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人類むだばなし計画

作者: jima

魔王も魔族も基本のんきで、人類への対応はほんの暇つぶしです。

 魔王様が言う。

「もはや人類などみなごろしだ!」


 俺たち部下はさっそくその作業に取りかかった。

 といっても昔のように雷をバシバシ落とすとか、大洪水を起こすとか、火山を大噴火させるとか、そういうことを我々の手でコツコツやる必要はないのだ。

 魔界総合センターの事務室に行ってプログラムを打ち込めば作業はほぼ終了、後は時々様子を見て追加や修正の措置をすれば人類は戦争したり、新種のウィルスを作り出したり、環境破壊をしたりして勝手に滅亡してくれる。

 楽なものだ。俺はとりあえずプログラムに「MINAGOROSHI」と打ち込んだ。



 一週間後プログラムの進行を見るためにモニタールームに行った。同僚の魔物1号や2号が一緒に点検してくれる。

 モニタールームで人類の様子を見る。2号がつぶやく。

「とくに変わったところは見えないが…」

「そんなことはない。俺はきちんとプログラムしたぞ」


 2号も頷いてくれた。

「うむ、3号が頑張っていたことは間違いない。こいつは褒められると伸びる子だ。1号、まずは褒めてやれ」

「結果がすべてだ。こいつは大概ミスをして結果的に面白くなって、それで魔王様に気に入られて何とか側近になっているが、今回はまるで変化がないではないか」

「うむ、確かに変化がない」


 俺はモニターを操作する。

「そんなことはないはずだ。そうだ、褒めて伸ばすと言えば…まず学校の様子を見よう。学校は社会の礎だ。ここが壊滅的な状態になっていれば人類滅亡は間近だ」

「全然そんな気はしないが、まあよかろう。では小学校の教室にピントを合わせろ」


 俺は首を傾げる。

「あれ、おしゃべりだらけだが、先生はちっとも慌ててないぞ。通常運転だ」

 1号もモニターをのぞき込む。

「本当だ。こっちの教室も、こっちも。私語や離席は多いが、特に授業が止まっている気配はない」


 2号が俺たちを見て言う。

「二人とも知らないのか、日本の学校はガッキューホーカイといってすでに滅亡寸前なのだ。今さら誰も慌てたりしない」


 1号が憮然とする。

「つまりこれは普段の光景と言うことか。でも人間の子供は可愛いな」


 俺は気を取り直して、次の画面を映し出す。

「こっちならどうだ。子供が駄目なら老人だ。社会の規範になるべき老人が退廃していたら、それは社会の混乱を示すに違いない」


 画面には病院の待合室が映し出された。待合室は老人達で一杯だ。

 俺はしてやったりと画面を指さした。

「見ろ、2号。病気もしていないのにおしゃべりな老人だらけだ。これは酷いだろう」


 2号は気の毒そうに俺を見た。

「1号、申し訳ないが俺は知っている。日本の病院の待合室は常に老人達の世間話、多くは自分の体の不調についてと家族への不満で満たされている。これもいつも通りだ」

「なんと言うことだ。でもある意味、元気な年寄り達だな」

「ああ、年寄りが元気で活発なのはいいことだな。それが病院というのはアレだが」


 1号が怒鳴る。

「和んでる場合か!お前ら人間好きすぎるだろうが」


 俺は慌てて首をふる。

「とんでもない。滅亡させるために全力投球中だ。見てくれ。国政の最高決定機関、国会議事堂だ。ここでやつらの退廃が見られれば、これはもう滅亡間近だろう」


 2号がまた何か言いたそうな表情なのを無視して、俺はモニターを国会中継に切り替える。

「ほら、見てくれ。…あれ、普通だな」


 1号もモニターをのぞき込む。

「うむ。普通だ。堕落しているとかふざけているような感じはないぞ」


 2号がハアとため息をついて口を挟む。

「二人ともよく聞くのだ、この遣り取りを」

 俺と1号が耳を澄ます。国会議員が質問と答弁をしている。



 『この問題について大臣はどう考えられるのですか。しっかりお答えください!』

 『えー、この問題につきましてですはね、各方面と慎重に検討しまして、えー、しかるべき時期に、しかるべき措置をとりたい、とそのように考えております。』

 『ではこの責任はどうするんですか。』 

 『えー、前向きに検討させていただきまして、えー、しかるべく善処いたします…なんちゃって。』



 1号が愕然とする。

「なるほど、ひどいな。よく聞かないと勘違いするが、完全に茶番だ。というよりただの無駄だ」


 2号は頷いて補足する。

「だろう。基本ここでは無駄な話しかされない。その他の議員は居眠りするかスマホ見てるから、つまりこの場全体が無駄なんだ。いつもの通りなんだよ」


 1号が唸った。

「なるほど。要するに、ここは見ても無駄な場所だったのだな」


 俺は焦って1号と2号に訴える。

「いや、そんな馬鹿な。ほら、これはどうだ。この国のトップが隣の国のミサイル発射を非難している」


 モニターには『ソーリ』と呼ばれる男が映し出される。

 『えー、このような暴挙は断じて容認できません。しかるべきルートで抗議をいたします。』


 俺は胸を張った。

「ほら、国の危機だというのに、こんな意味のないことを言ってる。これは俺のプログラムにしたがって人類が堕落しかかっているということだろう」


 またも2号が否定する。

「3号、気の毒だが、これもいつも通りだ。基本この国の『ソーリ』はこういう無駄話を生業とするのだ。これを『ガイコー』といって、必ず破る、あるいは破られるのが前提の約束をするのだ」


