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きみが好きだから(3)

 1階の廊下は、中央の隠し部屋を囲むような形で伸びている。私たちは、時計回りで正面玄関に向かって進んでいくことにした。根っこに襲われているのだろうか。どこの部屋からも「ギャー」だの「ヒエー」だのといった情けない叫び声が上がっている。


 混乱に乗じて脱出しようと廊下を走っていると、半分ほど行ったところで柱の陰から兵士が3人飛び出してきた。リヒト王子が反応するよりも先に相手が剣を振りかざすが、次の瞬間には動きを止める。兵士たちの後ろには小刀が何本も突き刺さっており、影が地面に縫い留められていた。



「よかった間に合って。リヒト様ってば、調子に乗って油断しちゃダメじゃないですか~」


「悪かったな! カイルこそ、もう少し早く来てくれよ」



 ふくれっ面のリヒトの頬を、カイルが指でツンツンと押してからかう。これでメンバーは全員揃った。



「まぁ作戦は成功したようだし、結果オーライだけどな」



 影縫いされたまま根っこに巻き付かれている兵士たちを指さして、王子が軽快に笑う。カイルも一緒になって私に笑いかけたが、その顔は特別な任務を遂行した工作員というより、むしろ悪戯が成功した子どものようであった。



「クルト様から頂戴した霊木の苗を、例の隠し部屋に植えてきたんです。偽物のバラ園を、緑豊かな本物の植物園にしてやりましたよ。

上の方の階は今頃、枝が伸びて大変なことになっているはずです」



 尋常でない大きさに育った巨木は、今も生長を止めていないようだ。隠し部屋と廊下を隔てる壁はギシギシと窮屈そうな音を立てている。ダニエラは大丈夫なのだろうかと心配すると、「戦闘員以外は襲わねーよ」とクルトから反論された。


 カイルはその他にも、人を眠らせたり粘液をまき散らしたりする花の種を蒔いて回っていたようだ。彼は種を差し出そうとしたが、王子と私が手を繋いでいることに気づくと、自分の手を引っ込めた。



「これではアンジェラ様に種蒔きのお手伝いは頼めませんね。おふたりとも、少し見ない間に随分と大胆になりましたね~。」


「神殿から出るまでは不安だからな。何があっても離れないように、ずっと触れていたいんだよ」


 

 クルトが見ている恥ずかしさもあり、地上に出てからは自分の足で走っていたのだが、どうやら正解だったようだ。お姫様抱っこされている所を見られたら、何を言われるかわかったものじゃない。


 そうは思いつつも、私はリヒトの温かい手を離そうとしなかった。王子も照れていたが、握りしめる力はむしろ強くなっているような気がした。



◇◆



 長い廊下を抜けて玄関ホールが見えてきたところで、先頭を走っていたカイルが足を止めた。木の根が届かない2階ホールから見下ろす形で、弓兵がズラッと並んで私たちを待ち構えていたのだ。

 その真ん中にはハインツが当然のように仁王立ちしている。


 私たちはホール手前で立ち止まり、小声で作戦会議を始めた。



「あのヤロー、一体どうやって地上に出てこれたんだ。カイル、他に脱出ルートはないのか?」


「ここへ来る途中で建物の構造を調べましたが、出口は1箇所だけでした。その方が攻め込まれにくいし、侵入者への対応も容易ですからね」



 私だけでも魔法で逃げられないのかと王子が聞くと、カイルは静かに首を横に振った。前に神殿から逃亡した時には気絶していたから可能だったが、意識のある人間を連れて移動することはできないらしい。


 強行突破するにしても、一旦引き返して態勢を整えた方がいいだろう。そう判断して後ろを振り向くと、背後にも兵士が迫ってきていた。私たち一行は槍で脅され、両手を上げた状態でホールに出ていくこととなった。



「下手に抵抗しようと思わないことですね。少しでも妙な動きを見せれば、すぐに矢の雨が降り注ぎますよ」



 勝ち誇ったように笑うハインツを、リヒトがきつく睨みつける。



「治外法権があるとはいえ、ここはローゼンベルク領内だ。俺たちに危害を加えたら王国が黙っていないぞ」


「我が教団の軍事力を甘く見ないでください。こんな田舎の小国、戦争になったら一捻りですよ」



 ローゼンベルク王立学院に雇われているとは思えないほどの、高飛車な発言である。しかし両国の国力に歴然とした差が存在するのは事実だし、無理やり逃げると外交問題にもなりかねない。



