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物心ついた時からみんなには見えないものが見えた。
それはいわゆる幽霊や妖怪などといわれる存在で、そんな奇妙な存在が見える自分は変で、見えないみんなが正常だった。そんなこんなで幼いころの学校生活はなかなかの苦痛で馴染めなく妖怪たちとしゃべる時間のほうが段々と延びていった。それがもっと学校で浮く原因になるんだけれども当時の自分はそれで良いと本気で思っていた。でも人間と妖怪たちは当然違う存在で、本来関わりあってはいけない存在で、仲良くなどしてはいけない存在で、結局人間が妖怪たちと友達になるなんて許されなかった。
それが痛いほど身に染みたからもうやめようと、あたりまえに生きようと、そう考えていたのに。
雨の降る放課後、黄昏時。橋の下でうずくまる彼を見て、つい声を掛けてしまった。この行為に何の意味もないと、必ず後悔すると知っていても、彼を見て見ぬふりだけはどうしてもできなかった。
道路端の雑草に雨粒が触れる。乾ききったアスファルトを見る日のほうが少ないというのにテレビからはいまだに梅雨入りの声は聞こえてこない今日この頃、篠宮 蓬は高校の下校ルートから外れた橋の下にて広がる光景に大いに困惑していた。下校中うめき声のするほうに足を進めてみればうずくまる男の姿がある。顔が隠れているため表情は見えないがなにやら辛そうである。
「これ、どうしようかな……」
蓬は人知れず頭を抱えた。別にこれがただの行き倒れなら何の問題もないのだ。救急車を呼ぶなりして助ければ良い。これが普通の人であればだ。
「いや、でもなぁ……」
―――この人、絶対妖怪なんだよな。
蓬は心の中で愚痴る。
この世には人ならざる者がいる。幽霊や妖怪、姿形は様々だが確かに存在しており、そしてその存在を認知できる人間は少ない。蓬はその数少ない見える側の人間だった。
蓬は開いていた傘を閉じ、橋の下へと入っていきうずくまっている妖怪へと近づいていく。ぼさぼさの赤みがかった茶髪にボロボロの服、荒れ果てた浮浪者のような姿にたまらずは蓬は口を開くが開いた口はただ喉を乾かすだけで声が出ることはなかった。
―――自分はいったいどうしたいんだろうか。
蓬は心の中で自問自答する。今ここで彼を助けてどうするというのだ。助けたところで結局消されるのがオチなのではないのか。あの日のように彼らの手によって。
閉じた傘を伝い、雨粒が地面へと流れ落ちる。結構な長考だっただろう。地面へ伝い落ちる雨粒が小さな水たまりが形成するころ浮浪者のような妖怪が大きなうめき声をあげた。
「ううぅぅ……!!ぐおおぉぉ!!」
「うわっ!だ、大丈夫ですか!?」
驚いて咄嗟に声をかけてしまった。かけてしまった、といっても別に見捨てるつもりだったとかではないのだが、だがまあ、かけてしまった。こうなってしまったらもうやるしかないだろう。蓬は腹を括った。
「ええと、どうしました?体調でも悪いんですか?」
「ううぅ……は、腹が……!」
「お、お腹が……!?」
「……減った」
「減った、減った?あ、え、減っただけ!?」
「だけとはなんだ!食は大事だろう!」
「ああ、すいません……」
なんか怒られた。蓬は困惑する。しかしどうしたものかと思考したところでそういえば今日のお昼に買った残りのおにぎりを持っていることを思い出した。
「なあ……」
「あ、はい?なんですか?」
「俺はそんなに顔色が悪く見えたか……?」
いや、顔は見えないからわからないだろう。急にしてきた質問に蓬はそんな感想を抱く。とりあえず話を合わせておくことに決めた。
「はあ、まあ、悪いんじゃないですかね……?」
「そうかそうか、ところでお前が想像した顔ってのはよぉ……」
妖怪の言葉に蓬は嫌な予感がしてくる。まるで昔の怪談話に出てくる典型文ではないか。だとするとこの妖怪が振り返った先にある顔とはーー
「こんな顔かぁぁぁ!!」
振り返った先にある顔には眼球が一つしかない化け物の顔だった。
「ああ、一つ目小僧か」
「うん。そうそう一つ目小僧って、反応薄っ!!もうちょいなんかあるだろう!?」
「いやー……まあ、ありきたりだったというか、先の展開が予想できたというか、ちょっと話の持っていきかた雑じゃありませんでした?」
「うるっせぇ!、勝手に評価すんな!」
蓬の冷静な指摘に怒りをあらわにするこの妖怪は一つ目小僧。突如現れて驚かす一つ目の妖怪である。最も不発に終わり、やや恥ずかしそうにしてはいるが。だが最初の心配は杞憂なようで元気な様子だ。
「じゃあ、なんですか、苦しんでたのは演技ってことですか?そういうことだったらよかったです。それじゃ自分はこれで」
