえず二か月行くわ」

 おれは、和樹にそう伝えた。

 和樹はこう答えた。

「確かに、一年間英語クラスでも結構勉強したし、今行ったら割と話せるようになるんじゃね?」

「そうかも、だからさ」

 同じクラスの奏汰は心配そうな顔をしてくれている。奏汰は、少し大人びた顔つきで、草野球のチームを持っている。

「でも、どうなん、長期のために学費ためんと」

「だから、結構安い、オーストラリアに行こうと思って」

「え、オーストラリア!?」

 勇真は驚いておれの方を見る。勇真も同じクラスで、彼は結構童顔。そして、発言を続ける。

「おれも、まじでオーストラリア行ってみたいんよねー、おれも連れてってよー」

「無理いうなや~」

「オーストラリア行ってみたいって~、奏汰もそう思うよな?」

「あ、ああ、おれはでもカナダとか行ってみたいかな」

「カナダかー、カナダもいいな、じゃあ、おれと一緒にカナダ行こうぜ?」

 勇真は、本当に顔と性格がくっついているみたいだ。

 和樹はそんな勇真にすこしあきれている。

「勇真ーじゃあ、おれにそれだけの金くれやー」

「お前にあげる金なんてねーよー」

「じゃあ、和樹はどっか旅行とかいかないの?」

 勇真が少しムキになっていて面白い。

「あー、おれはねー、北海道に行こうかなーって思って」

「急に国内!」

 芳樹は即座にツッコミを入れた。背が高く、眼鏡をかけていて、少しインテリの見た目だけど、性格は結構・・・・・・。うん。

「そういう芳樹はどうなんよ」

「おれは別に考えてねーよ」

 おれたちの木曜日はこうして終わった。

 金曜の五限は奏汰と一緒に受けた。それで、一緒に帰った。

「おれさ、実は四浪してこの大学入ったんだよね」

「え!」

 衝撃の告白だった。本当に。今まで、同級生で仲良くしていたから。大人びた顔立ちだとは思っていたが、本当に、おれより大人だったんだ。

「おれ、結構高いレベルの大学を目指していたんだよ」

「そうなんだ」

「でも、ずっと2次試験が点数取れなくて、最後の年は結局共テで失敗しちゃって、今おれがいるこの大学実は、現役で共テA判定だった大学なんだよね」

「そうなんだ」

「おれ、最近、思うんだよね」

「何を?」

「おれが受験生の頃に勉強していたことって、意味あったのかなって」

「意味、あるのかな」

「最近、センター試験のあの日、古文にあんなに時間をかけなかった未来を想像して、泣きそうになるんだよ。」

「終わったことだから、仕方がないよ、前をむこう」

「前ってどこだよ、終わったことだけど、そうだけどさ、ごめん」

「なんで、そんなこと急に考えたんだよ」

「昨日、好きだったマネージャーに告白したら振られてさ」

 それで。


 過去の嫌な体験が、フラッシュバックして。


 おれに。


 打ち明けてくれた。のか。

 

「そっか、おまえ割とかっこいいんだけどな、背も高いし、面白いし」

「難しいよな。おれは、もしあの大学に行っていれば、あいつのことを好きにならなくて済んだのにとか、そんなことばかり思ってしまって」


 完全に、はたから見れば、考えすぎだけど、でも。やっぱ思う。

「お前も、後悔に支配された人なんだな」

「そうだよ。おれはさ、九月にある大会で、レギュラー入りしないと、もう引退までレギュラー入りが多分できないんだよ」

「なんでそんなことが分かるの」

「うちの野球部はそうなんだよ」

 講義棟から外に出た。百人くらいの学生が、みんな地下鉄の駅に向かって歩いていく。大学構内はとても広い。夕焼けは、一日疲れたおれたちをまとめて暗闇の地下へと連れて行ってくれる。

「なんか、今日綺麗だな」

「そうだね」

「あ、信也と奏汰じゃん」

 和樹と勇真が一緒に帰っていた。

「今日、夕日綺麗だし、写真撮ろうぜ」

「おい、勇真とれよ」

「なんでだよー、和樹がとれよー」

「お前ら相変わらずだな」

 そういっておれは、こいつら四人でそろって肩をくんだ写真を取ってあげた。

 こんな風に、仲間が沢山来てくれたり、それが、大学の楽しい所だとおれは思ってる。

「いやー、疲れたな。家帰って課題やらなきゃ」

 いやだなあ、課題。そう言いながら、ぽろっと、本音が出てくることだってある。

 あ、そういえば。

 奏汰と一緒に取ってた、国際法の授業。

「奏汰は国際法のレポート終わったの?」

「いや、おれは、まだ終わってない」

「あー、お前も今日頑張る組か」

「いや、おれは草野球があるから」

「え!あれ明日の朝九時までだよ!?」

「あー、だから今日はオールかな」

「おまえ、あんま無理すんなよ」

「信也おまえ、ありがとな」

 和樹と勇真は焦り始めた。

「うわ、電車きちゃう、じゃーな!」

 大学をでて最初の信号が点滅しているところに、和樹と勇真は慌てて走りこんだ。

 二人はバイト先が同じだから、同じ電車に乗っていつも行く。ちょっと面白い。

「なあ、信也」

「ん?」

「おれさ、今日草野球行くけどさ、これ、おれが頑張っている事なんだけどさ」

「うん」

「おれ、部活が週三なんだけど、それだと自信がないから、草野球チーム二つ入って、それで、ナイターと合わせて週六で野球やってるんだよね」

 週六で野球・・・。奏汰、大丈夫かな。

「そうなんだ」

「それでもさ、おれ、お前とかあいつらみたいに、大学ですごい楽しく過ごしてみたいとか、思ったりしてさ、毎日」

「うん」

「でも、この努力が、おれの全てって、今のおれの全てって、信じているんだよね」

「そっか」

「おれ、この努力が実を結ぶかわからないけど、高校で試合に出られたことないからさ、ここで、最後に見せつけたいって、おれに、今まで受験とかも含めて失敗してきたおれに、成功っていうその嬉しさをプレゼントしてあげたくて、今の努力は、夢に向かって進んでいるみたいで、おれ、野球の練習はつらいけど、少しだけ幸せな気もしてくるんだよね」

「そっか、確かに、それが今後どうなるのか、その、すべてを野球に捧げている今が正しいのかは誰にもわからないけど、お前はたぶん、その失敗の苦しみを知っているからこそ、その先のことが知りたいって、ずっと考えているんだよね」

 将来への不安に、心が締め付けられている感じが伝わってくる。こいつは、今まで楽しくいたけど、すごく色々抱えていたんだ。そんな大きなマイナス感情を、野球部のレギュラーを取る、という、一本の細い糸のような希望だけで、何とか、守って、自分を前に進ませている。こいつは、この糸が切れたらどうなってしまうのかな。新しい希望を見つけて、前に進むことが出来るのかな。

 一緒に電車に乗り、二駅ほど進んだ。

「おれ、じゃあ、ここで乗り換えるから」

「そっか、じゃあね」

「おれさ、頑張って、レギュラー取るよ。お前も、短期留学と交換留学の勉強頑張れよ」

「おう」

 少しだけ目が赤くなっていて、でも笑顔の奏汰は、電車が右に行くのに対して左に行って、そのまま、おれの視界は単調なトンネルの中になった。






第三章

テストを終えたおれは、大学二年の夏休み、開始してすぐにオーストラリアに飛び立って、ホストファミリーとたくさん話して、語学学校に通い始めた。

 語学学校では、語学レベルによりクラスが分けられる。一日目のテストでの成績がでた。A1-1が最低で、A1-2, A2-1, A2-2, B1-1, B1-2・・と上がっていき、最高はC2-2である。おれは、B1-1クラスからのスタートだった。

 初日の今日は、フランス人やドイツ人、チリ人、メキシコ人の初めて会ったみんなと一緒に、ショッピングモールに行って、買い物をして、バーに行って、自分の国のこととか、マンガとかアニメが流行っていること、好きなサッカーチームとかラグビーワールドカップの話、お酒は何歳から飲めるのか、とか、挨拶のこと、大学で勉強していることとか、好きな洋楽とか趣味とか色々、文化の違いと共通点が、話してて面白くて、たくさん話した。

 みんなおれと同じくらいの英語力だったけど、チリ人のアレックスだけ、英語がとても上手だった。

 夜はクラブに行って、少し踊って、帰った。そんな日々が一週間くらい続いた。

 二限の終わり、同じクラスの、イタリア人のロベルと一緒にご飯を食べて、話をしていた。

「なあ、ロベル」

「どうしたん」

「お前はさ、なんでここに来たの」

「おれは、英語を使えれば就職にいいかなって思って」

「なるほどね」

「お前は?」

「まあ、おれもそんな感じかな、あと、一年くらい留学してみたいって思って、その予行練習みたいな?一年行くためにはIELTSでいい点数を取らんといかんからさ、それを練習しようかなって思って」

 色々調べた結果、基本的には、大学の成績の5段階の平均値、GPAを3以上取り、IELTSという9.0点満点の英語試験で6.5、もしくは7.0取る。そして、志望動機などを面接で話し、それらの総合評価で、だれが留学権を勝ち取るかを決定するらしい。

 だから、今は、留学している今は、最優先は、英語力を上げ、IELTSで点数を上げること。

「あー、IELTSね、おれも知ってるわ、それ」

「あ、そうなの?」

「でも、イタリアではケンブリッジテストが主流かな、それで就職が決まったりする」

「あ、日本もTOEICっていうのがあってね、就職で使うのはそっちで、留学のための資格がIELTSとかTOEFLって感じかな」

「あー、なるほどね。それ言ったら俺らもそうだわ、TOEFLはアメリカしか行けないんだっけ?」

「あー、確かそうだった気がする」

「何の話してんの?」

「お、ヤンじゃん、なんか、英語の資格の話だよ」

「あー、おれ中国住んでるんだけど、うちでは割と就職ではIELTSが有利だったりするよ」

「えー、IELTSが有利になったりするとこもあるんだ」

「そうなんだよね」

「おれIELTS特別クラス入ってるから、お前も入るか?」

「え、それっていいんかな?」

「あー、別にいいみたいだよ」

「あ、じゃあ、あとの六週間、そこで過ごしてみようかな」

 おれは家に帰って、一日考えた。最初の一週間、みんなでオーストラリアの町を観光したり、違う国の人たちと飲み明かして沢山話したりして、とても貴重だったし、楽しかったし、ここでしかできない経験だった。一週間目だから英語をほとんど話せなかったところからスタートだったけど、みんなと話す中で今は普通に話せるようになった。だから、今からの六週間、そうして過ごしたら、絶対にとっても楽しいし、もし一年の留学を逃したら、こんな体験、多分二度とできない。でも、おれは、IELTSの試験をクリアしなければ、イギリスへの一年交換留学は不可能。だから、IELTS試験コースに入るべき、なのだろうか。詳しく調べてみた。IELTSコースでは、課題が大量に出る。家に帰ってからもこなさなければならず、土日もない。そして、授業も相当難しいものになるから、それについていくほどの英語力もつけなければならない。それで、交換留学が取れる保証もない。英米のやつらの中には、ハーフの人とか、物心ついた時から英会話の練習をしていた人もいる。でも、そうやって頑張ってみるのも、楽しいだろうし、元々その目的で来たんだから、それを信じて進めばいいんじゃないか。おれは、その、楽しさを、知ってしまったけど、そのうえで、それからは、ヤンと一緒にIELTSクラスで一緒に過ごした。

 IELTSクラスでは課題がものすごく多くて、それを毎日終わらせるのに必死だった。

 通学中は単語を覚えて、課題が授業で出されて、その後、家に帰ってからも十二時まで勉強した。休日も家にこもって、課題を終わらせる日々を送った。

周りは、みんなで放課後に観光に行ったり、バーに飲みに行ったり、という人が多かった。おれは、オーストラリア留学という与えられたたくさんのチャンスの中で、ヤンと共にすべてをIELTS対策に捧げた。それは、イギリスへの交換留学の切符を手にするために。

 それでも、これが正解なのか、この努力が正解なのだろうか、そんなことを自問自答しながらおれは勉強を続けた。

 ヤンは語学学校の卒業時期が少し早く、昨日中国に帰ってしまった。

 おれが学校を出る時、久々にロベルに会った。

「ロベルじゃん!元気してる?」

「おー、信也じゃん!おれは今から同じクラスの友達と飲みに行くんよ!」

「そうか、飲みに行くのか。おれは、家に帰って課題をやるよ」

「そっか、頑張れよー!」

「おう、頑張ってみるよ」

 そうか、大学生って普通、こんな感じだよな、おれって、一人何をやっているんだろ。ヤンはもういないし。この努力は、本当に正しいのかな。でも、プレミアリーグをあおとと見に行くために、もう少し頑張ろう。

 語学学校最終日。おれは、C1-2クラスに向かっていた。途中。

 アレックスに、会った。

「信也、久しぶりじゃん!」

「おー、アレックス!最初の日に一緒に遊びに行ったぶりじゃん!最近どう?」

「いい感じだよー!お前、今の語学クラスどこなの?」

「おれは、C1-2だよ」

「え!?C1-2!?めっちゃすごいじゃん!」

「じゃあアレックスはどこなんだよ」

「おれはC2-1だよ」

「じゃあ、お前の方が高いじゃん」

「いや、おれはだってもともとそのクラスだし、お前はB1-1からここまで来たならまじですごいよ!頑張ったんだな、てか英語もなんか聞き取りやすくなってるわ」

「そうかな」

「そうだよ!あのさ、おれ、今日チリに帰るんだよね」

「おれも、今日、日本に帰る」

「そっか。あ、信也そういえば、サッカー好き?おれめっちゃ好きで!」

「サッカー好きだよ!」

「どのチームが好き?」

「マンチェスター・ユナイテッド!」

「まじか!おれもだ!」

「じゃあ、アレックスと次会うときは、マンチェスター・ユナイテッドのホームグラウンドだな!」

「ああ、またいつか会えるといいな。あ、そろそろ授業だ、じゃあな信也、元気でな」

「おう」

 

 授業が終わった後の空きコマ、電話がかかってきた。ヤンからだ。

「おー、ヤン、どうした、久しぶりじゃん」

「信也?お前、今日帰るみたいじゃん、おめでとうって言いたくてさ」

「そんなんいいよ、お前優しいな」

「まあ、お前と頑張って勉強した仲だから」

「そっか、おれのことを思ってくれて電話してくれたんやな、ええやつや」

「まあな・・おれさ、今、少し悩みがあるんだよね」

「悩み?」

「そうなんだよ。それで、誰かに話したくて。」

「そっか、ごめんね、おれ中国語話せないから、お互い英語っていう第二言語だとちょっと話しづらいかもしれないけど」

「そんな気を遣わなくてもいいよ」

「ありがとね」

「おれさ、就職するためにって言ってたけど、本当は、1年留学するためにIELTSクラスにいたんだよね」

「そうだったんだ」

 おれと、おんなじだ。

「それでさ、今回勉強を頑張れば、また、一年留学したときにすごい楽しかったんじゃないかなって思って、あんとき頑張ったけど、」

「うん、じゃあ、え、IELTSがそんなに高くなかった?」

「いや、そういうわけではないんだけど」

「うん。」

「うち自営業なんだけど、親の会社が倒産しちゃって、もう、海外には行けなくなっちゃったんだよね、金銭的に」

「そうなんだ」

「おれさ、留学初日まで迷って、結果的にIELTSコースで申し込んでて、だから、留学して、みんなと遊んで楽しかった思い出とか、お前一週目楽しそうだったじゃん、だからさ、そんな風に、おれも留学を楽しみたかったなって、オーストラリアを楽しみたかったなって思ってさ、もう、この体験はできないわけやん」

「ああ、まあ、確かにね。」

「おれさ、心の中では、やっぱり、留学に行ったらいろんな国の人と話して、楽しんで、生活したいって思っていたんだなって、おれ、今、自分の気持ちに気付いたんだよね」

「そっか。自分の気持ちに正直になれるってことだよね、でも、その気持ちの存在って、すごく後にならないと気づかなかったりするよね」

「そうなんだよね。今、過去に戻ってさ、IELTSコースを取り消したい。そんなことが、出来たらいいのに」

「そっか。」

「今からIELTSでいい成績残してもさ、意味ないやん。留学できないんだし」

「それは、就職に使えるんじゃないの?」

「いや、それはそうだけどさ、でも、おれは、そんなことは正直どうでもよくて、いや、もちろん就職は大事だけどさ、就活でその経験だって話すことが出来たかもしれんやん」

「まあ、確かにね」

「だからさ、おれは、その過去で、IELTSコースを選択しない未来で、楽しんでる自分を毎日想像して、すごくつらいんだよね」

「そっか」

 おれがヤンの立場だったとしても、すごくつらいと思う。だって、親が倒産するなんて、考えつかんし。それで、未来の一年の留学を信じて、IELTSコースにヤンは賭けたんだよね。

