異世界の休日(3)
市場の見物が一通り終わった後、私たちは聖女ダニエラの要望で先日爆発した教会の方へ足を運んでみた。
教会はダニエラが所属する『アグニアネス教団』のいわば出張所に当たる存在である。さすがに来たことあるだろうと思っていたのだが、初めての訪問だと聞いて私はショックを受けた。
ちょっと、箱入りにも程があるんじゃないだろうか。
未だ修理中でボロボロの建物の入口には、募金箱が設置されていた。手持ちの小銭を全部入れて、中に進んでいく。
『危険につき立ち入り禁止』のロープが何箇所も張られており、壁のひび割れや天井の穴が爆発の大きさを物語っていた。
奇跡的に割れずに残ったという奥のステンドグラスを見ようとして足を進めていくと、後ろから板が割れる音がした。
どうも、ダニエラが床を踏み抜いてしまったらしい。
その背後から、リヒト王子が彼女を抱きかかえて支えた。割れた板で怪我しないように、慎重に足を引き抜く。
「お嬢さん、ちょっと失礼」
王子は聖女を担ぎ上げて建物の外に出ていく。
その時、私の胸はかすかに痛みを感じた気がした。リヒトが女の人の手を握ったり、歯の浮くようなセリフで相手を喜ばせたりする所は何度も見てきたのに。
「なんで今だけこんなに辛いんだろう」
きっと私は、その理由を知っている。彼の後ろ姿を無言で見送りながら心の中で呟いた。
◇◆
教会の外で、リヒト王子はダニエラをベンチに座らせてケガの様子を見ている。
「よかった、かすり傷で済んだみたいだ。大怪我してたら、先生に殺されるところだった」
そんな軽口を叩きながら、脚の上に手をかざして呪文を詠唱する。彼女の傷はみるみるうちに塞がり、跡形もなく治ってしまった。
ダニエラはすっくと立ち上がり、その場で2、3歩ほど軽快な足踏みをしてから丁寧にお辞儀をした。もう全く痛くなさそうだ。
今は夏なのでまだ日は落ちていないが、そろそろ夕方になるはずだ。小腹が空いたので、休憩がてら隣の屋台で揚げパイを食べることになった。
「食べ終わったら神殿に帰るからな」
未だに心配そうな顔をするリヒトに向かって、ダニエラは元気よく頷いた。
注文後、パイが出来上がるのを待つ間に王子とダニエラが親しげに会話している。少し離れた場所からぼーっと眺めていると、不意に横からカイルの声がした。
「話しかけなくていいんですか?」
「せっかく2人で仲良さそうにしてるのに、邪魔なんかできないよ」
「さっき教会で、凄く悲しい顔をされてましたよ。どうかなさったのですか?」
見られていたんだ。自分でも自覚したくなかったし、他人に気付かれるのはもっと嫌だったのに。
「昔、あの子にそっくりな友だちがいたんだけど。その子を思い出してね」
その友人とは中学から仲が良かったのだが、成績優秀な上に性格も優しく穏やかで、そして何よりとても可愛らしかった。
クラスの男子が彼女に熱を上げているとか、告白した人もいるとか、そんな噂を聞く度に誇らしげな気持ちになったことを覚えている。
しかし、高校2年生の夏。私は密かに思いを寄せていた男の子に呼び出された。
少し嫌な予感がしつつも先に思いを伝えようとしたのだが、私の告白は彼の言葉に遮られた。
『俺、玲奈のことが好きなんだ。佐藤はあいつと仲がいいだろ。協力してくれよ』
鈍感な私はこの時になって初めて、自分が主人公ではなく脇役に過ぎないことに気が付いたのだった。
「男の子に愛されるのは、ああいう特別な女の子だけなんだって。あの時に思い知らされたよ」
あーぁ、乙女ゲームをプレイしている間は主役気分でいられたのになぁ。結局こっちでもモブかよ。
トラウマと醜い嫉妬の感情から目をそむけるのに必死な私を、カイルは真っ黒な優しい瞳でそっと覗き込んだ。
「リヒト様のことが気になるのですね。
……安心してください。あのお方がアンジェラ様に好意を抱いているのは、間違いありませんよ」
自分でも薄々気づいていた気持ちを言い当てられ、私ははっとした。全く、この子には敵わないな。
カイルは表情が緩んだ私に近づいて、意地悪な声でこう付け足した。
「ただ、その気持ちが恋愛感情かどうかは微妙ですけどね。
それに恋人になれたとしても、きっと苦労しますよ。僕だったら、いかなる時でも愛する女性を最優先しますけど、王子は立場上そうはいきませんから」
おそらくわざと不安にさせる事を言ったカイルは、悪魔が取引を持ちかけるように、耳元でこっそりと囁きかけてきた。
