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親分は王子様(2)

 王宮での勤務初日。


 王子と私を同時に護衛しているカイルが、ヒマなのかテレパシーを使って話しかけてくる。彼は普段は王子の側にいて、私の身に何かあれば駆けつけてくれるらしい。



「アンジェラ様って魔法が使えないんですね。

僕の力を貸すので、これからは魔法道具(アイテム)を使う程度ならできるようになりますよ」


「本当? やった、助かるー!!」


「ほ〜ら、僕に護衛してもらってよかったでしょ?」



 ありがたいけれど、一言余計である。


 私は姿が見えないカイルを薄気味悪く思いつつも、仕事に支障がない程度に相手をしてやった。

 そして先輩の侍女から指示されるがままに仕事をこなしているうちに、日が暮れてきた。



 侍女の仕事は不特定多数に向けた接客スキルを要求されない分、居酒屋より自分に向いている気がした。


 先輩の教え方が丁寧で上手なのも、ストレスが少ない理由の一つだろう。注意事項が膨大にあるので忘れないようにメモを取ったのだが、その間は説明を止めてメモが終わるまで待ってくれている。



「アンジェラさん、新しい仕事はどう?」



 ニナさんという教育担当の先輩が、にっこりと微笑みかけてきた。



「たくさん覚えることがあって大変ですが、新鮮で楽しいです。

でもメモの度にお待たせしてすみません」



 マンガやゲームでしか見たことのなかった西洋風のお城は、初めて見る物ばかりで感動の連続である。

 こんな所で暮らしてみたかったんだよなぁ……と、使用人に過ぎないのに夢を叶えた気になってしまう。



「確かにあなたは、要領が良い方じゃないようね。でも、慣れてくればきっと大丈夫よ」



 やっぱり評価は良くないのかぁ……。


 明日から頑張ればいいや、と気持ちを切り替えようとした私に、先輩は全然別の話題を投げかけてきた。



「アンジェラさんって、リヒト王子のリクエストで侍女になったのよね? 一体どこで見初められたのかしら?」



 私は驚きと恐怖のあまり飛び跳ねてしまいそうになった。


 ニナさんの目つきがさっきまでと全然違う。獲物を狙う猛禽類の眼だ。



「ああぁあの……父親が王子の飲み友達で、私が仕事を探してるって話をしたら、ここを紹介してくれたんです。王子ってば親切ですよね〜」



 一昨日の居酒屋で王子の存在がバレた時に、それまで飲んでいた人たちは案外普通そうにしていた。

 きっと、飲み友達の一人や二人いてもおかしくないだろう。我ながら上手い嘘がつけた。



「ふぅーん、そうなの」



 少し訝しがっている様子ではあるが、何とか誤魔化せたようだ。



「今までこんな事なかったから、昨日は王宮中大騒ぎだったのよ。

王子が一目惚れしたとか側室候補だとか、みんな好き勝手噂してるけど、お父様のコネだったのね。ホッとしたわ」



 そう言いつつも、全然安心したような表情ではない。

 彼女は一歩詰め寄り、ドスを効かせた声でこう囁きかけた。



「あのね、リヒト王子は私たち国民の永遠のアイドルなの。もしも王子を狙ってるなら、私も他の子たちも容赦しないから。

……じゃあ、今日のお仕事はこれでお終いね。ゆっくり休んで明日も頑張って」



 秒で笑顔に戻り、くるりと後ろを向いて手をひらひらさせ去っていく先輩にお礼を言いながら、私は背中に寒気を覚えた。



 女の世界こえー!! 私は恐怖に身悶えした。

 失恋男に八つ当たりで斬りつけられそうになった時以上の恐怖である。


 城内トラブルの解決を命じられているが、下手したら私がトラブルの原因、いや被害者になりかねない。

 定期的に報告しようと思っていたが、こちらから王子に接触を計るのはやめておこう。危険すぎる。



 こうなると、ストーカーのように感じていたカイルの視線もありがたいものに思えてくる。「フフン」とヤツの嬉しそうな声が聞こえてきてイラッとするが、今は仕方がない。



◇◆



 掃除を終えた階段を離れ、廊下を渡って賄いを食べようと厨房に足を踏み入れたその時、事件は起きた。

 ガシャーンという音とともに、中年女性の叫び声が響きわたる。どうも隣の晩餐室から聞こえてきたようだ。



 コックや他の使用人と一緒に駆けつけると、声の主と思われる女が部屋の中心で震えながら立ち尽くしていた。

 その向かいには14歳くらいの若い娘が真っ青な顔をして立っていた。ナイフを握りしめ、刃を中年女に突きつけている。



「ちょっと、落ち着いてください……」



 かろうじて声は出るが、体はすくんで動けない。他の人も同じようで、皆で彼女にナイフを下ろすよう説得している。


 固まってしまっている私たちの横をすり抜けて、どこからともなく出現したカイルが娘の腕を掴み、素早くナイフをはたき落とした。

 娘は脱力したようで、へなへなとその場に座り込んでしまった。


 後からやってきた侍従長が、ナイフを持っていた方の娘を立ち上がらせて厨房へ連れて行く。突きつけられていた方の女が急いでその場を離れようとしたので、私は慌てて呼び止めた。



「事件が起きた時の状況を聞きたいので、一緒に来ていただけないでしょうか」


「アンタ、今日入った新人だね。何様のつもりだい?」



 ヒステリックに叫ぶ中年女の行く手に、カイルが立ち塞がった。



「この方は、リヒト王子の特命で王宮入りされたのです。間もなく王子も来られるはずですから、ご同行願います」



 厨房では、ナイフを突きつけていた娘が椅子に座らされ、侍従長の聴取を受けていた。



「ロッテ、真面目で勤務態度も良かったお前が何故あんな事をしたんだ」



 娘は「申し訳ございません」と繰り返すだけで、一向に理由を話そうとしない。

 しかし、中年女がカイルに連れられて部屋の中に入った途端に娘はビクッと震えて椅子を立ち、女から距離を取ろうと後退した。


 ナイフを握り、攻撃しようとしていたのはこの少女のはずなのに……。私は、はっきりとした違和感を覚えた。

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