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異世界で転職を(1)

「佐藤君が契約更新を希望しないのは、もちろん非常に残念な事だ。でも正直に言って、君にはもっとふさわしい職場があるんじゃないかと思っていたんだよ。だからね……」



 私は、市役所の会議室にいた。

 目の前にいる中年男性が、慎重に言葉を選びながら話を続けようとするのを私はさえぎった。



「課長、気を遣ってくださらなくても大丈夫です。ここの仕事に向いていないのは、自分でもよくわかっていますから」


「いやぁ、僕個人としては、佐藤君の正義感の強さは素晴らしい事だと思うよ。でも外からも中からも苦情が来すぎて、もう庇いきれなくなってるんだよなぁ……」



 『君が辞めると聞いてホッとした』という本音がダダ漏れの課長を前に、どのような態度を取ろうか迷っていた時、突如、頭上から怒鳴り声が降ってきた。



「アンジェラ、もう昼過ぎだよ! 一体何時まで寝てるんだい、この穀潰しが!」



 夢だったのか。母親に布団を剥がされて、私は急に現実へと戻される。『現実』といっても、さっきまで見ていた夢の方が遥かに現実味のある世界なんだけど……。


 私はトラックにはねられて異世界に転生した事実を、未だに受け入れられずにいた。



◇◆



 パートを辞めたいと言った時の課長面談もイヤな記憶には間違いないが、昨日の晩に起きた事は、それとは比べものにならないレベルのトラウマになりそうだった。



 助けてもらった時に私が大声でリヒト王子の名前を叫んでしまったせいで、酒場は大混乱に陥った。

 王子自身は客と握手したりサインを書いたりして楽しそうにしていたが、王子のファンが殺到して人口密度が一気に倍増してしまったのだ。


 その数分後には、何人もの家来がものすごい勢いで駆けつけてきて、ファンサービスをしている王子を引っ張っていき、私はお礼を言うタイミングを失ってしまった。


 後に残ったのは、決闘騒ぎと王子の追っかけでめちゃくちゃに荒らされた客席と、ブチ切れたマスターだけだった。私は当然、即刻クビを命じられ、その上出入り禁止まで食らってしまった。



 家に帰ってからは更に悲惨だった。


 両親は私の顔を見るなり、事情を聞こうともしないまま突然殴りかかってきた。その挙句、「お前はもう、うちの子じゃない! さっさと出ていけ!」と言って私を表に叩き出そうとしたのである。

 同情した妹の助けがなければ、私は今頃ホームレスデビューしていただろう。


 ハードモードとはいえ、王子と出会うなりゲームオーバーぎりぎりにまで追い込まれるなんて、過酷すぎやしないだろうか。

 お気楽学園モノで、出会う男出会う男みんなから聖女様〜♡とチヤホヤされる1周目の主人公とはえらい違いだ。私は生前にこのゲームの制作者にクレームの電話をしなかったのを、猛烈に悔やんだ。



 さーて、今日から本格的に無職である。前世以上に学歴も職歴もショボいのに、ハローワークも失業保険だってないこの世界でどうやって生きていけばいいのだろう。


 とりあえず親の機嫌取りに掃除でもしようかと顔を洗いながら考えていると、玄関の方から突然、威勢の良いラッパの音と偉そうな男の声が聞こえてきた。扉を開けて恭しく挨拶をする父親の声がこれに続く。


 急いで玄関に向かい、入口を覗いた矢先、耳を疑うような言葉が飛び込んできた。



「王子からの勅命により、本日より貴殿の娘アンジェラ=マイヤーを王宮付きの侍女として召し抱える」



◇◆



 王子の使いの者が家に来てから、私が王宮に到着するまで半日もかからなかった。


 両親は超高速で荷造りをした後で呆然と立ち尽くす私の身なりを整え、「うちの娘でよければ煮るなり焼くなり好きにしてください!」と使いに差し出した。


 そういう訳で私は具体的な仕事内容も、そもそも何故選ばれたのかも全くわからないままに同じ町の中央にある王宮に連れて来られたのだった。


 ただ王宮サイドとしても、これほど準備に時間がかからないのは想定外だったようだ。とりあえず使用人の宿舎に案内され、明日から勤務開始だから今日はゆっくり休めとの指示が下された。



 王子からの勅命って言うからには、リヒト王子の希望で雇われることになったんだよね……でも何故? 「美しいお嬢さん」なんて言われたような気もするが、まさか一目惚れされたんじゃないでしょうね?



「いやー、その直前にブスって言われたからフォローしただけでしょう。

アイツ、そういう所は紳士的だから」



 一国の王子をアイツ呼ばわりなどして、他の人に聞かれたら処刑モノなのかもしれない。

 でもこの世界の住人になりきれない私にとって、リヒト王子はただの乙女ゲームの攻略対象、数多く存在する二次元のキャラクターの一人に過ぎなかった。



「紳士的とは、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」



 窓をコツコツと叩く音と共に、聞いたことのある声がした。ハッとして振り返ると、窓の外にフードを被ったリヒト王子の姿があった。嘘でしょ、ここ2階だよ!


 駆け寄って窓の外を見ると、なんと王子はキラキラした光をまとって宙に浮かんでいる。叫び出しそうになった私を見て、王子は人差し指を立てて口元に当てた。



「裏通りの酒場『冒険者』に来てくれ。詳しい話はそっちでするから」



 そう言って軽くウインクをすると、王子の姿はたちまち消えてしまった。



 酒場『冒険者』はだいぶ奥まった場所にあり、探すのに随分と手間取った。そのせいで、宿舎を出た時はまだ日が落ちる前だったのに、店を見つける頃にはすっかり暗くなってしまっていた。


 町外れまで行ってしまった時に、頭の中で急に王子の声が聞こえてきたが、あれがなければ永遠に辿り着けなかったかもしれない。


 どうも王子は、魔法の力で浮かんだり姿を消したりテレパシーを使ったりしているようだ。

 本当にこの世界は魔法さえ使えれば何でもできるんだなぁと感心するとともに、魔力を駆使して夜な夜な酒場へと繰り出しているらしい王子のことを思い、情けない気持ちになった。


 確かゲーム内でも、1周目主人公の聖女を連れてこっそり酒場へ行き、べろんべろんに酔わせてしまうエピソードがあったことを思い出す。作中で聖女は、翌朝何事もなかったように寮に戻っているが、変な事をされてないかと今更ながらに彼女が心配になってしまう。



「私も飲まされてお持ち帰りとかされないように気をつけなくちゃ」



 そんなムダな警戒心を胸に、酒場の扉を開く。

 カウンター席だけの狭い店内では、リヒト王子が一人でビールを飲んでいた。



「待ってたよ。早くこっちにおいで」



 王子の手招きに応じて、私は席の方へおずおずと足を進めていった。

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