「お、おい!ちょ、まっ……!」
元気そうな一つ目小僧に心配ないと立ち去ろうとする蓬。立ち去ろうとする蓬の背中を見て一つ目小僧は慌てて呼び止めようとするが言葉を発しきる前にぐううぅぅぅ、とお腹から大きな音が響いた。両者の間に気まずい空気が流れる。
「お腹すいてるのは本当なんですね」
「……はい」
情けないとうなだれながら一つ目小僧は答える。蓬は背負っていたカバンをガサゴソと探しコンビニのおにぎりを取り出した。
「これ、昼の残りですけど……よかったら」
差し出されたおにぎりを見て一つ目小僧は物欲しそうによだれを垂らしていたがすぐに頭を振り気を確かに持つ。
「い、いや!俺は誰かに施しを受けたりなんてしねぇ!気持ちはありがたいがここは丁重に断らせてぇ……ゴクリ……」
気丈に断る姿勢を見せる一つ目小僧だが目線はおにぎりへとしか行っていないし、口は開きよだれは垂れている。すでに限界ギリギリである一つ目小僧はーー
「食べます?」
「い、いや!俺は……!」
「食べます?」
「……いただきます」
あっさりと陥落するのであった。
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「いやぁー助かったぜ!危うく死ぬとこだった」
ほんの数秒でおにぎりを平らげた一つ目小僧は陽気に笑う。おにぎり一つで満腹になったようには見えないが少しは回復したようだ。
「俺は一つ目小僧の緋紀だ。お前さんの名前は?」
「……自分は蓬、篠宮蓬です」
緋紀は蓬の名前を聞くと勢いよく立ち上がり肩を組んでくる。ぎょろりとした一つ目が近くに来て少し怖い。
「そうかそうか蓬か!蓬!お前は俺様の命の恩人だ。この恩は必ず返させてもらうぜ?」
「あーいや、全然お構いなくなんでお構いなく。じゃ、僕はこれで」
「そうつれないこと言うなよー蓬ぃー!」
行き倒れてたところを助けたせいで懐かれたのか、上機嫌に絡んでくる緋紀。正直ちょっとうざい。
「もういいでしょ?元気になったんならもう帰りましょうよ。緋紀さん家どこなんです?」
なんとか話題を変えようと問いかける蓬に緋紀はボリボリと顎を掻く。
「ん、家?あーうーん、家ねー……」
「どうしたんです?家くらいあるでしょ、山なり廃墟なり」
蓬が言葉を紡ぐたびに次第に冷や汗が出てくる緋紀。歯切れの悪い緋紀をジトーっと見つめる視線が一つ。両者無言の時間がしばらくして、はあ、と息を吐きだした。
「そうだよ。お察しの通り俺には帰る家がねぇ。追い出されたというか、家出したというか……まあ、そんなこんなでな」
そう言い俯く緋紀の横顔は悲しげでどこか迷子の子供のように見えた。人には触れてほしくない領域がある。当然蓬にだって触れてほしくないことの一つや二つあるだろう。まだ出会って数分の付き合いでしかないが緋紀の触れてほしくない領域は間違いなくここなのだろう。ならば触れないに限る。
だから、違う言葉をかけようとそう思った。
数分前の蓬が今の蓬を見ればきっと驚くだろう。いや、今の緋紀の表情を見れば案外納得するのかもしれない。
「だったら―――」
だってその表情は、あの子と出会った時のあの表情とそっくりだったから。
「――うち、来ます?」
蓬は静かにそう言った。
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家の前の道路を自動車が走る。思考が纏まらない微睡みの中、蓬の鼻腔を味噌の香りが刺激してきた。
「ん……なに……?」
霞む視界の中、香る味噌の出所を探ると台所に立つ緋紀の姿が見えた。
「おう、起きたか蓬」
「ひ、緋紀さん……?なにして……」
目をこすりながら布団から出ていると緋紀がテーブルの上にお皿を置き始める。テーブルの上には白米と味噌汁、山菜の天ぷらが並び、寝起きの蓬の食欲を刺激してくる。
「これ……!どうしたんです!?この山菜とか!」
驚く蓬の声にガハハと緋紀が笑う。
「そりゃあ、蓬には恩があるからな。飯くらい作らしてくれよ。これでも結構自信あんだぜ?ほら、そこの山菜とかも近所の山からとってきたんだぜ」
「はあ、近所の山……」
―――近所の山ってどこだよ、近くても電車で片道三時間はかかるんだけど。
一体いつ山になんて行っていたのだろうか、不思議に思う蓬。
「まあ、なんだっていいですけど、外に出るときは気を付けてくださいね」
「?おう、わかったわかった」
本当に分かっているのかこの人は。蓬は内心嘆息する。
「じゃあ、行ってきます」
「おう、いってらっしゃい。蓬」
この会話を区切りに蓬は食べ終わった食器を片付けると学校へと向かう準備をするのだった。行ってきます。なんだか久しぶりにこの言葉を使った気がした。
