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 キーンコーンカーンコーン

 チャイムが鳴る。チャイムの音が聞こえた瞬間、教室内の空気が弛緩した。蓬はそっと息を吐く。本日の授業も全て終了し、生徒たちは帰りの準備をし始める。生徒たちはこれからどこに寄り道しようか、部活に行くかなどを賑やかに話し合っている。

 

「部活って今日からなのかな」


 今日から所属することになってしまったオカルト研究部だが、蓬は未だいつ活動があるのか、どこでやるのか、具体的に何をするのか、まるで把握できていない。

 ―――まあ、なに、知らないんだから、参加できなくても仕方ないよな。

 よし帰ろうとカバンを持って教室の出口に向かおうとすると、そこには累がいた。


「びっくりした……いつからいたの?」

「ん?今きたとこ」

「ずっといなよ、学校でしょ……」


 授業中一秒たりとも教室にいなかった、そして何故か隣の席になっていた少女、累に乾いた声が出る。相変わらず神出鬼没で心臓に悪い。


「蓬は何するところ?」

「帰るところだけど」

「あれ、部活は?」

「あー、今日ないらしいよ」

「嘘つき、どうせ蓬は知らないでしょ」


 累がジト目で蓬を見る。仰る通りすぎて蓬は少し気まずかった。


「まったく、ちなみに今日さっそく活動するらしいよ。蓬は知らないみたいだから代わりに教えてあげる」


 ―――逆になんで累は知っているんだよ。

 蓬が心の中でぼやいていると、前の扉が強く開かれる。


「やあ、篠宮後輩!朝ぶりだね、迎えに来たよ!今日からレッツ妖怪だ!!」


 扉を開いた先にはオカルト研究部の先輩である天寧がドヤ顔で立っていた。天寧から一歩下がった位置で雫が申し訳なさそうに立っている。目立って恥ずかしいのか、少し頬が赤くなっている。男なんだからそういう表情はやめてほしい、可愛いから。

 

「ちょうど来たみたいだね。じゃ、頑張ってね」


 オカルト研究部の二人は蓬の姿を見つけると人波をかき分けてズンズンと進んでくる。蓬は二人の姿を見て、諦めたように苦笑いをする。僅か数十秒の出来事だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「というわけで、今から鎌鼬探しをするぞ!」

「何が、というわけなんです?僕何も聞かされず連れてこられたんですけど」


 張り切る天寧に苦言を呈す蓬。辟易とした蓬に雫が気まずそうに、たははと笑う。蓬たちは現在、高校から徒歩二十分程の距離にある公園に訪れている。公園には既に授業の終わった小学生たちが仲良く遊んでおり、蓬たちはその中にポツンと突っ立ている状態で少し浮いている。正直いたたまれない。


「で、何を今から探すって言いました?鎌鼬?」

「ああ!よくぞ聞いてくれた!今から探すのは巷で有名な妖怪さ!」


 天寧が語るにはこうらしい。

 ある日の晩、桜ヶ埼高校に在学している女子高生A子がいた。A子はこの春に入学し、新たな生活に胸をときめかせ、華の高校生活を大いに楽しんでいた。

 学校の授業が終わり、A子たちはいつものごとく帰り支度をしながら雑談に興じていた。しかし、その日は少々楽しみすぎてしまったらしい。雑談が思いの外盛り上がり、気づけば辺りは暗くなっていた。A子は友人に別れを告げ、それぞれの帰路に就いていった。街灯が照らす暗い道はA子の心に微かな恐怖を植え付けた。普段は歩かないような時間帯だ、揺れる木々が、横切る猫の瞳が、日中ならなんてことない日常の風景も、今は恐怖を煽る一端になってしまう。A子は湧いてくる恐怖心を紛らわしながら歩いていると、ふと、背後から視線を感じた。しかしおかしい、A子が歩いていた道はずっと一本道、だというのにA子は一度も背後から足音を聞いていないのだ。

