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第26話 「混沌」との対話

「貴様、何のつもりだ。もう俺に関わるなとあの時に言ったはずだぞ」



 マロニーさんが黒い人影に向かって話す。

 もの凄く警戒した口調で。

 こんな緊張に身を固くしているマロニーさんを初めて見た。


 俺の結界は問題なく作動している。

 コイツいつの間に入り込んだんだ。

 というか、何も感知させずにこの中に入り込んだのかコイツ。


 そして身体の奥底から湧き上がる、得体の知れない震えるような恐怖。

 何者なんだ。

 いや、これは果たして「何」なんだ。


 輪郭りんかくのはっきりしない煙かモヤのようなもので出来ているっぽいその人影。

 笑いを表現してるらしい口の裂け目が大きくなると、無言でそいつはロックデーモの首をくわえた。

 超越神を自称していたロックデーモが、恐怖に顔を引きらせる。



「ひ……やめろ! 嫌だ! あんな苦しみが永遠に続く混沌のうずに混じるのは嫌だ!!」



 叫びに応えるように、人影の額の辺りに新しく裂け目が現れる。

 それだけで一気に人ならざる存在として認識できるようになった。

 その裂け目もまたつり上がって、嘲笑あざわらうような形になる。



「私の、儂の、我の力を欲して手を出したのが運の尽きだ。原初の混沌に関わって無事で済もうなどと思い上がるが自業自得よ」



 男の声とも女の声ともつかない、耳障みみざわりな低い声。

 マロニーさんが人影に話しかける。



「出来ればそいつをこっちに渡してくれないか? ポンコツに見せて賞金をもらわないといけないからな」


「くくく。金銭の問題に矮小わいしょう化して平静を保つ。なかなか涙ぐましい努力だな、元主もとあるじ殿」


「…………」



 耳を塞ぎたくなるような絶叫が響いた。

 バキバキという音をさせながら、ロックデーモの首が噛み砕かれていってるからだ。

 やがてゴクリと飲み込むと、奴の全身いたる所に口のような裂け目が現れて、一斉に不快な笑い声をあげた。



「自分に不相応な対価を得る為の賭け。それが失敗したなら、待つのは破滅。世のことわりよな。この世界の神の一柱としておとなしくしておれば無様ぶざまに身を持ち崩す事も無かったろうにのう」



 口のような裂け目が全て消えると「そも、賭けとは胴元が損をしないのが常であるが」と声が聞こえる。

 すぐに頭の部分が異様にふくれ上がって、無表情のマロニーさんを覗き込んだ。

 ……ように見えた。



「さて提案だ元主殿。我は、それがしは、吾輩は、只今ただいまのところ協力者を絶賛募集中である。昔のよしみで元主殿の席は用意してあるが如何いかに?」


「弟に、自分は貴様の千倍は邪悪だ、とほざいていたお前に誰が協力するか」


「くくく、それは残念無念、恐悦至極。私の、ちんの、小生しょうせいの、その力を堪能する前に放棄したそなたへの、特別サービスなのだがな」


「こちらはもうお前に用は無い」


「ふむ。ならば他の特別サービスとして、麿まろの、儂の、拙者の、手の内を一部さらしてやろう。お気に入りの玩具だからな、元主殿は」



 人影の輪郭が崩れると完全に煙のようになり、マロニーさんへと漂って近づいてきた。

 やがて片目のエルフを取り囲むと、一つの目と口が現れる。

 口はニタリと白い歯をき出すと小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。



「言ってしまえば、世の成り立ちそのものたる混沌本体から、自分が、拙者が、吾が新たに分かたれたのだ。新たな混沌として世に君臨するために力を蓄えねばならぬ」


「手の内(さら)し、有り難うさん。だが俺には関係ないな」


「生き物の心は移ろいゆくもの。こなたの、当方の、こちらの手の内は教えた。今はまだ、元主殿の境涯きょうがいが、吾の、儂の、やつがれの力を必要とする時を待っておこう」



 この場に居る奴は誰ひとりとして動けない。声も出せない。

 あまりのプレッシャーに押しつぶされそうだ。

 マロニーさんが黒い人影──いや、今は漂う黒い煙か──と会話できているのが驚異的だ。



「何度でも言うぞ。お前の力を借りるつもりは金輪際こんりんざい、無い。契約は破棄しておけ」


「契約の取り消しなど効かぬ。特に混沌に属する力との契約はな。元主殿の()()()()()()()()()()()()()()()()()、誤魔化されはしないのだ」



 マロニーさんの相棒!?

