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会議は踊らない(4)

 会議が終わってからそれほど時間は経っていなかったが、リヒト王子は自室にはいなかった。


 もしかしてと思い酒場『冒険者』を訪ねたところ、私は1人きりで飲酒しているリヒトの姿を見つけた。まだ日暮れ前にも関わらず、彼の前には空になったビールジョッキが何杯も並べられている。声を掛けてはじめて私に気づいた王子の顔は赤く、その目は少し腫れている気がした。


 ここまで一緒に来てくれたカイルとマスターに2人きりにさせて欲しいと頼んだ後で、私は王子の隣に腰をかけた。私の視線を感じたのか、リヒトはきまり悪そうに手の中のハンカチを隠した。

 涙で濡れた彼の瞳を、私は今まで見たことがなかった。いや、元気がない所を目にすることすら初めてかもしれない。



「アンは一生懸命この国のために仕事をしてくれているのに、つらい目に遭わせてばかりだな」



 リヒトは開口一番に、会議での宰相の発言についてくぐもった声で謝罪してきた。当然のように私の身を危険に晒そうとする宰相の考えが許せないのに、拒否できない自分が腹立たしいと自嘲する。



「王国の未来がどうとか偉そうなことを言っていても、しょせん俺は何の決定権もないただのガキだ。大切な人すら守ってやれない、弱い人間なんだ」



 それきり俯いたリヒトの横顔は、いつも彼が酒場で見せる陽気な姿とはかけ離れていた。


 私は、今までどれだけこの人の笑顔に元気づけられてきたかわからない。王城での仕事を始める時も、迷惑をかけて落ち込んだ時も、大丈夫だと言って励まし続けてくれたリヒト。


 そんな彼が、私のためにこんなにも深い悲しみに暮れている。申し訳なく思いつつも、不謹慎にも心のどこかで幸せを感じてしまうのは、リヒトにとって大切な存在になれたことがたまらなく嬉しいからだ。


 今度は私がリヒトを守ってあげる番だ。勇気を奮い立たせて、私は彼に話しかけた。



「私も謝りたいことがあるの。リヒトたちのこと、実は前世から知っていたんだ。黙っててごめんね」


「どういう事だ……それ」


「ここに来る前に遊んだゲーム……物語って言った方が分かりやすいかな、リヒトたちはそこの登場人物だったの。この世界はね、誰かによって作られたお話の世界なんだと思う」



 じゃあ、俺たちは一体何者なんだよ。そう焦るリヒトに、本題はここからだと伝える。



「作品の中で、リヒトが精霊王、つまり私と戦うシーンがあったんだ。だからね、どの道いつかは覚醒する運命だったんじゃないかな。

……私は、製作者に悪役を割り振られたってことだから。主役のリヒトは、何も悪くない」


「嘘だ。そんな悲しいことが、ある訳ないじゃないか……」


「それでも、私はここに転生したことを後悔してないよ」



 リヒトは私の言うことが信じられない様子だった。その目に向かって、私は精一杯の笑顔で語りかける。



「私、リヒトに感謝してるの。前の世界でもここでも、役立たずで問題児だった私に居場所をくれたから。あなたが能力を認めてくれて、どんな時も応援してくれたからこんなに活躍できたんだよ。

……だから、今までの恩返しをさせてほしいな」



 精霊との交渉を、私に任せてもらえないか。人質としてではなく、王国側の代表として。


 精霊サイドは王の生まれ変わりである自分との接触を求めている。私が平和的に共存するようお願いすれば、きっと他の人が頼むよりも成功率は高いはずだ。

 それに、精霊王の力をコントロールする方法だって、もしかしたら教えてもらえるかもしれない。


 もちろん、危ない賭けだっていうことは十分承知している。反論しようとするリヒトに、私は言った。



「もし精霊との接触がきっかけで、私がまた暴走したり他の人に危害を加えるような素振りを見せたら、その時はためらわずに殺してほしいの」


「嫌だ……そんな事が俺にできるはずない……」


「私の命は、リヒトに託したいの。……リヒトを信じてるから」



 こわばった表情のまま目を見開き、王子は私を凝視する。


 必死で笑おうとするが、もう涙をこらえることができなくなっていた。リヒトに心配をかけないように、私は彼の肩に自分の泣き顔を押し付けた。


 声が震えそうになるが、無理やり明るい声を作って私は言葉を続ける。



「今だから言えるけど、初めて本物のリヒトに会った時、ゲームよりもずっといい男でビックリしたんだ。リヒトは最高の王子様だし、きっと最高の王になれるよ」



 リヒトは私の背に腕を回して、痛いほど強く抱きしめてくれた。彼の高鳴る鼓動を肌で感じる。



「1つだけ、お願いがあるの。もしも交渉が上手くいったら、あなたがこの国を治めるのを隣でずっと見ていたいな」

 