「おれさ、そうゆう選択って、ジャンケンみたいなものだと思うんだよね」

「ジャンケン?」

「そう。ジャンケン。ジャンケンってさ、負けるかどうかわからないじゃん、勝つかどうかも」

「うん、全くわからない」

「でも、ジャンケンって楽しいじゃん」

「いや、楽しいか?」

「いや、今は楽しくないかもしれないけど、幼稚園の頃とかさ、楽しかったじゃん」

「あー、そうだったかもしれん、」

「あと、何かを賭けたりするとさ、また楽しかったりするじゃん」

「確かに」

「それで、何を出すか決めて、何が正解か、何が間違いか、出してからじゃないとわからないけど、でも、出す前って、緊張するけどワクワクするじゃん、で、あとから、あれだしとけば、って思っても、そんなん、無理やん、だって、そういうゲームだもん」

「たしかに、それは言えているかもしれない。でもおれは、あれだけ努力をして、それで、おれは、その努力が無駄になっちゃったじゃん、ジャンケンには努力なんて要素なんて無いし。」

「それはそうかもしれないね。でも、その努力は、無駄には」

「無駄だよ!おれは、だって、この努力は、留学のためのものだから!だから、留学出来なかったら、全部無駄な努力なんだよ」

 ヤンのいうことは、正しい。おれは最近、ジャンケンみたいに人生を考えれば、後悔を消せるような考え方が出来ると、そんな考え方を思いついた。でも、その問題には複雑な要素が沢山絡み合っていて、だから、消せない後悔になってしまう。希望は、必ず手が届くわけではない。後から考えれば手が届く話でも、今、この地点から未来に向かって考えるだけでは、そんなところに手が届くかどうかなんて、分からない。そして、手が届かなかった場合、それが全て塵になって消えてしまうのだ。その努力がどこかで生かされる、そんな考え方も、あるけれど、それは、たぶんヤンが求めている答えではない。ヤンはたぶん、自分の努力を認めてほしいんだと思う。それは、自分自身に。自分自身をどうやって認めるのか、それは、たった一回の成功、そのように、この世界はできている。おれも、大学に受かった時は、自分の努力が認められた気がしたから。そう考えると、おれがここで出来ることは、その努力がどこかで生かされる、とか、そういう意見ではない。ヤンに、おれは、お前が頑張ったことを知っているよ、と、それを、出来るだけ伝わるように伝えることかもしれない。

「ヤン、おれさ、お前といっつも語学学校にいて、それで、おれは、お前がいつも英語に対して全力で向き合っていたことを知っているよ。その努力は無駄にはなったけど、おれは、お前が頑張ったこと、めっちゃ知ってるし、その日々を、おれは、他の誰よりも知ってるよ。だから、お前に、おれは、おれからのがんばったで賞を贈るよ」

 ヤンは、少し照れ笑いをした。

「がんばったで賞ってなんだよ。でも、ありがとな。おれさ、IELTSコースにするかどうするか、って、親にメッチャせかされて、焦って決めたんだよな」

「そうだったんだ。」

「すごい、説得されてさ、こっちにした方が良いって。もう、自分の声も聴くことが出来なくなってしまって」

「うん。」

「おれはさ、あの時、落ち着いて考えてもよかったのかなって、思ったりするんだよね」

「まあ、その時に落ち着いて考えたとしても、答えは同じになっていたんじゃない?」

「それは、同じになっていたかもしれないけどさ、でも、おれが、頭の中で、沢山の、IELTSコースを学ばなかった世界線の自分を、あの時に落ち着いて考えた自分を、作り出して、今とのギャップと比較して後悔することは、無かったんじゃないかなって、思うんだよね。」

「なるほどね。あれだよね、ヤンは、今の結果がどうとかっていうのよりも、自分の中の後悔とか負の感情と毎日闘っていて、それをできるだけなくせる選択肢を選びたかった、ってことだよね」

「そうなんだよ。落ち着いて考えることが出来たんだったら、もしあそこで親に相談しなかったら、おれは、IELTSコースを選んで努力してこんな結果になったとしても、おれの頭の中に、落ち着いて考えることが出来たおれを想像して落ち込むことも、無かったと思うんだよね」


 すこし、沈黙が続いた。

 

「ねえ、ヤン、お前、泣いてたりする?」

「いや、おれ、泣けない人なんだ。なんでかわからないけど。泣くとストレスが解消できるっていうから、やってみたいもんだよね」

「泣けないと、心がどんどん下に押し付けられて行って、辛いよね」

「そうなんだよね」

「後悔とかって、どうやったら消せるのかな」

「わかんないよね」

「焦って決めた選択とか、人に説得された選択って、なんで、それで成功する場合もあるのに、後悔してしまうんだろうね」

「わからないよね。でも、落ち着いて考えた選択も、そうだよ」

「そっか、そうだよね。おれさ、辛いんだよね、今。どうすればいいんだろう」

「明日、もしかしたら、良いことが、あるかもしれないよ」

「明日?」

「うん、明日」

「どうしたら、明日に行けるの?」

「それは、眠ればいいんだよ」

「でも、夜までまだ長いよ?」

「じゃあ、今日、何かいいことあると、良いね」

「どうすればいいの」

「時間が解決してくれるから、とにかく、耐える、それが重要かもね」

「そっか」

「でも、おれは、お前が頑張っていたことを知っているから。だから、おれはお前の味方だよ。ごめんね、正しい解決策をお前にプレゼントしてあげられなくて」

「ありがとう。でももう、おれは、大丈夫かもしれない。ありがとうね」

「切る?何か、話足りないことない?」

「うん、もう、オッケー」

「そしたら、じゃあね」

「うん、じゃあね」

 おれは、今日まで努力をしてきたけど、正解だったのかな。おれのIELTSは、今回のIELTSは、日本に帰って、どんな成績を見せてくれるのかな。でも、毎日休みなしに英語をやっていたら、疲れてしまったな。どうしようかな。本当に疲れちゃったな。

「おい、信也」

 顔を上げた。

「おお、ロベルじゃん。どうしたん」

「今日まで、まじで楽しかったな」

「それな、楽しかったな」

「日本に帰っても、頑張れよ」

「ああ」

「連絡先、そういえば交換してなかったよな」

「そうだね、交換してなかったね」

 あれ、なんか、さっきヤンと電話してたから、クラスみんなIELTSクラスの人ばっかだったからかな、気づかなかったけど、少しこいつ。

「はい、これがおれのインスタのアカウント」

やっぱり、英語が、ヤンとかアレックスに比べて、断然、聞き取りづらい!確かに国ごとに英語の癖とかあるけど、それを差し引いても、単語の出てくる速度、発音、あれ?ロベル、こんな感じだったっけ?

「ああ、ありがと。日本に帰ってもたまに連絡したりとかするかもしれん」

「ん、信也。もうちょっとゆっくりしゃべってくれん?英語が聞き取れん」

リスニング能力も!

「あ、えっと、たまに連絡するかも」

「あー、ぜひ!おれも連絡するかも!」

「そっか!」

「あれ、和樹、英語すごい発音良くなってね?めっちゃ聞き取りやすいんだけど!最初はワンとかおれとおんなじくらいの発音だったのに、あれ、ヤンってそういえば1か月あってねえな、もう帰った?」

「うん、でもヤンも、おれと一緒にめっちゃ勉強して、英語をたくさん話せるようになったよ」

「そっか、おれももう少し勉強しとけばよかったかな、おれは英語話すのめんどくて、イタリア人同士で友達作って観光したりしてたからな、まあいいや、楽しかったし」

「そっか、まあ、どうなんだろうね、どっちが正解なのかって、わからないよね」

「そう、分からないよ」

「じゃあね」

「うん」

おれは、地下鉄に乗って、空港まで向かった。

 カメラロールを見返していた。ヤンと、ロベルと、アレックスと、ホストファミリーと、懐かしい。IELTSがどうなるかわからないけど、すごく勉強に使った二か月間だったけど、でも、おれ、ほんとに、英語を話せるようになったんだな。ヤンも、あんなに後悔していたけど、おれからすると、めちゃめちゃ頑張って、英語を話せるようになって、これ以上の成果はないんじゃないかって思う。あいつは、中国に帰って、親とか友達とかに、英語をかっこよく話して、褒められているんだろうな。でも、あいつにとっては、そうじゃないんだろうな、それもすごくわかる。頑張れば頑張るほど、この世界は理不尽で、でも、希望を掴むためには努力をしなければならない。微かな光を掴むための、努力、それは、泡となって一瞬で消えるような、終わりは儚い存在で、後悔という強い毒だけが残って、でも、おれたちは、希望に生き続けなければならない。それが、おれたちに置かれた宿命、なのかな。ロベルとか蓮とかみたいに、気楽に生きている人の方が、楽しいのかな。どうなんだろ、答えはずっと出ないままだな。


























第四章

 大学二年の後期の初日、地下鉄の出口を出て歩いていると、和樹がスケボーに乗ってやってきた。

「おまえ、スケボー好きやなー。スケボーサークルにでも入れば?」

「え、スケボーサークル入る?入ろうぜ!」

「んんん?お前、なんかテンション高いな」

「お前がなんかテンション低いんだよ」

「そうかな」

「そうだって、今日学校終わったら見に行こうぜ、お前みたいにテンション低い奴には、スケボーサークルがピッタリだよ!」

「あ、ああ」

 サークルか。

 確かに、面白いかもしれない。

「そうかもな」

「じゃあ、決まりな!お前もおれも、結局オーリーしかできないポーザーなんだから、おれたちはこれからスケボーをたくさん練習して上手くなるんだよ!」

 オーリーは、スケボーのテールを蹴ってジャンプをするシンプルな技。ポーザーは、スケボーをファッションとして乗っている人のこと。

 おれも。

 新しい技とか、もっとスケボーの世界を広げたい、とは思っていたから。

「わかったよ」

 そう返事をして、教室に入った。

 人がなんかいっぱいいる。勇真と芳樹も。

 あれ。

 別のクラスの、蓮がいる。

「おー、蓮、おはよう、どうしたん」

「いや、なんか、みんなAクラスに集まれって指示で、こっち来たんよ」

 だからいっぱいいるんか、今日。

「なんか、あったんかな」

「よくわかんねえな」

「え、てか健斗と奏汰は?」

 健斗と蓮は、奏汰と同じ英語クラス。親友同士の2人で、いつも喧嘩ばかりしてる。

 でも、今日は蓮だけだ。

「わからん、あいつらはまだ来てねえな」

「あ、そうなんだ」

「うん、なんで来てないんだろうね」

 話していると、健斗がなんか眠そうな顔で来た。

「おー、健斗、おはよう」

 おれが挨拶をすると、ねむそーに返事してきた。

「おはよー」

 蓮は、健斗に尋ねた。

「健斗は、なんで今日集められたんだと思う?」

 なんか、話しにくそうな顔をしている。

「うーん、よくわかんない」

「いや、分かるだろ」

「うーん、だって、わかんないんだもん」

「じゃあいいわ」

「おい蓮、そんな軽くあしらうなおれを」

「あー、良いだろ別に」

「は?なにその言い方」

「なんでけんかになるんだよ、馬鹿かお前らは」

「あ、うるせーよ信也」

「うざ」

 うざ、のスルーテクって最強だよな。

 一限の開始時刻の九時十分になると、先生たちがなんかぞろぞろ入ってきた。真ん中に立っていた、教務の三十代くらいの男性の、山田先生が話し始めた。

「五十八、五十九、六十。えー、これで、遅刻者以外、この学年の学科の全員が揃いましたね。」

いや、遅刻者以外揃ったって何?遅刻者がいたら揃っていないだろ。

「ここにみなさんを集めたのは、理由があります。それは、岩岡奏汰くんのことです。」

クラスがざわついた。奏汰に何かあったのかな。

「岩岡君が、九月五日、自殺をし、亡くなりました。彼のご両親からは、これ以上の情報は伏せろとの指示だったので、これ以上のことは述べることが出来ません。彼は、私から見ても、とても真面目で」

 奏汰が、死んだ?自殺をしたの?え?なんで?あの時、沢山悩みを抱えていたから?

「おい、奏汰が死んだって」

 和樹が耳元で話しかけてきた。

「奏汰が死んだのか、なんで」

 おれも和樹も、びっくりして言葉もぜんぜん出なかった。泣いている声もたくさん聞こえてくる。

「彼は、本当にまじめで、どの先生に聞いても、どの授業でも、課題はしっかりとこなし、部活にも打ち込みながら、成績優秀で……」


 先生は、俯いた。


 

「以上で、話は終わりです。何か、この話を聞いて、精神的なショックを受けてしまったのならば、遠慮なく、僕でもいいですし、他の教員にも、相談をしてください。本日の1限の英語の授業は、これで終わりにします」


「おい、健斗!知ってたんだろ!なんで何も言わなかったんだよ!」

 蓮が本気で怒っている。

「おれは、たまたまあいつと同じ写真サークルに、2人ともほぼ幽霊部員だったけど籍置いてて、この前、久々に行ったときに聞いたんだよ、でも、口止めされてたから、言えなかったんだよ」

「は?そんなん理由になんねえよ」

「・・・・・・なるだろ、わかれよ」

 高圧的な蓮に対して、健斗は落ち着いて話すから、蓮も理解した様子だった。

「誰かに相談してくれてもよかったのにな」

 勇真が、少し悲しそうにそう話す。

「誰にも相談することが、できなかったのかな」

 後ろの女子が、少し大きな声で話してる。

「私、野球部の人から聞いたんだけど、なんかレギュラーに入れなかった?とか聞いたよ」

「えー、私もバドのレギュラー入れてないけど元気だよ!」

「結衣は週一でしょ」

「濃い週一!」

「そういうの良いから」

「まあ、よくさぼってるけどね」

「そんなんだといつまでたっても変わらんぞー」

「確かに、私そろそろやめようかな」

「やめて私の入ってる文芸サークル来な」

「でも、奏汰は、もしかしたら、すごく頑張っていたのかもしれないね、あいつ、なんかスペイン語で隣だから、話さんけど小テストはよく採点してて、いっつも満点だったし、何でも頑張るやつだったのかもね」

「なるほどね、そっか、そういうことかもしれないね、でも、原因を誰も言わない限り、真相は謎だけどね」

「まあそうだよね」

 あいつは、相当悔しかったんだろうな。留学してるときは自分のIELTSのことしか考えていなくて、あいつがそんなに思いつめているなんて、想像もしなかったな。

「おい、信也」

「なに?和樹」

「次の授業一般教養、早く行かんと後ろの席取られるぞ」

「ああ、そうだな」

 そうして、時間が過ぎ、あっという間に5限が終わった。

「今日は、どうする?帰る?」

「いや、行こ、スケボーサークル」

「え、行くの?」

「だって、こんなところでクヨクヨしていたって、仕方ないだろ!行くぞ、かずき!」

「お、おう!」

部室をノックして、お邪魔してみた。

「すみませーん、」

「あ、新入生の方ですか?」

「いや、二年生なんですけど」

「おー!二年生でも大歓迎ですよ!」

そこには、六人いて、男子が四人と、女子が二人いた。部屋には、スケボーが七台くらいかけてあって、小さい窓がついていた。床は木の簀の子で埋め尽くされていて、椅子とかソファもあって、みんなそこに座っていた。左に本棚があり、そこに技の本とかカタログ、雑誌とかマンガも色々置いてあった。

「おれは、サークル長の高崎です。三年生です、よろしくね」

「私は、浅野莉加、こっちは柳真由美、私たち2年生だからよろしく」

 りかとまゆみ、莉加、真由美、高崎、莉加、真由美、高崎、莉加、真由美、莉加、高崎、莉加、よし、覚えた!

