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会議は踊らない(3)

 私を今後どう取り扱うかについては、意見が真っ二つに分かれた。『聖女の祝福』のようなきっかけが無い限り、再び精霊王が目覚めることはないと魔術師は報告したが、それでも私を警戒する人は少なくなかったのだ。


 中でも一番厳しい処分を求めたのは、先ほど発言した宰相だった。様々な意見が飛び交う中で、再び立ち上がり悠然と言い放つ。



「精霊王として一度目覚めてしまった以上、彼女を信用することはもはや不可能。王国に再び平和を取り戻すには、やはり処刑か追放による排除が不可欠です」



 そう冷ややかに主張する宰相に対して、リヒト王子をはじめとする数人が猛烈な抗議の言葉を浴びせる。そんな中、唯一落ち着いた様子で反論を試みたのは、本来発言権がないはずのエミールだった。



「精霊の反乱が再度起こる危険性が高いので、どちらのご意見にも断固反対です。処刑を行えば対立は決定的なものになりますし、追放すれば彼女をリーダーに担ぎ上げるはずですから。

これまで通り我々の元にいてもらうのが、最も国益にかなうかと存じます」


「なるほど。……そういえば、炎の精霊が『人間界に囚われた同胞の解放』を求めていたそうではないですか。アンジェラ殿には、交渉材料としての価値があるかもしれませんね」



 私を人質にとることで、連続火災事件以降ずっと難航している精霊との和平交渉を有利に進められると言いたいのだろう。新しい宰相は、噂で聞いていた以上に非情な人間なのかもしれない。


 唯一の救いは、私を道具として利用しようとする彼の意見に積極的に賛成する人がいなかったことだ。しかし王国側のデメリットがないため、表立って異議を唱えることも難しい。

 誰ひとり意見を言わず、お通夜のような空気が包み込む。


 ――ドン! 机を強く叩く音が、会議室全体に漂う重苦しい沈黙を破った。リヒトが鬼のような形相で宰相を睨みつけている。



「アンは……俺の大切な部下だ。使い捨ての駒じゃないんだぞ。お前らの勝手な都合でアンを危険な目に遭わせるなんて、俺が絶対に許さない」


「おや、そういえばアンジェラ殿はリヒト王子のお気に入りでしたね。失礼いたしました。

しかし王子、あなた様はいずれ人の上に立つお方なのです。そろそろ私情を捨てることを学ばないといけませんよ」



 宰相は、そう皮肉たっぷりに言ってから席に着いた。正論を前に分が悪いと判断したのか、王子は必死で怒りをこらえているように見えた。


 結局この日は、はっきりとした結論が出ることはなかった。とりあえず私を王国の監視下に置きつつ、精霊が人間として生きた事例がないか調べるという方針だけ決定し、会議はお開きとなった。



◇◆



 自分の部屋に戻ろうとした時にエミールから声を掛けられ、一緒に帰ることとなった。


 雑談しながら来た道を、言葉を交わさずに沈んだ気持ちで戻っていく。人気のない廊下を歩いていると、私の前を行くエミールが突然足を止めてこちらを振り返った。



「ずっと、気になっていたことがあるんです」



 眼鏡にはめ込まれた分厚いガラスが光を反射する。黒縁の地味な眼鏡を上げながら、彼は不審そうな表情で問いかけてきた。



「精霊王の生まれ変わりであるアンジェラさんは、伝説が正しければ異世界からの転生者ということになりますよね。……もしかして、前世の記憶と引き換えに最近までの記憶が消えていたりしませんか?」


「さすがはエミール、察しがいいね。……今まで黙っててごめんなさい」



 なんだか決まりが悪くて、苦笑交じりにそう答える。もう隠すこともないだろうと思い素直に打ち明けると、エミールは愉快そうにぷっと噴き出した。



「やっぱり。あんまりにも一般常識がないので、前々からおかしいと思っていたんですよ」



 おい、こんな時にもイヤミかよ! イラっときたので思わずガンをつけようとすると、何だか困ったような笑顔のエミールと目が合った。



「こちらこそ、もっと早くに気づけなくてすみませんでした。そうだと知っていれば、この世界の基本的知識や上手な立ち回り方を教えて差し上げられたのに」



 いつもの皮肉っぽいトーンではなく、心の底から残念そうにエミールは言った。言葉を選ばないから性格が悪そうに見えるだけで、本当は面倒見のいい親切な人なんだ。私は、今になってやっと彼の本質がわかった気がした。