この日から蓬と緋紀の奇妙な同棲生活が始まった。
蓬の家は両親が早いうちに他界し、現在は一人暮らしのため妖怪一人を住まわしたところで怪しまれることはない。それどころか家の家事全般を緋紀が請け負ってくれているのでバイトで忙しく、ついつい家事をおざなりにしてしまう蓬にとってはむしろプラスの存在であった。
人と妖怪が一緒に暮らすなどという奇妙な関係であったが蓬は今の生活を存外気に入っていた。
こんな奇妙な関係がいつまでも続くわけがないというのに。
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緋紀との同棲生活が始まって一週間ほどが経ったある日のこと。夜の暗闇の道を蓬は一人歩いていた。時計の長針がもうじきてっぺんを指す。家に帰ろとしていた蓬はバイト先に忘れ物をしたのを思い出し慌てて取りに戻っていたらこんな時間になってしまっていた。
「緋紀、待ってるだろうな……」
もう晩御飯は食べてしまっただろうか、いや意外と律儀な緋紀のことだ。自分の帰るまで食べるのを待っているかもしれない。そんなことを考えていると自然と歩く速度が速くなっていく。足早に歩いていると蓬の視界の端にひらりと白い外套が映った。
「っ!?」
蓬は咄嗟に近くの雑木に転がり込むように身を隠した。夜も更ける闇夜に浮く白い外套を身にまとった二人の男の姿を草木の間から覗き見る蓬は冷や汗を静かに流す。
「なんで……、こんな、ところに……!」
つい漏れ出た言葉を閉じ込めるように蓬は口を塞ぐ。
恐る恐る白い外套の男たちを見るが蓬の声に気づいた様子はない。ホッと、心の中で息を吐く蓬。何かを探すように周囲を探る白い外套の男たちの前をスーツを着たサラリーマンが通りがかる。この闇夜に目立つ白い外套、それもかなり奇天烈な装いをしている。
目に映れば否が応でも注目してしまうにも関わらず、サラリーマンはまるでそこには誰にもいないように白い外套の男たちの前を通り過ぎて行ったのだった。いや実際サラリーマンからすればそこには誰も存在しなかった。存在しないように見えたのだ。彼らは人の身でありながら妖怪のように人から姿を隠せる、人呼んで”祓い屋”。妖怪を滅する者たちである。
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小学生の頃の話だ。
物心ついた時から妖怪が見えていた蓬はそれはもう学校で浮いていた。それもそうだろう、登下校中に何もないところに喋りかけたりするような子を好意的に見る人のほうが少ないだろう。
そんなこんなで幼少期の蓬はまともな交友関係を築けず、友達と呼べるような人はできなかった。そう、人は、できなかったのだ。人と関わることが出来なかった蓬は次第に妖怪たちとの関わりのほうが増えていくようになった。妖怪からすれば己のことを認識できる人間はまれなのだ。それも妖怪に害を持たない人間ならなおさらだ。
もちろん悪意を持って蓬に近づいてくる妖怪もいたがそれ以上に善意を持つ妖怪のほうが遥かに多かった、蓬が妖怪のことを大好きになるくらいには。その時の蓬は幼く知らなかったのだ。
この世界を、人と妖怪の関係を。
ある日のことである。
小学校が終わった放課後。蓬はいつものように小学校の同級生と遊ぶことなく夕暮れまで妖怪たちと遊んだ帰り道、酷く苦しんだ様子の犬のような妖怪を見つけた。
その妖怪の名は、すねこすり。夜道に人の足の間をこすりながら歩く妖怪である。すねこすりの体はあちこちに出血が見られ、蓬からしてもすぐに重体だと分かる姿だった。
日頃から妖怪とばかり遊び妖怪のことが大好きな少年がそんな瀕死の妖怪を見たらどうするだろうか、そりゃあ保護するだろう。保護し必死に看病した。拙い知識を総動員させ、ああでもないこうでもないと頑張ったものだ。そうしてまた一人友達が出来たのだ、親友と言っても良いかもしれない。それぐらいすねこすりが元気になってからは四六時中一緒にいたのだ。学校にも一緒に行ったし、買い物も公園にも行った、どうせ周りには見えないから平気だろうとそう高を括って。
そしてすねこすりは死んだ、祓い屋に殺された。いつものようにすねこすりや他の妖怪達と遊んでいた時に白い外套を着た二人組に声をかけられたかと思えば、一瞬にして二人組の片割れが持っていた刃に貫かれすねこすりはこの世から消滅したのだった。
「え……?」
こぼれでた声は誰のだっただろう。
蓬か、他の妖怪たちか、それとも消滅したすねこすりの声だったか。蓬は覚えていない。あの日のことは鮮明に記憶しているのによく覚えていないのだ、そのあとの光景が強烈すぎて。