「まあ、自己紹介はおいおいやるとして、次にうちの部の紹介だよね、うちはまあ、一応週一で部室を開けて、みんなで時々、近くのパークに行って滑ったりする感じかな。部員は合計で三十人くらいいて、結構多くて、まあ、いつも来るのはこんくらいって感じ。でも、二月の終わりに毎年大会があって、それには行きたい人みんなで車出し合って参加するんだよ。オープン戦みたいなので、五個くらいの大学のスケボーサークルが参加するかな。それで、スケボーの大会はとにかく実況がついていることがすごい!主催の立学大がやるんだけど、それがまじで盛り上がる!」

「えー!楽しそうですね!」

横で信也が目をすごく光らせていた。

「僕は、二年の信也っていいます。スケボーは街乗りが中心で、パークに行ってやることはあんまりないんですけど、そんな僕でもできますかね。」

「全然できるよ。時々、参加できる時に参加してくれればいいから。あと、みんな暇なときに、すぐそこのパークに行って練習したりしてるから、この部室には一応月曜の5限終わりに集まって少し話すっていう感じかな」

「なるほど。僕は、和樹っていいます。僕、もあおとも、IELTSの試験があったりして、あんまり参加できなかったりするかもしれないんですけど」

「全然、大丈夫だよ、実際今も六人しかいないしね」

「信也、このサークル、結構楽しそうだね」

「そうだね」

 男の人のサー長以外の3人は、ゲームしている。

 2人が話してくれた。

「僕達二人は三年生なんだけど、あ、僕が裕翔で、こっちが大登」

「大登です、よろしく」

 サー長の高崎さんが、何かを思い出したように発言し始めた。

「あ、それでね、スケボーって、まず乗るのが楽しいし、あと、技を決めるまでがすごく大変だけど、でも、それが初めて出来るようになった時、その喜びは、本当にすごいものだよ」

「わかります!僕も、オーリ―を初めてメイクした時には本当に涙が出そうでした」

「そうだよね!いやー、信也くんはわかっているねー、あ、おれも2年だからタメでいいよ」

 サー長2年なのかよ。

「そうなんですね!」

「信也、タメ」

「あ。」

 そのあとは、みんなでパークに歩いて行った。そこでは、沢山の人が、広い場所でスケボーを滑っていた。坂を思いっきりジャンプして、回転してまた滑り始める人や、手すりみたいなところにスケボーを滑らせている人とか、あとは、技をせずに気持ちよさそうにパークを滑っている人など、沢山いて、全員、おれからみて、とても楽しそうに映った。

「和樹おれも、このサークルに入りたい」

「信也おまえ、おまえならそう言ってくれると思ったぜ!」

 二人で、スケボーに乗りながら、帰った。

 次の日の木曜日は、午前中まで授業だったから、午後に、書店に行って、IELTSの日本のテキストを買いに行った。今までは基礎問題集をやっていたから、今からは、「IELTSトレーニング」を買うことにした。英単語は、三千五百語の暗記をする単語帳を、留学していた時から継続して使うことにする。そして、夜は、帰って勉強していた。テキストにあるライティングの問題は、明日の授業で、ネイティブのブライト先生に見てもらおう、と考えた。

 そうして、一か月間、留学の努力から、そのペースで継続して勉強をし、十月三十日、留学フェアを迎えた。この日に、留学先の提携校の評価基準、応募締め切り日などが正式に発表される。三限に行われる予定だ。おれとあおとは、これに参加しようと、大講義室の後ろの方で、購買で買ったお昼を食べていた。
























第五章

「なあ、和樹、お前は、IELTSの勉強進んでるの?」

「割と一年の頃から勉強してて、夏休みお前が留学してる時に、八月だったかな、一回受けてみたんよ」

「どうだった?」

「全然ダメだった。だから、もう結果が出る前に手ごたえでダメだなってわかったから、九月はまじで毎日勉強してた」

「そうだったんだ、じゃあ、お前も割とやってたんだな」

「まあでも、一日五時間くらいだけどね、おれはあれだから、小さいころから英会話ずっと通ってたから、勉強しなくてもぶっちゃけ割とできるんだよね」

「ああ、そうだったんだ」

「あれ、言ってなかったっけ」

「知らなかったかも」

「そっか」

「あ、あとちょっとで始まっちゃう、早く食わないと」

「そうだね」

 留学の説明が始まった。モニターに各交換留学用の大学が映し出された。

 イギリスのA大学は、IELTSのボーダーが6.5、GPAのボーダーが3.0、そして、志望動機書と研究計画書、面接によって決まる。IELTSのスコアの提出期限は一月十日、この日までに取れた最高のスコアを提出し、GPAは二年の前期までの合計、そして、面接は二月の後半に行われ、出発は三年の秋、そして、一年休学という形をとって、帰国してからは、三年の秋、という状態からもう一度日本での大学生活が始まる。

 その後に、各ブースに分かれて、それぞれの大学に行っていた先輩方に話を聞くことが出来るパートに移った。

 おれと信也は、A大学から帰ってきた、二つ上の先輩が二人いるところに行った。

「先輩、A大学に行こうと思っていまして、ちょっと説明を聞いてもいいですか?」

「良いね、ぜひ聞いていって!A大学は、イギリスにある大学なんだけどね、結構町中にあって、大学から歩いていけるときに、ニューカッスルのサッカーチームのホームグラウンドがあったりとか、ショッピングモールとかあったりして、放課後めっちゃ楽しいよ!サッカー好きなら、ロンドンも近いし、めっちゃいいと思う!」

「めっちゃいいですね!すげえ!!」

 和樹は、また、目を輝かせて先輩の話を聞いていた。

「他には、どんな良い所があるんですか?」

「他にはね、例えば、イギリス英語が話せるところ!イギリス英語ってめっちゃかっこよくてね、それで、たぶんここで説明しても分からないかもしれないけど、『キャン』が『カン』になったり、『カム』が『コム』になったりして、変化したり、そして、アメリカ英語とは違って一つ一つの単語をしっかりと発音したりするの。それがね、すごくいいの!」

「そうなんですね!和樹、すげえ楽しそうだよ!」

「うん、まじで楽しそう!あ、でも信也、成績のこととか聞かないと」

「あ、そうだ、成績とかってどういう感じなんですか?」

「あー、成績ね、わりとみんなGPAのことについていうけど、それはあんまり、3.0あれば普通にいけるから、それよりも重要なのが、IELTSの成績!これで高い点を取れば、安泰じゃないかな?おれは、7.0取っていったかな、IELTSは9.0が最高点で、6.5が大体TOEIC850位で、7.0は900くらいかな」

「900・・難しいかもしれない、じゃあ、6.5だった場合はどうですか?」

「その場合でも、正直7.0取れる奴なんて、まあおれは取れたけどほとんどいないし、6.5で応募して、あとは面接とか頑張れば、そう、面接を頑張れば大丈夫だと思うよ!」

「本当ですか!?面接、頑張って対策します!」

「うん!」

「あ、あの、おれたちでも頑張っていけますかね?」

「おい和樹自信ないじゃねえか全然、お前留学してたんだからもっと」

「え、君留学していたの?」

「はい、短期ですけど、オーストラリアに」

「それだったら、絶対大丈夫だよ!自信もって、頑張って!」

「はい、頑張ります!」

おれと信也は、スケボーで帰った。

「IELTS、7.0目指す?」

信也に聞いてみた。

「せっかくなら、目指しちゃおうよ、俺らだったら大丈夫だよ」

「試験は、ちょっと調べてみるわ」

 おれは、スマホでIELTSの試験日について調べてみた。  IELTSが行われるのは、東京、名古屋、大阪の三会場で、  一週間ごとに行われるが、定員が決まっていて、すぐにそれが埋まってしまう。

「まって、十二月七、八の東京会場以外埋まってるんだけど」

「まじかよ!てか泊りなの?」

「そうみたい、なんか八日はスピーキングテストがあるみたいで、それで」

「はー、まじかよ、じゃあその日は東京に行くか」

「そうだね、東京に行こう」

 残りの二カ月間は、IELTSの四技能を真剣に勉強した。スピーキングは、大学の国際交流センターにいる先生に教えていただき、ライティングは、ネイティブの英語の先生に添削をしていただいて、リスニングやリーディング、単語も、毎日勉強した。

 そして、その日がやってきた。おれたちは、夜行バスで東京に向かい、朝八時に会場に到着した。

 顔認証やパスポートチェックが厳格に行われた。海外に飛び立つ権利を得るテストだから、替え玉などがあったら本当に危険なのだろう。それらが一通り終わり、信也とおれは受験会場までの廊下で少し話す。

「いよいよだな」

「ああ。おれたちは、これまでこれに向けて、本気で勉強をしてきた。だから、おれたちなら、絶対」

「信也、おれやっぱり緊張するわ。」

「お前は、割と臆病だよな。でも、おれはお前の頑張りを知っているから、だから、自分を信じろ。絶対にうまくいく」

「ありがとう」

「じゃあ、中に入ろう」

 中に入ると、約百人の受験者が待機していた。二十人くらい、まだ来ていないみたいだ。誰も話している人はおらず、単語の確認をしている人や、名前などを解答用紙に書いている人などがいた。おれと和樹は別々の席に座り、試験を受けた。

 まずはリーディングテスト。これは、いつも通りの問題が出てきた。しかし、難しい。大問一は、二十五分以内に解くことが出来た、ラップタイム通りだ、その後も、演習通り、ラップタイムを守って解くことが出来た。単語レベルは、今まで勉強してきたのと比べて、比較的低かった印象で、その分読解が少し難しいような感覚だった。大方できた感じだが、自信の無い問題も数問残った。7.0まで行くことが出来るのだろうか。

 次に、リスニングテストが行われた。最初は順調、だが、問題を聞き取ること、選択肢の意味を読み取ることはできても、会話文が長いために、選択肢を絞るのが難しい。それも分かって、その上で対策までしてここに来たつもりではあったが、それでも、時々、分からなくなってしまった。

 ライティングの試験が始まった。最初は、本や新聞から、スマートフォンをずっと触る人が増えたことに対する、賛成、反対の意見を、百から百五十字以内で書く問題だ。これは、IELTS対策ではやっていないが、大学受験の自由英作文を対策しているときに少し触れたことがある。だから、十五分以内で書けた。次に、誰かがジュースを飲んでいて、それに対して、誰かが怒っている絵が描かれていて、これに関する文を二百五十字以内で書けという問題だ。少し悪問だと思う。だって、わけがわからない。よくわからないながらもなんとか書いたが、それでも上手くいったかどうかは全然わからない。

 そうして、一日目の試験が終わった。

「信也、疲れたな」

「おう、お疲れ様」

「ライティングの最後の問題わけわからなかったことない?」

「やっぱ、信也もそう思う?おれも、そう思うんだよね」

「だよね、今日はホテル帰って寝るか」

おれたちは、ご飯を食べ、ホテルに帰った。

「おれたちが、ここまでやってきたことは、正解だったと思うか?」

「和樹、急にどうした」

「だってさ、おれ、夏休み、もっと旅行とか行きたかったよ」

「おれらで留学を勝ち取ればいい話じゃん」

「そんなの、まあ、そうだけどさ」

「おれらなら、大丈夫だよ」

「そうか。」

とりあえず、おれは部屋の電気を消した。

「おれさ、リーディングの大問2、全然読めなかったんだよね」

「あ、そうだったんだ」

「たまにあるじゃん、三行目くらいで全く読めなくなって、集中がぷつんと切れて、それで、焦っちゃうことが」

「確かに、たまにある」

「それが、おれの場合、試験中に、起こってしまったんだよ」

「そういうことね」

「おれはさ、あの時、三行目の、estimatedの意味が、なぜか全然頭に浮かばなくて」

「それは、え、estimateの意味が浮かばなかったの?」

「そう思うよな、普通。おれもそう思った。こんなん大学受験にも頻出の基本単語やん。でも、おれの頭には、estateの、地所っていう意味しか、なぜか浮かばなくて、 それで、基本単語ってことはわかるのに、焦ってしまって、そんなのすぐに飛ばせばよかったのにさ、もしこれで留学が上手くいかなかったら、たぶんおれは、一生後悔することになると思うんだよね。」

「なるほどね、それは、後悔をしてしまうよね」

「うん、あの時、見積もる、評価する、っていう意味がすぐに頭に浮かんだ時の自分とか、あと、三行目を飛ばして、そのことをさっぱり忘れて次に進むことが出来た自分を想像して、今の自分をそのあとすぐに想像して、そして、心が痛い、って、思うんだよ」

「そっか」

「おれはさ、IELTS単語ばっか勉強して、結局こんな基本単語を復習することを、忘れていたんだよな。本当に、今、おれはとても悲しいよ。」

「明日、スピーキングの試験があるからさ、そこでいい点を取ればいいじゃん」

「そうかもしれないけどさ、お前、本当はおれがスピーキング苦手なの知ってるだろ?お前はさ留学いってたから簡単に出来るかもしれないけど、おれはそんなできないんだよ、しかも、7.0って、TOEIC900点レベルなんだろ?てか、6.5でも、800以上のレベルなんでしょ?そんなん、リーディング一個外した時点で無理なんだよ。もう、ボーダーにも届かねえよ」

「おれだって、留学してる間は頑張ったんだよ!毎日遅くまで勉強してさ、だから留学に行ったからスピーキングが出来るなんて簡単な考えは違うだろ!」

「そうだろ!留学しているやつはみんな英語しゃべれるし、してない奴は英語しゃべれねえんだよ!お前に、あの時に留学に行く選択をしなかったおれの気持ちなんてわかんねえんだよ」

「お前にだって、留学に行って頑張ったおれの気持ち、わかんねえだろ」

「黙れよ、それは違うだろ、お前は今日のテストも難なくクリアして、明日は得意分野が待ち構えているだけ、おれとは状況が全然違うんだよ」

「そんなん結果出てねえからわかんねえだろ、ライティングの問題もわけわからんかったし」

「わかるわ!お前はできておれはできなかった、ライティングのあの問題書けた奴なんて誰もいねえよ」

 この喧嘩、なんかわかんないけど、すごくつらい。信也、本当に後悔しているのが分かる。


 少し落ち着いた後。


 和樹は、沈黙を破った。


「その単語を見たとき、その時、おれは、すごく、こわかった。この単語を飛ばさなければ、もう、おれの未来はない。でも、無理だ、この先の文章が読める保証もない。何だったかな、この意味。駄目だ、次に進まないと。でもそんな勇気はない。そして、今、その勇気が出なかった、自分に対して、怒っている、悲しんでいる、悔しいと思っている自分がいる。それは、取り戻せない過去、取り戻したい過去。あと、おれが、おまえと短期留学にあの時いかなかった。それを、物凄く後悔している。英語の授業で上手く話せる信也を見て、とても、何度も、あの時に留学に行っておけばと自分に何度も傷つけられたんだよ」

 深夜だからだろうか。

 気持ちが。


 和樹の気持ちが。

 どんどんと。


 言葉になっていく。

 

「信也は、留学に行って、努力をしたから今の英語力がある。でも、おれから見れば、そんなことは全く関係なくて、自分があの時、留学に行かなかった、その一点のみに、後悔が集中している。だから、さっき信也に怒ってしまった。その先の世界を知らないことは、幸福でもあるし、不幸でもある。その先の世界を選んだ先にいる、想像の中のパラレルワールドの自分は、なぜかいつも、成功している。そうしなかった世界線だからこそ、脳がその先の未来を勝手に作ってしまう。そして、それに、あおとは、心を何度も抉り取られてしまっている。そして、estimateが読めた世界線、飛ばした世界線もそうだ。その後の文章も、おれからみれば、基本単語が多いうえに、読解が難しい問題だった。この単語が読めても、大学受験単語を復習しなかったおれには、合わない問題だったのかもしれない。でも、それもおれにはわからない」


「そうだよ。わからないよ。もう、寝よ。和樹」


「そうだな」


 実際そうだ。

 わからない。

 どんな問題が出るかなんて、当日まで。

 なのに。

 当日に。

 恐怖をして。

 後悔をする、この、なんとも言えない不条理が。

 おれたちを、渦巻く。

 

 朝起きると、何事もなかったように、和樹は、は、おれと一緒に、英検の試験センターに行った。スピーキングテストは、小さい事務所で、一日かけて、全員の受験生と面接をする。大体三十分くらいかかったが、いつも通りできた気がする。あおとも面接室から出てきた。