 なぜだ、おかしい、変だろう、そんなはずはないのだ。きっとこの視線が気のせいなのだろう、よくある話だ、視線を感じて後ろを振り返ってみれば誰もいないなんてこと、よくある話だ。なのにA子がそんなことを考えている間にも視線はA子の後頭部に刺さり、段々と近づいてくる気配さえもしてくる。振り向いてはいけない、そう本能が叫んでいるのに、身体は理性に負け、振り向いてしまった。その瞬間、突風が吹き荒れる。目を瞑ってしまいそうな強風の中、僅かに開けた瞳に映ったのは鎌を持った獣の姿だった。


「彼女は意識を失った状態で発見された、長かった髪は短く切られ、全身には切り傷が無数に見つかったらしい。幸い、切り傷は浅いものしかなく命に別状なかったらしいがね。A子は今も病院ではカウンセリングを受けているらしい。彼女を襲ったのは何者なのか、巷では夜のかまいたち事件と言われているね。はいっ!これで話お終い!どうだった!?なかなか恐怖心を煽るように語れたと思うのだけど!」


 話し終えた天寧は達成感とともに目を輝かせながら蓬と雫に感想を求める。


「あ、あははー……よ、良かったと思いますよ。なんというか、こ、こわかったなー」


 雫は天寧に気を遣って必死に言葉を紡ぐ。聞く人が聞けば、おべっかであることなどすぐにわかりそうなものだが、天寧は嬉しそうに頷いている。そして二人の視線が蓬へと向かう。天寧を見ればキラキラと期待を隠さない表情で蓬を見ている。感想を、それもお褒めの感想を求められていることは重々承知している、それでも、それでも蓬はどうしても物申したいことがあった。


「危険なことには手を出さないって話はどこ行った!!?」




「待ってくれよー後輩ー、ごめんよー、でも気になるじゃないかー」

「全然気になりません、帰ります。危ないことはしないって話だったじゃないですか」


 帰ろうとする蓬の足にしがみ付く天寧に蓬は鬱陶しそうに顔を歪ませる。助けを求めようと近くの雫に視線をやっても苦笑いが返ってくるだけである。


「ああもう、邪魔ですよ!放してください!」

「い、や、だあー、いやだいやだ、一緒に鎌鼬を探そうじゃないかぁー、探すって言ってくれるまで放さないー!」


 一向に放す気配を感じられないどころか、強くしがみついてくる天寧に、ああもういっそのこと蹴り上げてやろうかな、とも考えてしまう蓬、もはや先輩の威厳など無いにも等しい有様である。足にしがみつく天寧を引きずりながら歩いていると、頬に網がかかった。


「ん、なにごと……?」


 天寧から目線を前に戻すとそこには蚊帳が吊ってあった。蚊帳である。あの寝る時に蚊などから守るあの蚊帳である。それが何故か道端に存在していた。


「えぇ……どういう……?」


 現状の理解に及ばぬ蓬が呆然としていると地面を引きずられていた天寧が立ち上がり、口を開く。


「ふむ、これは、蚊帳だね」

「そう、ですね。というかこれ、どこから吊るされているんですかね?天井いい天気ですけど……」

「まあ、細かいことはいいじゃないか!とにかく中に入ってみよう」


 妙に興奮気味の天寧に促されるままに蚊帳を潜ってみると、そこにはまた蚊帳の網があった。その蚊帳をまた潜ると目の前にはまた蚊帳の網がある。これは流石におかしいだろうと戻ってみても一向に蚊帳の外に出ることが出来ない。蓬は首をかしげる。