すねこすりを瞬く間に殺した二人組はすぐに近くにいる妖怪をターゲットに剣を構える。白い外套の二人組はこの場にいる妖怪を皆殺しにするつもりなのだろう。
重く圧し掛かってくる殺意に妖怪たちはようやく気付いたのだ、自分たちの命は彼らに握られているのだと。そこからはもう、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
妖怪たちは泣き叫び、祓い屋は憎しみを込めて丁寧に殺していく。
蓬はそんな光景をただ木偶の坊のように眺めていた。どうしてこうなってしまったのか、妖怪たちと遊んだ楽しかった記憶と瞳に映る赤い鮮血とを比べながら呆然としていると、ふと絶叫に紛れて逃げろと声が聞こえ、ハッとする。声が聞こえ意識を取り戻してから体が動くまでは速かった。もともと本能は逃げろと叫んでいたのだ、頭が働かなかったとしても体は自然と動いた。
耳を劈く悲鳴が木霊する世界から背を向けて蓬は走り出す。妖怪たちを殲滅した後は自分だろうと子供ながらに考えて、必死に足を動かす。自分が元居た日常を目指して、ただ走った。
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時計の長針がてっぺんを指す。蓬は白い外套の二人を観察しふと、自分の体が震えているのに気づく。高校生になった今でもあの白い外套を見ると当時のことが鮮明に蘇り、体が震えしまう。無理もない、幼いころの恐怖体験が人格形成に大きな影響を与えたりトラウマになってしまうケースは多々ある。夜闇に潜む蓬は次第に呼吸が浅くなっていくのを感じながらとにかく祓い屋たちから逃げようと帰り道を探しているとき―――
―――どこかで鈴の音が、りん、と鳴った。
「へえ、びっくり。まさかこんなところにいるなんて」
耳元で声がした。
蓬が勢いよく背後へと振り返る。するとそこには真っ白な髪の女がニコニコと立っていた。
辺りの気温が少し下がった気がした。
蓬は目の前の女に悟られないよう慎重に唾を飲み込む。
「あれ、驚かせちゃった?ごめんね」
真っ白な髪の女はまるで十年来の友達かのように朗らかに話しかけてくる。
―――なんなんだ、この女は。
蓬が抱いた感想はこうだった。まず髪が白い。さっきも言ったが髪が白いのだ。しつこいと思うだろうが普通日本人で白髪など見ないだろう。染めているのだろうか、それにしてはナチュラルというか、違和感がない。故に髪が白い、それだけで彼女の異質さが際立ってしまう。その人形かと見間違うほどの容姿もそうだ。いっそ絵画から出てきた妖怪だと言われたほうが納得がいくほど、整った顔をしている。ここまで行くともはや怖い。気づけば蓬は鳥肌が立っていた。
「ええと、あなたは―――」
「あっ名前まだ言ってなったわね。私は累。よろしくね」
蓬の言葉を遮る累に蓬は呆気にとられるがそんなことには意にも介さず累は覗き込むように蓬と視線を合い、瞳と瞳が重なる。深淵のような瞳に覗き込まれていると何故だか心の奥底まで覗き込まれているような感覚に陥ってしまう。
「……ふーん、あなた、あの祓い屋どものことが嫌いなんだ?」
心臓がギュッと掴まれたような感覚がした。
「……君は誰?」
苦し紛れに出た声はかすれていた。上手く声を発することが出来ない、まるで自分の体が声の出し方を忘れでもしたのだろうか、そんなくだらない考えをしてしまう。この子がそこに立っているだけで周囲の空間が彼女の所有物かと見紛うくらいにはこの髪の白い女の子に蓬は圧倒されていたのである。
「私?私は累。今はそれだけで十分じゃない?」
―――十分、だろうか?いや、絶対十分じゃないと思うのだが。
蓬は頭の中で首をかしげる。だって、明らかに怪しい人ではないか、気配もなく急に現れたかと思えば、目の前でニコニコと立っている。自分を怪しんでいる人の前でだ。このとき蓬が至った一つの予想としては、彼女も祓い屋の仲間だという考えだ。なんかどっちも白いし、人間でなんかちょっとヘンな人は大体祓い屋関係だと思ったほうが良いというのが蓬の持論である。
「なーんか、疑われてない私?そんなにおかしな恰好はしてないと思うんだけど?」
累は自身の服を見せつけるようにその場でくるっと回転し、ニコリと笑った。
―――かわいい。ではなく、おかしいのは恰好ではなく、その髪だと蓬は言ってやりたいところであったが、今の時代は令和、多様性の時代である。故にその言葉は飲み込んだ。難しい時代である。
「はっはー?さては、私があの祓い屋どもの仲間かなにかだと考えてらっしゃるのかな?君は」
図星である。図星ドストレート。蓬は無言で頷くことしかできなかった。
「だったら、安心して。私は彼らの味方じゃない。かといって敵ってわけでもないんだけど――」
