親分は王子様(1)
王宮に来て2日目。記念すべき初出勤の日である。
私は『決闘の防止』と『住民の要望調査』という特命を帯びて、王子から直々にスカウトされた身である。しかし、表向きはただの王子付きの侍女だ。
いつ取り掛かればいいのか王子に聞いたところ、
「周りの人に君の存在と能力を認めてもらうためにも、最初は城内のトラブルを解決しようか」とウインクされた。
そのため、他の侍女たちと一緒に王子の着替えやら食事の準備やらを手伝いながら、トラブルが発生するのを待っているのである。
とは言えトラブルなんてそう簡単に起きるのか、少々疑問でもある。ただのお城の召使いとして一生を終える可能性も、ワンチャンありそうだ。
そんな期待(?)に胸を膨らませつつ、とんでもない大問題が発生したらどうしよう……という不安もあり、なんだか落ち着かない。
しかしソワソワしている理由はそれだけではなかった。今朝から、いや昨日の夜に王子に会ってからずっと、誰かに見られている気がしてならないのだ。
「ご安心ください。姫が襲われないよう、全力で僕がお守りします!」
頭の中で響いた声を、気のせいだと必死に無視しようとするが、一向に止んでくれない。
「姫、ひどいですよ! 聞こえてるなら返事をしてください〜」
「お願いだから姫はやめて!」
キモいんだよ、この変態ストーカー!!
そう罵倒しなかった私は本当に寛大だと思う。
◇◆
この声の主について説明するには、昨晩の酒場まで遡る必要がある。
任務を引き受けると約束した後、私はこれからの仕事について王子と軽く打ち合わせをした。その途中で、私は確認しておかなければいけない事に気がついた。
「……それでは、近隣トラブルが起きたらその都度、私が現場に駆けつける。そして、当事者の話を聞いていくって流れでいいでしょうか」
「そうだな」
「この前みたいに相手が逆上して襲いかかってきたら、どうやって身を守ればいいのでしょう」
こちらが何を言っても説得できずに却って怒り出す人というものは、一定数いるものだ。だからと言って王子に毎回同行してもらうのは到底不可能だろう。
「心配いらないさ。おい、カイル!」
「はい、リヒト様!」
誰もいないはずの背後から元気の良い声が聞こえてきたため、私は驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまった。
おそるおそる振り返り上を見ると、椅子の後ろに黒装束に身を包んだ華奢な男性が立っていた。
マントを纏っており、その中は革の鎧を着込んで腰に片手剣を下げている。暗い紫色の瞳をしており、日本人のようにも見える顔立ちだ。
あっ、こいつ知ってる。
私は椅子に戻りながらゲームの記憶を呼び起こす。王子専属の護衛をしている暗黒騎士で、攻略対象なんだけど無愛想でかなり手こずった相手である。
「苦手な奴に守ってもらうのは嫌だなぁ〜」とワガママな文句を心の中で垂れている私に向かって、王子は予想通りのセリフを言った。
「怖がらなくていい、俺の護衛のカイルだ。こう見えてもかなり強いから、大抵の相手はコイツ一人で何とかなるはずだ。
カイル、今日からこのお嬢さんも守ってやってくれ。お前なら二人同時も余裕だろ」
「仰せの通りに。リヒト様とお嬢様の両方を完璧に守ってみせますとも!」
なんだか自慢げである。やたらテンションが高いし、犬みたいな奴だ。
ゲームでのクールキャラは一体どこへ行ったのか。
それに、護衛を命じられた瞬間に、カイルが謎のガッツポーズを決めたのを私は見逃さなかった。あの時からイヤな予感がしていたのだが、どうやら私はヤツに気に入られてしまったらしい。
「これから長い付き合いになるんですから、仲良くしましょうよ〜」
うるさい。勤務初日は覚える事が山のようにあるんだから、邪魔すんな!
私の気持ちを無視して、カイルの声は午前中ずっと頭の中で鳴りっぱなしだった。こいつ、相当暇なんだろうか。
「ねぇねぇ、休憩中くらい、ちょっとはお喋りましょうよ〜キョウコ様〜」
「キョウコもダメ!」
誰だカイルに私の本名教えたヤツ! って、もちろん自分しかいないが。
アイツがいる場所で前世の話をするんじゃなかった。
昨日の打ち合わせが終わった後。帰ろうとする王子を引き留めて、私は自分から前世についてカミングアウトしたのだった。
かつて他の世界の役所で働いていて、今後はその時の記憶と経験を頼りに仕事を進めていくつもりだということ。秘密にしようと思えばできただろうが、リヒト王子には知っておいて欲しかったのだ。
彼との話を通じて、自分の国と国民に対する真っ直ぐな愛情を感じた私は、この人には自分の全てをさらけ出しても大丈夫と直感した。
私はどうやら前世の記憶と引き換えにこの世界での記憶を失ってしまったらしいので、その辺りのサポートをお願いしておきたかったのもある。
その時ついでに、私の前世の名前を王子に教えたのだが、後ろで聞いていたカイルを退散させておけばよかったと今になって悔やんでいる。
ちなみに私の前世での本名は『佐藤杏子』という。
苗字が『さとう』だからか小学生の頃から『あんこ』と呼ばれてきたので、あだ名をもじった『アンジェラ』をゲームの主人公の名前に付けるのが自分の中で定番になっていた。
結構気に入っていたが、来世の名前に採用されるなら話は別だ。もっと真剣に考えて名前を付ければよかった。
王子は名前の由来を聞くなり爆笑した。
「お菓子が元とは面白い! 俺も『アンコ』と呼ぼう」と本名をガン無視し「アンコ! 今日から俺はお前の親分だあっ」と一人で変なテンションで盛り上がりだした。
私はコメントもできず、隣でひきつった笑みを浮かべるしかなかった。
昨晩はそんなに飲んでいた様子はないのだが、王子って意外と酒に弱いのだろうか。王宮の窓を拭きながら、私はそんな事を思った。