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会議は踊らない(2)

 目覚めてから数時間が経った頃、宮廷魔術師の老人が身体検査にやってきた。パワハラ事件などで幾度となくお世話になった、よく知っている人だ。私の額に手をかざしつつ、軽い世間話で気分を和ませてくれた。


 検査の結果は良好で、状態は安定しているとのことだった。精霊王の力が戻って暴走する危険性はないと診断されたため、リヒト王子が帰った後ではめ直した手枷を正式に外してもらう。



 魔術師と入れ替わりで来た騎士に、晩に開かれる緊急会議までは自室で待機するように命じられた。カイルは、退屈を紛らわせるために外の状況について色々教えてくれた。

 

 私が神殿で暴走し、気を失ってから丸1日が経過していたようだ。その間に王城では、精霊王が封じられるきっかけとなった戦争に関する記録を掘り起こしたり、臨時の会合を開いたりとてんやわんやの大忙しだったらしい。


 その騒ぎの中心人物が私自身だなんて、未だに実感が湧かない。確かに私が転生したのはクソゲーの主人公(しかもメインシナリオじゃなくてハードモード)だが、正体は封印された精霊王だったなんて、理不尽にも程がある。



「私、どうなっちゃうのかな。

リヒトは心配いらないって言ってくれたけど、今までどおりの生活なんてきっと無理だよね」



 ボス級のモンスターの生まれ変わりだと判明した以上は、王城で働き続けることは不可能だろう。下手すると追放か処刑されてしまうかもしれない。


 ベッドの端に腰かけて小さくなっていると、私の前にしゃがみ込んだカイルが、真剣な面持ちでこう言った。



「どうか僕たちを信じてください。

リヒト様も僕も、アンジェラ様のことは全身全霊でお守りしますから」



 カイルの言葉に耳を傾けながら、そっと目を閉じる。不安が押し寄せそうになるが、リヒトの笑顔を思い出すと不思議と力が湧いて前向きになれる気がした。


 私はリヒトが好きだ。あの熱い瞳が、いつでも元気よく振舞って周りの気持ちをパッと明るくしてくれる彼の優しさが大好きだ。


 さっき見つめ合った瞬間に、自分の気持ちがはっきりとわかった。恋愛どころの騒ぎじゃないのに、今はただリヒトに会いたい。



「そうだね、2人がいればきっと大丈夫」



 私の答えを聞いて、カイルはホッとした表情で頷く。しばらく沈黙した後、彼は決意を固めた様子で言った。



「何があっても、僕がアンジェラ様から離れることは絶対にありません」



 これだけは忘れないでくださいね。何か深く考え込むような素振りをみせながら、そうカイルは念を押した。



◇◆



 昼食後にやって来たエミールの案内で、私は玉座の間のすぐ隣にある会議室へ移動した。本来この部屋は、戦などの重大な問題を話し合う場所なので、入るのはこれが初めてだった。


 足を踏み入れると、奥の席に張り詰めた様子のリヒトの姿があった。彼のところまで行こうか一瞬迷ったが、とても話ができそうな雰囲気ではなかったので私は諦めることにした。


 入口からすぐの席に、カイルとエミールに挟まれる形で着席する。横に広い会議室の全体を見渡すと、王や宰相に騎士団長、宮廷魔術師たちが勢揃いしていた。



「まるでオールスター感謝祭だわ」


「物珍しいからって、あまりはしゃがないでくださいよ」



 いつものようにツッコミを入れるエミールは、意外なほど落ち着いている。どうも学生時代に政策立案の補助をしたので、大臣たちとも面識があるらしい。



「資料の整理や複写などの作業だけですので、大した仕事はしていませんよ」



 事もなげに語る部下が、この上なく頼もしく感じられた。


 進行次第と今回の事件に関する概略的な資料が配られ、エミールの司会で会議が始まる。



「アンジェラ=マイヤー室長、君のことは高く評価していたから今回の事は実に残念に思うよ。できる限りのことはするつもりだから、どうか絶望しないでほしい」



 開始の挨拶の最後に、王はそういって私を気遣った。


 まず初めに、護衛のため神殿に同行した騎士が事件の概要を説明した。ふと目が合った瞬間に、彼は震えあがり「ひぃっ」と軽く悲鳴を上げる。


 きっと彼の目には、私が恐ろしい化け物に見えたに違いない。その反応に、とんでもない事が起きてしまったのだということを改めて実感させられた。



 騎士の報告によると、幸いなことに人的な被害は出ていないが、神殿の壁は大きく損傷したらしい。神殿から弁償するように請求された金額は、とても私一人が働いて返せそうにない。


 神殿はさらに私の身柄引き渡しを求めていたが、どちらの要求も全会一致で拒否することが決まり、私はほっと胸を撫で下ろした。



◇◆



 やがて議事が進行するにつれて、精霊王と私の関係へと話題が移っていった。



「そもそもアンジェラ殿は、本当に150年前に封じられた精霊王なのでしょうか」



 出席者の一人が疑問を口にすると、先ほどの騎士が挙手した。こちらの様子を伺いながら、恐る恐る口を開く。



「神殿でのアンジェラ様のお姿から察するに、そうとしか考えられません。深碧(しんぺき)の髪、エルフのような耳、そして指先から伸びる無数の蔓……まさに言い伝えに出てくる、精霊王アイーシャそのものでした」


「しかし、今は普通の人間に見えるぞ。元々その場所に精霊王が眠っていて、聖女の力が発動したのをきっかけに偶然目覚めたということは考えられないかね?」



 ローゼンベルク国王がそう疑問を呈した。私と入れ替わりに出現した、別人だったのではないかと言いたいのだろう。


 私は発言を控えた。精霊王として王子たちに襲い掛かった記憶がある以上、かなり苦しい仮説と言わざるを得ないが、国王の説にすがりたい気持ちだったのだ。


 それもそうだ、まだアンジェラ殿が精霊王であると決まったわけではない……そう皆が口にして、会議室が騒然とする中、突然大きな声が響き渡った。



「一つ、決定的な証拠がございますよ。

アンジェラ殿が魔法を全く使えないことを、ご存じの方も多いでしょう」



 神経質そうな痩せぎすの中年男が、すっくと立ちあがって得意げにそう述べた。

 王の隣に座っていたその男は、先日就任したばかりの新しい宰相である。有能だが自分の利益にならない人間はバッサリと切り捨てる、シビアでドライな性格だともっぱらの評判だった。


 詳しい説明は魔術師の方にしていただきましょう。そう言って、彼は最年長の宮廷魔術師の名前を呼んだ。さっき身体検査で私の体を調べた老人が立ち上がる。



「本日、宰相の命令でお身体を調べさせていただきました。その結果アンジェラ様には、ある特殊な魔法がかけられている事が判明しました。

……古の精霊王が施された封印と同じ、他の精霊との意思疎通を妨げる魔法です」



 魔術師は着席後、私に向かって「すまんね」と小声で謝った。それを横目で見つつ、宰相は意味深な笑みを浮かべる。



「最も私が調べる前に、誰かが既に気づいていたようです。封印には、意図的に緩められた痕跡も見つかっていますので。まぁ今は犯人探しをしている暇はないので、これ以上追及するつもりはありませんが」



 これでもう言い逃れはできない。残る議題は、私の処分を決めるだけとなった。

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