「おかしい、蚊帳の外に出れなくなってますよ!気づいたら朝船先輩もいなくなってるし、どう考えてもおかしいですよ!」


 蓬がムキになって蚊帳を潜りまくる。潜っても、潜っても永遠と続く蚊帳の網に蓬は焦りを隠せない。


「どうなってるんだぁー!!」

「これこれ、勝手にウロウロするんじゃない。迷子になるだろう?」

「この状況がもう迷子みたいなものじゃないですか……」


 永遠に出れない蚊帳の中に蓬は途方に暮れてしまう。


「もしかしなくても、これって妖怪の仕業ですかね?」

「ああ、恐らく我々は狸に化かされてしまったと見える」

「た、たぬき?」


 蚊帳と狸がどう関係するのだろうか、蓬が疑問に思っていると天寧が意気揚々と解説をし始めた。


「蚊帳吊り狸といってね、こうして道の真ん中に蚊帳が吊ってあることがあるんだ。蚊帳を潜ってみると出ることが出来ず、かといって戻っても出ることが出来ない。我々は一晩中ずっと、蚊帳の中をウロウロすることになるのさ」

「そんな!なにか解決法はあるんですか?」


 焦る様子の蓬を見て、天寧がふふんと鼻を鳴らす。


「ふむ、一説では蚊帳吊り狸に化かされた場合は、落ち着いて下腹部に力を入れて蚊帳を潜れば、三十六枚目に脱出できるらしい」 

「おお!方法があるなら先に行ってくださいよ、でもこれで抜け出せますね。さっさと行きましょう」

「……本当にそれでいいのかい?」

「……はい?」


 下腹部に力を込めて歩き出そうとしていた蓬が呼び止められる。その声の主は言わずもがな天寧である。何やら天寧は神妙な顔つきで蓬のことを見ている。見つめられている蓬からすれば嫌な予感しかしない。


「……ええと、どうしました?」

「このままでいいのだろうか?」

「はあ、このままじゃ、ダメじゃ、ないですかね……?だからここから抜け出そうって話を今してるんじゃ―――」

「そうじゃないっ!!」

「うわびっくりした」


 突然大声をあげる天寧の声に蓬は身体をビクッと反応させる。


「確かに、確かにこのままお話通りにすれば、この蚊帳から抜け出せるかもしれない。しかし、それでいいのだろうか?篠宮後輩、我々の部活の名前は何だったかよく思い出してほしい。」

「ええと……なんでしたっけ?」

「オカルト研究部だッ!!」


 天寧は空に向かって吠える。普通に近所迷惑になりそうだからやめてほしい行為である。


「研究部だ、オカルト、研・究・部!研究をしなくては嘘というものだ!先人の知恵は立派だが、我々は未だ存在しない茨の道を歩いてこそ!オカルト研究部というものだろう」


 天寧の言葉に蓬はつい頭を抱えてしまった。


「……つまり、先輩が言ったのとは別の方法で脱出しようというわけですか……」

「ほう、話が早いじゃないか」


 天寧が満足そうに頷く。蓬からすれば堪ったものではない。


「僕、帰りたいんですけど」

「じゃあ、早く案を出したまえ」

「……せ、先輩は何か案とかないんですか?妖怪について詳しいじゃないですか」

「いや、それが全然思いつかないんだ。後輩が案を出してくれ」


 ―――この女、もう敬語使うのやめようかな。

 蓬は心の中で毒を吐く。といっても、なにか案を出さなければこの先輩は納得しないだろう。何かしらの案を出さなければだが、案などそう簡単に出るわけがない。もしこの場に累がいれば、良い案を出してくれたのだろうかと、そこまで考えて蓬は慌てて首を振った。いやいや、もし累がこの場にいればより一層事態をややこしくしていたに違いない。


「それで、何か良い案は出たかい!?」


 天寧の声に思考を中断された蓬は累のことは一旦忘れ、蚊帳からの脱出法について再び考え始めようとするがここでも邪魔をしてくるのがこの女、千ヶ宮天寧である。


「なあー後輩ぃー、早く案を出してくれよー?おっと、と言ってもただの案ではいけないよ?とびきりの良い案でないといけないからね。ハッハッハ!」


 この千ヶ宮天寧という少女、何故か永遠と蓬に絡んでくるのだ。考えてるのに、こっちは必死にそっちの指示で考えてるというのに、何故か永遠に思考の邪魔をしてくる。蓬は訳が分からなかった。何か案を出そうと頭を捻ってみても、どこかで蓬の思考に天寧の声という名のノイズが走る。


