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「あぁ、私、本当にひとりぼっちなんだ。」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、澄んだ冬の夜空に吸い込まれ消えていく。
「私みたいな人間が愛されるはずなかったのに。」
1月の凍てつくような寒さに冷やされた銀の手すりに、触れている手のひらを伝って身体の芯の温もりが奪われるような感覚に襲われる。
もしかして、この柵を乗り越えてしまえば、ビルの屋上から飛び降りてしまえば、いつまで続くともわからない孤独から逃れて、あらゆる苦痛から解放された楽園に行けるのではないか。
きっとこれは魂の救済だ。自殺なんかじゃない。
自分の心に言い聞かせて、ぐっと手のひらに体重を預け柵を跨ぐ。
足元に目を遣れば、真っ暗な闇に灯る無数の蝋燭のように車のヘッドライトが列をなしている。
「あの世は自分の理想が具現化してるんだっけ。そしたら私は…」
ーあなたに会いたいな。
夜空に全てを預けるように、身を投げた。
冷たい風が頬を叩く。体の自由はもう効かない。
落ちていくうちに私は意識を手放した。
ビクッ!!!!
身体が強張り、急に意識が引き戻される。
闇から一転して天国のように陽の光で満たされた部屋の明るさを瞼越しに感じつつ、ゆっくりと瞼を開く。
「あ、知らない天井だ。」
その瞬間鋭い頭痛が襲う。
「いたっ!…ここは…?」
恐る恐る身体を起こし、あたりを見回す。
キングサイズの天蓋つきのベッドに、そばには美しいシルク刺繍がほどこされた椅子にピカピカに磨かれたアンティークなドレッサー、その脇には金の装飾で縁取られた美しいロココ調のチェストが置かれている。
その全てが初めて見るもののはずなのに、どこか懐かしく、見慣れていてありふれたもののように感じる。
ベッドをそっと降りてドレッサーの鏡を覗き込む。
鏡には朝日に照らされた眩いプラチナブランドの髪に宝石のエメラルドを思わせる瞳の、女神のような美貌の女性が映り込んでいる。
「あの夜私はビルの屋上から……」
確かにあの時、身を投げた。死後、自分が理想とする世界で心穏やかに過ごせることを願って。
なるほどね。じゃあこれは死後の世界なわけだ。だけど、自分には不思議とこの身体で生きてきた記憶がある。
「と、言うことは転生?それにこの容姿…。」
そっと確かめるように頬を撫で、間違いないわ…と呟くと、カチャリと静かに音を立てて開いた扉から、優しく穏やかな笑みを携えた女性が姿を見せた。専属侍女のマリアだ。
「おはよう、マリア。身支度をお願いできるかしら。」
「おはようございます、ハイデマリーお嬢様。すぐにお支度お手伝いいたしますね。」
きっとここは乙女ゲーム、「秘密の花園〜恋する王宮貴族達〜」の世界。
ー私はハイデマリー=レオポルディーネ=ヴァイマル。ヴァイマル侯爵家の娘で、この世界のヒロインよ。
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