 返事がない。顔を上げてリヒトの表情を見ようとしたが、きつく抱かれた腕から逃げられない。私は突然、頬になにか熱いものを感じた。


 これが、この事件が無事に解決したら……私の耳に口を寄せて、吐息とともにリヒトが囁く。



「どうか、俺と結婚してくれ」



 小声だが、はっきりとそう聞こえた。不意打ちのプロポーズに、私は言葉を失う。お互いに抱き合ったまま時間だけが過ぎていったが、しばらくしてリヒトがゆっくりと体を離した。



「今のは……なんて言うか、その……」


「リヒト様ってば、ま~たドサクサに紛れて己の願望を実現しようとなさってますね?」



 王子がまごついていると、奥で待機していたカイルがニヤニヤしながらカウンターを抜けてこちらに戻ってきた。リヒトは真っ赤な顔で押し返そうとするが、逆に耳をつねられて軽いうめき声を上げた。



「アンジェラ様が交渉に参加するというのなら、明日から準備が大変になるんじゃないですか? 愛を語り合っている場合じゃないですよ」



 勢いで言ってしまった発言なのか、それとも正式な結婚の申し出なのか。リヒトの真意が聞けないまま、邪魔が入ってうやむやになってしまった。


 不満に思いつつも、心の準備ができていなかった私は、正直に言って助かったという気持ちの方が大きかった。リヒトも同じようで、カイルに怒りながらもどこかほっとした表情を浮かべていた。



◇◆



 翌日には早速、精霊とコンタクトを取る準備が始まった。

 私を使って精霊と交渉を行う路線については、提案した宰相はもちろん他の会議出席者からも反対はなかったので、私とリヒト王子が同意してからは正式決定までに時間はかからなかった。


 誘拐や覚醒のリスクが高いため、精霊王の生まれ変わりである私を直接精霊の前に出すのは避けることとなった。

 召喚部屋から少し離れた場所に控えて映像だけを送る、いわゆるリモート方式が採用されるようだ。これは初めての試みだそうで、この国にいる12人の宮廷魔術師が総動員で準備に当たった。


 意外なことに、エミールも連絡係としてこの案件に関わっている。「他の部署の仕事には手を出さないんじゃないの?」とからかうと、呆れながらもどこか楽しそうな返事が返ってきた。



「上司の生死がかかってるんです。私にできることは何だってしますよ。

それに、ハンナからもあなたをお助けするよう頼まれているんです。この件が解決する前に相談窓口に戻ることがあれば、短気な彼女に『あなたの居場所はありません!』ってなじられた挙句ボコボコにされますからね」



 ハンナの声の調子まで完璧に再現できていてビックリだが、それよりもエミールが彼女の裏の性格を見抜いていたことに、私は驚いた。彼の提案書をグシャグシャに握り潰した犯人がハンナだということを、エミールは知らないはずなのに、どこで本性に気づいたのだろう。



 召喚の準備が整うまで、私は昨日に引き続き自室待機となった。先日のサラマンダーとの会話をもとに想定問答集を作っていると、妹からの面会の知らせを受ける。服の貸し借りなどで会うことはあったが、家族がここに来るのは初めてだ。



「お姉ちゃん!! 大変な事件に巻き込まれたって聞いたよ。大丈夫なの?」



 城下町の方にも噂が出回っているようだ。動揺する妹を落ち着かせて、皆がサポートするから大丈夫と言い聞かせる。どうも家族全体がショックを受けているらしく、すぐに実家に帰ってきてほしいと頼み込まれた。


 私がマイヤー家で過ごした時間は皆無に等しく、設定上の家族に対する思い入れはほとんどない。向こうにとっても私は落ちこぼれに過ぎなかったのだが、死の危険が迫っているとなれば話は別だ。


 すぐに戻るから、一言だけ親に挨拶をしに行きたいとカイルにお願いすると、すぐに了解してくれた。



◇◆



 家の周辺は、特にいつもと変わった様子はない。見慣れた実家の玄関を開けると、すぐに両親が迎えてくれた。妹とカイルを連れて、中に入っていく。


 居間のドアを開けた時、私は自分の目を疑った。ソファの中央に足を組んで腰かけていたのは、神殿にいるはずのハインツだった。少しだけ頬がこけて、異様なまでに目をぎらつかせている。彼は懐から書状を取り出すと、勝ち誇るように私に見せつけた。



「アグニアネス教団からの、正式な逮捕状です。王国の連中の動きが鈍いので、わざわざこちらから出向いてやりましたよ」



 顔の横にキラリと光が走る。気が付いたら、私は教団の僧兵に剣を突き付けられていた。同じようにして脅されながら、両親と妹が顔面蒼白で部屋に入ってくる。



「少しでも抵抗すれば、彼らの命はありませんよ」



 体中から黒い気を発しながら剣を抜こうとするカイルに向かって、涼しい顔をしたハインツがそう言い放つ。私はカイルを制し、許してくれとすがる家族に「自分のせいで怖い思いをさせて悪かった」と謝った。


 首に剣を当てられたまま、外の馬車に乗り込む。私は、神殿に連行される道を選んだのだ。

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