聖女にラブソングを(4)
自分の部屋に帰ろうとした私を引き留めて、独り言のようにダニエラは呟く。
「私とお兄様……ハインツ兄さんはね、元々は王国の外れの小さな農村で暮らしていたの。
私が7歳の頃に兄さんが高熱で倒れて、その時に初めて『力』を使ったけど……あれがなかったら、きっと今でも村にいたんだろうと思う」
ダニエラとハインツが田舎の生まれだということを、私は初めて知った。ゲーム内で語られていない事柄の多いことに改めて気づかされる。
「故郷の村や両親から引き離されて、遠い神殿に行くことになったのは自分のせいだって。兄さんはずっと自分を責めていたのよ」
「そうだったの……」
ダニエラとハインツの関係は、私が思っていたよりも複雑なようだ。呆然とする私に、ダニエラは力なく頷いた。
「だから兄さんは、私を追いかけてきてくれたの。他の事をみんな犠牲にして、必死で勉強して大学を主席で卒業して。どんどん高い地位について……。
全部、私のためだって。本当は分かってる」
苦しそうに話すダニエラだが、彼女は話を止めなかった。
「兄さんが色々な物を穢れていると決めつけて、私から遠ざけようとするのも……嫌な思いをしないように守ってくれているからなの。
……それを窮屈だと思う私の方が間違っているんだわ、きっと」
そこまで言うと、彼女は俯いたまま黙り込んだ。声をこらえて、静かに泣いている。
ダニエラを孤独から守ってくれたお兄さんは、代わりに彼女から自由を奪い去ってしまった。しかし、彼に負い目のあるダニエラは、憎む事も抵抗することもできなかったのだろう。
私は彼女の背中をさすっている間、必死にかける言葉を探したが何も言うことができなかった。
◇◆
ダニエラが泣き止み落ち着いた後も、なんとなく心配だった私は彼女と一緒に寝ることにした。
しばらくは元気がなさそうにしていたダニエラも、ベッドに入る頃には明るさを取り戻していた。
「こんな事するの、久しぶりだな。パジャマパーティーみたいで楽しいね」
ダニエラの隣に横になっておどけたように言うと、彼女も顔をほころばせた。
「うん。今日は一日中ずっと、本当に楽しかった。まるで夢の中にいるみたい」
しばらく他愛のない話をして過ごした後、彼女は名残惜しそうな様子で部屋のランプを消した。
真っ暗になってから、名前を呼ばれた気がした。彼女の方を向くと、一つだけ聞きたいことがあると言われる。
まだ誰にも話していないんだけどね。そう言って、ぽつりぽつりと話し始めた。
「今の学校を卒業した後に、やりたい事ができたの。自分の進路なんて、とっくの昔に決まってしまっているのにね。ハインツ兄さんの人生を狂わせた私に、わがままを通す権利なんてないのに……これだけは、どうしても諦めきれなくて。
……ねぇ、アンジェラだったらどうする?」
私は返事に詰まってしまった。答え次第では、彼女の生き方を変えてしまうかもしれない。
しばらくの沈黙の後、私は意を決して口を開いた。
「ごめん、答えられないよ。
他の人にどうするかなんて聞いても、意味がないと思うから」
「そうよね。……変なことを聞いて、ごめんなさい」
ダニエラの声は震えている。私は暗闇の中で彼女の肩を掴んだ。一言ずつ、丁寧に言葉を紡ぐ。
「でもね。ちゃんと考えて決めた事なら、それは絶対に正しい答えだと思う。
だからハインツさんや教団の考えよりも、まずは自分の気持ちを大切にしよう」
月明かりに照らされ、ダニエラの瞳と涙がかすかに光って見える。
ありがとう。そう言う彼女の声には、安堵したような落ち着きがあった。
「アンジェラは、優しいのね。私、あなたと出会えて本当によかった」
そんなに、優しい人間じゃないよ。安心したように瞳を閉じるダニエラの横顔を見つめながら、私は自嘲する。
他人の悪意に鈍感そうなダニエラは気いていないだろうけど、私の内面は醜い感情で一杯なのだ。
まだ現実世界にいた頃に、片思いの相手が友人に恋をしていることを知った時から、私は自分に自信がなかった。生身の恋愛を避けてゲームに没頭し、他の女の子になりきって男の人に愛される妄想ばかりしてきたのだ。
この世界に転生してきてからも、私は何も変わっていなかった。前世では考えられないほど出世したし、リヒト王子やカイルとは友だちのように親しくなったが、自己認識は未だにモブのままだ。
そのくせ、ダニエラに親切に振る舞って近づくことで、彼女と自分を重ね合わせて主役になりたい願望を満たそうとしていた。
ダニエラは、ずっと一人で孤独に耐えていた。そのことに気づきながら、私は彼女に嫉妬していたし、彼女を利用しようとしたのだ。
自分が恥ずかしい。これからは、うわべじゃなくて心からダニエラのためにできることをしよう。
そんな事をぐるぐる考えながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。
◇◆
翌朝、私はダニエラよりも先に目が覚めた。自分の部屋に戻ってすぐに着替えを済ませるが、朝食まで時間があったため、私は暇を持て余していた。
もう一度寝てしまおうか……? お布団の誘惑と戦っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
ダニエラだと思いすばやく扉を開けると、そこには意外な人物が立っていた。
「あれ、ハインツさん……おはようございます。こんな時間にどうかなさったんですか?」
「朝早くにすみません。実は、アンジェラさんに折り入ってお話したいことがあるんです」
「2人きりでお話をですか……どうして?」
私は怪訝に思う気持ちを隠そうともせずに、そう質問した。
お互いの事をほとんど知らない状態で、何を話すことがあるというのだろう。第一、ハインツはダニエラの友人全般に対していい感情を持っていないはずである。
「ダニエラのことで、あなたに相談したいことがあるんです。女性の方が、あの子の気持ちをよく分かっていらっしゃるのではないかと思いまして……。
デリケートな話なので、なるべく他の人には知られたくないんです。どうかお願いします」
ハインツは真剣な様子で私に頭を下げる。
よかった。彼の側でも、ダニエラへの接し方に悩んでいたんだ。私は安心した気持ちで、相談に乗ることにした。
私は、ダニエラとハインツの関係を完全に理解したつもりになっていた。
現実世界でも、進学や就職をきっかけにカップルが別れた話は聞いたことがある。世界が突然広がって、もう1人が置いてきぼりにされた気持ちを味わう。ごく普通の、ありふれた現象だ。
そんな時に束縛しても逆効果。手放すのも優しさだ。ハインツにそう教えてあげさえすれば、2人の関係は軌道修正できるんじゃないか。
私は三角関係に介入した結果、失恋した男に切りつけられそうになったことも忘れて、同じ過ちを繰り返そうとしていた。




