楽園の決闘(2)
聖女ダニエラの従兄ハインツに相談事を頼まれて、連れて来られた先は神殿の隠し部屋だった。
幻影の魔法がかけられていたのだろうか、私は美しいバラ園にいたはずなのに、気が付いたら光の届かない真っ暗な空間に閉じ込められていた。
「痛いのは一瞬ですから、安心して封印されてくださいね」
ハインツは部屋の四隅に置かれた燭台に火を灯した。彼が言うには、私は150年前に封印された精霊王の生まれ変わりで、この地に災いをもたらす存在なのだそうだ。
とても正気とは思えない荒唐無稽な主張だが、彼は不気味なほど落ち着いている。ローブの中に隠し持っていた聖典を取り出して、静かにめくりはじめた。
だが、しばらくするとハインツの様子に変化が見られるようになってきた。
だんだんと手の動きが早くなるにつれて、余裕の表情が崩れていく。どうも計画に狂いが生じたようだ。早口で独り言を呟いている。
「なんで字がこんなに読みにくいんだ。もっと丁寧に書けよ!
……えぇ? 封印と異世界への転送は別の呪文? しかも同時に詠唱しないとダメ? ふっざけんな!!」
終いには、聖典を床に叩きつけて叫び出す始末である。逃げ出すチャンスだと思うのも束の間、ハインツはすぐにそれを拾い上げて何やら唱え始めた。
しかしどうやら呪文ではないようだ。儀式と関係ないことをブツブツと喋っている。
「えーい、くそっ、俺は何としてもやり遂げるぞ!!
ダニエラに、俺の天使に近づいたこの女を許すわけにはいかないんだ。チクショウ、異形の分際で俺よりも仲良くしやがってよぉ……」
最後の方はなぜか涙声である。
昨夜私の前で泣いたダニエラの姿を思い出す。あの子はあんなにハインツのことを思いやって苦しんでいたのに、彼は全く気づく様子がない。ずっと我慢してきて、やっとできた友人にSOSを出したダニエラのことを思うと、怒りが込み上げてくる。
でも、ハインツの豹変ぶりは激しすぎてもはや滑稽ですらある。愛しのダニエラちゃんに、この気色悪い発言を聞かせたらどんな顔をするだろう。生命の危機が迫っているにも関わらず呑気な妄想を始めた私は、あることに気づいた。
上手くいけば、ここでの会話をダニエラたちに知らせることができるかもしれない……胸のポケットに差さったペンを見て、私はニヤリと笑った。
「ちょっと、そこの変態!!」
挑発するためにわざと攻撃的な言葉で呼びかけると、ハインツはまんまとこちらに注意を向けてくれた。汚物を見るような目で睨みつけられる。
「伝説だの災いだの、散々立派な事を言ってるけどさ。私に嫉妬しているだけなんじゃないの?」
「そ、そんな訳がない……。俺は崇高な目的のために貴様を封印するのだ」
心なしか、言葉に勢いがなくなっている。動揺を見せつつも視線を聖典に戻したハインツに向かって、私は次の攻撃を繰り出した。
「隠したって無駄だよ。ダニエラが好きなんでしょ?