「ねえ後輩―――」

「あの後輩―――」

「聞いてる?後輩―――」

「あっ!後輩―――」


「うるっさいわ!!こっちは必死こいて考えてるんですよ!ちょっと黙ってくれません!?」


 ついに蓬の堪忍袋の緒が切れた。騒ぎ立てる蓬の姿に天寧は目を点にして見つめている。


「急にどうしたんだい後輩?」

「キレたんですわ、先輩があまりにもうるさいから!」

「いやなに、暇だったからね」

「じゃあ先輩も一緒に考えてくださいよ、暇なんでしょ!?」

「それで、なにか良い案は思いついたかい?」

「あれもしかして、会話している風に見えて僕の声って聞こえてなかったりします?叙述トリック的な」

「いや?聞こえているよ。それで案は?」


 蓬の抗議も意味をなさず、案をねだってくる天寧に辟易な蓬。もうどうにでもなれという気分だった。


「先輩が裸踊りでもすれば狸もびっくりするんじゃないですかね」

「それだっ!!」

「駄目に決まってるでしょ!?」


 目をキラキラと輝かせながら制服に手をかける天寧に蓬はギョッとし、慌てて天寧へと駆け寄る。


「なに考えているんですか!?変態ですよ!?犯罪ですよ!?」

「せっかく後輩が時間をかけて真剣に考えてくれたんだ、こちらも真剣にやらねば失礼というものだろう!」

「なにこんな所で良い人出してるんですか!?冗談、冗談ですから!?」


 勢い良くズボンを下げようとする天寧の腕を掴みながら、必死に説得する蓬。しかし、蓬が掴んでいるのは女の子の細い腕だ。力いっぱいに入れると怪我をさせてしまいそうで力加減が難しい。蓬が加減に苦戦していると、ズルっとズボンが少し下がった。蓬の視界の端に腰回りの白い肌とピンク色の生地がちらつくと、顔がカーっと赤くなるのを感じる。


「ホントにダメ、ホントにダメ、絶対!絶対ダメですから!?」

「なんでさ、いいじゃないか、ここには私と君と狸君しかいないだろう?」

「だからダメって言ってるんですよ!?」


 脱ぎたがる天寧にそれを止めようとする蓬。この数分に及ぶ二人の激闘の決着は一瞬だった。天寧の腕を抑える蓬の手、その手にかかる力が少しだけ緩んだその一瞬、天寧は力いっぱいに振り絞り、ズボンを下に下げるのだった。天寧が身に着けるピンクの下着、それが視界に入る瞬間、蓬は声にならない声をあげた。


「ヒイイィィ!!」

「御開帳でゲス!!」

「……え?」


 蓬が顔を覆うと同時に、知らない下卑た声が聞こえてきた。

 蓬がゆっくりと視線を下にやると、そこには頭に葉っぱを乗せた狸がハスハスと、息を荒くし立っている。気づけば周りを囲んでいた蚊帳は消え、住宅の道路に蓬と天寧、そして良く分からない狸が一匹いるだけだった。


「誰ですかこれ?狸とは思えない変態おやじみたいな顔してますけど」

 

 天寧が辺りを見渡しながら口を開く。


「ふむ、状況から察するにこの子が蚊帳吊り狸みたいだね。それにしても、なぜいきなり姿を現したのだろう?」


 天寧は顎に手を当てて考え込むしぐさをする。……パンツ丸見えの姿で。


「あの、とりあえず、ズボン履きませんか?目のやりどころが……」

「おっと失礼した。ついつい忘れてしまっていたよ」


 ハッとする天寧は下がっていたズボンをあげ、大気に晒されていたパンツを中に隠す。心臓の動きを促進させていた元凶が隠されたことにホッと息を吐く蓬の後ろから、不満げな声が聞こえてくる。