 1号が深く納得した。

 俺はあきらめきれずTVの画面に切り替える。

「ほら、この番組はどうでもいい話だらけだ。世も末だろう」


 2号がまた首を振った。

「3号、あきらめろ。日本のTV番組は意味のない感動話と悪ふざけと能のない芸能でできている。出演するタレントは無駄話がうまいという理由でブッキングされるのだ」


 俺は嘆く。

「何て堕落してるんだ!」

「でも、面白いな」

「うん。見てると自分もダラダラしたくなる麻薬のような魅力がある」


 1号が怒鳴った。

「そこまでだ!何だ、お前達よりもこいつらの方が魔族のようじゃないか」


 俺はハッとして、頭を振り今度はネットにつなごうとした。しかし2号がその手を遮る。

「3号、ネットはもっと無駄だ。99%無駄な情報であふれている」(*2号個人の感想です)

「でもこの『小説家になったら』はいいサイトだぞ」

「何かに気を遣っているようだが、これが一番無駄だ」(*あくまで2号個人の感想です)

 1号が俺と2号の遣り取りを眺めていて、地上観察モニターのスイッチを切った。



「うむ。この地上の様子は3号のプログラムとは関係ないな。いつもの通りだ。すると…3号、お前のプログラム動いていてもいなくても、そんなに影響なかったということじゃないのか」

「そんな馬鹿な。俺は何かミスをしただろうか」


 1号がプログラム画面の最初を指さした。

「これだ。お前は根底から間違っていたのだ」


 俺がその画面をのぞき込む。

「あっ、『MINAGOROSHI』のつもりが間違って『MUDABANASHI』になっている」


 2号が呆れる。

「間違いにもほどがある。全然間違っている。お前は『無駄話』と入力してしまったんだ」

「ほとんど無駄なことばかりしているやつらに、さらに無駄を付け加えたわけか」

「無駄の二乗だな。ムダムダだ。ムダムダ、ダムダム」


 3人で大笑いする。ひとしきり笑った後、突然1号が怒鳴る。

「笑ってる場合かい!」


 俺は慌てて姿勢を正した。

「申し訳ない。今度は間違えないから許してくれ」

「ホント、しっかりやれよな。お前のミスは俺たちの勤務評定にも関わるんだから」


 1号の叱責にしょんぼりする俺を2号が慰める。

「大丈夫だ。お前はやれば出来る子だ。きっと次も面白いミスをしてくれる…いや魔王様の期待に応えてくれると俺は信じてるよ」

「何だか引っかかるが、信じてくれ。今度こそ大丈夫だ」







「おい、3号。どうだ、『みなごろし計画』は進んだか」

 1号の問いかけに魔物会館休養室でライトノベルを読んでいた俺はハンモックから転げ落ちそうになる。

「おどかすなよ。もちろん進んでる。あの後すぐに打ち込み直したから、今頃だいぶ滅んでるんじゃないか。ちょうど今見に行こうと思っていたところだ」


 2号がニヤニヤして言う。

「嘘を言うな。お前は今ライトノベル『落ちこぼれ魔物の俺が転生して魔王をあっさり倒した件』を読んでいたじゃないか」

「タイトルを大声で言うな。外聞が悪いだろう」


 1号が苦笑する。

「そんな本を読んでいるのか。魔王様が苦労されるわけだ。ちょっと見せてみろ」

「取り上げたりしないか。まだ読みかけでちょうど下っ端の魔物が意地悪な魔王に復讐して『ざまぁ』とか言ってる場面なんだ」

「魔界も末だな。しょうもないにもほどがある。すぐ返すから、ほれ、見せろ」

「わかった。じゃあ、点検が終わったら必ず返してくれよ」


 1号は俺の文庫本をふところに入れて頷く。

「ではモニタールームに行こう。人類がどのくらい悲惨なことになっているか楽しみだ」



「あれ?」

 様子が変だ。モニターに映る人々がみんな幸せそうで、とてもではないが滅亡が進行しているようには見えない。

「どういうことだ、3号。このほのぼのした画面は何なのだ」


 モニターに映る街角の男性は犬を抱えて幸せそうだ。画面を切り替えると公園にいる人々が赤ん坊連れの女性を囲んでニコニコしている。

「あれれ、平和そのものだな」


 次の画面ではアイドルのコンサートでファンが嬉しそうな場面、次はカフェで猫耳の女の子に内気そうな男性達、やつらの種族では『オオキナオトモダチ』がメロメロになっている場面…誰も彼もが幸福そうだ。



