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楽園の決闘(1)

「他に邪魔の入らない、いい場所があるんです」



 そう言って、ハインツは私を上の階に案内した。途中で数人の神官とすれ違うが、みな緊張した面持ちでハインツに敬礼をする。彼は、この神殿ではよほどの実力者と見える。



「ダニエラもハインツさんも、本当はすごく偉い方なんですよね。私なんかが気安く口を利いていいんでしょうか……」


「アンジェラさんこそ有名人じゃないですか。住民の困りごとを次々と解決する女性がいるって、こちらでも大変評判になっているんですよ。

まさかこんなにお若い方だと思っていなかったので、お名前を聞いて驚きました」



 必死で謙遜する私に、ハインツは優しくほほえみかけてくる。私は少し前まで彼を警戒していたことも忘れて、彼の美しく整った顔立ちに見とれてしまった。


 4階建ての神殿の最上階に到着する。ゲーム内で聖女と星を見た場所に行くのかと思いきや、ハインツは屋上行きの階段のすぐ隣にある扉を開いた。


 扉の先は、地下まで続く吹き抜けになっていた。この場所全体が巨大な庭園になっており、壁や階段の手すりを伝ってバラの花が咲き誇っている。



「すごい! こんな場所があるなんて、全然気がつきませんでした」


「ようこそ、秘密の花園へ。ここには窓がついていませんから、外からは一切気づかれないんです」



 何かを企むような微笑を浮かべたハインツは、私の手を取って歩きだした。壁沿いに螺旋状に続いている階段を、2人でゆっくりと降りていく。


 仄暗い空間に、少し前に昇り始めた朝日がかすかに差し込んでいる。幻想的な光景を目にして、私は感動するより先にモヤモヤとした違和感を覚えた。


 なぜ、生前プレイした乙女ゲームに登場しなかったのだろう。こんな絶好のデートスポットを使わないなんて、どう考えても変じゃないか。


 私は疑問に思いながらも、彼に手を引かれ、手すりのバラの棘に触れないように気を付けながら足を進めていった。



◇◆



 私の右手は、ひんやりとした掌に包まれている。

 階段を半ばほど降りた時、ハインツは世間話をするように軽い調子で意外な言葉を口にした。



「アンジェラさんは魔法が使えないと噂で聞きました……大変お気の毒ですね」



 大きな建物の真ん中とは思えないほど、静かで狭い空間。石造りの重厚な壁に息苦しさを覚える。


 確かに私は一切魔法が使えないし、そのせいで日常生活に多大な支障が出ている。しかし私の答えを聞いて、ハインツは静かに首を横に振った。



「僕が言いたいのはそんなことじゃなくて……差別の話ですよ。

『呪われた子どもの伝説』って、そちらにもあるでしょう」



 そんな話は、今まで一度も聞いたことがなかった。

 どんな伝説か尋ねると、「知らない方が幸せかもしれませんよ」と意味深な前置きをした後でこう呟いた。



『ローゼンベルクの地に産み落とされる忌み子。精霊との接触が封じられた子ども。

先の戦争でかけられた封印の残った、精霊王の生まれ変わり』



 この人は何が言いたいんだろう。こんな不気味な話を聞かされるために着いてきたはずではないのに。



『かつて異世界に封じられた王は時を経て帰還し、人間として再び生を受ける。

そしてこの地に大いなる災いをもたらすだろう』



 手を振りほどこうとするが、強く握られて逃げられない。まるで地の底へと引きずり込まれるように、下の階へと連れていかれる。


 一体どうしたんですか? 彼の声にさっきまでの温かさはなかった。



「魔王が勢力を拡大していることはご存じでしょう? 教団、特に要塞の役割を持つこの神殿は対応に大忙しなんです。しかも最近では精霊の動きも活発になってきた。

不審に思っていたのですが、ショルツ宰相からのお話で理由がわかりましたよ。魔法を使えない女が王子のもとに現れた、伝説は現実となりつつある、とね」



 忘れかけていた名前を聞き、背筋に冷たいものが走る。私を暗殺しようとした汚職宰相と、彼は繋がっていたというのだろうか。



「そのお話が、ダニエラとなんの関係があるんでしょう? 相談があるって言ってたじゃないですか?」


「まだわからないのですか? 忌まわしき精霊王が彼女に近づいているので、再び封じるために誘い出したのですよ」



 私は長い階段を、あと数段で降りきろうとしていた。歩みを止めて逃げようとするが、腕を強く引っ張られてバランスを崩した隙に回り込まれてしまった。


 ハインツは、躊躇することなく私の背中を押して勢いよく突き飛ばした。そのまま下の庭園へ倒れこむ。


 状況を飲み込めないまま振り返り顔を上げると、階段から見下ろすハインツと目が合った。氷のように冷たい、冷酷な眼差し。



「アンジェラ様、そこから離れて!!」



 私の前に伸びてた影が沸き立つように膨らみ、よく見知った男性が姿を現した。私の異変に気付いた護衛のカイルが、危険を冒して助けに来てくれたのだ。


 カイルが即座に剣を抜いて飛びかかったが、ハインツは表情を少しも変えずに手を振りかざした。



「お勤めご苦労様。でも来るのが遅かったですね」



 地面から魔法陣が浮かび上がり、辺りの景色が歪んでいく。ついさっきまでバラ園だった部屋は、みるみるうちに無機質な地下牢へと姿を変えていった。


 誘拐された時にメッセージカードに仕込まれていた魔法と同じ眩い光が、私とカイルに襲い掛かった。


 剣が床に落ちる音が響き渡る。私は全身の力を奪われて、その場に倒れた。視界の端に、しゃがみ込むカイルの姿が見える。



 足を掴んで抵抗するカイルの手を踏みつけ、ハインツは私の方に近づいてきた。強引に私の腕を引っ張り、魔法陣の中央へと運んでいく。



「ここは、精霊王だったあなたが150年前に封じられた場所。これから、当時と全く同じ方法で、元いた世界に戻して差し上げます」



 感謝なさい、と口の端をゆがめて彼は醜く笑った。

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