 十二月二十六日、おれとあおとは大学の食堂でご飯を食べていた。

「和樹、スマホにメール届いたか?」

「うん、届いたよ。信也は?」

「おれにも届いた」

「せーので観ようぜ」

「うん」

「「せーの!」」

 信也:7.0、和樹:6.5

「和樹、おれたち、」

「なんとか、ボーダーラインに乗ったよ二人とも!」

「やったよ!」

「本当に、やったよおれたち!」

「なんとか、よかったー!」

「和樹ー、おれ、本当につらかったよ、何とか、希望をつなげてよかった~!めっちゃ、よかった!!」

「あとは面接だけだよ!」

「うん!」

「おれたちのプレミアリーグ観戦の夢、イギリス交換留学の夢は、まだ、終わってねえよ!」

「ああ、そうだね信也!」

「そうだよ和樹!おれたちは、まだ、生きているよ!」

「そうだね信也!まだ、おれたちの夢は、希望は、安全に繋がれている!」

「ああ!」

「よっしゃ!」

「あれ、信也と和樹じゃん」

 蓮と芳樹がやってきた。蓮が話しかけてくれた。

「お前ら、あのテストどうだったん?」

「二人ともうまくいった!!」

「すげえ!よかったやん!」

「うん、まじでよかった!」

「おれと芳樹もお前らのところ、留学行ったら遊びに行くわ!」

「おー!ぜひ来てよ!」

「すげえ!IELTS何点だったの?」

「6.5と、7.0」

「は!?6.5と7.0!?めっちゃ高いじゃん!」

 芳樹が反応してくれた。

「芳樹、知ってるの?」

「知ってるよ!昔英会話通ってた時にその先生がよく受けに行ってて、だから、6以上がすごい高いってことはずっと知ってるよ」

「まじか!」

「お前ら良かったなー!またこれから面白いな!」

「うん!面白そう」

 それからおれたちは、四人でご飯を食べて、一緒に帰った。

 一月はテストやレポートに追われながらもなんとか頑張って、スケボーサークルにも時々顔を出しながら、おれたちは、二月の二十六日、面接を迎えた。

「次の方」

 呼ばれた。

「はい、宜しくお願いします」

「あなたの志望動機は何ですか?」

「はい、私は、この大学で経済学を学び、卒業研究に繋げたいと考えます。今いる大学では国際関係について二年間勉強したために、そこで培った言語能力を活かしながら、この大学でマクロ経済学を学び、三、四年次のゼミでは、国際経済に関する研究をしたいと考えています」

「なるほど。それは、日本にいても文献調査だけで出来ることなのではないですか」

「いえ、私は、大学の講義を通じて、基礎から学ぶことに意味があると考えます。そして、大学の授業についていけるように、私は、今までしっかりと英語の勉強をしてきました」

「わかりました。それでは、次の質問ですが」

そうして、あと三問ほど質問をされたのちに、面接は終わった。

 次は、和樹の面接だ。声が聞こえてくる。

「私は、この大学で学んだことを活かし、将来の夢であるメガバンクへの就職へとつなげたいです。金融商品、投資信託の自由化や、外資系銀行の日本進出にもみられるように、金融業界のグローバル化が進む昨今、私は、今いる大学で学んでいる国際関係と、留学先で学ぶ経済学の経験を活かし、第一線で活躍できる人材になりたいです。この留学は、そのための一つの大事な要素となります。また、グローバル金融のパイオニアであるヨーロッパに行くことにより、それについても深く文化として触れてみたいです」








第六章

 おれは和樹。

 大きな芯のある樹のように育てと、名付けられた。

 そうして。

 おれは。

 イギリス交換留学を、ずっと目標にして。

 受験勉強をして。

 今日。2019年三月十九日。

 IELTSの、結果が来る。

 おれは、信也とLINEをしている。受かったか、落ちたか、それが今日、メールで発表される。おれのIELTSの結果は6.5、GPAは、3.4。和樹は3.5だから、おれはどちらも負けていて、おれが受かっていれば、かずきも受かっていることになる。留学の定員は三人、メールが来た。

 

 受かった!受かっている!これでおれは、イギリスに一年、留学に行ける!かずきと一緒に留学に行ける!おれの努力は報われたんだ!

「和樹!受かった!」

「ほんと?よかった!」

「一緒にイギリスで過ごそ!プレミアリーグ観よ!」


 しかし、現実は。


 そう。


 甘くなかった。

 

「ごめん、おれ、落ちたわ」

「え?うそ」

「たぶん、面接で落とされた」

「まじか」

 着信だ。

「信也?」

「ごめん和樹、おれ、一緒に行けなくなっちゃった」

「そっか」

「おれは、頑張ったんだよ、勉強とか」

「知ってるよ、お前がオーストラリアでめっちゃ頑張ってたの、全部知ってる、本当は、あの時、自分のためだけに、お前にあんなことを言ってしまったんだ」

「おれは、それでお前があんな風に言うしかなかったことも、知ってるよ。あの時は、仕方なかった」

「そっか。ごめんな、和樹」

「おれのほうこそ、ごめん。信也」

「和樹さ、頑張ってたよな」

「うん、おれも信也も、勉強頑張ってたよ」

「そうだよな。」

 一瞬の沈黙のあと、信也の声が、小さくても大きな心を乗せた信也の声が、聞こえた。

「おれはさ、あの時、おれは、面接の時、就職を考えた内容を話すことが、大切だったんだよ、たぶん。それか、卒業研究について話すんだったら、しっかりとテーマを決めて、それについて話すべきだった。おれは、面接で落とされたんだよ」

 そう。

 おれは、将来のことを考えて、面接対策をした。

 でも。

 まさか。

 面接で、信也が。

 あんな成績優秀だった信也が。


 落とされるなんて。

 

「信也、おれは、お前が色々と考えて、ここまで来たことを知ってるよ」

「そっか」

「全部知ってる。留学先で、周りに反して勉強した辛さも、それで、ずっと努力していた辛さも、最後に、こうやって選ばれなかった辛さも。」

「和樹、おれはさ、成功が、欲しかったんだよな」

「人間は、誰でもそうだよ。」

「おれは、お前と一緒に、プレミアに行きたいって約束したあの日のおれは、正解だったのかな」

「あの日の、信也は、すごく、なんか、迷っていたけど、希望に満ち溢れていたよ。でも、後悔をすごく怖がっていたよね」

「そうなんだよ。あの時に、プレミアを見に行きたい、1年留学したいって、考えて、そうして選択したこの道が、この努力が、あの少しの面接ですべてなくなってしまう、これが、おれは一番つらい。つらいよ。もっと沢山好きな事したかった。おれは、蓮たちと沢山の場所に遊びに行きたかった。ロベルと一緒に遊びたかった。ねえ、おれは、それをすべて捨てて、ここまで来たんだよ。それが、今、この瞬間に、すべて消えたんだよ。おれは、すべて、無駄だったんだよ。おれがやってきたことも、おれのあの日の選択も、お前とあの時、あの話をしなければ、このおれの二年間が全て、こうやって消えることもなかったんだよ。でも、おれは、お前のせいにはしたくないんだよ。おれは、あれはすべておれのせいだったんだよ。おれがこの道を信じてやってきたせいで、おれは、すべて、おれは失敗してしまったんだよ。おれの脳が、他のやつらのせいにしようとしている。でも、おれにはそれが受け入れられないくらい、今、辛い思いをしているんだよ」

「お前は、おれの、大切な友達だから。おまえは、全然、おれのせいにしてくれたって、構わないよ。おれだって、あの時、おまえを憎んだりしたから」

「そっか」

「だから、お前がおれのせいにしたくなくても、心の中でどうしてもそうしてしまうのなら、お前は、そのことに、罪悪感とか、持たなくてもいいよ。この世界は理不尽で、この世界で過ごしてきたたくさんの時間のそのすべてが、ここに繋がっているから。お前だけのせいじゃない。お前に質問した面接官だって、あの時に勝手に死んだ奏汰も、お前のことを考えずに遊んでたそのロベル?も、蓮も健斗も、一緒に目指そうって言っていた、あの日スケボーサークルに誘ったおれも、すべて、お前に責任があるように思っちゃうのかもしれないけど、そういう周りの影響も、偶発的に作用して、今の結果があるんだよ。だから、そんなに、自分を責めないで、大丈夫だよ。周りのことも責めてもいいし、逆に、誰も責めなくてもいいよ。この結果は、お前が引き起こしたんじゃない。この世界が、この世界の偶然が、不条理が、そうさせたんだよ」

「ありがとう、和樹。ごめんね、独りよがりな考え方をもってしまって」

「全然、気にしないで。信也は、信也だから。お前のことが分かるのはお前しかいないんだよ。でも、今だけ、おれは、お前のことをわかりたいって思う。絶望に苛まれる親友を、おれは、今、助けたいって思うから。だから、今だけ、少しだけ、心のうちを打ち明けてみて」

 電話越しに、信也の唾を飲む音が聞こえた。

「自分の努力が、一瞬で消えてしまって悲しいって思っている気持ち。その次にあるのが、自分が、自分のせいで、すべて、短期留学に行かなければ、留学なんて目指さなければ、留学フェアにいかなければ、もし、あのライティングでもっと頑張って、リスニングでしっかりと回答して7.5を取れていれば、そして、一番大きな後悔が、面接試験で、あの時、とっさの判断、志望動機を、三つほど作っていた中であれを選んでしまった後悔と、深堀質問に対する回答、もっといい回答をしていた自分。それが、出て来ては、今の結果を思い出し、自己嫌悪に陥るの。それであと、この面接で話すことは、親に、それを話せって言われたのか。そして、面接の前日まで迷っていて、当日に、それを選択したの。だから、今は、もっと落ち着いて考えるべきだったって、自分を責めている。とにかく、おれは自分自身を責めている。あの時にああしていた未来がおれの中にはたくさんあって、それを、自分の中で否定して、そして、落ち込んで、激しく悲しんで、それで、とにかく現実の、今の自分とのギャップに苦しめられて、頭が割れそうなくらいに悩んで、もう、この世界から、消えてなくなってしまうような、そんな思考が、おれにあって、今の自分の選択が、間違っていたという考えが、おれを飲み込んでいく。今までの努力が全て無駄になってしまって、辛くなってしまったおれは、とにかく、絶望、希望の光がどこにも見えなくなってしまっていて、そこにあるのは、真っ暗な、とにかく次々と出てくる後悔だけで、それに押しつぶされそうになっていて、それで、奏汰の記憶もあるの」

 信也は、泣き始めた。

「奏汰が、志望校に四浪して落ちたことを悔やんでいて、そして、そこに希望をなくしてしまった、それが、奏汰の一生をなくしてしまった。野球部のレギュラーを取るという目標を失った奏汰を思い出し、自分と重ね合わせる。そして、奏汰が自殺した理由と心をすべて理解し、おれもこの後悔から解放されたいって、思って……」

「おい、ちょっと待て!おまえ、今、何を考えてるんだよ」

「おれは、この重い沢山の後悔を、すべて、消し去りたい、今すぐに、消し去りたい」

「おれのところに一緒に来てプレミアを観ればいいじゃん」

「それじゃ違うだろ、分かるだろ、お前なら」

「わかるよ、お前の心の痛みも、辛さも、今、おれはお前と心を共有しているからわかるよ。わかるけどさ、お前、お前の中ではプレミアが全てなのかよ、お前の周りにはほかにも大切なものが沢山あるんじゃないのかよ、まだ友達もたくさんいるだろ、スケボーもお前オーリ―しかできないじゃん、キックフリップとか、Kグラインドとか、出来るようになろうよ、おれとさ。あと、プレミアリーグも、旅行で行けば全然いいし……」

「おれはでも、努力が今全て水の泡になって消えたんだよ、お前なら、この気持ち、わかるでしょ?」

「わかるよ、分かる。この気持ち、辛いよな。どうすればいいんだろう。おれにもわからないよ」

「和樹お前は、なんで、そうやって、ずっといられるの」

「それは……」

「それは、今和樹に、希望と未来があるからなんだよ。おれには、それが今、もう、無くて、消えてなくなっちゃったんだよ。おれは、もう、ずっと、泣いて、それで、それしかおれには、出来ることは、もうないんだよ。誰かに焦らされて決めたとかさ、辛いことたくさんあったけど、おれは、このまますべてをなくしてしまいたい、そうして、この今のおれの気持ちから、解放されたいんだよ!」

「やめて、もうやめてくれよ、信也!」

「おれは、本当はプレミアリーグとかどうでもよかったんだよ。ただ、おれは、留学フェアとか言って、イギリスでの生活を想像する中で、それをモチベーションにして、勉強を頑張っていて、そして、おれは、最後におれの努力の全てを、成功、という形にして、一つの形にして、認めさせたかったんだよ。おれは、そうして、おれの努力を、おれに、認めさせたかったって、今、ずっと思っているんだよ。本当に、今、それが出来ない自分が嫌いで悲しいんだよ。誰か、おれを救ってくれよ、助けてくれよ。おれは、おれには、まだ、おれにはまだたくさん……」

 そう。


 そうだよ!



 まだ!!



 たくさん!!


 あるんだよ!!!


 

「お前は、沢山の世界を持っているよ。留学は、その世界の広い世界の中の一つの、ただ一つの道だよ。お前の中には、もっとたくさんの世界が、お前の中には存在しているよ。お前の中には、ウイイレと、沢山の友達と、スケボーサークルの仲間がいるし、これから新しい夢も見つけていけばいいじゃん。そうだ、こういうのは、どう?A社とかさ、B社とか、C社とかのスポーツメーカーに入ってさ、スパイクを企画するんだよ!ほかにもボールとかさ、それをサッカー選手が使ってプレーするんだよ!お前は、その役割を今から担うことが出来るんだよ。そんなことを、まだお前二年じゃん、これから就活でしょ、まだ目指せる夢が、ここにあるじゃん!」

「それって、理系の人とかがやることじゃないの?」

「文系でもできるよ!最初はそりゃ営業が中心だけどさ、そこからいい成績を何度も残していけば、そっちに移れる可能性だって大きくあるに決まってるじゃん!」

「……そっか、そうだよね」

「そうだよ!お前はさ、そんな道を、夢を描く権利があるんだよ!」

「そうか、おれは、まだ、終わってないんだ。」

「そうだよ!そうだよ!しかもおれがイギリスに行くんだから、プレミアリーグだって大学生のうちに見れるよ!夏休みずっとおれんちで泊まれよ!それで、サッカー沢山見ようぜ!」

「お、おう!そうだな!」

「面白そうでしょ、そんな未来!」

「面白そう!」

「お前、おれについて来いよ!おれが絶対、お前の未来を明るくしてやるから!」



























第七章

しかし。



 すべて。



 この世界は。



 不条理に。



 できている。



 おれの名前は、信也。


 何かを信じることができるようにと、つけられた名前だ。


 

 なのに。


 おれは、最近。



 何かを信じる力が。



 なくなってきている気がする。


 

 大学三年、2020年、四月七日。あるニュースが報道された。それは、新型コロナウイルスによる、緊急事態宣言の発令だった。これにより、大学の対面授業はなくなり、海外への渡航も禁止された。留学に行っている先輩方は日本に帰国をしろと大学側から啓発され、すぐに帰国した。

 大学の友達とは会えなくなり、サークルもなくなった。そして、それは、ずっと続いた。緊急事態宣言はその後に何度も発令され、和樹のイギリスに留学をするという夢は、果ててしまった。

 

 それから約十か月。

 二月一日。

 和樹から着信だ。

「なあ、和樹」

「信也、久しぶりだな」

「お前、就活は順調か?」

「スポーツメーカーのインターンは全部落ちたよ」

「おれも全部落ちちゃった」

「おまえ、留学は、大丈夫だったのか」

「ああ、オンラインで開催とか言って、迷ったけど、イギリスに行けないってなったら、高い金払ってやる意味もないし、止めたよ」

「そうか」

「あと一か月で、就活解禁だな」

「そうだね」

「おれら、スポーツメーカー受かるかな」

「インターンは、倍率高いから。エントリーシートだけで大量に落とされるから。本選考は、きちんと対策をしていけば大丈夫だよ」

「まあ、そうだよね」

「おれらはさ、こうして、沢山の不条理と戦わなければならないんだね」

「そうだね。おれは、なんか、コロナウイルスって、嫌だなって思うよ」

「おれも思うよ。おれたちの全てが、なくなっちゃったんだからさ」

「そうだよね。おれたちの全てが、なくなっちゃったんだよね」

「四年生なんて、授業ほとんどないよ」

「大学は、二年間だけだったね」

「そうだね」

「これからさ、本選考、頑張っていこうよ」

「そうだよ。おれらは、何でも頑張っちゃう人間だから、だから、本選考でも、きっと、頑張って、結果を出すことが出来るよ」

「そうだね。おれらは、頑張ろう」

「サークルも、四月からまた再開するみたいだよ」

「え、そうなんだ。じゃあ、たまに顔出すかも」

「そうだね。対面授業も増えるみたいだし、大学人増えるかもね」

「そうかもしれないね」

 おれは、和樹と一緒に励まし合いながら、就活を頑張った。二月からは、毎日カフェに通い、十時間ほど、業界研究や面接対策、エントリーシートに費やした。3月からは、面接も本格的に増えてきた。エントリーシートには、書くことがとても多いけれど、それでも俺らは手を止めず、休みもせず、ずっと努力を続けた。

