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未来への道標(2)

 職場に復帰したのは、王城に帰って1週間が経ってからだった。


 最初の3日間、私はほとんどベッドの外に出られなかった。逃げている最中は気づかなかったけれど、緊張とストレスで心身ともに限界を迎えていたようだ。


 リヒト王子の配慮により、回復後さらに4日間の休暇をもらった。「何も考えず好きな事だけしてリフレッシュしてくれ」という言葉に甘え、本を読んだり近所の散歩をして、のんびりと過ごすことにした。



 時々、果物や花などのお見舞いの品をカイルが部屋まで持ってきてくれた。面会を希望している人もいたようだが、彼に頼んでやんわりと断ってもらった。


 皆が心配してくれていることには感謝しているが、他人と会うのはまだ抵抗があったのだ。



◇◆



 職場復帰当日の朝、私は城門の入口から恐る恐る中を覗き込んだ。精霊王の一件で多大な迷惑をかけた今、本当に復帰していいのか、前と同じように一緒に働いてもらえるのか自信がない。


 王城は事件前と全く変わらず平和そのものである。その様子に少しほっとするも、中に入った頃には再び気持ちがソワソワしてくる。


 踏ん切りがつかずに相談室手前の廊下でウロウロしていると、後ろから呆れたような声が耳に飛びこんできた。



「いつまで不審者みたいなことをしてるんですか? もうすぐ始業時間ですよ」


「あ、エミール。お久しぶり――」


「キャー、アンジェラさんじゃないですか!! 寂しかったですよぉ~♡」



 相談室の中から、ハンナが歓声を上げて飛び出してきた。入口でエミールと会話していた私は、声に反応する間もなく猛烈なタックルを受ける。



「ハンナも元気そうでよかった。安心したわ」


「全然よくないですよ~。アンジェラさんがいない間、大変だったんですからね」



 身動きがとれない程ガチガチにハグをしていたハンナは、顔を離すとぷくっと頬を膨らませた。



「もう3回もエミールさんと喧嘩になっちゃったんですから。早く戻ってきてください!!」



 そう言うなり、ハンナは私の腕をがっちりと掴んで有無を言わせずに部屋の中へと引きずり込んだ。


 うわ~、遂に直接対決してしまったのか! エミールの方を見ると、ため息をつきながら両手を上げて「僕にはお手上げです」というジェスチャーをしていた。



 久しぶりに足を踏み入れた自分の職場は、意外なほどきれいに片付いていた。2週間近く不在だったにも関わらず、机の上には薄い束が3つほどあるだけだ。


 室長が急にいなくなったのだから、仕事が回らずに大混乱に陥ってもおかしくないのに。予想外の状況に驚いていると、エミールが説明してくれた。



「王子にも手伝っていただいて、できそうな仕事はこちらで処理しておきました。

机に乗っているものは、どうしてもアンジェラさんのご確認が必要なので目を通してください」



 大した事ではないと言いたげな口調だが、彼の目の下にはくっきりと隈ができている。私は2人に向かって深々と頭を下げた。



「私がいない間、エミールとハンナには迷惑をかけたね。ごめん」


「いいんですよ。無事に帰ってきてくださっただけで十分です♪」


「そうそう。仕事なんて、普段の3倍くらい働いて取り戻してくれればいいんですから」


「もう、いちいち一言多いんだから。そーゆーイヤミをいう人には……こうだぞっ」



 私は即座にエミールの背後に回り、彼の脇に手を突っ込んで高速でくすぐり始めた。エミールは意外にも結構くすぐったがりだったようで、身を(よじ)らせて大笑いした。



「あひゃひゃひゃひゃ……冗談ですって。早く離してください」


「いいですねアンジェラさん! もっとやっちゃえ♪」


「ちょっともう、勘弁してくださいよ~」



 3人で盛り上がっていると、扉が開く音とそれに続いて若い女性の声がした。聞き覚えのある可愛らしい声に顔を上げると、聖女ダニエラがこちらを見ている。


 思いがけない来客に、思わず駆け寄って手をとりしっかりと握りしめた。



「私に会いに来てくれたの? 嬉しい!! 