「おい、また間違っている。今度は『MINAIYASHI』になっている」

 2号が大笑いして俺の肩を叩く。

「今度は『皆癒やし』か。本当にお前は言語能力が人間並みだな」

「何を。言うに事欠いて人間並みとか、侮辱だ」


 1号は呆れて俺を見る。

「人間だってこんな打ち間違いはしない。お前、わざとやっていないか」

「そんなわけないじゃないか。信じてくれ、俺は真剣なんだ」


 2号も同意してくれる。

「確かにそうだ。それに前回の『無駄話』よりは皆殺しに近づいた。いや、これは文字の綴りが、という意味だが。1号、前も言ったように、こいつは褒められて伸びる子だ。もっと成功体験を積ませてやれ」

「もう二千三百歳の魔物を褒めて伸ばすとか、意味不明だが…」



 落ち込む俺を2号が慰める。

「そうガッカリするな。逆に言えば、こんな人類は何もしなくても2万年以内には絶滅するだろう。魔王様の歳の半分だ。魔王様のことだ。この指令のこともそろそろ忘れてる頃かもしれない」


 1号は苦笑いをした。

「まさか忘れてはいないだろう。だが、お前は皆殺しを命じられて一度目はまったく変化なし、二度目はあろうことか人類を少しだけ幸せにするという大失態だ。気にしすぎてはいけないが、次はミスがないようにしろ。お前は出来る子なんだから頑張れ」


 この魔族の職場は意外とホワイトなのだ。だが、それでもミスばかりしているわけにはいかない。もっと笑わせなくては、などという気配りはいらないのだ。

 決意を固めていると2号が俺の肩を叩く。

「気にするな。面白いものを見せてもらった。人が幸せそうな顔は俺たちも癒やされるしな」


 今度は俺が呆れた。

「お前は魔物に向いてないんではないか」

「人間大好きなお前ほどではない」


 俺は鼻の穴を膨らませて宣言する。 

「今度こそ、絶対に大丈夫だ。すぐに再プログラムする」

「うん。頑張ってね」


 何故か二人が含み笑いをしながら俺に言い、自分の仕事場へと去って行った。

 俺は1号に文庫本を返して貰ってないことに気がついたが、先にプログラムに取りかかった。







「2号、何事だ」

「1号、何だか地上の様子がおかしい」

「どういうことだ」

「こっちに来い。ここの穴は地上と直接つながっている」

「…おい、何だ、この匂いは」

「1号、お前は何だと思う。いい香りだろう」

「うむ。甘塩っぱい、何ともいい難い香りだ。食欲が湧くな」


 2号はニヤリと笑って、1号のいる魔界センターの事務室を指さした。

「うむ、俺もその線が有力だと思う。行ってみよう」





 俺がセンターの事務室でほんの少しだけくつろいでいると、1号と2号がいきなりやってきた。俺は読みかけのライトノベル『俺が一流魔族になれないのは明らかにお前らが悪い』を閉じてハンモックから降りた。

「どうした、いきなり」


 1号がふところから以前俺から取り上げた『落ちこぼれ魔物の俺が転生して魔王をあっさり倒した件』を出して返してくれる。

「面白かったぞ。特に駄目魔族がいつもドジなミスを繰り返して、上司に叱られるところがな」

「いやなところが好きなんだな。ミスのない俺には共感できない場面だ」


 2号が笑いながらモニターの側に座った。

「でだな、地上の人類の方から何か匂うのだが」

「どういうことだ。匂うとは」


 俺が訝しげな顔をすると、1号は難しい顔で、しかしどう見ても目は笑いながら言う。

「甘くてしょっぱくて、…そうだな、ショーユというのを知っているか?」


 俺は頷いた。

「うん、知っているぞ。人類のニホンジンがよく使う調味料だ。俺も嫌いではない」


 2号もウンウンと頷いて付け加える。

「それに砂糖を少し加え、さらに香ばしさを足した、そんないい匂いが地上からする」

「?」


 俺は訳がわからず、二人を見つめる。その間に2号はパソコンを開いて俺のプログラムをのぞき込んで、もう一度大きく頷き、1号を呼んだ。


「ほら見てみろ。1号、3号」


 2号がプログラムの先頭を見て笑い転げ、1号も笑いながら俺に言う。

「これはどうしよう。地上はどうなってるんだろう。見てみたいような、見たくもないような」



 俺もプログラムをのぞき込む。…やっちまった。また間違えた。

 パソコン画面に『人類MITARASHI計画』の文字が見えた。



 

歳を取るとキーの打ち間違いが多くなります。わkりおrますとよね。

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