 確かマロニーってその相棒の名前だって、以前……。


 耳鳴りがしたのでその発生源を見ると、紅乙女の輝く刀身だった。

 マロニーさんはそれで黒い煙に斬りつける。

 だけど案の定、ダメージを与えられた様子はない。



「素晴らしい。昔にこの原初の混沌を呼び出した時とは、見違えるほど強くなっておる。だがまだ我を、朕を、小生を滅ぼせる域には達しておらぬな」



 黒い煙は、浮かび上がらせた目玉を紅乙女に向ける。

 少しだけ感心したように呟いた。



「神とはいえ下級の存在ながら、『斬る』ことに特化する事で高みへ至っている……か。上手く育てばその日本刀、いずれ吾の、儂の、こちらの喉元へと刃が届くやもしれぬな」


「調子に乗らせて足元をすくう算段か」


「それも有るやもしれぬな。だが真実でもある。忘るるな、我は、小生は、吾輩は混沌。量子りょうしの気まぐれがおもむくままに振る舞うのみよ」



 煙が再び人型に戻る。

 マロニーさんの紅乙女がギリギリ届かない場所に立っていた。



「今の元主殿を引き入れるのは、一旦あきらめるのが良いか。今の元主殿の魂は、喰っても不味まずそうであるからな。元主殿の相棒の魂のようにな」


「あいつを……相棒マロニーを馬鹿にするな!」



 再びマロニーさんが紅乙女の刀身を光らせた。

 だけど予想に反して、黒い煙の人型はへの字に曲げた口と細めた目玉を出して、渋い表情を示す。

 初めて憮然ぶぜんとした感情を声に乗せて言葉を続けた。



「……時折ときおり、現れるのだ。自分の人生に心から満足し切って生を終わらせる者が」


「なに!?」


「未練と絶望こそが魂をいろどる最良のスパイス。やるべき事をやりきって死んだ者の魂など、無味乾燥すぎて不味すぎる」


「…………」


「まぁ、であるからして、今は元主殿を捕食するのは私に愚僧に吾輩に()()が無い。再びあいまみえる時がめぐるまで、ここは一度

引くことにするとしよう」



 その言葉を最後に、急速に姿が薄れる人型の煙。

 現れた時と同じように、この結界を全く気にした様子も無く消えていく。

 最後にもう一度、嘲笑うかのような口の裂け目を見せてその存在は完全に消滅した。


 マロニーさんは俺たちに背を向けたまま、黒い影が消えた先を見ている。

 俺は恐る恐る、その背中に声をかけた。



「マロニーさん、今のは……」


「すまん、この話は後回しにしてくれないか。まだ今回の件は完全に終わった訳じゃないからな」



 少しこちらへ向けたその横顔に、俺は次の言葉が出なくなった。

 以前に三人の魔王を倒した時とは全く違う目。

 高校生の俺には理解できないような感情がこもった暗い目。

 それが会話を拒絶する意思をはっきりとにじませる。




 しばらくそのまま静かな時間が過ぎる。

 かすかに外から激しい叫び声が聞こえた。

 俺は与志丘さんや矢間崎くんへ視線を向ける。


 今はマロニーさんに声をかけるのが躊躇ためらわれたからだ。

 俺の視線に気付いた矢間崎くんは、首を縦に振る。

 与志丘さんが慌てたように走って、貼り付けた呪符を引っぺがした。


  結界がかれる。

 そこには、お互いににらみ合う二つの軍隊が展開されていた。

 ……なんだろう片方の軍の先頭馬車に、妙に見覚えのある人影が。



「この国王に召喚された勇者であるこの儂、 奔銘葉ほんめいば 喪奴樹もときの言葉は国王の言葉! その儂に従わんとはこの国賊の逆賊め!」



 なぬうぅぅ!? なんであのクソデブジジイがここに居るんだよ!!

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