累は蓬を一瞥した。
「そもそもね、祓い屋たちの敵か味方かどうかを決めるのは私じゃないの」
「……じゃあ、誰が?」
蓬の問いに累は微笑みながら返す。
「――君」
吹いた夜風が木々をざわめかせる。じめっとした風が蓬の頬を撫でた。
「……なんて?」
「君、って言ったんだよ?」
累の答えに蓬は唖然とする。答えは得た、どうやらこの女は頭がおかしいようだ。よし、逃げよう。祓い屋のことなど知ったこっちゃない。見えないふりをしていれば絡まれることもなかろう。
―――ああ、さっきまでの震えが嘘のようだ。幼いころのトラウマなど、狂人を目の前にすればないに等しいのだ。よし逃げよう。すぐ逃げよう。さっさと逃げよう。
「興味深い話ありがとうございました。ああもうこんな時間だ。では僕はこれで」
「あれ、行っちゃうの?」
立ち去ろうとする蓬の背に累は呼びかける。しかし、立ち止まってはいけないと、蓬は累の声に耳を貸さず足を動かし続ける。
「いいのかなー?だって、君の最近できたお友達が死んじゃうかもしれないよ?」
蓬の足が止まる。
「どういう―――」
「おーーーい!!蓬ぃーー!どこ行っちまったんだぁーー!」
遠くから緋紀の声が聞こえてきた。
「なんで緋紀が……!?」
「心配して迎えに来てくれたのかもね。良い友達じゃん」
時計の針を見ればもういつもならすでに家に着いている時間から大分過ぎていた。祓い屋から隠れていた時間や累との会話の時間に気づけばそうとう時間が経っていたようだ。そして、緋紀の声が聞こえてきたのは祓い屋たちがいる方向からだった。祓い屋たちも緋紀の声に気づいたようだった。
「ん?随分とうるさい声が聞こえるな」
「近所迷惑とかって考えないんですかね……」
祓い屋二人が騒々しい声に目を配るとそこに一つ目の妖怪の姿があった。同時に緋紀も祓い屋二人の姿を視認したようだった。
「あぁ?なんだこいつら……随分とへんてこな恰好してやがるなぁ、あれ?俺とお前、なんか目合ってね?」
自分のことを見えていない想定で好き放題言っていた緋紀だったが、不思議なことにこの白い装いの人たちと無限に目が合うのである。これには緋紀も冷や汗が止まらない。
「あれ?もしかして俺のこと見えてらっしゃる……!?」
「ラッキーじゃないっすか!」
「始末するぞ、武器を構えろ!」
祓い屋の仕事は妖怪を排除することである。故に緋紀を確認した祓い屋たちはすぐさま緋紀に襲い掛かる。二人は手に持つ刀を振りかぶり緋紀を攻撃していく。
「ちょ、ちょ、ちょ!落ち着けって!?いきなりなんだよ!!」
慌てながらも二人から振れれる刀をギリギリで回避するが、全部が全部避けれるわけもなく浅い傷が増えていく痛みに緋紀は顔を歪める、それが隙となった。祓い屋からの斬撃が緋紀の皮膚を深く断裂した。
「痛ってぇだろうがよぉ!!」
緋紀が振り下ろした拳を祓い屋が避け、地面に強く突き刺さる。地面へと激突した拳は振動とともに地面のコンクリートを深く抉る。緋紀の怪力を見た祓い屋の一人は苦笑いである。
「わお……あれ食らったらひとたまりもないっすよ?」
「食らわなければいい話だ。さっさと消すぞ」
祓い屋たちが再び緋紀に襲い掛かるのを遠くから蓬と累は見ていた。蓬は酷く動揺し、汗を垂らしている。
「なんでこんなことに……と、止めに行かないと……!」
「行ってどうするの?蓬じゃなにも出来ないでしょ?」
走り出そうとする蓬を累が止める。
「でも……!!」
「行ったところで無駄死にするのがオチだもの。そんなこと、あの妖怪だって望んでないでしょ?」
「じゃあ、見捨てろって……!?そんなの―――」
―――そんなの、あの日の焼き写しではないか。
蓬の視界がチカチカと明滅する。
こんな日がいつか来るのではないかと思ってはいた。あの日のように人と妖怪が仲良くするなどあってはならないと、そう否定される日が来るのではないのかと。でも、信じてもいたのだ。今度こそは、今回こそはなんだかんだなんとかなって、緋紀と、妖怪と再び仲良く暮らす生活があるのではないかと。
こんなに早いものなのか、友達と一緒にいたい、そんな願いが砕かれるのは、こんなにも早いものだろうか。なにかしたか、人間のなにか害になるようなことを緋紀がしただろうか。何故そこにいたという理由だけで今緋紀は殺されそうになっているのだ。
「ぐあぁぁ……!!」
緋紀が吹き飛ばされる。地面に転がる緋紀の体はボロボロで肉は裂け、血がダラダラとこぼれ、血だまりが出来ている。
「ぐうぅ……!くそがっ……」
「一つ目小僧にしちゃあ、結構強かったっすねー」
「気を抜くなよ、まだ隠し玉があるかもしれん」
