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親分は王子様(3)

 王宮の晩餐室で起きた傷害未遂事件。厨房で聴取を受けている若い娘は、被害者の中年女が部屋に入った途端に椅子を立ち、彼女から距離を取ろうと後退した。



「もうやめて、来ないで……」



 娘は、かすかに聞き取れるくらいの声で懇願する。


 ロッテという娘の態度は明らかにおかしい。自分が刺そうとした相手に怯えており、まるで被害者のようにも見えた。



「ロッテさん」



 私は娘の前まで進み、彼女の瞳をじっと見つめた。



「もしかして、事件が起きる前に何かありましたか?

肉料理用のナイフで切り付けようとするなんて、普通の精神状態では考えられません。正気を失うような、何か強いショックを受けたんじゃありませんか?」



 彼女はハッとした表情でこちらを見返した。まだ幼さを残した目から、大粒の涙がこぼれ出す。



「私が悪いんです。食器を並べる順番を間違えたのは、私なんですから。

でも……」



 ロッテは震えた声で言葉を続ける。



「マリーさんから、『お前は邪魔なんだよ、今すぐ出て行け』って言われて。

今までも必要ないとか、早く辞めちまえとか何度も言われてきてて。認めてもらえるように頑張ろうって思ってたんだけど、もう限界で……

頭の中が真っ白になって、気がついたらナイフを握っていたんです」



 やっぱりパワハラか、私は納得した。

 こんな事をする程追い詰められていたのだ。よっぽど執拗にいびられてきたのだろう。


 しかし侍従長は今いちピンときていないようである。私を横にどけて、娘にこう言った。



「行き過ぎた指導もあったかもしれんが、お前の受け取り方に問題があったんだ。

テーブルナイフで人は殺せないが、刃物には違いない。然るべき処罰を受けてもらう」


「待ってください。どんな仕打ちを受けたのか、もう少し詳しく聞かないと、どちらが悪いのか判断できません」


「横から口を出して、さっきから一体どういうつもりだ。黙って大人しくしていなさい」



 引き下がるしかないのかと、諦めようとしたその時、部屋の外から聞き慣れた声が飛び込んできた。



「ちょーっと待ったぁ!」



 リヒト王子が来てくれた。私は少しだけ安心する。



「アン、遅くなって悪かった。学院からまっすぐ戻ってきたが、思ったより道が混んでたんだよ」



 制服姿の王子はピリピリした部屋の雰囲気に似つかわしくない笑顔をこちらに向けて、ずんずんと近寄ってきた。



「カイルから事情は聞いている。

こちらのお嬢さんが、お局様にいじめられて刃物を持ち出したんだってね」


「まぁ、大体そんな所です」


「あんた、さっきから黙って聞いていればお局だのイジメだのと好き勝手抜かして。一体どこに証拠があるんだい?」


「証拠、と言えるかどうかはわかりませんが……」



 お局もイジメも言ったのは王子だよ! と私が抗議するよりも先に、ロッテが口を開いた。



「今までマリーさんから言われたこと、全部日記につけてあります。

注意していただいた事をちゃんと直せるようにって、お城に仕えるようになってから今まで、全部記録しています」



 確か、パワハラ訴訟では被害者の手記も立派な証拠として扱ってもらえたはずだ。


 私は期待を込めて侍従長の方を見たが、この分からずやの中年親父は相変わらず渋い顔をしている。



「でも、ロッテの言い分だけ聞いても意味がないんじゃないのか? もっと客観的な証拠がないと、信用できんよ」


「そうよ、口ではなんとでも嘘をつけるわ」



 マリーも侍従長に同調する。


 王子は満面の笑み、いやドヤ顔と言ってもいいくらいの表情で、不満そうな顔の二人に告げた。



「そう言うと思って、ここへくる途中で宮廷魔術師を呼んできたよ。

真実を水晶に映し出せば、何が起きたのか誰の目にも明らかになるだろう」



 王子の手招きで入ってきた魔術師の老人は、無言で大きな水晶玉を料理机の上に乗せてよくわからない呪文を唱え始める。


 玉の中には、晩餐室にいるロッテとマリーの姿が浮かび上がってきた。



 グラスやカトラリーを並べているロッテに向かって、意地悪な顔をしたマリーが近づいてくる。注意を受けて、ロッテが慌ててカトラリーの位置を直すが、お局はその場を離れずに際限なく小言を続ける。

 声が小さくて聞き取りづらいが、直接仕事に関係しない人格否定のような発言も出ている。


 熱心に水晶玉を覗き込む侍従長をはじめ、周りの大人たちも、あまりのひどさに言葉を失っているようだ。


 これはアウトだろう……そんな空気が漂い始めたその時、マリーが大声で叫んだ。



「私じゃない! この子が、ロッテが悪いんです!

最初は私だって優しく教えていたんですよ。でも何度言ってもおんなじ間違いを繰り返すから、つい感情的に叱ってしまったんです」


「この人、私にも同じ事をしました」



 部屋の隅で事の成り行きを見守っていた野次馬の一人が、前に出る。



「私が入ってすぐの時にも、このオバさんがネチネチいじめてきたんです。

言葉だけじゃありません。叩かれた事もあります。

後に入ってきた子の中にも、いじめられた人は大勢いるはずです。何度も見た事がありますから」


「私も見ました!」


「マリーはイジメの常習犯なんですよ」



 他の若手の召使いたちも口々に被害を告白する。



「事件が起きた原因は分かったね。他の人がいじめられている所も水晶で見せることはできるだろうが、もう必要ないだろう。

侍従長、マリーの処分は頼んだよ。あとロッテの事もよろしく」



 マリーとロッテを連れて部屋を出ようとした侍従長を呼び止め、王子がロッテと自分とアンの3人だけで話がしたいと言う。20人ほどが詰めかけていた狭い厨房から、わらわらと人が出て行く。


 まだ料理途中のコックに向かって、王子は「すぐに終わるから」と申し訳なさそうに手を合わせた。

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