「えーもうフィーバータイム終わりゲスかー?せっかくの生娘のパンツだったのに……」

 

 なんかすごい気持ち悪いこと言い出した。 

 蓬は引いたような目で狸を見る。


「それで?君が蚊帳吊り狸だね。初めまして、君はなぜ急に姿を現したんだい?」


 天寧はしゃがみ込み、狸と目線を合わせて質問を投げかける。まっすぐで優し気な瞳に見つめられた狸は急に荒くしていた息を整え座り、足を組み始めた。足の長さが足りてないが。


「ええ、まだ未成年の幼気な少女を夜道で迷わせるというのは私の良心が許さなかったのでね、解除させていただきましたよ」


 狸はキメ顔で言った。


「いや、普通に先輩の下着に釣られただけでしょ、何言ってんの」

「だまらっしゃーい!小僧!静かに!!」


 狸は蓬の脛をげしげしと蹴ってくる。


「痛い痛い!ちょ、蹴らないでって!」

「この!こんにゃろ!!」


 脛を蹴り続けてくる狸に耐えかねた蓬は狸の後ろ首を掴み上げる。すると狸はキュー……と、静かになる。掴みあげられている狸を見ながら天寧は口を開く。


「さて、これからどうする?篠宮後輩。いっそ狸鍋にでもして食ってしまおうか」

「へ!?勘弁してほしいでゲス……!ろくに運動もせず贅肉だらけだから食ってもおいしくないゲス……!」


 天寧の言葉を聞いた狸がこの場から逃げるようにもぞもぞと暴れだした。といっても、手も足も短い体では空を切ることしかできていなかったが。


「落ち着いて食べないよ、はい息吸って―、すすすーっ」

「すすすーっ」


 深呼吸した狸が息を吐く。


「僕の名前は蓬、こっちの女の人は千ヶ宮先輩。君の名前は?」

「……あっしの名前は雲坊、その辺にいる化け狸でゲス」


 それから雲坊は蓬たちを化かした経緯について話し始めた。

 ある日雲坊はいつものように暇な時間、散歩にいそしんでいた。雲坊歩いていたら、見目麗しい少女が目についた。その少女はどうも男性のような格好をしていたが雲坊の目はごまかせない。その身から滲み出る香りが少女、それもただの少女ではない、当たりも当たり、生娘の香りがしたのだ。このとき雲坊は考えた。この美しい少女を蚊帳の中に閉じ込めたい、そして長い時間閉じ込められ、我慢できず放尿する姿が見たいとそう思ってしまったのだ。死ねばいいのにと蓬は思った。