ボロボロに倒れ、もはや満足に立つこともできない緋紀に祓い屋たちは警戒しながらもゆっくりと近づいてくる。もうじき止めでも刺されそうな緋紀に蓬の焦りは限界になる。こんな時でもにこやかに眺めるだけの累に苛立ちを覚えてしょうがない。
「あれま、こりゃ大変だ。あの妖怪もうすぐ死んじゃうよ?」
「わかってるよそんなことっ!!」
累の言葉に蓬の叫びが木霊する。
「ん?子供が二人?なにやってんすかね、あれ」
「我々が見えているのか?」
蓬の叫び声に祓い屋二人も蓬たちの存在に気が付いたようだ。だが、蓬の叫びは止まらない。
「いったいどうすればいいんだよっ!!僕だって、守れるものなら守りたいよっ!!でも、無理なんだよ……!僕じゃどうすることもできない……僕は―――」
「あるよ、戦う力なら。私があなたにあげる」
それだけ言うと累は自身の手のひらをパンッと合わせた。
「来い、白入魂、黒身魂」
ぼうっと、蓬の目の前に人魂が二つ浮かび上がる。一つは白い人魂に、もう一つは黒い人魂だ。二つの人魂はゆらゆらと蓬の周囲を漂っている。
「これは……?」
「これが君に力を与えてくれる存在だよ。あとは、蓬がどうするかだよ?」
自分自身がどうするか、累の言葉が頭の中で反芻する。いま、蓬の目の前には二つの選択肢が立ちふさがっている。目の前の女は己にこう問うているのだ、戦うのか、見捨てるのか。自分の選択など、とうにお見通しだろうに。
「やるさ。なにがなんだかわけわかんないけど、それで友達を守れるなら、俺はそれでいい。俺に力を貸してくれ」
蓬の言葉に累はニヤリと笑う。
「そう!そしたら目をつぶって、こう唱えなさい―――」
「―――纏え、黒身魂」
累と蓬の声が重なる。呼ばれた黒身魂が蓬の身体へと纏い始める。瞬間、蓬の身体から妖気があふれ出した。
「ああ!?」
「なんだこの妖気は……!?あの少年からか……?」
突如としてあふれ出した妖気に祓い屋たち二人が愕然とする。
「おいおいおい!この妖気!やべぇっすよ!!」
妖気とは、妖怪のみが持つエネルギーのことを指す。妖怪は基本、自身の中に持つエネルギー、妖気を使って活動する。妖気が身体からあふれるなんてことは余程の大妖怪でないと起きないことなのだ。それがそこらの高校生からあふれ出しているのだから、祓い屋からすれば訳が分からないだろう。
祓い屋たちが注視するなか、黒身魂は黒装束と変化し、蓬の身体を包み込み、頭髪も累と同じ白髪へと気づいたら変わっている。急に変わった自身の装いに蓬は驚きを隠せない。
「な、なにこれ……!髪の毛も白くなってるし、なんか体が軽いような……」
吞気に髪をいじっている蓬を前に、祓い屋たちは刀を構える。
「あれ、やっちゃっていいんすよね?人っぽいですけど」
「構わん、殺すぞ」
祓い屋たち二人が勢いよく蓬へと襲い掛かる。
「え、ちょっ……!」
いきなり襲い掛かってくる祓い屋たちに蓬は慌てて逃げようとするが祓い屋たちのほうが数段速い。祓い屋の片割れが蓬の懐へと入り込むと素早く刀を振りかぶった。
「ぐうぅ……!」
脇腹を刀で振りかぶられた蓬は勢いとともに後方へと吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がりながら呻き声をあげる。
「いっ……たくない……?あれ、全然痛くない!あ、いや、ちょっと痛い……」
蓬の腹部は祓い屋の刀で切られたはず、本来ならぱっくりと割れ、臓物が中から出てくるところだ。それが実際は少々血が出ている程度で傷も軽度になっている。これには祓い屋たちも目を丸くして驚いている。
「なんすかありゃ!?攻撃が全然効いてない……?」
「落ち着け、まったく効いていないわけではない。それに、奴は戦闘能力がないように見える。そこらにいる高校生と同じだ。着実にダメージを与えていけばいずれ息絶える」
こちらに戦闘能力がないのを見抜かれ、じりじりと近づいてくる祓い屋たちに蓬は脇腹を抑えながら後ずさる。
―――まずい、明らかにまずい。
蓬は冷や汗をかく。
どうやら身体的にはだいぶ強くなったらしいがそれだけで元々戦闘していた人たちに急に勝てるようになるかと言われればそれは否だろう。戦いや暴力とは無縁の生活をしていた蓬では勝ち目のなど無いに等しい。祓い屋たちが持つ刀の刀身が月光によって妖しく光る度に切られた傷口が痛む感覚がする。
蓬は自覚する。自分は今、おおいに日和っていると。ここまで明確に敵意を殺意を向けられたことなど初めてだ。刃物を向けられ、筋肉が硬直するのが分かる。
それでも、引けない理由が蓬にはある。蓬は硬直した筋肉を無理やりに動かし、無意識に後ずさっていた足を一歩、前へと踏み出す。
「や、やああぁぁぁぁ!!!」
