第29話 最後通告
「聞こえますか王よ……。いま妾は、そなたの心に直接語りかけています……。目を覚ますのです……眠りから覚めなさい」
超越神と名乗る存在に、手軽に異世界人を呼び寄せる能力を与えられたその国の王。
聞こえてくる声に導かれるように、王は目を覚まして寝ぼけ眼をこすった。
窓から零れ落ちる月の光を背に、1人の女性が王の枕元に立っていた。
美しい絵柄を染めた布で作られた、ゆったりとした見た目の服を着た人物。
見た事もないデザインだ。
女性は前腕から大きく垂れた袖で口元を隠した。
王の意識が明瞭になるだけの時間を取ってから、その女性は語りかけを再開する。
王がよく見ると、その姿はうっすらと透けていた。
「起きられましたか、王よ。妾は大いなる存在より遣わされた者。そなたに神託を授けましょうぞ」
王はその言葉に反応もせず、ただ欠伸で返した。
そして裸で寝ていた事で、寒さに身をぶるりと震わせる。
弛んだ腹をボリボリと掻いた。
女性はそれを見て、一瞬かすかに顔を引き攣らせた。
が、何事も無かったように続ける。
「王よ。これはこの国が滅ぶか否かの瀬戸際の話です。そしてそなたの身が破滅するか否かの瀬戸際でもあります」
頭をボリボリと掻く王。
美しい眉根をつり上げる女性の姿。
王の佇まいからは、国への思い入れは一切感じない。
「そなたの身が破滅する……。すなわちそなたの成した財を、そして地位を失う事です」
「ふむ?」
初めて女性の言葉に反応した王。
ようやく女性は、引き攣り顔をおさめた。
「約定を果たすのです。金銭の支払いを渋ってはいけません。約定がなされた金銭の支払いは必ず守るのです」
再び女性の言葉に興味を無くした王。
王は考える。
財を成すのに必要なのは支払いを無くす事だ。
支払いを無くせば、収入だけが残るのだから財産は増える一方ではないか。
神の使者を名乗るのならば、何を意味の分からぬ戯言をほざくのだ。
寝起きということもあり、不機嫌さを隠そうともしない王。
昼間に彼女を見たならば、好色な顔を隠そうともしないだろうに。
女性の言葉が耳に入っているとは思えない。
「よいですか、もう一度繰り返します。金銭の支払いの約定は必ず守るのです」
王の態度に、疲れたように一瞬だけ天を仰ぐ女性。
諦め顔で、そう念押しをした。
「もうすぐマロニーを名乗る片目の男がそなたの元へ訪れます。手始めに、その男と交わした約定を果たしなさい。しかるべき報酬を渡すのです」
王は女性に背を向けると、ごろりとベッドに横になる。
すぐにぐうぐうとイビキを立て始めた。
女性は呆れ顔で腰に手をあてると小さく呟く。
「駄目じゃ主殿、よもやこれほど愚かな男とは思わなんだ」
「了解だ。ご苦労だったな、チイ」
その言葉を最後に、女性の姿はかき消えた。
直後に答えた声は男のもの。
すぐに王の寝所に何者かの気配が入り込む。
その男もまた王のベッドの枕元に立った。
「起きろ王よ。約束の金をもらいに参上した」
いびきを立てて、反応しない王。
男は「紅乙女」と呟くと、どこからか刀身がゆるく湾曲した片刃の剣を取り出し王の頬に当てた。
「起きろ、王よ」
横になった王は反応しない。
ただイビキの音がさらに大きくなった。
「暗殺へ神経を尖らせる事すらしないのか。どうしようもない奴だな」
男は──マロニーは、右手の日本刀「紅乙女」をわずかに動かす。
王の頬が少し切り裂かれた。
その痛みにはさすがに驚き、「なんじゃ!?」と跳ね起きる王。
「王よ。約束の金をもらいに参上したぞ」
感情を込めずに抑揚無く話すマロニー。
王は先ほどと同じように欠伸をする。
しかしその仕草には先ほどとは違って、幾分ぎこちなさが漂う。
その事に気付きながらも、黙って立つマロニー。
「約束? なんのことじゃ」