 部屋に着いたので、送ってくれたお礼と別れの挨拶をするが、エミールは立ち止まったまま動かない。何か言いたいことがあるのかと尋ねると、答えの代わりに右手を差し出された。



「こんな状況ですので、しばらく会えなくなるかもしれません。たまには握手でもしませんか?」



 エミールとそんなことをするのは初めてだった。不思議に思いつつも手を載せると、彼はもう一方の手を上からかぶせて何かを強引に握らせてきた。


 部屋に入るとすぐに書き物机に向かい、手中の紙片を急いで開ける。私の目に飛び込んできたのは、衝撃的な言葉だった。



『私や王子が、どこまであなたを庇えるかわかりません。処分が確定していない今のうちに、急いで国外に脱出してください』



◇◆



 きっと会議の最中に、周りの目を盗んで書いてくれたのだろう。走り書きのメッセージを見つめたまま、私は必死で考えを巡らせる。


 今からエミールを追いかけて、言葉の意味を問いただした方がいいのだろうか。いや、彼の言うとおり荷物をまとめて夜逃げをするべきなのだろうか。それとも……?

 気持ちが焦るばかりで、身動きがとれない。


 人の気配を感じて振り向こうとすると、私は突然強く抱きしめられた。視界の端で、カイルの黒髪が揺れる。



「アンジェラ様、どうか僕と一緒に逃げてください。リヒト様には後から僕が連絡するのでご心配はいりません。追手の届かない辺境に逃げ込んで、2人だけでひっそりと暮らしていきましょう。あなた様が側にいてくださるのなら、僕は何も怖くありません。

――僕は、アンジェラ様のことを愛しております」



 カイルの腕の中で、私は目をつむる。このまま身を委ねてしまいたい衝動に駆られるが、私はある事に気がついた。

 頭の片隅にずっとあった微かな違和感が、彼の言葉によって輪郭を帯びていく。


 両手でカイルの胸を押して、ゆっくりと体を離す。悲しみに顔をゆがめて今にも涙がこぼれ落ちそうなカイルの肩を、私は静かにさすった。



「今まで、私のことを守ってくれて本当にありがとう。カイルは私の封印に気づいていたんだよね?」


「どうして、それがわかったんですか?」


「魔法道具を使えるようにしてくれたのは、カイルだったから。こっそり封印を緩めてくれたんでしょ?

カイルは封印の事も、サラマンダーとのやりとりも黙っていてくれた。だから私は今まで普通の人間として生きてこられたんだよ」



 アンジェラ様と出会った時から、僕と同じ呪われた存在ではないかと密かに疑っていたんです。カイルは、ぽつりぽつりと過去を懐かしがるように語り始めた。



「魔法が使えなくても卑屈にならずに、自分の強みを生かし努力して周りに認められたアンジェラ様を、僕はずっと尊敬してきました。

結ばれることのない相手とわかっていましたが、あなたを慕う気持ちは止められなかった。だからこそ、アンジェラ様の身に何か起こったら、僕は耐えられません」



 改めて自分と一緒に逃げてほしいと頼み込むカイルに向かって、私はゆっくりと首を横に振った。



「ごめんね。でも、ここからは離れられないよ。だって、私はリヒトの事が……」


「それ以上は言わないでください。……ずっと隣で見ていたんですから、アンジェラ様のお気持ち位わかりますよ。突然おかしな事を口走ってしまい、大変失礼いたしました」


「きっと、私にしかできないことがあるはずだと思うの。お願いだから、カイルも協力して」



 ええ、もちろんですよ。カイルは強引に笑顔を作って見せる。その瞳には、まだうっすらと涙がにじんでいた。



◇◆



 私というイレギュラー要素が紛れ込んだためか、このゲームのシナリオには随分と変化が生じてきている。以前からうっすらと気づいていたその事実は、カイルの告白で確信へと変わった。


 乙女ゲームの攻略対象が主人公以外に恋をするという、作品の根幹に関わる改変が起きたのだ。ゲーム内で人間の敵として描かれていた精霊王を、人間と精霊との架け橋として生まれ変わらせることが、どうして不可能と言い切れるだろうか。


 作り物のキャラクターではない、『佐藤杏子』が操作するアンジェラだからこそ切り開けるルートがきっとあるはずだ。ただひたすらにハッピーエンドを信じて、原作にはなかった全く新しい道を突き進むことを私は決心した。

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