 最初に受けた十社に、落ちてしまった。四月の頭に、今までのエントリーシートと面接の結果が来た。もう、持ち駒がほとんどない。志望業界を広げ、また、エントリーシートを書き始めた。そして、まだ、B社とC社、D社の選考が残っている。その対策に尽力した。

 五月の頭、人材会社から内定を頂いた。おれの志望する業界ではなかったけれど、何とかこれで、安心して就職活動を続けられる。

 六月の半ば、B社の一次面接が行われた。

「あなたの学生時代に頑張ったことを教えてください」

「はい、私が学生時代に頑張ったことは、IELTSの勉強です。短期留学をし、そして―をしました、以上です」

「ありがとうございます。うちの会社では、英語を使う機会はもしかしたらあなたが思っているほどに訪れないかもしれません。その点については、どうお考えですか」

「はい、私の努力は、英語だけでなく、他のどんな仕事をやるにしても、使える能力であり、素晴らしい力だと思います」

「ありがとうございます。では、あなたの得意なことを教えてください」

「はい、スケートボードです。二年の頃からサークルに入り――」

「――以上で、面接を終わります。ありがとうございました」

「ありがとうございました。失礼します」

 なんとか、終わった。エントリーシートが通ったから、すごく安心していた。だから、この面接には、とにかく力を注ぎ、対策を行った。結果はどうだったのだろう。今日は、C社の締め切りと、他のメーカーのエントリーシートの締め切りがある。終わらせなければならないのだが、まずい。今日の夜十二時まであと八時間しかない、どうしよう。C社の方にすべて注ぐか。そうしよう。C社の方の問題をみた。十年後にあなたがこの会社で働いている姿を文章で表現してください。(400)当社が今後プラスになる企画を考えてください。(500)他もこのような質問ばっかだ。駄目だ、大丈夫か、

 23:30になった。ここへきて、志望動機が、全然思いつかない。なんで、あんなに企業研究、業界研究を重ねたのに、なんで思いつかないんだ。やばい、早く書かないと。よし、何とかかけた、これで送信、あれ、不備?うわ、ここ、あなたの性格400字、かけていない!どうしよう、なんで、こんなことになっちゃったんだろう。そうして、0:00が過ぎた。これで、もう、ナイトには応募できなくなってしまった。A社は落ちた。そして、持ち駒は、B社がどうなったかわからないのと、D社が次最終面接。サッカーブランドのE社は、まだ本選考開始の案内が来ていない。

D社の最終面接が終わった。メールが来た。B社からだ。

「残念ながら、あなたを採用するに至りませんでした。今後のご活躍をお祈りしています」

 落ちた。B社も、C社も、A社も。もう、他のスポーツメーカーは、E社しか残っていない。他の、この業界のメーカーも、すべて、落ちた。

 二日後、大学にいた。キャリア支援室の人と16:00まで話し、歩いていると、D社からメールが来た。

「あなたの希望に沿わない結果となりました。今後のご活躍をお祈りしています」

 D社も落ちた。おれは、おれは、

「あれ、和樹じゃん。」

「あ、お前は、莉加!」

「久しぶり!全然サークル来ないじゃん!」

「ああ、ごめん、就職活動忙しくてさ。真由美とは、よく遊んでるの?」

「いや、真由美とは喧嘩しちゃって、サークルにもあいつあんま来なくなっちゃってさ」

「そうだったんだ」

「ちょっと今はさみしいけどね」

「仲直りとかしないの?」

「うーん、真由美今忙しそうだから、私が変にまなみのストレスになりたくないなって、思って」

「そっか、優しいね。莉加は、就活、終わったの?」

「うん、終わったよ。信也は?」

「おれは、まだ。」

「そうなんだ。どこ目指してるの?」

「スポーツメーカーだよ」

「へー!A社とか?」

「あー、そうそう。そこは落ちちゃったけどね」

「あ、ごめん」

「あと、E社が残ってる」

「あー、サッカーのやつよく作ってるとこね」

「知ってるの?」

「うん、私小学校の頃サッカーやってたから」

「そうなんだ。初知りかも。ねえ、莉加」

「なに?」

「おれね、ずっと長期留学目指してて、それが無くなっちゃって、だから、こうやってスポーツメーカーを追いかけて、ちょっと希望をつないで、未来を目指してるんだよ」

「そうなんだ。なんか、大変そうだったもんね」

「わかる?」

「わかるよ。十一月とかたまに来てくれた時も、手にいっつも単語帳持ってたじゃん」

「そうだっけ」

「なんで自分で覚えてないの」

「あれ、なんでだろ」

「和樹おもしろいね」

「なにそれ」

「私は、和樹みたいに何かいつも自分に目標をもって、それに向かって突き進んでいく人、素敵だと思うよ」

「そうかな」

「そう思うよ」

「なんで?」

「だって、私は、そんな感じじゃないもん。毎日みんなと楽しく過ごしているけどさ、本気で頑張ったりしないし。気楽だけどね」

 蓮とかロベルとかとおんなじだ。

 でも。

「でも、何かを努力するってことは、それが叶わなかったときとか、誰かのせいでなくなっちゃったりしたときに、後悔しちゃうってことだよ」

 莉加はこっちをじっとみた。

「後悔するの?」

「そうだよ。それが多ければ多いほど、心に積み重なっていって、すごくつらくなっちゃったりするよ」

「へぇー、頑張り屋さんも、結構大変だったりするんだね」

「そうなんだよね」

「そうなんだよねって、自分のこと頑張り屋さんって思ってるの?」

「それぐらい、別にいいだろ」

「でも、そうやって言えるってことは、信也は本当に頑張り屋さんなんだね」

 莉加がにこっと笑った。

「おれさ、莉加みたいな人になりたかったなって、莉加みたいな生き方って素敵だなって、思ったりするよ」

「私なんて、ただなんも考えずに生きてるだけだよ」

「それが、時々、羨ましかったりするんだよね」

「そうなの?」

「うん。なんでかわからないけど」

「そっか。」

「うん。」

「ねえ、一緒にスケボーパーク行かない?」

「え、でもおれいま持ってないよ?」

「部室にある真由美のやつパクっていきなよ!」

「ええ、いいのかな?」

「いいよ、どうせあいつ来ないし」

スケボーパークにおれらは向かった。

「フォー!」

「いいねー信也!調子いいじゃん」

「莉加もまじでうまい!」

「よっしゃー!」

 莉加は、スケボーの後ろをはじき、ジャンプし、そのまま足元でスケボーをくるくると回転させて、着地した。

「キックフリップすげー!」

「へへーすごいでしょー!」

「すげー!かっけー!」

「和樹もやってみ?」

 おれも、たまに動画サイトで観ていたのを思い出して、やってみた。

スピードをつけて滑りながら、後ろ足である右足をテールにピッタリと付け、右足の親指で思いっきり弾く。それと同時にジャンプし、思いっきり左足を斜め前に蹴り上げる!そしてそのまま、スケボーを足から離す!足の下でスケボーが縦に一回転し、そのままおれは板の上に着地した。

 できた。

 嬉しさがこみあげてくる。

「できた!」

「やったじゃん!キックフリップ初メイク!」

「やった!」

「イエーイ!」

 莉加とハイタッチして、また、一緒に滑った。

 暗くなって、地下鉄の駅へと向かった。

「大学から歩いていける距離にパークあるっていいよね」

「確かに、パッといけるからいいよね」

「キックフリップうまかったよ!」

「まじで?嬉しいわ~」

「信也さっきまで元気なかったから、よかったよー」

「そうだったっけ」

「うん、なんか、元気なかったよ」

「そうだおれ、今日、最終まで行ったD社からお祈り来たんだよ」

「そういうことだったんだね」

「そう」

「ねえ、私に、信也が今思ってることを話してごらんよ」

「え……」

「和樹が言ってたよ、信也はたまーにだけど、自分が思ってることをおれに打ち明けてくれるんだーって。私には、打ち明けてくれないんだ。へー」

「違うって……てか、和樹サークル行ってるのかよ……」

「じゃあ、打ち明けてみてよ……」

 おれは、今、思っている自分の思いとかをたくさん、頑張りすぎることとか、後悔するとことか、不条理に思ってることとか、全部、莉加に打ち明けた。

 莉加は、前を向く。

「そっか、信也はこんな感情なんだ」

「……どう、思った?」

「かっこいいと思ったよ」

「え、かっこいいと思った?」

「うん、かっこいいと思った。」

「かっこよくないでしょ?下向いてばっかで、後ろ向いてばっかで、後悔して、それでネガティブで、正直こんな人、絶対かっこよくないでしょ、女子なら、少し、守ってあげたいとか思ったりして、魅力的に見えるかもしれないけど、そういう人のことがタイプな人も時々いるし、でも、男でこれは、ただ、かっこ悪いだけでしょ?なんでそんな、嘘をつくの?」

「嘘じゃないよ」

「嘘だよ」

「私、今日信也に会ったときは、少しだけ、なんかネガティブでダサいなーって思ったんだよ、実は」

「えー、ちょっとひどい」

「だって信也が急に卑屈になるんだもん、これくらい言ってもいいでしょ」

「まあ、それはね」

「私はね、信也って、常に、前を向いている人なんだろうなって思うの」

「なんで?」

「だってさ、私みたいに、元々後悔とかほとんどしない、することもあるけど、信也みたいに深く考えない人だったら、そんなん元気に生きれるのなんて当たり前じゃん?」

「そうなのかな」

「そうだよ、信也の周りにもいるでしょ、そういう人」

「ああ、確かに何人かいるかも」

「あー、私が楽に生きてるって、今、思ったでしょ?」

「そんなん、ずるいって、そういう返事になるでしょ」

「あはは、なるかも」

「莉加ってなんか面白いね」

「なにそれ、ひど」

「莉加もおれにさっき同じこと」

「私ね、小学校からの推しがいるんだけど、その人の名前は、アッシュ王子!」

「アッシュ王子!?」

「うん、ちょっとかわいい顔した、王子様だよ!」

「どこの国の人?」

「アッシュ」

「・・・・・・そんな国あったっけ」

「あるよ、ローズ・ファンタジアっていうゲームに出てくる国に」

「ローズ・ファンタジア・・・・・・、あー!思い出した!あのRPGね!かっこいい剣を持ってる人?」

「そうそう!」

「あー、あの人かっこいいよね!てか莉加好きそう」

「好きそうってなに?アッシュ王子様は、本当にかっこいい、はあー、会ってみたい」

 さっきまでの夕焼けは、いつの間にか、綺麗な星空に変わっていた。赤信号は、駅に向かうおれたちにもう少しだけ、話す時間を与えてくれた。

「ローファンに出てくる王様とか、王子様とかって、小さい町のお城にいて、それで楽しく生きているけど、それだけでしょ?」

「まあ、言ってみればそうかも」

「ローファンの世界に出てくる登場人物のほとんどが、そんな気がするんだよね」

「あー、武器屋とか、宿屋とか?」

「そうそう、みんな、楽しそうに暮らしていて、何にも考えてなさそうじゃん?」

「確かに」

「アッシュ王子は、王子様なのに、冒険に出かけるの。」

「あ、そうなんだ。」

「そこで、モンスターを倒して、でも何回も死んじゃったりとか、お金をたくさんなくしちゃったりとか、あとは、途中で大きな選択を迫られたりとかして、すごく、大変な思いをするんだよ」

「そっか」

「モンスター倒して頑張ってレベルを上げたりとか、そうして頑張っても、中ボス戦で魔法を一回間違えて、負けて、後悔して」

「うん。」

「それで、お金をなくして、レベル上げの努力が無駄になっちゃったりとか、するじゃん?」

「……確かに。」

「そうすると、彼はすごく悩んじゃうと思うの」

「……うん。」

「でも、彼は、自分の目的を達成するために、絶対に立ち上がるの。なんでかわかる?」

 立ち上がる……。

 何度、倒されても、立ち上がる。

 そこに、理由なんて……。

 あ。

 わかったかも。

 と、思った瞬間。

 莉加の口から、回答の言葉が、発せられた。




 

「そこに、希望があるからだよ」




 

「希望……」

「この課題をクリアしたらアイテムがもらえて、その後に楽しいイベントが起こるかもしれない、とか、この町が平和になるかもしれないとか、新しい世界が待っているかもしれないって、これから成功したら何かが起こるって信じて、呪文を間違える後悔とか、努力が報われない悲しみの中でも、突き進んでいく彼が、私はとても、かっこいいなって、感じるの」

「・・・そういうことか!がんばりやさんだから、かっこいいって……」

「私たちが住んでるこの世界のほとんどの人は、武器屋とか、町の王様みたいな人だと思うよ」

「うん。」

「でも、信也は、努力が報われるのかわからないのに、努力して、何でも諦めないで、希望に向かって頑張るでしょ」

「おれは、頑張るかも……」

「それが無くなって、そのなくなった原因によっては、物凄く後悔することもたくさんあると思うの。誰かのせいの時もあれば、凡ミスだったり、少しの勇気が出なかったり。勇者って言っても、勇気が出ないときだってあるからさ。前と同じミスで、だったり、あとは、単純にどれだけ努力してもポテンシャルとか初期ステータスが足りないせいでどうにも叶わなかったり、相手が強すぎたり、そうして、できた後悔は、信也は、対してたくさんの攻撃を仕掛けてくるよ。魔王様みたいに、何回も何回も、自分のターンを横取りして、攻撃してくる」

「うん」

「でもそれって、王子様みたいに、冒険をしているからでしょ?」

「冒険?」

「そう、何か、チャレンジして、諦めないで努力するの。そうしたら、敵が沢山現れたり、後悔をしたり、沢山攻撃してくるのは当たり前でしょ」

「・・・そっか。冒険してたら、そんなの、当たり前じゃん」

「普通の人だったら、そんな連続攻撃なんて受けたら、オーバーキルされて、もう動けなくなったり、それから挑戦しなくなったり、やろうかどうかさえも考えないような人生になったり、努力なんてしなくなったり、場合によっては、死んじゃう人だっているよ」

 莉加はおれの目に目線を向けた。

「でも、信也は、びっくりするくらい頑張るでしょ。私、留学行けなかった時点で、もう、信也は就活なんて適当にやるかと思ってたし、スケボーなんて一生やらないかと思ってた。でも、信也の中の気持ちは、まだ、これから、って、思ってた。後悔で沢山埋められていたけど、その後ろに、沢山の頑張った信也が、私には見えた。だから、沢山の後悔があったんだなって、私にはわかったよ」

「うん、でも、D社も落ちたし、E社もたぶん無理だし、C社なんてエントリーシート間に合わなかったんだよ、ギリギリで」

「そうかもしれないね。でも、私は、D社に挑戦したかずきとか、C社に挑戦した信也が、かっこいいって思うな」

 駅の階段に入った。

「私、実は、ローファン途中でクリアできなくなっちゃったんだよね」

「そうなの?」

「うん、新しい呪文覚えたら舞い上がっちゃって、強いとこに行って戦ってたら、お金がほとんどなくなっちゃって、みんな死んじゃって、もう再起不能になって、もちろん、そこから何時間も頑張れば復活できなくもないけど、普通に考えて、もう無理ってとこまで行っちゃったの。だから、アッシュ王子様は、魔王様に負けちゃったんだよね」

「え、そうだったんだ」

「でも、私は、今でもアッシュ王子様が大好きだよ」

「そっか」

「結果、ダメでも、ずっと頑張ってたから。だから、私は、アッシュ王子様が大好きなんだ」

「そっか」

「信也は、E社もだめかもしれないし、ここでもしかしたらこの挑戦は諦めることになるかもしれないよ、でも、信也なら、生きている限り、ずっと多分、冒険をし続けると思うよ」