「前王の忘れ形見を『いいように扱う』事、しかるべき処置はしたぞ。約束通り、残りの半金を貰おうか」
手の平を上にして、右手を王へ突き出すマロニー。
王は微動だにせず彼の目も見ず、不貞腐れたように頬杖をついて返す。
「失礼な男だ。昼間、正式に玉座の前に来るべきじゃろう」
「何度も来たが、門前払いだったのでな」
マロニーは辛抱強く右手を突き出したまま、静かにそう反論。
王はあご髭をしごき、視線を横に向けながら呟く。
「だがしかしな。儂はそなたなど知りもしないし、そんな約束などした覚えもないぞ」
「払った前金が惜しくて俺たちを襲わせたことは、特別に目をつむってやる。金を払え」
あくまでもシラを切り続ける王に、マロニーは言葉の圧を強めた。
しかし王は、思い上がった権力者の傲慢さを崩さない。
今までもこうやって、いくつもの約束を反故にしてきたのだろう。
「さっきから何を訳の分からんことばかり言うのだ。儂はそなたなど知らんし、そんな約定などした覚えもない!」
マロニーの残された左目が細まり、眼光が鋭くなった。
その顔は、とても格上の人物に向ける表情とは思えない。
実際に彼は、誠実さを欠く相手は対等以下の存在だと考えている。
「約束は守らんと信頼を失って、結局は自分の首を絞めることになるぞ」
「だが儂の首を絞める相手は、少なくともお主ではないのう」
「そうかな」
もはやシラを切る事すらやめて開き直る王。
マロニーも変わらず侮蔑の視線で相手を見下ろしている。
王はせせら笑う。
「その剣で儂を脅しているつもりなのだろうが、儂を殺せば金は取れんし城から生きては出られなくなるぞ」
「貴様こそ、それでこちらを脅しているつもりか? 口先ばかりが良く回る無能な王よ」
「ほざけ痴れ者が! 衛兵! 来い衛兵! ここに狼藉者が入り込んでいるぞ!!」
ついに叫び出し、見張りの衛兵を呼び出す王。
呆れ顔のマロニーは、慌てた様子も見せずに右手に紅乙女を握りなおす。
彼の傍らに、先ほどの女性の姿が現れた。
「最後通告は、やはり予想通り不発じゃったか。妾の言葉もほとんど聞いておらなんだしな」
「まあいい、こちらは言うべき事は言った。約束を守らせる誠意も見せた。しかし相手が状況を、現実を理解できない馬鹿だから仕方がない」
そう言って肩をすくめるマロニー。
やがて外の衛兵が3、4人ほど寝所になだれ込んでくる。
王の寝所の枕元に立つ片目のエルフは、表情を変えることなく無造作に左手を振った。
彼の左手から長大なムチ状のものが伸びる。
まるで生き物のようにのたくると、衛兵を全て薙ぎ倒して彼らを失神させた。
その光景に、初めて顔色が青く変わった王。
「今からこの国は滅びるぞ、王よ。約束を守れば、ここまでするつもりは無かったのだけどな」
「その女と組んで儂を騙そうとした男が何を言う!」
青い顔のまま、必死に王はそう叫ぶ。
だが王の声を気にも留めずに、マロニーはスーツの懐に左手を突っ込み何かを取り出した。
トランシーバーだった。
「よし、みんな。では作戦決行だ。事前の手筈通りに頼む」
王が呆然とするなか、マロニーはトランシーバーにそう話しかける。
その言葉が合図とばかりに、窓の外に見える城の姿が一斉に爆発音と共に燈色の激しい炎に包まれた。
「な……」
口をあんぐりと開けて王は絶句する。
マロニーは冷たく、愚かな王へ宣言した。
「数多の約定を違え続ける王は、ついに神の怒りに触れて天罰を受けた。欲深い王への罰として、神は彼が貯め込んだ財宝を全て取り上げることにしたのだ」
まるで謳い上げるかのように、王へ朗々と語るマロニー。
城の尖塔のひとつが爆発して、たちまち崩れ去った。
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