聖女にラブソングを(2)
アグニアネス教団の神殿は、王都から馬車で1時間ほど走った先にあった。ゲームでは外観を見ていないので、てっきり田舎の小さな修道院みたいな建物だと思っていたが、実物は想像を遥かに上回るものだった。
高い壁に囲まれた白亜の建物は、王城と同じ位、いや下手したら王城よりも大きい。私は到着してから応接の間でダニエラを見るまでずっと緊張しっ放しだった。
教団の本部は南方にあり、それ自体が1つの国となっている。私がいるこの建物は、この辺り一帯の国々における教団組織を統括している拠点施設だそうだ。
「あそこの神殿はローゼンベルク領内にありますが、実質教団の飛地ですから政治体制は全く別物だと思ってください。
くれぐれも粗相の無いようにしてくださいよ」
廊下の壁に描かれた絵画や、柱に彫られた装飾を眺めながら、エミールからの忠告を噛み締める。
神殿を訪れることを彼に話したところ、教団や神殿についての基本情報を教えてもらったのだが、ついでに怖い話も聞かされて大いにビビらされた。
この大陸で最も権力を持つ組織だとか、神殿で事件が起きたら王国とは別の法律で裁かれるとか言ってたけど、あながち話を盛っていたわけではなかったようだ。
教団の中でもトップクラスの地位に立つ聖女って、凄い人なんだなぁ……。
乙女ゲームなどという、チャラついた代物の主人公をやっていい存在ではない気がするんだが。私はゲームと現実の落差にため息をついた。
◇◆
「リヒトさん、アンジェラ様、お待ちしておりましたわ」
応接室に入るとすぐに、ダニエラが満面の笑みで駆け寄ってきた。カイルがいないことに気付くと、彼女は不思議そうな表情を浮かべる。
「今日は黒い服の護衛の方はいらっしゃらないのですか?」
「カイルは神殿には来られないんだよ」
リヒトが残念そうに答える。私たちの後ろには、代わりに騎士団の若手騎士が控えていた。
土着の精霊信仰ですら邪教とみなす教団にとって、魔物とそれに通じる暗黒魔法は不倶戴天の敵らしい。そのため、暗黒騎士であるカイルは、神殿に入るどころか近づくことさえ禁じられているそうだ。
「教団は教義の影響か、偏狭で頭でっかちな人が多いですから。気をつけてくださいね」
出掛ける間際に、カイルはそう言って私たちの事を心配していた。しかし、偏狭な人間の代表格であるハインツはこの部屋にはいない。
彼が同席していないことを知って、私の心は幾分か軽くなった。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます。また聖女様にお会いできて光栄です」
いつもよりも丁寧にお辞儀した後で、聖女にすすめられて彼女の向かい側の席に着く。
ダニエラは、私と王子にお茶を注いでくれた。ローズティーの華やかな香りに、部屋全体が一瞬で包み込まれた。
「こちらこそ、先日は助けてくださってありがとうございました。おまけに町の案内までしてくださって、感謝してもしきれませんわ。今日はどうぞリラックスしてお過ごしになってくださいね。
……そうだアンジェラ様、こちらを受け取っていただけませんか」
ティーカップとお茶菓子を私たちに配り終わった後で、ダニエラはテーブルの下から大きな箱を取り出し、私の前に差し出した。
ダニエラが着ていた私の妹の服は、市場で会った数日後に綺麗に洗濯して返してもらっている。これ以上返してもらう物はないはずだけど……。
そう思いながら包みを開けると、中にはベルベットで仕立てた深紅のパーティードレスが入っていた。お城のダンスパーティーで身に着けるような立派なものだ。
「まだ、お礼ができていませんでしたよね。お気に召していただけるかしら?」
聖女はそう言ってにっこりと微笑んだ。
こんな高価なものを受け取れないと断ろうとしたが、彼女は全く表情を崩すことなくドレスを私の方にグイっと押し返したので、私は素直に貰うことにした。
「いい色だな、アンが着ているところを見てみたいぞ」
「きっとお似合いになると思いますわ。今度お越しになる時には、ぜひこれを着ていらしてください」
さすが、セレブは太っ腹だ。私の給料1ヶ月分はするであろうドレスを目の前に、ダニエラもリヒトも平然としている。