「そうなのかな」

「そうなんじゃない?だって、信也は、頑張っちゃう性格なんでしょ」

「あ、」

「信也はRPGの主人公だよ」

「RPGの主人公・・・・・・」

 階段を降り、改札の前まで来た。

「ねえ、信也」

「なに?」

「今年は無理かもしれないけど、来年、大会来てね」

「大会?」

「ニ月の大会だよ!留学の面接で来なかったでしょ?」

「あ、ああ」

「今年もどうせ来れないし。来年は、絶対来てね!」

「わかった、約束」

「約束だよ!」

「うん!」

「じゃあ、私はこっちだから」

「じゃーね!」

「またね!」

 電車に乗った瞬間、また、C社の後悔と、D社の悲しみが押し寄せてきた。誰かとしゃべったり、スケボーをしたりするのは楽しいけれど、こんな風に、それが終わった瞬間にすべてを思い出すのが、すごくつらい。その中で、スマホでE社のエントリーシートを書き始める。もうすぐ七月だ。この会社が最後。その選考は、八月まで続く。頑張らなきゃ。


























第八章

 吾輩はコロナ禍就活生である。

 内定はまだない。

 なんつってな。

 もう、就活は終わり。

 内定は、ちゃんと取ってきたから。


 結局。

 おれのこの、和樹って名前は。

 役割を、果たせたんだろうか。

 就活が終わったいま。

 改めて、それを考えてしまう。

 七月二十九日。大学の自販機コーナーには、おれの好きなジュースがたくさんある。

 その中でも一番好きなのがこれ、「やみつきのキャラメルモカ」だ。その名の通り、やみつきになる。でも、正直、これは冬にホットで飲むからおいしい。夏もアイスで売ってるけど、夏はやっぱ、コーラっしょ!五百円を入れて、コーラを買った。おつりがたくさん出てきた。硬貨ってホント邪魔。せっかくのおれのブランドの財布が太ってしまう。はあ、しゃーない。あー、もう八月入るか。解禁まではスポーツメーカーを受けようとしてたけど、結局やめたんだよな。なんでだっけ、忘れたな。そうだ思い出した、おれは、留学には結局いけなかったけど、英語を活かした仕事をしたいと思って、外資系を受けていたんだ。でも、外資系だけだと怖いから、他の業界も見ていたけど、スポーツの有名ブランドにかける時間はなかったな。少しだけ心残りはあるけど、まあ、コーラを飲んだら忘れるっしょ。結局外資系は4月の時点で全部落ちてたけど、留学の面接の時の志望動機作りが役に立って金融業界から内定をもらえたのホントよかったわ。これで後は、卒論をやれば、おれは大学を卒業できる。

 月曜だし、サークル行こうかな。ていうかなんか、一ヶ月くらい前、部室行ったら真由美のスケボーがなかったな。莉加のもなかったし、あいつら仲直りしたんかな。パーク行かなかったからわからんけど。

 あ、あれ、後ろに誰か並んでるな。

 ちょっと待て、すぐにコーラ取り出すから。

 誰だよマジ……

 あれ、和樹?

 泣いてる、いや、なんて話しかければいいかわからん、とりあえずコーラを取り出そう。

「なあ、和樹」

 泣きながら話しかけられた。

 小学生じゃねーんだから。

「どうした、信也」

「おれさ、おれ」

「信也、とりあえずこれのめ」

「コーラ?」

「そう、コーラだよ。これ飲んだら悲しみも吹っ飛ぶよ」

「ありがと。」

「コーラって、久々に飲むとうまかったりするだろ」

「うん、めっちゃうめえ」

「ありがとう」

「和樹」

「ん?」

「おれ、スポーツメーカー全部落ちちゃった」


 !!!!


「まじか」

「さっきE社からメール来てね、エントリーシートで落ちた」

「そうか、そうだったんだ」

「おれね、どうしよう」

「どうしようって?」

「これから」

「これからか、どうすればいいんだろ」

「こういう悲しい時って、どうすればいいのかな」

「和樹ってさ、なんか、ずっと悲しんでるよな」

「おい、おまえ、みなまで言うなよ」

「ごめんって」

 隣にあるベンチに俺らは座った。ここからは、学校全体が見渡せて、沢山の学生が行き来するのをぼーっと眺めていられるから、なんとなく落ち着く。

「E社のエントリーシート、志望動機を書くとこにガクチカを書いちゃったの」

「学生時代に力を入れたこと?」

「そう」

「そっか」

「いまね、それを、なんでそんな風に出しちゃったんだろうって、すごく後悔しているの」

「辛いな」

「辛いよ。意味わかんないくらい辛い」

「お前、頑張れば頑張るほど、辛いのか」

「そう、頑張れば頑張るほど、辛い」

「そっか。もう、頑張らなくてもいいんじゃない」

「頑張らなくてもいいんかな」

「そうだよ」

「おれは今、ただただ辛くて、悲しくてね」

「その気持ちってさ、どうしたらなくなるんだろうね」

「どうしても、なくならないな」

「時間が解決するのかな?」

「そうなのかもしれないね」


 信也のスマホが鳴った。

 

「なんかメールが来たみたい」

「メール?」

「うん。えっとね」

 おれも、覗いた。

 

『A社、後期採用のご案内』

 なるほど。

「なるほどな。もっと頑張れってことか」

「そうかもね。エントリーシート期限は八月十六日、二度のインターンを経て、最終面接、そして、内定式直前に採用が決まります……」

「てか、そう考えたら信也お前、三年生用のインターンに何社か参加して、早期選考もらうのもありかもな、それで一年フリーターやるとか」

「でも、去年インターンのエントリーシートたくさん落ちたやん」

「信也でも本選考のエントリーシートたくさん書いてきたでしょ」

「まあ、それは確かに」

「じゃあ、割と今までよりは通るんじゃない?」

「ああ、確かに」

「でしょ?」

「うん、そうかも!」

「あ、でも、信也、お前・・・。」

「おれ、A社の後期採用と、あとほかにもインターンたくさん受けることにするわ」

「お前、大丈夫か?本当に」

「うん。だっておれは」

 信也はわざわざベンチを立って、高らかに告げた。


「希望に生き続ける、RPGの主人公だから。」


 フッ。

「大学四年にもなって中二病かよ」

「うるせえよ」

「まあ、そういうことだったら、頑張れや」

「おう」

 本当に、大丈夫なのか、信也。





















第九章

 A社のインターンは、三日間のグループワークだった。正直、とても大変だった。おれは、何とか話し合いに参加し、何とか、インターンを終えた。

 D社のエントリーシートも通った。後は、九月の末に向けて努力をするのみ。

 おれは、夏休みの全てを、この地獄の就職活動に捧げた。

 九月二十一日。A社からメールが来た。

「貴殿のご期待に沿えない結果となりました。今後のご活躍を、お祈りしています」

 十月の五日。D社からのメールだ。

「貴方は不採用という結果となりました」

 頑張ってみたけど、さすがに、もう、きつい。心が折れてしまう。みんな就活終わって、おれだけじゃん。もう、心が折れちゃうよ。疲れたよ。これで、おれの努力はすべて水の泡かよ。おれの夏休みを返せよ。おれの英語を勉強した時間の、全てをおれに、三年生から就活を頑張った時間の全てをおれに、今すぐ返せよ、おれ。おい、おれ、なんでおまえはこんなことをしてしまったんだよ。インターンでの後悔が、思い当たる失敗のシーン、グループの仲間に反論をしてしまったシーン、おかしな案を出して人事の人が険しい顔をしたシーン、企画書を誤字ってしまったシーンが、頭の中をよぎる。ベッドの上で、重力に任せて無限に重くなっていくおれの心と体に、おれは、殺されそうになっていた。

 するとまた、メールが来た。

「E社採用課です。三年生の皆様、今年は本選考を早めることになりました。十二月五日にエントリーシートの締め切りです。内定は、二月半ばを予定しています」

「C社採用課です。秋のインターンを開催します。エントリーシートの締め切りは十一月五日です。皆様のご応募をお待ちしております」

 心が軽くなった。まだ、チャンスはある。あと半年、頑張れば、おれにも未来がある。卒業論文を書かないといけないけれど、まだ、おれにも、まだチャンスある。まだできる。まだできる。おれの心は、たくさんの降り積もった後悔と、二本の輝く糸で、均衡が保たれた。

 すぐに後悔が頭をよぎった。おれは、耐えられなくなり、スケボーを手にしていつものパークに行った。二、三人しか人がいないそこで、おれは、終電までただ滑った。就活を忘れようと、たくさんの技に挑戦した。板を縦に一回転させることと横に一回転させることを同時に行う、難しいけれど決まると超かっこいいトレフリップ、スケボーのウィール(タイヤ)同士をつなぐ金具、「トラック」を、手すり(レール)や段差に引っかけて滑る、50:50グラインドなどの難しい技に、何度も挑戦した。一番高い、今まで恐怖だった坂からのドロップイン(坂の頂上にある平面と斜面の境目にスケボーの後ろ先を掛けた状態から、一気に前に体重をかけて滑り降りるトリック)も、今日は何も考えずに成功した。

 そこからずっと、エントリーシートをキャリアセンターで添削してもらいながら、就活を続けた。十一月、十二月と、毎日、休日もなしで、努力を続けた。就活をやらないと落ち着かず、就活をやることで、心を落ち着かせた。でも、就活をやりたくない日もあったけど、就活をやらないと罪悪感に苛まれるから、休む日は一日もなかった。

「E社に落ちたら、どうするんですか」

「就職活動のために、留年をしようと考えています」

「そんなの、危険だからやめた方が良いです。人材会社の内定を持っているんですから、そこに就職をしてください」

「あなたは、就職課としてあなたの学生の実績が欲しいから、そうやって言っているんですか」

「そんなわけないでしょ、僕は、あなたに、安全な未来を歩んでほしいのです。今の内定を捨てて、それで、留年っていうレッテルを自らつけて、そんな危ない橋を渡らせるなんて、出来るわけがないでしょ。だからこうやって、アドバイスをしているんですよ」

「卒業論文の提出期限が二月の十日、ここで提出をしなければ、僕は留年が出来ます。その日まで」

「とりあえず、まだ十二月、E社の対策に尽力しましょう」

「わかりました」

 十二月二十五日、20:00、カフェでE社の二次面接対策のために、想定問答集を作って、企業研究ノートを埋めていた後に、面接に自信がなくなったために、そのための本はないかと、就職活動に関する本を街中で探していた。今日くらいいいでしょ、と思って、一冊、好きなマンガも購入した。コンビニを見つけ、小さなプリンを買って、出たところで、C社からメールが来た。

「早期選考会へのご参加、ありがとうございました。厳選なる審査の結果、貴方を採用するに至りませんでした。これからのご活躍を期待し、お祈りしています」

 人ごみの中で、泣くのは恥ずかしいから涙をこらえたけど、それでも泣いてしまった。隣を歩く男子グループが話す。

「あの人めっちゃ泣いてるじゃん」

「そんなん言っちゃダメだろおまえ聞こえるぞ」

「わかったって。次どこ行く?」

 大丈夫、おれはあいつらよりは頑張っている。誰かと遊んでいる人たちを見ると、おれはこの人たちよりも頑張っているって思えるから、少しだけ元気をもらえる。

 大きな駅に着いた。たくさんの人がいて、イルミネーションが輝く中、一人、泣いている人がいた。そんな、泣いている人を見ると、「おれはまだ大丈夫」って思える。そんなことを思いながら、駅の中に入ろうとした。

「ねえ」

 泣いている人に話しかけられた。なんで?ちょっと怖い。

「信也」

 隣を見ると、莉加がいた。

「莉加、おまえ」

「聞かないで、この日に泣いてるって、大体わかるでしょ」

「ごめん」

莉加が何かに気付き、少し笑って話しかけてくれる。

「あれ、和樹にも、涙の跡がある。」

「あれ、バレた?」

「なんで泣いたの?」

「莉加、自分は聞くなって言っといて」

「うるせー」

「はー」

「はー、じゃねーよ、なんで泣いてたのかってきいてんの」

「なんでけんか腰なんだよ」

「へへ」

「落ちたんだよ、分かるだろ」

「なるほどね」

「本当はさ、ちょっと辛いかもしれない」

「わたしも、辛い」

「おれたち、辛い人同士だね」

「そうだね、一緒だね」

 泣き足りないくらいのおれたちが、笑いあった。

「今の私より悲んでいる人なんて、この世界にいたんだね」

「でもおれは、悲しくなんかないよ。頑張ったから」

「そっか」

「ちょっと、散歩しよ。」

「良いよ」

 

 今日はクリスマスだから、街はイルミネーションがたくさんで、とてもきれい。信也は、もうとっくに私よりスケボーがとても上手で。


「最近、よくパーク来てたでしょ。終電まで滑ったりしてたよね。たまに行くと、いっつも信也がいるから、恥ずかしくて滑れないし、ベンチでココアとか飲みながら見てたりしたんだよ」

 

「そうなんだ。おれは、スケボーをやってる時だけは、就活の悲しみとか、苦しみとか忘れられるように思えるんだよ」

「そっか。スケボー、おれ知らない間に上手くなってたんだ」


 信也は、本当に頑張りすぎだと思う。こんなに悲しくてもまだ、何かを頑張るって、本当に、意味わかんない。でも、なんかすごく、羨ましい。私の悲しみも、かずきを見ていると、少し、なくなっていった。


 私って、なんの価値もない人間だって思ってた。

 頑張ることもできないし。

 すぐ、やめちゃうし。

 クリスマスの幸せそうな人たちを見ると。

 つい、自分が惨めで。


 泣いてしまう。



 時々、ある。

 自分のことが嫌いすぎて。

 泣いてしまうこと。


 

 でも。

 信也のことは。

 少しだけ。

 応援したくなる気がする。

 

 この辺、イルミネーションが本当に綺麗。

 なんか、この世界って、そんなにいいものではないようにも今までは思っていたけど、でも。


 本当はこんなにも綺麗で、素晴らしい世界だったんだ。

「ねえ、莉加」

「なに?」

「莉加は、おれのことどう思ってるの?」

「……え?」

「今日、悲しいのに、話しかけてくれたりとか、一緒にいてくれたりとか」

「それは、」

「おれは、莉加のこと、好きだよ」

「……好き?」

「おれが頑張ってることを認めてくれたりとか、おれの気持ちに共感してくれたりとか、そんな優しいりこのことが好き」

「そっか!私も、信也のことが好きだよ」

「そっか。」

「うん。」

「両思いだね。」

「そうだね。」

「帰ろうか。」

「うん。」

 とても悲しい中でも勇気を出してくれた信也が、私は本当に好き。私たちを綺麗に包み込んでくれるこのイルミネーションも、この世界も、悪くないかもしれない。


















第十章 

一月は、卒業論文とE社の就活対策に追われていた。追い込みだった。とにかく、辛い。E社に落ちる不安と、それでも書かなければならない卒業論文は、おれの背中にずっとぴったりとくっついて、ずっと追いかけてくる。ずっと休みなしで頑張っているおれは、もう本当に疲れて、死にそうになっていた。

 一月二十五日。今日、E社の三次面接の結果が来る。これを通れば、最終面接に行ける。でも、これに落ちてしまったら。これに落ちてしまったら、おれはどうなってしまうのだろうか。

 16:00から、キャリアセンターで面接対策がある。今は12:00だから、落ちてしまったら、そこで、落ちてしまいました、と、結果を報告することとなる。

 メールが来た。怖くて、見られない。怖くて、見られない。それでも、見るしかない。ロックを解除し、目を向けた。

「【重要】三次選考の結果のお知らせ 選考結果をマイページにレターボックスに通知しました。ご確認ください」

 文が短い。不安だ。

「今回は、当社の本選考、三次面接にご参加いただき、ありがとうございました。厳正なる審査の結果、貴方の希望に沿わない結果となりました。あなたの今後のご活躍を、お祈りしています」

 落ちた。今までの努力が、全て、崩れ落ちた。おれは、大学生活が終わるまで、『たった一回の成功』を手に入れることが出来なかった。本当に悲しい。

「あの、E社、落ちました」

「ああ、そうだったんですね。これから、どうしますか」

「まだ、二月十日まで、時間があるから、留年をするか、考えようと思います」

「そうですか。留年なんてしたら、『なんで留年したんですか』って聞かれて、それでこれからも就活に不利になりますよ」

「そうですよね」

「それに、学費もたくさんかかりますし、しっかりと親と相談したんですか」

「いや、親にはまだ言ってません。」

「何をしているんですか、親の許可が得られなければ、そんなん動けるわけがないでしょう、今すぐ親に相談をしてください」

「わかりました」

 その後電話を掛けたが、案の定親に猛反対をされ、キャリアセンターの人たちにも反対をされ、二月九日を迎えた。

「おまえ、今日飯行くか?」

 蓮と健斗に誘われ、ご飯に行った。たわいのない話をし、帰った。

 その後、物凄い後悔に襲われた。おれは、あと二日、しっかりと決めたかった。でも、この二人の誘いを、断れなかった。とても、悲しい思いになった。この二人のせいにしたくない私は、次の日、親に電話して、キャリアセンターの人たちにも相談をした。卒業を強く勧められ、卒論の提出期限がやってきた。何も考えずに、学務課に提出した。