「……そうして、あっしはお二方を化かすことに決めたんでゲス」


 雲坊は遠い目をして話を終えた。雲坊の話を静かに聞いていたオカルト研究部の二人は顔を見合わせた。


「どうします?やっぱり鍋にしますか?」

「いや、やめておくよ……なんか、変な汁とか出てきそうだし」


 二人は雲坊に視線をやり、もう一度顔を見合わせると、ため息をつくのだった。




「狸鍋にしないでくれてありがとうでゲス。正直殺されても文句は言えないくらいひどい言動の数々だったゲスが、お二人は命の恩人でゲス」

「あー、自覚はあったんだ……じゃあ良かった」


 雲坊は蓬たちにぺこりとお辞儀をすると、トコトコと歩いて去っていった。


「なんか、すごい疲れましたね、今日」

「ああ、しかし、素晴らしい発見もあった!蚊帳吊り狸には下着を露出すると抜け出せる。研究の成果だな」

「いやー……あれはあの狸に限った話のような気もしますけどね」


 二人はくすりと笑う。気づけば辺りは暗くなり始め、沈みゆく夕陽の眩さに目を細めていると後ろから走る足音とともに声がかかる。


「ああー!?やっと見つけた!もう、二人してどこ行ってたんですか!?」


 声のする方を見ると、汗だくの雫がへとへとになってこちらに走ってくる。


「ああ、朝船先輩、どこ行ってたんですか?」

「こっちの台詞ですよ!急に二人ともいなくなってびっくりしたんですから!」

「すまない雫、驚かせてしまったね」


 天寧は申し訳なさそうに雫の肩に手を置く。


「厄介なエロ狸に絡まれてしまってね、こっちも大変だったんだ」

「でも、まあ、なんだかんだ良い経験でしたけどね」


 そう言って蓬は笑う。なんだか昔の妖怪たちと遊んだ頃の感覚と似ていたからだ。まあ、昔遊んでいた妖怪たちはあそこまで気持ち悪くはなかったが、それでも、昔を思い出したのだ。


「そうかそうか!確かに、あれはなかなかできない良い経験だったな!」

「はい!良い経験でした!」

「なら、今日の妖怪探索は大成功だな!」


 笑いあう蓬と天寧の二人を雫はきょとんと見つめている。

 

「あのー」


 雫は躊躇いがちに手をあげる。


「大成功ってことは鎌鼬の例は解決したってことで良いんですか?」

「「あっ」」


 忘れてました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 完全に日が落ち、空が黒色に変わるころ、蓬は帰路についていた。鎌鼬の捜索はまるで行っていなかったが、もう辺りも暗くなってきたため、鎌鼬の捜索は明日以降に持ち越そうと今日は解散になったのであった。

 住宅の明かりを頼りに、蓬は歩く。


「そういえば緋紀のやつ、まだ累の家にいるのかな」


 蓬が学校に行くときは緋紀はまだ累の家にいたが、あれから帰ってきたのだろうか。あまり長時間、累の家に滞在したいとは蓬はとても思えなかったが。

 そんな他愛もないことを考えながら歩いているとき、びゅうぅっと、一陣の風が吹いた。


「うお……!」


 短時間ではあるものの激しい突風に煽られる蓬は目を瞑る。身に纏わりつくような生暖かい風に頬が撫でられていると、心の中で何かに繋がるような感覚を覚えた。


(おい、蓬!聞こえるか!?)

「え、その声……緋紀!?これいつでもできるもんなの?」


 突然聞こえてくる緋紀の声に蓬は驚きの声を口に出してしまう。傍から見れば突然驚きだす不審者の絵面だ。


(声に出すな蓬、心の中で話せ)

(ええと、聞こえてる、緋紀?)


 二人は念話で話始める。


(おう、バッチリ聞こえてるぜ!それより蓬、気をつけろ、なんか感じるぜぇ、妖怪の気配がよぉ……)


 蓬は周囲を警戒する。しかし、誰かがいるような気配はしない。


(本当なの緋紀?というか、なんで緋紀が僕の周りを感知できるの?もしかして近くにいる?)

(それはなんつーか、俺も良く理解してるわけじゃねーんだけどよ、俺と蓬はパスみたいなもんで繋がってるつーか、今蓬がどうなっているのかってのが何となくわかるんだよ)

(そんなことが……)


 随分と便利な能力である。生憎、蓬は妖怪を感知する能力など毛ほどもない。ついさっき狸に化かされたばかりである。だったら、緋紀の言うことを全面的に信用するべきだと、蓬はそう判断した。


(わかった。僕はどうすればいい?)

(とりあえず、黒身魂を纏わせて―――)


 ―――その時、風が吹いた。

 激しい強風に襲われ、その身を煽られる。木々を大きく揺らす風の中、蓬の瞳には大きな鼬の姿が見えた。


(危ねぇ!!)


 緋紀の声が聞こえたと同時に、蓬の身体の中身が入れ替わる感覚を覚える。蓬は突然の突風に吹き飛ばされ、壁に強くぶち当たると、そのまま意識を失うのだった。 

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