いやぁ~お礼目当てで親切にした訳じゃないけど、なんだか悪いなぁ。これを着た姿を想像して悦に浸っていると、向かいで笑っていたダニエラの表情がふっと曇った。
「今日は、お二人に来ていただけて本当に嬉しいです。別れる間際にあんな失礼な発言をしたから、もう会っていただけないと思ったわ」
もしかして、従兄のハインツが王都を『不浄の地』と盛大にディスったので代わりに謝っているのだろうか。ダニエラが言った訳じゃないし、そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいのに。私がそうフォローする前に、リヒトが口を開いた。
「大丈夫だよ。ルピス先生の方にも事情があることは知ってるからな。
……まぁ、確かに不快な発言だったがダニエラは気にしないでくれ」
深刻な雰囲気をかき消すように、王子はそう笑いながら言った。ダニエラも釣られて笑いかけたが、途中で表情を戻し、何かを思い出した様子でこう漏らした。
「お兄様も、昔はあんな風ではなかったんですが……。どうして変わってしまったのかしら」
確かに今のハインツは、ゲーム内の彼とは似ても似つかない。理由は気になるが、それほど親しい間柄ではないダニエラに向かって、これ以上詮索するわけにはいかない。私は話題を変えることにした。
私もダニエラ様に会えて嬉しいです、もう忘れられたと思っていたので招待してもらった時は驚きました。そう言うと、彼女は途端にガバっと顔を上げて目を輝かせた。
「忘れるなんて、そんな! 皆様にきっと嫌われた、そう思いながらも、楽しかったあの日の事がずっと忘れられなかったんです。あぁ、会いたかった」
皆様と言いつつも、実質的には王子に向けた発言だろう。私はそう受け止めた。
こんなに熱のこもったラブコールを受けたら、リヒトだってまんざらじゃないよね……嫌だな~。恐れていたことが現実になるんじゃないかと、ヒヤヒヤしつつも身構える。
しかしダニエラの目線はリヒト王子ではなく、私に向けられていた。じっと見つめられていることに気づいた瞬間、彼女の口から衝撃の発言が飛び出した。
「好きです、アンジェラ様! どうか私のお友だちになってください♡」
まさかの展開に、私はずっこけてソファーから落ちてしまいそうになった。聖女はうふふ……と、はにかんだ様子で含み笑いをしている。
隣でリヒト王子が何か言っているのが聞こえてくる。どうも、自分が告られたと勘違いして返事の言葉をベラベラ喋っているようだ。
モテるんだから告白されるシチュエーションには慣れっこのはずなのに、リヒトは照れているのか顔を真っ赤にして、なぜか途中でこちらをチラチラと見てくる。
「まさかダニエラが俺を好きだなんて……驚いたな。
でも……お、俺、実は好きな人が……いるからさ……。だから済まないが、君の気持ちには答えられないんだ……。これからも、どうかいい友だちでいてくれないか……?」
「リヒト、悪いけどさっきのは私への言葉みたいだよ。『アンジェラ様』って言ってたじゃない」
「そう、アンジェラ様ね。……って、あれ? 俺じゃなくて!?」
うおー、マジかー! リヒトはそう言ったきり、頭を抱えて黙り込んでしまった。
そんな彼の勘違いを華麗にスルーして、聖女は言葉を続けた。
「初対面だった私にもすごく親切にしてくださったし、同い年なのにしっかりお仕事をなさってるし……。私、アンジェラ様に憧れているんです」
「なんだか照れくさいな~、でもそう言ってもらえると嬉しい。
それより、様付けだとなんだか堅苦しくない? アンジェラって呼び捨てにしてくれればいいよ」
「分かりましたわ。 じゃあ、私のことも『ダニエラ』って呼んでください、アンジェラお姉様」
「もー、お姉様は余計だよ!」
「キャー、ごめんなさ~い♡」
リヒトを置いてけぼりにして、私とダニエラはすっかり意気投合してしまった。
2人だけでお互いの呼び名についてキャーキャーと盛り上がっていると、突然扉が音を立てて開いた。
「ただいま。今、戻ってきたよ。
あれ? ダニエラにお客様なんて珍しいね。」
「ハインツお兄様、確か今日は一日教会の方に出張のはずでは……?」
扉の向こうで私たちを見て驚いているその男性は、私とリヒトが一番会いたくない人物であった。