 家に帰って、もう一度、物凄く大きな後悔に襲われた。最後の二日、一人で、誰にも相談をせず、自分に向き合って決めたかった。ワンの悲しみを思い出す。あいつが焦ってIELTSコースに決めたみたいに、おれも、最後に焦って決めてしまった。なんでこうなってしまったんだろう。悲しみに暮れ、ずっと布団の中でもがき苦しんでいた。

 おれの努力は、こうしてすべて朽ち果てた。目の前で、全てが砂になってしまった。なんで、おれは、二年生のころ、あの時、頑張ろうって言ったんだろう。あの時、志望理由を就活の方にしなかったんだろう。短期留学なんて行ったから、こんなことになってしまった。なんで行ったんだろう。なんで、C社のエントリーシート、もっと早くやってなかったんだろう。なんで、一昨日ご飯に行っちゃったんだろう。なんで、親とかキャリアセンターに相談ばっかりして、自分の気持ちにしっかりと向き合わなかったんだろう。なんで、E社の三次面接、もっと、違うことを話せば、よかったのに。本棚にある大量の就活本を見ながら、それが砂になって消える映像を頭の中にイメージして。絶望に明け暮れた。今はもう、希望もない。ただ、沢山の後悔が、おれの心にダメージをたくさん与えてくる、ただそれだけ。ただおれは、ナイフがたくさん刺さっていくおれの心に、悲しみを与えられていくだけ。どんどん体が重くなっていく。どの過去でもいい。どこでもいい。どこかに戻りたい。今すぐ、どこかに戻って、今を変えたい。この、後悔しかない今を。

 辛いから、外に出た。雪が降っている。なんかきれいだ。今日、この景色が見られて、よかった。近くのコンビニでミルキーチョコレートを買って、帰った。甘くておいしい。少し、元気が出たから、寝ようと思った。

 おれの後悔、たくさんの後悔は、おれに、希望を与えたりはしない。この人生は、もう、先に何もない。ヤンに、「明日、何かいいことが起こるかもしれない」なんて言ったことあったっけ。

それを、おれのその発言を、少しだけ信じてみよう。辛いから、歯磨きをして、寝た。








第十一章

朝七時、衝撃のニュースが流れた。

「速報です。新型コロナウイルスの治療薬の大量生産に、昨日、上田薬品が成功しました。今日明日中に、全国に届けられる模様です。なお、この事実は世界中で今報道されています。大量生産の方法は、世界中に流されました。そのため、世界中の人に、今日明日中に治療薬が行きわたる予定です。海外旅行や、外出も、安全な状態となりました。今、海外渡航用の航空券が、どんどん売切れていっています。速報です。新型コロナ」

 信也から電話だ。

「おい!和樹!やっと起きたのか!おれは昨日の三時からずっとお前に電話してたんだぞ!」

「ねえ、大量生産が出来て、コロナ、」

「大量生産のニュースは昨日流れただろ」

「え?」

「お前、ニュース見てなかったんか?」

「昨日の夜は……」

「昨日の夜の報道はそこまでだったよ、世界中でコロナが収まるっていうのは、今日の夜3時、ネットニュースで見たんだよ!SNSも、みんなその話題で持ちきりだったよ!」

「まじか!」

「おまえに電話しても全然でねえから、すぐに、今日の航空券取ってやったよ!」

「航空券、って?」

「イギリスに行くんだよ、今から!」

「は?イギリス!?」

「今日リヴァプール対マンチェスター・ユナイテッドの試合があるだろ!」

「ああ、うん」

「それを見に行くんだよ!ユナイテッドのホームグラウンドに行って!」

「え、おまえ、マジで言って・・」

「おれたちで、プレミアリーグを今から見に行くんだよ」

「そんな、奇跡みたいなことが起こって」

「起こってるんだよ!」

「でも、おれそんな金」

「おれのおごりでいいよ!」

「おごりって、でも何十万とか」

「お前が馬鹿みたいに就活してる間におれはバイトしてたくさん稼いだんだよ!」

「でも、その金はお前が」

「おれは、お前と一緒にプレミアリーグが見に行きたいんだよ!」

「信也……」

「おれは今空港にいるから、今すぐタクシーで来い!」

「でもそんな金……」

「あーもう、それもおれのおごりでいいんだよ!」

こんなことが、起こっているんだ、現実に、本当に!

急いでタクシーで空港に向かった。

「おーい、和樹ー!」

バカでかい声で、信也がおれを呼んでいる。

「信也、ありがとう、色々と。」

「気にすんなって。もうすぐ飛行機来るから、税関行くぞ!」

「おう!」

おれたちは税関に向かい、手荷物検査を受けた。

信也は通った。おれは、なんか引っかかった。

「少し、こちらでお待ちください」

「なにか、変なものが入っていました?」

「ああ、こちらのヘアスプレーが」

「おまえ、なにいっちょ前にスプレー入れてんだよ!液体なんてダメに決まってんだろ!」

「は?そ、そんなん知らんし」

「も―ホント何してんだよ」

「あ、あの、お客様、もう大丈夫です」

「あ、ありがとうございます。友達が迷惑をおかけしました。ほら、早く飛行機行くぞ!」

「別におれそんな迷惑かけてないし」

「しっとるわ!」

「おまえ・・」

「よっしゃ、七番ゲートだ!早く、行くぞ!」

「おう!」

何とかおれたちは、飛行機に乗れた。

「いやー、久々の海外旅行だな!アツいわマジで!」

「それな!なんなんだよこの急展開びっくりしちゃったよ!しかもあおと準備よすぎ」

「おれは、いつかこんな日が、大学生の間にくるって、信じていたから。」

「おま、かっこよすぎだろ」

「ええやろ、このテンション」

「イギリスまで、行くぞ!」

「おう!」

この便は、直接おれたちをイギリスまで送ってくれた。イギリスに着いたのは、16:00頃。夜の試合を観なければならないから、タクシーで送ってもらった。

「いやー、すげえ!レンガの建物ばっかだ!アニメの中の世界みたい!」

「ほんとだな~、ヨーロッパって初めてきたけど、こんな景色なんだな。」

「そうだな~、きれ~。」

「きれ~。あー!!和樹!忘れとった!すっかり忘れとった!」

「何を?」

「試合のチケット取るの!うわー!航空券取るのに必死で、すっかり忘れとった!ここまで来て、おれ……」

「ほら」

「あ!おまえ!電子チケット!取ってくれたんか?」

「あおと絶対忘れるって思って、空港に来るまでのタクシーで取っといたんだよ!」

「和樹おまえ、天才かよ」

「すげーだろ」

「すげーよ!よっしゃ、スタジアムへこのまま向かうぞ!」

「おう!」

イギリスの時間で19:00頃、おれたちはオールド・トラッフォード・スタジアムに到着した。赤いユニフォームを着たサポーターたちがたくさんいる。

「おい、見ろ!馬が警備してるぞ!」

「ほんとだ!おもろい!すげえ!」

馬を連れた警備員がいたり、すごく日本のサッカーと違う感じがする。

「預ける荷物は、ないな」

「うん」

「預けるとめっちゃ並ぶことになるで」

「確かに」

十五分くらい並んだ末に、チケットチェックを終え、アリーナ手前の通路に入ることが出来た。

「えーっと、二十だから、ここエスカレーター上がって、、ややこしいな、遠いな」

「そうだね、めちゃくちゃ広いな」

「あ、あそこじゃないか?」

「あ、本当だ。」

 観客席に入った。

「うおー!!!!」

「すげえ!」

 めちゃくちゃ沢山の、赤いユニフォームを着た人たちが、下にある、小さなグラウンドを取り囲んでいる。客席は、とても高くまで用意されていて、それで、いや、グラウンドは別に小さくない、客席がめちゃくちゃ広いだけだ。そして、大きな声援を上げて、会場全体が盛り上がっている。

「ついに来たな」

「よし、席に着こう」

席に着いた。おれは左の席、信也は右の席だ。

「おい、和樹」

あれ、なぜか左から話しかけられた。それも、英語で。振り返るとそこには、アレックスがいた。

「アレックス!めちゃくちゃ久しぶりじゃん!なんでいるの!?」

「コロナが明けたからに決まってんだろ!すぐにこの試合に来たよ!」

「おまえ、まじで」

「ああ、あの日、次はマンチェスター・ユナイテッドのホームグラウンドで、って言って別れて、本当にそうなるとは、夢にも思わなかったよ!」

「ああ、そうだな!」

「和樹、この人は?」

「ああ、オーストラリアの留学先で出会った友達のチリ人のアレックスだよ」

「チリ人!まじか!」

アレックスがあおとに軽く手を振った。

「おれは、和樹の友達の信也っていいます、和樹ぐらい英語が喋れるわけではないけど、今日は一緒に楽しもう、よろしく!」

「全然、英語うめえよ!おれはアレックス、よろしくな!」

「ああ!」

「もうすぐ、試合が始まるみたいだ」

「よっしゃ」

 試合が始まった。どちらのチームも、決死の覚悟で、前にパスを出す。欧州サッカーの、攻めるサッカーの特徴だ。面白い。見ていて楽しい。マンチェスター・ユナイテッドが、リヴァプールからボールを奪った。

『ウオー!!』

 会場が一気に盛り上がった。これが、イギリスのサッカーの熱なのか。一つ一つのプレーに対して、プロの選手だけでなく、会場の全員が真剣になっている。

前半三十分、リヴァプール側がボールをディフェンダーのファン・ダイクに回し、キープする。攻める体制に入る。会場は見守る。右サイドのサラーにボールは回り、ドリブルで前に攻めていく。ユナイテッドのミッドフィルダーが、素早くディフェンス側に戻り、スライディングタックルでサラーからボールを奪ったところで、笛が鳴り、イエローカードをもらった。

 フリーキックで、ボールはリヴァプール側の真ん中にわたる。さっきまでの空気感から変わり、会場は真剣に、静かに見守る。大丈夫か、このまま攻められないか。

 ボールは縦に送られ、リヴァプールのフォワードである南野がペナルティエリアでボールを受け取り、シュートをした。それは綺麗な弧を描き、ゴールに入る、と思われたが、キーパーがギリギリで止めた。

『ウオー!!!!!』

 静まり返る、ディフェンス側の空気から一変、一気に盛り上がった。

「すげえよ、おい、和樹」

「ああ、この盛り上がり、すげえ、エグい」

「アツすぎる」

「そうだな」

「この後どうなるのかな」

「わからない、でも、この会場のみんなは、信じているみたいだ」

「何を」

「ユナイテッドは、今から確実に、」

 キーパーが真ん中にいるディフェンダーにボールを送ると、ディフェンダーはすぐさま縦に蹴りだし、トップ下にキラーパスを送った。

「このカウンターを絶対に成功させるって」

「そうだな、この一体感、おれでもわかるよ」

「ああ」

 アレックスが気になっている様子だったから、英語に直して説明した。

「わかってるじゃねえか、信也」

「ああ、アレックスもそう思うか」

「いや、思わねえ」

「思わねえのかよ!」

「でも、確実に、今だけ、今、この瞬間だけは、」

 ボールを持つ選手がドリブルをして、最後のディフェンダーを抜いた。

「ユナイテッドが、この世界で、一番強い。」

「アレックス……お前、最高だよ。」

『ウオオオオオオ!!』

 会場は過去最高に盛り上がる。

 キーパーと一対一になり、シュートをした。ボールは枠の左上に向けた華麗なコースを描き、ゴールに入った!

『ワアアアアアアアア!!!!』

 ユナイテッドのサポーター全員が立ち上がり、叫んだ。おれも、和樹も、アレックスも、思いっきり叫んだ。両側を見ると、二人とも最高の笑顔で叫んでいた。

「和樹、これがイギリスのサッカーだよ」

「ああ、お前と見れて、本当に良かった」

「そうだな。おれは、就活ばっかで、こんな瞬間が来るとは、思ってもいなかったよ」

「おれも、こんな瞬間がいつか来るなんて、思ってなかったよ」

「本当に良かった」

「よかったよ」

“It’s so fantastic time, Shinya” 最高だよ、信也

“Yes, Alex. I didn’t, never haven’t imagine the moment” ああ、アレックス。こんな瞬間が来るなんて、全く、考えもしなかったよ

“Me, too. We, now we are sharing the most exciting time” おれもだよ。おれたちは、最高の瞬間を、今、共にしている

“Alex, thank you for praising my English skill 2 years ago” アレックス、二年前、おれの英語をほめてくれてありがとな

“Don’t mention it. At that time, I was really surprised at your growth” 全然。あの時、お前がめっちゃ喋れる様になってておれもびっくりしたんだよ

“Thank you, I was glad then” ありがとう。あんとき嬉しかったんだよ

“It is so good that we have met again here” また会えてよかったな

“Yes” ああ

“However, Kazuki” でもな、和樹

“What?” なに?

“I have believed that I can see you again at here, at the stadium!” おれは、お前と、ここで、このスタジアムでもう一度会えるって、信じてたよ!

“So am I!”  おれも!


 後半二十分、ユナイテッドがボールを奪われ、リヴァプールのカウンターを受けて、一点を取り返された。

 アウェイの人たちが、少しの人たちが最高に盛り上がっている。それ以外の会場にいる人たちの雰囲気は最悪で、座って下を向いている人が、ほとんど、のように見えたが、全員、アウェイで喜んでいる人たちを横目に、真剣な表情で試合を見つめている。

「和樹」

「ああ、ここにいる人たち、まだ、誰も諦めていない」

「まだ、全員、ユナイテッドの勝利を信じている」

「おれも、信じているよ」

「おれも」

 そこからも、ユナイテッドが取り返しては、会場が盛り上がり、ディフェンスに回れば静まり返り、何度もその繰り返しだった。それでも、そのドキドキ感とワクワク感が、会場全体を包み込んでいく。とても楽しい空間で、ずっとここにいたいと、そう感じた。

 おれは一年半前、この世界はジャンケンのようなものだと考えたことがある。今から出す手が、成功に回るか、失敗に回るか、わからない中で、無数のジャンケンをしていく。

そしてそれは時に、物凄く大きな、努力という掛け金が後ろに積み重なっていることもあれば、オッズが凄く高い所に少ない所持金を賭け、運のみで一攫千金することを狙えることもある。相手のタイミングで勢いで出してしまうこともあるし、逆に、相手の心理状態や相手がよく出す手を思い出し、自分が出す手を万全の状態で綿密に考えることもある。ジャンケンになぜかいつも勝つような、ジャンケンが得意な奴だっているし、「私は今からパーを出します」なんて言って、心理戦に持ち込んで勝とうとする奴もいる。そうして、背負うものが大きいほど、不安と、期待、好奇心、沢山の感情が最高潮に達した状態でチャレンジすることとなる。しかし、結果は残酷で、どんな時にも、どれだけ手を尽くしても、尽くさなくても、誰が勝ち、誰が負けるかは、誰にも絶対にわからない。


 後半四十五分が過ぎてもなお、一―一のままだった。モニターに大きく、アディショナル・タイムが五分と表示された。瞬間、会場は希望の光に満ち溢れたように、大きく声を上げて盛り上がった。

 しかし、その時ボールはリヴァプール側だった。ボールはディフェンスラインでパス回しをされ、キープされていた。残り四分、右サイドのにボールが回り、ついに攻めの体制に入った。しかし、ユナイテッドのサイドハーフがすぐにプレッシャーをかけ、リヴァプールのボランチ(真ん中より少し下のポジションで、チームにボールを送り出し、危険な時はボールを受け取る、心臓のような役割をする)にボールが渡った。その後も、ボランチが前にいる攻めるポジションにいる人に何度かボールを送るが、ユナイテッド側がすぐに寄せ、またボランチにボールが戻る、というプレーが繰り返された。