……あの子のこと何にもわかっちゃいないくせに、笑わせんじゃないわ」
「ふん、ポッと出の化物風情が何を知っている」
「バカな従兄に不自由で孤独な暮らしを強制されてることくらい、すぐ気づくっつーの。エゴと自己満足であの子を縛り付けてんじゃないわよ」
「俺はダニエラを愛している! 彼女を守るためだけに生きている俺が、不幸になんてするわけがないだろう」
本当にもう、嫌んなっちゃうくらいキモい男だ。ハインツの言い分には心底ゲンナリするが、口論している間は彼の集中が乱れるため、体力を少し取り戻した気がする。
私は横になったまま、胸ポケットの口述筆記ペンに意識を集中した。城下町の魔法道具屋でダニエラとお揃いで買ったものである。
確か取扱説明書には、同じ型のペンどうしを共鳴させることで遠隔操作できると書いてあった。私の記憶が正しければ、ダニエラの机にペンの片割れがあったはずだ。
「あの子の優しさにつけ込んで、偽物の愛でがんじがらめにしてる卑怯者のくせに。あんたに愛を語る資格なんてないよ」
「うるさい、黙れ!!」
右肩のあたりを足で小突かれるが、ペンは無事だ。
大丈夫、まだハインツには気づかれてない。私が魔法を使えないことは知っていても、魔法道具を使えることまでは把握していないと見える。今頃は、机の上で会話の内容を書き始めているに違いない。
「おまけに無害な一般人を、バラ園だって嘘までついて神殿のど真ん中にある妙な部屋に連れ込んで。封印の儀式だなんて、気が狂ってるとしか思えない」
「何度も言うが、貴様は人間じゃないんだ。つべこべ言わずに大人しくこの世から消え去れ」
よし、これで場所も書けた。
今はもう朝食の時間だし、そろそろリヒト王子も私がいないことに気づくはずだ。探し回っている最中にダニエラの部屋に入れば、ひとりでに文字を書いているペンが必ず目に入る。
あとは助けが来るまで、できるだけ会話を引き伸ばしてハインツの気を逸らすしかない。
「大体さぁ、私が精霊王だっていう証拠なんてあるの? 人違いだったらタダじゃおかないわよ」
「魔法が使えない上に、人心を惑わす術に長けている。それだけで証拠として充分だ」
私がダニエラと仲良くなったのは術でたぶらかしたからだと言いたげな口ぶりである。自分が振り向いてもらえないのを、どこまでも他人のせいにするつもりだ。
「いい事を教えてあげる。周りにいる人間を全員排除すれば、あの子が手に入ると思ってるみたいだけど、逆だよ。
……こんな事したって、気持ちが離れていくだけなのに。バッカじゃないの」
返事がない。ハインツはひどく寂しそうな表情で、どこか遠くを見ている。
少し間をおいて、消え入りそうな悲痛な囁きが返ってきた。
「わかっている……言われなくても……」
こちらに向き直ったハインツの顔からは、表情が消えていた。
髪を掴んで強引に起こされて、顔を殴られる。固い床に叩きつけられ、頭に衝撃が走った。しまった、煽りすぎて逆上してしまった。傍らには、胸ポケットから落ちて割れたペンが空しく転がっている。
ハインツは殴る際に一旦床に置いておいた聖典を、無言で開いた。虚ろな瞳で、淡々と呪文を唱える。
体中がきつく縛り上げられるような感覚に襲われ、意識が朦朧とする。ダメだ、リヒトが来るまで持たない。
「アン!」
遠くで勢いよく扉が開く音がした。同時に、待ち焦がれていた人の声が耳に飛び込んでくる。数秒後、体を動かす気力を失って顔を伏せている私が受けたのは、目の前に大きな物体が落ちてくる衝撃だった。
階段を下りる時間を惜しんで飛び降り、魔法を使って強引に着地したのだろうか。私は考える間もなく、男性の腕に抱き上げられた。
「リヒト、来て……くれた……のね」
体が痺れて、うまく言葉が話せない。私を介抱しようとするリヒトの必死な顔が、次第にぼやけていく。
「もう手遅れですよ。封印の術を施したので彼女の命はじきに尽きます。
……なぜ、君がこんな所に。危ないから戻りなさい……ダメだ、こっちへ来ては!!」
ハインツのすがるような声を振り切って、足音が近づいてくる。
「大丈夫、私がなんとかします」
耳元で澄んだ美しい声がした次の瞬間に、私は額に柔らかいものを感じた。こんな光景を、転生する前に何度も目にした気がする。
私は今、誰かにキスをされているのだろうか? その相手は、もしかして……。疑問と混乱の渦の中、私は体の内側から燃えるようなエネルギーがみなぎってくるのを感じた。
しかしその力は強大すぎて、自分の意志では制御しきれない。私は、別の誰かに体を乗っ取られていくような感覚に襲われた。