「心配するな、アン。教団と一戦交えることは、覚悟の上だ」



 リヒトは、周りに気づかれないよう慎重に腰の剣に手を伸ばす。その手が柄に届くよりも先に、クルトが皆の前に進み出て、片手で王子の動きを制した。



「戦う必要なんてねーよ。あのカマトト神官を潰せばいいだけだからな。

……おい、カイル。例のブツは手に入ったか?」



 振り向いた少年は、敵に取り囲まれているとは思えないくらい涼しい表情をしていた。どす黒い笑みを顔いっぱいにたたえて、カイルが懐から1冊の薄い本を取り出す。



「ええ、クルト様が言われたとおりの場所にありましたよ。とっておきの秘密兵器がね」


「俺の日記帳! ど、どうしてお前が持っているんだ!!」



 クルトはサディスティックな笑いを浮かべながら、手渡された日記帳をパラパラと開いた。



「もちろんアンタの部屋に侵入して盗んだんだよ。アイーシャを化物扱いした罰は受けてもらうからな。

……さーて、みんな大好き断罪イベントの始まりだぜ!!」


「お前たち、何をボーっと突っ立っているんだ。早く矢を。あいつら全員ハチの巣にしてやれ!!!」



 ハインツは大声で急かすが、衛兵たちは一向に弓を引こうとしない。それどころか、内容を予想し合って盛り上がり始めている。


 こいつ陰で嫌われてるんだろうな……と私は悟った。哀れパニック状態に陥ったハインツは、こちらを指さして声にならない叫びを上げた。



『ピンポンパンポーン♪ アグニアネス教団の皆様にお知らせです。

ハインツ=ルピス氏の秘密の日記を、これより独占初公開いたしまーす』



 クルトは無邪気な子どもの声で日記を読み始めた。そこには、ハインツの企みと動機が赤裸々に綴られていた。


 王都で初めて顔を見たその日にはすでに、私のことを調べ上げていたこと。ダニエラが新調したドレスがプレゼント用だったと気づき、嫉妬のあまり私を排除しようと決意したこと。

 私と王子が神殿を訪ねた日にハインツが居合わせたのは偶然ではなく、封印するために使った聖典も前日に閉架書庫から盗み出したものだったということ。


 何より衝撃的だったのは、王国が精霊との和平交渉に乗り出したという情報を裁判の前に把握していながら、他の人に伝えていなかったことである。これはつまり、ハインツによる全くの独断で王国と精霊の両方を敵に回そうとしていたということだ。



『――以上で終了いたします。ご意見ご感想は、ハインツ氏本人までお願いしまーす』



 ホールはハインツを非難する声で一杯になった。武器を下ろした兵士たちや、自室に避難していた神官たちが一斉に彼のもとへ詰め寄る。


 自分の日記じゃないと訴えるハインツに向かって、クルトは再び朗読を始めた。



「『あぁダニエラ、愛しき女神

  我が主の創りたもうた奇跡

  君との恋が罪ならば

  地獄に堕ちても構わない』


こ~んな色ボケポエム、お前以外に書けるわけねーだろ!」


「嘘だ、他の誰かが書いたデタラメだ」


「認めねーんだ。じゃあ他のも全部読み上げるぞ。

……おいバカ王子、日記を取るんじゃねぇよ。返せー!!」



 暴走を見かねたのか、リヒトは少年の背後から日記帳をひったくった。クルトは手を伸ばして取り返そうとするが、届かないようで地団駄を踏んでいる。


 少年に代わって日記を読み始めたリヒトは、数ページめくったところで「な、なんて過激な……」と呟いたきり赤面して黙り込んでしまった。



「ズルいぞ、早くオレにも読ませろ」


「ダメだ。これ以上はお子様の教育に悪い」


「お前なんかよりもずっと長く生きているこのオレ様に向かって、お子様だと~? ナメた口ききやがって!」



 自称大人で精霊王代理のクルトは、完全に今の状況を忘れて遊び始めてしまったようだ。無視されたハインツの方を見ると、死んだ魚のような目で何やら呟きだしている。


 精霊と関係のない魔法は発動できるんじゃ……と考える間もなく、私たちは足元から噴き出した禍々しい妖気に包み込まれてしまった。

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