「ヤバイぞ、全然、ボールが取れない」

「そうだな、残り二分を切った」

「大丈夫かな」

「大丈夫だ。絶対大丈夫」


 負けたときには、大きな後悔という負債を大量に抱え、絶望に陥る。おれは、ずっと、そのパターンだった。四年間、たくさんの選択をした。努力で備えたときも、焦って決めたときも、運に任せたときも、誰かに頼った時も、限界まで考え尽くした時も。ずっと、ジャンケンに負け続けた。『たった一回の成功』は、自分にとってはとても遠い存在で、絶対に手が届かない存在だった。でも、それでも、


 ボランチが左サイドハーフにボールを送った。次の瞬間、ユナイテッドのディフェンダーが、パスを途中で遮り、ボールを奪った。

「ウオオオオオ!!」

 最後の盛り上がり、最高の盛り上がりだ。

「来た!」

「来たぞ!ラストチャンス!」

ユナイテッド側が持つボールは右サイドのミッドフィルダーに送られ、トップ下に送られた。

「ウオオオオオオオオ!!!」

 会場はますます盛り上がっていく。残り時間は1分を切った。

 フォワードの選手が、ゴール前に走りこんでいく。

「和樹、来た!」

「ああ、信也。行ける。これは、行けるぞ!」

「ああ!」

「和樹、信也、最後、これは、行ける!」

「ああ!アレックス、あおと、おれたちの、最高の瞬間は、もう目の前にある!」

「絶対に見届けよう、この、奇跡の瞬間を」

 トップ下ののスルーパスは華麗にフォワードに渡り、キーパーと一対一になった。



 


 その選手のの足から放たれた超速の弾丸は、右へ飛ぶキーパーを横目に、ショットガンのように真っ直ぐに、ゴールを貫いた。

「ワアアアアアアアアアアアア!!!!」


二―一で、前半は終了した。

「廊下に出て休も」

「良いよ」


おれたちは廊下に出た。

「いやー、すごい試合だな!」

「そうだな、後半も楽しみだわー」

「おれトイレ行ってくるわ。和樹とアレックスは?」

「おれはいいや、アレックスは?」

「おれも行くかも」

「オッケー」

 二人が背を向け、トイレに向かう。どんどん視界が、なんか、ぼやけていく。二人が消えていく。待って、行かないで。おれを置いて、どこかへ行かないで。

 目が覚めた。夜中の23:30をさす時計を見て、沢山のことを思い出した。四年間頑張った、留学への努力と、就職活動は、全て失敗に終わった。なんでこんなチャレンジをしてしまったんだろう。辛い。どこかの過去に戻りたい。起きる前に考えていたことを全て思い出し、ずっとその考えが繰り返された。おれは、布団の中で、下に押し付けられて辛いから、家を出て、コンビニでお菓子を買うことにした。

 連絡が来ている。和樹からだ。

「明日の大会、何時に行く?」

 そうだった。明日は、スケボーの大会だった。

 莉加からもラインだ。

「明日の大会、一緒に行こ!」

 あれ、和樹から着信だ。

「うぇーい!しんやー!あしたどーすんのー!?」

「……和樹、何してんの?」

「あー!?大会の前夜祭だよ!!お前も何回も電話で誘っただろ!」

「うそ!?」

「あー!お前寝てたんか!?」

「ねてたわ」

「ったくー電撃ではダメだったのかー!」

「おい!信也!!」

「は?蓮?」

「信也も呼ぶから和樹と二人の前夜祭やるからすぐおれんち来いってさっき和樹から連絡あってきたんだよ!」

「そこ誰がいるんだよ?」

「えっとねー、健斗と、和樹と、おれと、勇真と、芳樹がいるよ!」

「まじかよ!おれも誘えよ!」

「だから誘ったっつってんだろ!バーカ」

「は、はー!?バカって言った方がバカだし!」

「小学生か!可愛いなあ小学生」

「は!?小学生って言った方が……」

「信也、応援しとるよ!」

「蓮……」

「おれにも代わってよー」

「あ?いいよ!」

「しんやー!芳樹だよー!」

「芳樹!」

「明日頑張ってねー!」

「おれも!」

「おう」

「健斗だよ!お前明日骨折すんなよ!気楽に頑張れ!」

「健斗!本当ありがと!」

「勇真だよ〜!信也なら、大丈夫だと思うよ!がんばってね〜!応援してるよ〜」

「勇真、ありがとね」

「信也、おれたちは応援されてるみたいだよ、やるからには優勝な、お前はストリート、おれはパークで!明日は五つの大学のサークルが来るオープン戦でオリジナルルールだから、ストリートは四十五秒自由に走るラン方式を2回やっていいほうの点で競うから!パークもラン二回!ベストトリックはないから間違えるなよ!」

「ああ……」

やっと、分かった。全て、分かった気がする。

「信也、おまえ、今からおれんちこいよ!」

おれには、今、たくさんの、大切なものがある。

「……終電もうねえよ。」

 仲間とか、他にもたくさんの、おれを構成するたくさんの、冒険の記録、アイテム。

「おれが迎えに行ってやるから!」

 それらが今ある、それが、全てなんだ。

「お前、酒飲んだから運転しちゃダメだろ、バカかよ」

「あー!バカって言った方がバカだよー!」

「……小学生かよ。なあ、和樹」

「なんだよ」

「おれ、さっきまで、すげえ夢見てたんだよ」

「どんな夢だよ」

「おれと和樹でプレミア観に行く夢だよ。コロナが突然終わって、和樹が航空券取ってくれて、ユナイテッドが勝つんだよ、リヴァプールに」

「そりゃすげー夢だな!」

「ああ」

「でもおれたちにはもうそんな夢必要ねえよ」

「ああ?」

「わかるだろ、今お前電話してて、おれたちには、こいつらがいるし、それだけで充分なんだよ!あと、明日の大会で見せてやるんだろ?お前のスケボーを」

「・・・ああ。」

「あ?信也、明日、約束だぞ?2人で優勝だぞ」

「・・・ああ、ありがとな」

「当たり前だ!」

プツッ


 そうだ、おれは、生きている。

 今まで、何度も、もう駄目だって思った。

 たくさんの後悔と絶望に、殺されそうになった。

 でも、そのたびに、また新しいチャンスを見つけて、何とか生きた。

 おれには、沢山の仲間と、趣味がある。

 おれは、奏汰と同じだった。

 でも、おれは、奏汰と違って生きている。

 だから、おれには、これからの希望がたくさんあるんだ。

簡単なことじゃないか、おれの努力は、おれを生かしてくれた。

 だから、おれはこのことに気付けた。

 おれの努力は、全て意味があったんだ。今のおれが、いるから。

 雪とそれを照らす街の電灯は、おれを包み込み、次の朝に連れて行った。


 ストリートは、四十五秒間自由に滑走するラン方式と、得意なトリックを見せるベストトリック方式に挑戦し、その合計点を競う。

「和樹、ありがと」

「ほんとにありがとー」

「莉加を送るなんて話なかっただろ。」

「えへー」

「真由美も」

「莉加が来るなら私も来るでしょ」

「お前ら、喧嘩してたんじゃ……」

「あー!そこ首突っ込んじゃダメでしょ信也!仲直りしたの!まなみと私は!」

「信也デリカシーねえな、そんなお前にはこれをあげるわ」

お花の絵が描かれたお守りをもらった。

「これは?」

「ハルジオンのお守りだよ」

「ハルジオン?」

「ああ。ハルジオンの花言葉は、追憶だ。おれたちが、結果を伝えられない奏汰プレーを見てもらうんだよ。」

「奏汰に見せてやるか、おれたちの本気を」

「ああ」


 和樹は、パークで優勝を勝ち得た。


「ストリート二回目、最後の挑戦者は、信也ー!」


 たった一回の成功を手にできるか、そんなこと、どうだっていい。


「ノーリーフリップからのKグラインドー!強い!」


 頑張り屋のおれだから、すぐに辛くなる。なんでも手を出すから、すぐに辛くなる。掲げる理想も高いから、本当に辛くなる。でも、そんなおれだからこそ、周りにこんなに素晴らしいことがある。おれとおんなじようなやつが、いた。そいつの名前は、奏汰。あいつの周りにも、たくさんの素晴らしいことがあった。でも、あいつは死んだ。そう、おれみたいなやつは、後悔の重さが大きいから、希望の糸が切れた瞬間、いなくなっちゃうことが多い。でも、いなくなりさえしなければ、おれみたいなやつは、最強なんだ。呪われた最強の装備を整えている。


「50:50グラインド、そしてキックフリップを決めたー!」


 おれは、失敗したら辛いし、人一倍、後悔を抱える。でも、人一倍、希望の光を見つけ、頑張れる。だから、おれが生きていれば、誰よりもキラキラした人生を送ることができる。死にさえしなければ、たくさん後悔をしても、死にさえしなければ、おれは、最高の人生を送れる。友達もたくさんいて、内定があって、この大会でも優勝することができそうで、国公立大学にいて、スケボーが大好きで、サークルも入ってて、なんだ、全然気づかなかったけど、おれってすげえ、充実してるじゃん!


「フィーブルグラインドを決めた!」


 たくさん後悔があったけど、今もあるし、フィーブルグラインドを今出したことだってどうせ後悔するし。これからも多分、明日も明後日も違う悩みと後悔が、来るし、でも、おれは、生きてるだけで、充実できる、特別な人間だから。頑張っちゃう性格の、ローレシアの王子だから。おれが生きることに、意味がある。家に帰ったら、あの日プレゼントできなかったこの言葉を、ヤンにもプレゼントしてやろう。


「素晴らしい刺しオーリーだー!そして話題のホスピタルフリップも決めたー!」

 おれたちは、生きているだけで、充実できる、特別な人間なんだよ。この世界がジャンケンなんだったら、負けるとしても勝つとしても、ジャンケンをし続けさえすればいい。ただ生きているだけで、小説が一冊書けるような、まあそんなもの書いたところでまた後悔するんだけど、そんなこの世界はおれたちに、他の誰よりも、少しの選択ミスで悲しませて、後悔をさせて、そんな重荷の呪いをかけたけど、でも、生きてやれば、この世界の、おれ達への宿命に歯向かって生きてやれば、他の誰よりも面白くて、楽しくて、最高の冒険を、ずっと、続けることが、できる!

「最後のトリック、成功なるか」

おれはこの先、最強の魔王と出会うだろう。そいつは、今では想像もできないような、たくさんの後悔や悲しみで連続攻撃を仕掛けてくると思う。

そいつをぶっ殺して、この世界を、おれの全てを、楽しみや喜びで埋め尽くして、言ってやる。

「この世界って、そんなにいいものではないようにも今までは思っていたけど、でも、本当はこんなにも綺麗で、素晴らしい世界だったんだ」


ってね!


「トレフリップを綺麗に決めたー!大技!合計点は8.0〜!ラストプレイヤーで暫定一位!


 ストリート男子優勝は、信也選手に決定!!!!!」


「「「うおおお!!」」」

「信也すげーじゃん!」

「やったじゃん信也!」

みんなが駆け寄ってくる。おれは、ハルジオンのお守りを握りしめて拳を作り、天に掲げた。


 


























第十二章

 おれは、和樹。

 

 大きな幹を育てて。

 そして。


 成長をした。


 あの、大切な四年間は。


 あいつらと過ごした、かけがえのない四年間は。


 おれの名前に、意味を持たせた。


 そして。


 会社でも、いい成績を残し続けられている。


 今なら言える。


 吾輩は。


 和樹である、と。


 おれは、信也。


 信じる心を持つ。


 そんな名前に生まれたのに。


 何も信じられなくなってしまう日々があった。でも。


 今なら。


 いえる。


 まだ、迷いはある。


 でも。


 吾輩は。



 信也である。



 と。



 それでも、おれは。


 和樹に。


 一つだけ。


 まだ、一つだけ。




 相談したいことが。

 残っている。



「なあ、和樹」

「どうした、信也」

「おれたちの選択って、正しかったのかな」

「わからないけど、たぶん、どうでもいいことなんだよ、それは」

「そうなのかな」

「そうだよ。」

「もうすぐ三月一日だな」

「そうだな。」

「思い出すな、あの時を」

「ああ、はっきりと」

「就活、二人とも頑張ったよな」

「上手くいかなかったけどな」

「ああ。難しかったな」

「でも、おれたちは、結果的に、2025年、ここに来れてるじゃん」

「そうだね」

「おれたちの全ての選択は、間違ってなかったんだよ」

「信也は、いま、後悔ってある?」

「たくさんあるよ」

「お前はそれを、背負いきれているの?」

「背負ってなんかいないよ」

「そうなの?」

「うん。おれは、生きているだけで、ただそれだけで、後悔と戦っていけるって、思っているから」

「そっか」

「戻らない時間、進む時間、それは、この世界の宿命だけど、おれは、そんなことはどうでもよくて、ただ、戦って、勝っても負けても戦って、間違っていたとしても、振り返ればこうやって綺麗なストーリーになるんだからさ。おれたちは悲しみに生きても、バットエンドでも、その物語を誰かが読んで、素敵だって思えるのなら、おれたちは後悔に、全ての後悔に勝利したってことになるんじゃない?」

「誰かが読んでって、まるでおれたちが小説の登場人物みたいじゃん。でも、そうだよな。なんか、お前の、今の言葉を聞いてわかった気がする」

「なにが?」

「お前は、誰よりもたくさんの後悔に押しつぶされて、戦ってきたんだなって。でも、お前は、答えを探し続けて、それで、呪いの装備を味方につけたんだなって」

「そうなのかな」

「そうだよ。おれも、後悔がたくさんあるけど、終わったことってマインドでなくせるようなものばっかだったからな。お前が見ていて分かる通り、あんま悩みこまない性格だし、ノリもいいし。最近、競合の銀行と迷っても、おれの説得で融資を受けてくれる会社が増えて、営業成績は割と良かったし。でも、最近、就活の時を振り返って、自分が外資系に受かる未来を想像して、あと、長期留学を目指してたからコロナ来ちゃったでしょ、短期で信也と同じ時期に行っていれば、ガクチカが作れて受かる未来もあったんじゃないかって想像して、少し辛くなっていたから、でも、お前と話して、今がある、それがどれだけ素晴らしいことなんだろうって、思えたんだよ」

「そっか。なあ、和樹。もし、もしさ、今日が、物語の終わりだったとして、おれたちの物語はバットエンドだったと思う?」

「思うよ。選択ミスとか失敗だらけだし」

「そうだよな」

 和樹は、試合に目を向けた。

「でもおれは、ただのハッピーエンドより、バットエンドの方が、意外性があって好きだな」

 信也も、試合に目を向けた。

「確かに。少しもやもやが残ったりするけど、それがまたいいんだよね」

「そうだよ。起伏のないハッピーエンドより、沢山のことがあった末のバットエンドの方が、おれは好きだよ」

「そっちの方が、素敵だって思えるよね。和樹」

「思えるよ。信也」

「だから、これからも、おれたちは生きていこう」

「ああ」

「おれたちなら、これからも、こんな物語みたいな人生を送ることが出来るよ」

「おれも、そう思うよ」

 後半アディショナル・タイム、PKを取った。

 和樹は立ち上がった。

「おお!ユナイテッドがリヴァプールにPKを取った!」

 信也は目を丸くする。

「ホントじゃん。ゼロ対ゼロで引き分けだと思ってたのに」

「イギリスでPKが見られるなんてな。」

「ああ。コロナ禍だった数年前には想像できなかったよ」

フォワードの選手が蹴る。ボールは良いコースを描くも、ゴールの上のバーに当たり、跳ね返ってしまった。

「「まじか!」」

 リヴァプールの選手がリバウンドを受け取り、前に大きく蹴りだした。

 信也は試合に注目する。

「は?これやばくないか!?」

 そのままミッドフィルダーの選手が受け取り、フォワードに縦パスを送った。フォワードの選手はボールをゴールまでドリブルで運び、シュートをした。斜めに弧を描き、ゴールに収めた。

「この展開でカウンターかよ!」

 和樹がツッコむ。

 試合終了のホイッスルが吹かれた。

 おれたちは、スタジアムの外に出た。

「初プレミアリーグ観戦は負け試合だったな」

「ああ。でも、すげえ熱い展開だったよな」

「ああ。あそこでPK決まるよりも、確実に面白い展開だったよ」

「それな」

「信也それ」

「ああ、ハルジオンのお守りだよ。十年前にお前がくれたやつ」

「あの時、スケボー大会、楽しかったな」

「本当に楽しかったよ」



 信也は、和樹と一緒に、ヒースロー空港から日本への帰路に立った。






 夏目漱石の小説、「吾輩は猫である」を読みながら。


恐れ入りますが、


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・下段の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


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