でもダニエラが外出するなんて……まさか、また脱走したんじゃないわよね」


「今日は正式に許可をもらって来たの。いらないって断ったのに、大量に護衛をつけられて困ったわ」



 ダニエラは苦笑しながら外を指さした。彼女の隣にはお供が1人しかついていないが、城の外にはもっと大勢が控えているみたいだ。



◇◆



 仕事の邪魔になるからと言ってすぐに帰ろうとしたダニエラを、私は慌てて引き留めた。


 応接室へと案内し、質素なハーブティーを出す。「こんなのでごめんね」と言うと、「なんで謝るの。とってもおいしいのに」と笑われた。



「そっちの近況については、リヒトから話を聞いたよ」



 私がそう言うと、ダニエラは安堵と罪悪感が混じったような、複雑な表情を浮かべた。


 神殿と王国の関係が完全に修復されるのは、まだまだ先のことになりそうだ。しかしクルトの脅しが効いたのか、最悪の事態、つまり戦争は免れたようだ。

 

 例の巨木についても、私の存在を黙認することと、建物の修理代をチャラにすることの2点と引き換えに撤去してあげたらしい。



「じゃあ……ハインツ兄さんの処分についても、もう知っているかしら?」



 言いにくそうに切り出した聖女に向かって、私は頷いた。


 神殿を巻き込んで私を殺そうとした神官ハインツは、全ての地位を剥奪されたそうだ。今は、ほぼ未開の地である東方植民地へ飛ばされて、入植者や原住民相手に布教活動をしていると聞いた。


 ダニエラは暗い面持ちのまま、視線を伏せた。



「アンジェラには、本当に申し訳ないことをしたわ。

あの人と血が繋がっている私には、ここへ来る資格もないのかもしれない。でも、どうしても直接謝りたくて……」


「そんな寂しいこと言わないでよ。

ダニエラは何も悪いことをしていないんだし……私たち、もう友だちでしょ?」


「ありがとう。アンジェラには、助けてもらってばっかりね」



 顔を上げた彼女は、目の前の霧が晴れたようにすっきりとした表情をしていた。



「ねえ、これ覚えているかしら?」



 胸のポケットから手紙のような書類を取り出したダニエラは、机の上に広げながら明るい調子で私に問いかけてきた。


 覗き込んで中身を読んでみると、覚えのある会話が書き綴られていた。神殿の隠し部屋で封印されそうになった時に、ハインツとしたやりとりだ。


 リヒトに助けを求めるために、口述筆記ペンを遠隔操作して書いたメモなのに、ダニエラが持ってたんだ。



「でもどうして、こんなに大事に保管しておいてくれたの……?」



 ――これは、私のお守りであり戒めなの。


 ダニエラは真剣な表情でそう言った。



「私が言いたかったことを、あの時アンジェラが代わりに全部言ってくれた。でもそのせいで、あなたを大変な目に遭わせてしまったわ。

兄さんと向き合ってイヤって言わなかった、その報いだと思うと悔やんでも悔やみきれないわ」



 ダニエラは再び目線を落とした。泣いてしまうんじゃないかと不安になったが、その口調は落ち着いていた。



「私ね、王立学院を卒業したら大学に行くことにしたの。

周りからは反対されたんだけど、自分の意思を押し切ることにしたら神殿長が認めてくださったのよ」


「前に話してくれた卒業後の夢だよね? 諦めちゃうんじゃないかって心配してたけど、無事に叶いそうでよかった」


「勉強して経験を積んで、神殿で私の意見を聞いてもらえるようにすることが、今の目標なの。

……大切な人を、自分の手でちゃんと守りたいから」



 今度アンジェラのことを悪く言う人が出てきたら、私がやっつけてやるんだから。


 ダニエラはそう言って、真っ直ぐに私の目を見据えてきた。その瞳に確固たる意志が込められているのが、はっきりと見てとれる。


 いつの間に、こんなにも頼もしくなったんだろう。最初に出会った頃とは別人のように成長したダニエラを、私は驚きと親愛の眼差しで見つめた。



◇◆



「こんな所にいたのか、アン。もうすぐクルトとの面談の時間だぞ」



 ノックの音の後に、リヒトが顔を覗かせた。心配して応接室まで迎えに来てくれたようだ。


 盛り上がってつい話し込んでしまったが、もう正午らしい。急いで茶器をまとめてお盆に載せると、リヒトが給湯室まで運んでくれた。


 王子に食器洗いをさせてしまうのは心苦しいが、時間がないので仕方がない。私はダニエラを城門まで見送ることにした。



「せっかく来てくれたのに、すぐに切り上げちゃってごめん。よかったらまた遊びに来て」


「元々城下町にある教会の視察も兼ねて来たから大丈夫よ。それより、おふたりとも相変わらず仲良しね。王子に嫉妬しちゃうわ」



 それって、私ともっと仲良くなりたいってことなのだろうか。この言い方は王子の方じゃないよな。


 ダニエラは同性の友人に対しての愛情表現が普通の人よりもだいぶ激しい気がする。にっこり微笑む彼女に対して、私はどう返せばいいかわからず口ごもってしまった。



 曖昧に笑った私に向かって、ダニエラは「また後で会いましょう」と笑顔で握手をしてからさっと馬車に乗り込んだ。


 私はますます混乱したが、大名行列のように大勢の護衛を引き連れて城下町へと向かう彼女を、わざわざ捕まえて問いただす勇気はなかった。

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