紫陽花
『スイカの種を飲んだら、腹からスイカのツルがへそを突き破ってくるんだぞ!』
『午後5時までお外に居たら、お顔の半分口の女の人に食べられちゃうんだって。』
『こうもり傘に1日中してたら、夜0時に蝙蝠の軍団が迎えに来るらしいぜ。』
「……って!!!!んなワケねぇだろっつーー話!!!」
「ぎゃはははは!」
「ったくさー最近は小学生からデパコスでメイクする令和ですよ??
そんなやっっすい話信じるワケなくない??
いくら防犯上の話とは言えど~」
「まーなー。
てかガキの癖にデパコスとか生意気すぎな??
大人しくままごとでもして遊んでなって。
あ、でも最近のガキだしゲーム機でしか遊ばねぇのか。」
「まじそれなーーー!!
ウチらでもまだ何個かしかないのに!
まじふざけんなって!!
確かにw小さい内からニート予備軍じゃん!!」
「山川さん。」
先程まで賑やかだった雰囲気が一瞬で寂然とした空間になった。
「………………はい?なにぃ?もしかして用事ある系?」
折角の雰囲気を壊されたせいもあり、友人達と警邏する。
「えっと…
木好先生が終わったら職員室に持って来るようにって。
なんか、このままだと進級難しいみたいだから丁寧に解いてってさ。
じゃ。」
まともに会話もしたことないクラスメイトに小馬鹿にされた感じで言われたのと、
「え、何優香そんなやばい感じなの?
ウケんね私より下まだいたわ。」
友人だと思っていた人間が私を見下した態度がムカついて、あの時の私は逆上してしまっていた。
「ちょっと!!!!
あんたさぁ、黒沢だっけ?
もうちょっとさぁ、言い方ってもんがあるでしょーよ。
そんなんじゃ大切に面倒見てあげてる妹からもウザがられちゃうよ?
あぁでも、もう遅いか。こんなお兄ちゃんとずっと一緒に居たら妹までもウザくて友達に嫌われてたりしてー!」
どの話題を振ってもいつも妹の話にしてしまう黒沢は、入学して数か月なのに重度のシスコンだと噂が流れるような人だった。
頭も悪くなく、運動神経も悪くなく少なくとも私よりは模範的な生徒だったと思う。
でもそんなことさえも全部妹に胸を張る為なのではないか、なんて言われてて。
そのことを急に思い出した私は黒沢に核心に迫る話をしてやろうと息を巻いていた。
「………………言いたいことはそれだけかな?
僕は先生に言われたことをそのまま山川さんに伝えただけだよ。
文句があるなら木好先生に言ってもらえる?
じゃ。」
顔色一つ変えず、暮方の教室を後にしようとして来たので火に油を注がれた状況になり私は追撃をしてしまった。
「可愛い可愛い妹ちゃんにもそんな風にクラスメイトと接しなって教えてるワケ?
あ~あ、かっわいそうに。
こんなお兄ちゃんじゃ、絶対お手本にならないよぉ。
もしかして友達いなかったりしてね!!」
友人と顔を合わせて体が揺れる程哄笑すると、黒沢は背を向けて下を見ていた。
これで勝利を確信した私はどや顔で席に戻った。
私に生意気な態度を取るから、ああいうことになるんだと思っていると机の前に衝撃音が響き渡った。
ドォン!!!
余りの音に驚いて机の上を見上げると、黒沢が私の机を叩いて出した音だと理解した。
まだ言い返す余力があったのだと少し腰が引けながら私は言い返した。
「ちょっと、邪魔…「ねぇ、靴の踵は踏まない方がいいよ。」は??」
「踵踏んでたら、足の使い方分からなくなってしまうから。
それじゃ、今度こそさようなら。」
突然のことに呆気に取られている間に、黒沢は帰って行った。
確かに私の上履きは踵を踏んでいる。上履きだけでなく、ローファーも。
というか私が履いている靴全部かもしれなかった。
特に理由はないけど、踵を踏んだ靴の方が少しだけ早く履ける気がするからそうしていた。
「何あいつ?きんも。」
「優香~~あいつのことなんかほっといて早く補習のプリント終わらしてスタバ行こって~~
今日この後雨降るっぽいしさ~」
「あっ!今日だっけ新作?!
激やばじゃん!!ごめんマッハで終わらす!!」
その後無理矢理終わらせて、スタバに行ってストーリーを取って友人と別れて帰路に着いた。
それにしても、まじあいつなんなワケ???
言い方マジ最悪だし、ぜってぇモテねぇだろ。
ま、実の妹にしか話がならない時点でお察しって感じだよね~ウケる。
スタバの新作を片手に携帯を見ながら歩いていたからか、全然知らない道に来ていた。
「あれ、ここ何処だ?
初めて見るくさいけど…」
まだ入学して数か月とはいえ学校から家までの道で迷子になったことはないはずなのに。
青草が大量にある恐らく道ではない一面が広がっていて、少し怖くなった。
慌てて携帯の地図アプリを起動したのに、現在地がバグっていて何処に自分がいるのか分からなかった。
もう18時を過ぎていたので、急いで来た道を戻ろうとすると後ろから直黒の靄みたいなものがあった。
信じられなくて皿眼になっていたと思う。
兎に角逃げなければ、と直感で思い走ることにした。
いつもならそんなに遅いと思わない自分の足が、何故か遅く感じた。
走りながら黒沢の言葉が反芻される。
『靴の踵は踏まない方がいいよ。
踵踏んでたら、足の使い方分からなくなってしまうから。』
でも、私は踵の踏んだ靴だった。
倉皇としていたのに、何故かそんなことを思い出していた。
次の瞬間私は盛大に転倒してしまい、余りの激痛に蹲っていると声をかけられた。
「おねぇちゃんどうしたの?
いたいいたいなの?」
ガキに心配されるなんて……でも大人呼んでもらえるかも、そう思った私は意を決して顔を上げた。
目の前にいた子供は上半身しかない車椅子だった。
「ぎゃあっ?!」
思わず金切り声を上げると、後ろに黒沢がいることに気付いた。
「あれ、山川さん?転んだの?」
先程の件もあって、気まずそうにしていると子供が衝撃的なことを言い出した。
「なんでおねぇちゃん、りえとおそろいなのにりえみておどろいてるんだろうね。」
「は?」
下を見ると私の下半身はなくなっていた。
行倒れていた私の体は確かにお腹までしかない。
余りのことに愕然としていると、黒沢が口を開いた。
「本当だね、もしかしてまだおねぇちゃんは現実を受け入れられてないのかもね。
さ、帰ろう。今日の晩御飯焼売だよ。」
一悶着があったクラスメイトとは言え、余りにも淡々とした態度に狼狽えていると
「だから言ったのに。」
ただ一言呟いて置いて行かれた。
その後何とか救急車を呼び、検査をしてもらったが生まれた時から下半身がなかったかのように綺麗だと言われた。
救急隊の電話で駆け付けた親は阿鼻叫喚し、時が解決するのではという一縷の望みにかけていた。
学校どころではなく、暫く休んでいると黒沢の噂がまた耳に入って来た。
どうやら、黒沢は元々シスコンではなくある時から急に妹に優しくなったという。
私はもしかしたらこの都市伝説を知っていて妹で試したのではないかなんて、下衆な考えをしてしまった。
だとしたらあの執着も少しは理解できる。いや、もしかしたら畏怖と懺悔なのかもしれない。
私の下半身がなくなったのは丁度梅雨くらいだった。
今年も嫌味なくらい紫陽花が溢れている。
私の下半身はまだ、ない。