一歩踏み出し、祓い屋へと向かって蓬は力の限界を振り絞って拳を大きく振りかぶる。
「ん?ほい」
思いっきり振りぬいた拳は祓い屋にいとも簡単に避けられ、後頭部に刀の柄で殴打される。
「ぐえぇ!」
後頭部に掛かる大きな衝撃とともに蓬は地面へと倒れこむ。
―――当たる気がしない。祓い屋たちとの力の差を蓬は否が応でも感じてしまう。
地面に伏せている蓬の背に祓い屋の一人が踏みつける。
「よおーし、捕獲完了!もう仕留めていいっすよね」
「ああ、確実に殺すなら首だな」
祓い屋は蓬の首にめがけて刀を振り下ろす。ガンっ!!っと鈍い音とともに痛みに悶える金切り声が夜の公園に響き渡る。
「あ、ああ、ああああああああああぁぁぁ!!」
「首落ちてないじゃないですかぁー、ちょっと腕、なまったんじゃないっすか?」
「馬鹿を言うな、こいつが固いだけだ。なに、落ちないのなら落ちるまで叩き落せばよいだけだ」
祓い屋は冷めた目で首へと刀を振り下ろす。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も蓬の叫ぶ声など一切の関心も寄せないで、ただ、振り下ろしていた。
何度も刀を首に打ち付けられる光景に緋紀は呆然としていた。
「おい……!一体何がどうなってやがんだよっ!!なんで蓬のやつが……!」
「ありゃりゃ、やっぱこうなっちゃうかー」
呆然と見ていた緋紀の後方から声がかかる。後ろを見るとそこにはびっくりするほど真っ白な髪の毛の女がいた。目の前で蓬が痛めつけられているというのに髪の白い女はにこやかに微笑んでおり、それが緋紀の神経を逆なでた。
「おい!そこの白女!!テメエ、蓬に何しやがった!?」
緋紀が累へと凄むが累はどこ吹く風だ。
「何をしたって言われても……私はただ選択肢を提示しただけ、決めたのは蓬だよ?蓬が戦う覚悟を決めたんだ。友達である、君を助けるためにね」
「俺を……!?」
「そうだよ?君が祓い屋たちに殺されそうになっているから、それを止めるためにね。ああでも、あの感じじゃ、もうすぐ死んじゃうね?」
「ふざっ……!けんな……!!」
蓬には恩がある。一度ならず二度までも救われるなど、緋紀は我慢ならなかった。受けた恩は返さねばならない。一度目の恩を返していないのに二度目も助けられてしまった、しかもその助けた張本人は今死にそうになっている。再び自分を助けるためにだ。それが緋紀は我慢ならない。緋紀は悲鳴を上げる自身の身体に鞭を打ちながら立ち上がる。
「刀野郎どもがッ……!!待っていやがれ……お前らなんかすぐに俺がボコボコに……」
威勢の良い言葉とともに緋紀は祓い屋たちに向かって歩き出すが、すでにボロボロの緋紀の体では大した距離も歩けず、地面に崩れ落ちる。
「ああ……くそっ……力がでねぇ……」
「蓬を助けたい?一つ目小僧君」
地面に倒れる緋紀に累が近づく。
「どういう、ことだ……?」
「私と契約すれば、蓬を助けられる力をあげる」
「契約だぁ……?」
「そ、悪い話じゃないでしょ?というか、あんまり悩んでる時間はないと思うけどなぁ」
累は蓬のほうへと目をやる。蓬はうなじを手で覆い隠し、祓い屋からの攻撃をなんとか軽減しようとしているが、その手ももはやズタボロで打撲なり指が折れ曲がっていたり、散々な姿だった。その姿に緋紀の焦りは増すばかりだ。
「わかったよ!!契約する!!俺は何をすればいい!?」
緋紀の言葉に累は笑った。
「はい、契約完了!いってらっしゃい」
パンっと累は手をたたくと、緋紀の身体が透明になり、消滅し始める。
「お、おい!こりゃなんだ!?騙したのか、真っ白女!!」
「はいはーい、文句なら後で聞くからね」
累は緋紀に手を振りながら緋紀が消滅するのを見送る。
「さてと、おぉーい!!蓬、聞こえるー!?」
蓬は薄くなりつつある意識の中、累の声に集中する。累は蓬に聞こえるように声を張り上げる。
「蓬ならもう感じてるでしょ!?あなたの中に一つ目小僧がいることを」
―――緋紀を感じる?彼女は一体何を言っているんだ。
蓬は理解できなかった。そんなことよりも今はただただ眠りたかった。全身がひび割れてるかのように痛むし、血がドクドクとあふれ出し熱かった身体も冷えてきた。
なぜ自分はこんなことになっているのだろう。蓬は自問する。自分が戦う覚悟を決めたのは、そう、彼を助けたかったからだ。彼は助かったのだろうか。蓬は霞む視界の中、緋紀の姿を探した。
「い、ない……」
緋紀の姿は見えなかった。彼は、いったい、どこに―――。
(よもぎぃぃ!)
どこからか、声が聞こえた気がした。どこからかはわからなかった。まるで、自分の中から直接話しかけられているような。
(ような、じゃねぇ!今、直接話しかけてんだ!!)
