きみが好きだから(1)
アグニアネス教団の神殿に到着すると、私はそのまま神殿内の裁判所へと連行された。今まで見た他の部屋と同様に、広くて立派で塵一つない清潔な空間。私は縄で手を縛られ、槍を突き付けられた状態で被告人席へと通された。
法廷内の配置は、現代と同じく被告が裁判官に向き合う形であった。すぐに開始できるよう準備していたのだろう、私が入る時にはハインツ含む神官や裁判官たちがすでに控えていた。
裁判官席の奥は一段高くなっており机と椅子が2席用意されていたが、不思議なことにそこだけ人が座っていない。おそらく1人は聖女ダニエラなのだろうが、もう1人は一体誰なんだろう? 疑問に思いつつも、空席のまま裁判は開廷となった。
◇◆
まず初めに、長ったらしい罪状が読み上げられる。私は神殿を破壊した罪と聖女を冒涜した罪に問われているが、そもそも精霊王自体が重罪人なので、その生まれ変わりというだけで犯罪になるそうだ。要するに、完全に詰んでいるのである。
その後でハインツが証言台に立って有る事無い事話し、それが全て正しい前提で審理がなされた。
教団の裁判が現代と似通っているのは表面的な形式だけであることを、開始早々に私は悟った。
弁護人が付かないのは予想できたことだが、私自身が発言する隙も全くないのだ。罪状の認否どころか、名前すら問われないまま裁判は一方的に進んでいく。
裁判とは名ばかりで結論ありきの儀式は、死刑判決を言い渡すだけとなった。ハインツの満足げな笑みが目に入る。
昨日リヒト王子から唐突にされたプロポーズは、ひょっとして『戦争が終わったら結婚するんだ』的な死亡フラグだったのだろうか? そんな考えが脳裏にチラつく中で、私はいよいよ死を覚悟する。
その時、奥にある扉が突然大きな音を立てて開いた。
「このデタラメな裁判を、今すぐ中止しなさい。これは命令です」
扉の向こうに立っていたダニエラは、私の知っている可憐で穏やかな少女ではなかった。
「聖女様は神の力を使われたばかりで、まだ休養が必要な身です。どうかお部屋にお戻りください」
近くに座っていた事務官が飛び上がって連れ戻そうとしたが、その声は彼女の耳に届いていない。聖女は振り向かずに、真っすぐ法廷の中央へと足を進めていく。
証言台に立ったダニエラは、裁判官たち全員を順番に睨みつけてから、毅然とした態度でこう言い放った。
「アンジェラ様に罪はありません。処罰が必要だというのなら、精霊王復活の直接的な原因である私を罰しなさい」
「な、何という恐ろしいことを……」
「絶対神に選ばれた聖女様を罰するなど、我々にできる訳がないでしょう」
裁判官たちは互いの顔を見ながら、戦々恐々とした様子で囁き合う。どよめきが広がる中、奥で控えていたハインツが立ち上がって聖女のもとに駆け寄った。
「ダニエラ! お前はこの女に騙されているんだ。早く目を覚ましてくれ」
運動が不得意なダニエラの手が、有り得ない速度で振り上げられる。
――スパーンッッ!!
証言台越しに彼女の肩を掴もうとしたハインツは、その頬に強烈な平手打ちを食らわされた。
「お兄様こそ、まだ自分の愚かさに気がつかないの? いい加減恥を知りなさい。
この事件が誰に仕組まれて起きたのか、私とリヒト王子には全部お見通しなんですからね」
ダニエラのビンタが引き金となって、法廷はにわかに大混乱の渦に陥った。
彼女を抑えようとする者、悪しき精霊に死を与えよと叫ぶ者、聖女の意志は尊重されねばならないと反論する者で溢れてもはや収拾がつかない。私は僧兵に縄を引かれて、裁判所の外へと連れ出された。
◇◆
あれからどの位の時間が経ったのだろう。さっきお腹の虫が鳴いたので夕食時なのだろうが、陽の光が入らない地下牢ではそれすら定かでない。
狭く薄暗い独房に入れられて座り込んでいた私の上に、さっと影が落ちた。顔を上げて影の主を確かめようとすると、目の前の鉄格子が激しく揺れる。
「裁判まで滅茶苦茶にして、貴様はどこまで俺の手を煩わせれば気が済むんだ」
「お見舞いありがとう。私の事がよっぽど好きなのね。
ねぇねぇ、愛しのダニエラちゃんにひっぱたかれてどんな気持ち? ほっぺ、まだ痛いんじゃないの?」
「調子に乗るな、人間もどきの化け物め! こうなったのも全てお前がいけないんだ!!」
私の嘲るような笑いに激昂したハインツが、再び鉄格子を強く蹴りつける。他人のせいにするなと言ってやりたいが、これ以上刺激すると何が起きるかわからないので言葉を控えた。
しばらく罵詈雑言を続けていたハインツだったが突然無言になり、廊下で私を見張っていた看守を呼びつける。鉄格子の近くまで来るように槍で脅せと命じた彼に、看守はとんでもないと大きく首を横に振った。
「判決が保留となっている者にそのような事をすれば、聖女様に背くことになります」
「ダニエラは洗脳されていて、コイツさえ始末すれば正気に戻る。その時にきちんと説明すれば理解してもらえるんだ、一時的に背いたとしても何の問題もない」
「しかし……」
「俺の言うことが聞けないのか? ……そういえば最近、子どもが産まれたそうじゃないか。お前がクビになったら、一家は路頭に迷うことになるぞ。それとも僻地へ飛ばされる方がいいか?」
「……承知いたしました」
渋る看守だったが、そこまで言われると断れなくなったようだ。持っていた槍を私に向けて突き付けてくる。
私が鉄格子の前で立ち止まると、ハインツは手の中の蔓を見せつけた。
「これに見覚えはないか? そうだ、貴様が忌まわしき精霊王として目覚めた時に生やした蔓だよ。
正規の手段で処刑しようと思ったが時間が足りない。貴様の死は、暴走による自滅ということで処理してやる」
ハインツはなぜか急いでいるようだった。裁判に欠席した人がダニエラの他にもう1人いたが、その人が帰ってくる前に私を始末したいということだろうか。しかし、今の私には時間稼ぎをする手段は何も残されていなかった。
気を逸らすために必死で話しかけたが、ハインツは無視して私の首に蔓をくくりつけた。まるで首輪についたリードのように長く垂れた先端を彼が軽く引っ張る度に、私の頭は鉄格子にぶつかり鈍い音を響かせる。
「お遊びはここまでにしようか。その減らず口を永久に叩けないようにしてやる」
ハインツが蔓を強く握ったその時、階段を猛烈な勢いで駆け下りる音が聞こえてきた。向こうの方から神官がハインツ目がけて大慌てで走ってくる。
「ルピス様、緊急事態です! 精霊とローゼンベルク王国が手を組んでこちらに攻めて込んできました……ゲフッ」
神官は報告を終える前に言葉を止め、そのまま前に倒れ込んだ。私を槍で脅していた看守は振り向く間もなく縄の形をした炎に縛られて、地面をのたうち回る。
蔓を持つハインツの手が一瞬緩む。私が一歩下がって彼の背後にいる人物を確かめようとした時、もう2度と聞けないと思っていた声が耳に飛び込んできた。
「テメーの血でアンを汚したくないんだ。さっさと鍵を開けろ」
そこには、剣先をハインツに向けて威嚇するリヒト王子の姿があった。




