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異世界で転職を(2)

 私、アンジェラはピンチから救ってくれたリヒト王子の命令で王宮勤めをすることに。でも、スカウトされた理由が全く思い当たらない。


 ゲームでのあまりのチャラさに警戒心を抱きながらも、私は王子の誘いに乗って隠れ家系酒場『冒険者』へと繰り出した。



 『冒険者』に入った私は、王子の手招きに応じて隣の席に座り、ハムのような料理とビールを勧められた。



「昨日は命を助けていただき、ありがとうございました。

お礼を言うのが遅くなってしまってすみません」



 食事に手をつけずに立ち上がって深く頭を下げた私を見て、彼は一瞬驚いた様子だったがすぐに表情を崩した。



「そんなにかしこまらなくてもいいよ。

それより昨日はお手柄だったな。平和的な方法でカップルが誕生してよかった」



 王子がにんまりと微笑む。その声には皮肉の響きは込められてはいないようだった。



「慣れた様子だったけど、普段から仲裁役を引き受けているのかい?」


「仲裁というか、窓口で問い合わせや苦情を受け付ける仕事はしていましたが……」



 さすがに王子の前で不評でしたとは恥ずかしくて言えない。


 言葉に詰まった私はビールを口にした。苦手そうな顔をしたからか、飲んでいる途中でリンゴジュースを差し出される。



 王子はその後も、私のこれまでの仕事について質問を投げてきた。


 アンジェラの職歴がゼロに等しいため、転生してからの経験については答えられない。怪しまれないか不安に思いつつも、差し障りがなさそうな範囲で前世の仕事内容を答えていく。



 王子は自分の元で働く人間を、毎回こうやって面接しているのだろうか。

 目の前で熱心に私の話を聞いている王子は、ゲーム内のアホなボンボンとはまるで別人だった。


 なんせ聖女様と王立学院で出会った際の第一声が「君かわいいね、彼氏はいるの? 俺なんてどう?」である。まさに絵に描いたようなチャラ男で、ぶっちゃけプレイしていて最後まで好きになれなかった。



 一通り話を聞き終えると王子は、不審そうにじろじろと見つめる私の視線に気づかないくらい深く考え込んだ後で、一人で納得したように頷いた。



「やはり俺の目に狂いはなかったようだな。

アンジェラ、俺の計画に協力してくれ」



 王子の赤銅色の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。ドキドキして耳まで熱くなってしまったが、話の内容には全く付いていけない。



「ちょっと待ってください、計画って何ですか?

わかるように説明してくださいぃ……」



 驚きと興奮のあまり、声まで震えてしまった。



「俺はあと一年で学院を卒業して成人となるが、王の仕事の補佐を始めたらまず最初にこの国の住民サービスを向上させたいと考えている。

君には、差し当たり二つの任務を命じたい。一つは近所トラブルによる刃傷沙汰(にんじょうざた)の防止、二つ目は住民の要望に関するリサーチだ。

引き受けてもらえるかい?」



 住民サービス。


 まさか乙女ゲームの世界でこんな単語を聞く事になろうとは。

 そんな事より問題は後半部分である。私は思わず立ち上がって早口でまくし立てた。



「私にはそんな大役は無理です! 王子だって、昨日の騒動を見たでしょう?

私なんかが間に入っても、トラブルを大きくするだけで解決なんか絶対ムリですぅ!」



 王子はくっくっくと愉快そうに笑った。



「争い事を放っておけない面倒見のよさと、声を上げる勇気があれば大丈夫だよ」



 この人、どこまで真剣なんだろう。



「真面目な話、昨日だってもっと上手くやる方法はあったって反省してるんです。

公衆の面前なんかで告白させずに、別の日に当事者だけで静かにやればフラれた方だって逆上せずに済んだでしょう。私には仲裁役なんて向いてないんですよ」



 王子はふっと表情をこわばらせた。



「176件。決闘によるこの国の去年の死傷者数だ。ちなみに軽傷は含んでいない。全て恋愛沙汰が原因という訳ではないが、ほとんどが昨日の件と同じようなレベルのしょうもない争いだ。

いくら回復魔法があると言っても万能ではないんだ。後遺症が残ったり、蘇生に失敗することもざらにある」



 王族らしい威厳に満ちた雰囲気が急に出てきて、心なしか場の空気感もピリピリとしてきた気がする。彼は私に語りかけるようにこう続けた。



「これだけの国民が、無駄なイザコザで怪我をしたり命を落としたりしているんだ。

悲しいとは思わないか」



 王子の迫力と発言内容の正しさに負けて、私は首を縦に振るほかなかった。



「でも、他に適任の人材がいるはず……」



 不安の色を隠せない私を前に、王子は軽くため息をつく。



「俺の言葉だけじゃ信用できないか。じゃあ、これならわかってもらえるか?」



 王子が酒場の親父に軽く合図すると、奥から昨日の女の人が出てきた。



「あなたは、確かルイーゼさん」


「昨日は本当にありがとうございました。告白してくれた人たちは、二人とも大切な幼なじみなんです。どちらかが怪我でもしたらと思うとゾッとします。

あなたは私たちにとって、命の恩人です。心から感謝しています」



 丁寧にお辞儀をする彼女を見ていて、不覚にも目頭が熱くなる。

 前世に役場で仕事をしていて、おばあさんから心のこもった感謝の言葉を頂いたことを思い出した。あの時みたいに一生懸命対応したら、この世界でも良い結果に繋がるのだろうか。



「……上手くいくかわかりませんが、できる限り頑張ってみます」



 王子の方へ向き直った私に、顔いっぱいの笑みをたたえて王子が手を伸ばす。



「協力してもらえて嬉しいよ。これからよろしく」



 ためらいながら差し出した私の手が、ぐっと握り返された。



「王子とアンジェラ様が力を合わせれば、きっと今以上に素晴らしい国になりますわ。微力ですが、私も精一杯応援します」



 ルイーゼさんの微笑みにつられて、緊張していた私の気持ちもほぐれて笑顔になる。酒場は優しく暖かい雰囲気に包まれた。


 こうして私は、日本の市役所からローゼンベルク王国の王宮へと華麗に転職(クラスチェンジ)を果たしたのであった。

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