―――そうか、直接語りかけているのか。直接?
「え、えええええええええええええ!?」
「びっっくりした!?なにごと!?」
失いかけていた意識が急激に覚醒した。驚いて出た声に上にいた祓い屋たちも驚いたようだった。
(な、なに!?どういうこと……)
(おお!つながったか蓬!良かったぜ……)
どうやら、心の中で緋紀と会話できるようになっているようだった。
(……なにがどうなってるの……!?なんで!?どうして緋紀とこんな感じで会話できるようになってるの!?というか今、どこにいるの?)
(まあ、落ち着けって。俺も詳しくはよくわからんが、これならどうにかなりそうだ……!)
(ちょっとまって……!全然頭が追い付いてないんだけど―――)
「なにをぶつぶつとつぶやいている?」
緋紀との話し合いが終わらぬうちに祓い屋の一人に蹴り飛ばされる。蓬は呻き声をあげながら吹き飛ばされる。
(おい、時間がねぇぞ蓬!さっきやってたのと同じ要領だ!俺を纏え!!)
(緋紀を纏う……?)
緋紀との会話でぶつぶつと話し続ける蓬の姿に祓い屋たちは怪しげに見る。
「奴の様子が急に変わったぞ、何か変だ」
「もうボロボロっすよ、さっさと仕留めに行きましょう」
祓い屋たちが一気に駆け出す。二つの刃は一瞬にして蓬を捉え、その首に刃物が当たる瞬間―――
「―――纏え、緋紀」
刹那、ガキンッと刀がはじかれる音がした。
「おいおいおい!!さっきはよくもやってくれたよなぁ?おい」
力強い声が夜空に響く。刀をはじかれた祓い屋たちは後方へと下がる。その表情は困惑を隠しきれない。
そこにいたのは変わらず蓬だった。しかし、さっきまでの蓬とは明らかに違っていた。髪は白髪から黄金に、黒の装束は変化し、真っ赤に傾いていた。
「どういうことだ……?さっきとは妖気の質が違う……」
「この感じ……まるでさっきまでいた―――」
困惑する祓い屋たちの姿に蓬は笑う。蓬からにじみ出る妖気は少し変化し、それはまるで先程まで対峙していた緋紀の妖気と酷似していた。
「ガーハッハッハ!!俺様、再登場!!」
(ちょっと、説明してよ緋紀!なんで僕の身体に緋紀が……?)
「んー、よくわからん!説明なら後であそこの白女をシメて、吐かせてやればいい。俺が唯一分かるのは、お前に恩を返せるってことだぜ、蓬!!こい!白入魂!」
緋紀の目の前に白い人魂が現れる。緋紀は白入魂に腕を突っ込むと白入魂の中から身の丈ほどの大きな金棒を取り出した。
「へえー、便利だな、これ。これならあいつらをぶん殴れるぜ!」
ぶんっ、ぶんっと緋紀は金棒をぶん回す度に風の切る音が聞こえてくる。金棒を回す緋紀の迫力に祓い屋たちは焦りを隠せない。金棒が回される度にかかる風圧に汗が止まらない。
「歯ぁー、食いしばれ?」
冷や汗をかく祓い屋たちを見て、緋紀はニヤリと笑う。
「―――”火を焚べろ”」
金棒に炎が宿る。猛々しけ燃え上がる炎は金棒を覆い纏い、包み込む。緋紀はその炎の近くにいるというのに熱がる素振りも見せず、笑っている。まあ、中にいる人は阿鼻叫喚だろうが。
緋紀は身の丈ほどの金棒を大きく振りかぶった。祓い屋たちはこれから訪れる未来を想像し、絶望する。
「いくぜぇオラァァァ!!!」
力のままに振り下ろした金棒は地面を強く振動させる。地を割り、地割れに沿うように猛々しく炎が猛進する。迫りくる炎に祓い屋たちは包み込まれ、勢いそのまま遥か後方へと吹き飛ばされるのだった。
「ふうー、やってやったぜ」
金棒を振り下ろした跡にはガタガタになった地面と全身焼け焦げて気絶した祓い屋たちの姿があった。
「さてと、これにて決着だな」
蓬の身体から緋紀が抜けた感覚がした。緋紀との纏いがなくなると髪は金色から白髪へと戻っていた。自分はほとんど傍観していただけなのに、終わってみると全身が軋むように痛く、息もあがっている。
「お疲れ様、よくがんばったね」
後方から声がかかる。見ると累が微笑みながらこちらへと歩いてくる。あれほど胡散臭いと思っていたのに、息も絶え絶えの状態で労わられるとそれだけで救われたような感覚に陥ってしまう。累の方に歩こうとした瞬間、視界がガクッと揺れた。
―――ああ、どうやらもう限界らしい。自分で思っていた以上に自分の体は限界だったようだ。薄れゆく意識の中、彼女は変わらず人形のように微笑んでいた。
「お疲れ様。今はお休みなさい、ご当主様」