「ねぇ姫、僕じゃ……ダメですか?」
「やだ、やめてよ」
困った顔を見て、カイルは冗談だと言いたげな悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「王子は、昔から誰にでもいい顔をするタイプなんですよ。社交界を上手く世渡りする処世術ですね。
でも、まだ本当の恋をしたことがないんじゃないか。僕はそう思うんです」
確かにそんな感じがする。うんうんと頷く私に向かって、彼はこう付け加えた。
「だから、アンジェラ様の方からちゃんとアピールしないと、他の人に取られますよ。嫉妬して卑屈になっている暇はありません。
……大丈夫です、アンジェラ様はとっても魅力的ですよ」
にっこりと笑ったその顔は、いつもの優しくて少し辛口のカイルだった。
◇◆
「おい、アンたちは食べねぇのかよ」
リヒトがパイを手にこちらへとやって来る。
「ごめんごめん、話が盛り上がっちゃって」
私はそれを受け取り、まだ熱いうちにかぶりついた。
パイの中には苺やラズベリーのような木の実が数種類はいっており、自然な甘酸っぱさが楽しめた。屋台のB級グルメにしてはなかなか美味しく、私たちは皆無言で立ち食いをしていた。
友達と外に遊びに出かけて、気の向くままに買い食いをする。
「なんだか青春の1ページみたいでいいね」
そんなオバさん丸出しのコメントをしようと顔を上げると、いつの間にかダニエラのすぐ横に来ていた見知らぬ男と目が合った。彼の手は聖女の手提げカバンの中へと伸びている。
「ダニエラ、スリだよ! 財布!!」
ハッとした彼女がカバンを引っ張るよりも前に、男は財布を抜き去って人混みに向かって走り出した。
「そうはさせるか!!」
素早く呪文詠唱をしたリヒトの右手の先から、縄の形をした炎が飛び出した。ぐんぐん伸びてスリに追いついたと思ったら、ものすごい勢いで絡みつき、男をガチガチに縛り上げる。
「ぐわー! 熱い、熱いー」
「大丈夫、死なない程度に手加減してある」
王子はゆっくりと近づき、男の手から財布を取り戻した。こちらを振り向き、今日一番のドヤ顔でこう言い放った。
「どうだ見たか。俺だってカイルに負けてないだろう! ……ってどうしたんだよ」
私とカイルの「あちゃー」とでも言いそうな表情を見て、王子も異変に気がついたようだ。
騒ぎを聞きつけて、こちらが逃げ出す間も無く市場の方から人がゾロゾロとやってきた。縛られたスリを見て驚き、王子を見て二度驚く。
しばらくすると、人垣に囲まれて身動きが取れなくなった私たちの方に、馬に乗った見知らぬ男たちが近づいてきた。
騒がしい群衆をものともせずに、真っすぐこちらへと進んでくる。
「おい、そこをどけ。さっさと道を開けろ」
野次馬を威圧する彼らは、十字型の紋章が刻まれた鎧兜に身を包んでいる。ダニエラのいるアグニアネス教団の僧兵のようだ。
その後ろから、神官服の男性が真っ白な馬に乗ってやって来た。
「ハインツお兄様!!」
やはり彼が従兄のハインツ=ルピスか。男はダニエラの姿を認めると、すぐに馬から降りて彼女を抱きしめた。
「心配していたよ。こんな不浄の地に長くいたら、お前まで汚れてしまう」
「ウチの王都が不浄で悪かったな……」
王子がブツブツと文句を言っているが、ハインツの耳には全く届いていないようだ。ダニエラはパッと彼の腕を振り解き、私たちの方に向き直った。
「私、もう帰らないと。今日は最高に楽しかったです、ありがとう。
いつかきっと、ちゃんとしたお礼をします」
彼女は素早くお辞儀をして、ハインツと一緒に帰る支度を始めた。その顔は寂しそうで、心なしか怯えているようにも見えた。
馬に乗り込む寸前にダニエラは私たちの方を振り返り、小さく手を振ってくれた。大きく手を振り返すと、それに気づいたハインツがこちらを睨みつけてきた。
「やっぱアイツ、いけ好かねぇー!」
「あれじゃ、ダニエラ様が気の毒ですよ~」
去っていくダニエラと僧兵達を見送りながら、リヒトとカイルが毒づく。その横で私は力なく笑った。
こいつらには言えないな。ゲーム中で一番好きだったキャラクターが、彼らによってボロクソに叩かれているハインツだなんて。
でもあの人の目って、あんなに冷たそうだったかな……? ハインツがここを去る直前に向けてきた憎悪丸出しの眼差しに、私は戸惑いを禁じえなかった。




