異世界の休日(1)
精霊による連続火災事件から1ヶ月。一時的に使えなくなっていた魔法も再び使用できるようになり、人々は日常を取り戻しつつあった。
エミールによると、四元素を司る上位精霊のうちの何体かについては、呼び出しが無事に成功したそうだ。現在、魔術師や外交官が中心となって交渉を行っているが、精霊側の意見が穏健派と強硬派に割れているため、簡単には進展しそうもないらしい。
中でも一番手強いのはサラマンダーで、「人間界に囚われし同胞の解放なしには対話を行わない」と言って姿も見せないという。
サラマンダー。燃えさかる民家で、私が直接話をした炎の精霊。彼は私を仲間の誰かだと思っている様子だったが、それが例の『同胞』なのだろうか。
「150年前に起きた精霊戦争の首謀者が人間に封印されたと言われていますが、大方それのことでしょうね。って義務教育レベルの話なんですから、その位見当は付きませんかねぇ」
エミールに心当たりはないか聞いてみたところ、案の定、秒速で答えとイヤミが返ってきた。色んな意味でさすがである。
精霊戦争の首謀者か。生前プレイした乙女ゲームにも精霊王が復活するイベントがあったが、同一人物と見ていいだろう。しかし、なぜサラマンダーは私を見てソイツだと思ったんだ。
私は元々別の世界の人間なので、この世界の精霊とは関係がありそうもないが、単なる勘違いで終わらせていいのだろうか。
あの時のサラマンダーとの会話について、誰かに打ち明けるべきだろうか……。仕事場で考え込んでいると、カイルのテレパシーが頭の中に響いた。
「アンジェラ様、それ以上考えない方がよろしいかと存じます。単なる向こうの勘違いだった場合、我々がしゃしゃり出ることで事態がより混乱する恐れもありますから。それに……」
カイルは何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込んだようだった。そして、
「プロの方々が全力で解決に当たっているんです。我々が心配することじゃないですよ」と、不自然に明るい口調で言った。
◇◆
先日の火災は、広場に面した教会が半壊し周辺の建物20棟あまりが被害を受ける大災害だったが、幸い人的被害は少なく復興も徐々に進んでいるようだった。
私は修復工事中の建物を眺めながら、町内のパトロールをしていた。隣には庶民の服装に身を包んだリヒト王子と、普段のままの黒装束のカイルがいる。
「これで被害箇所の見回りはお終いだよな。今日の仕事はここまでにして、約束通り市場の方に行こう」
「本当にその変装で行くの? 逆に浮かない?」
制服や冒険者ルックなど、色々な服装を見てきたが、今の地味な格好がダントツに似合わない。やっぱり、リヒトにはその華やかな顔立ちに合った服装がふさわしい気がする。
「いっそ、前のフード姿の方が顔が隠れていいんじゃないの?」
「俺だけそんな格好してたらおかしいじゃないか。だったらアンたちも同じ服装にしろよ」
それでは完全に不審者である。私とカイルは即座に断った。
月に一度の大市場の日のため、広場は普段よりずっと人が多い。
すぐ近くに行かないと、顔すらよく見えない有様だ。これなら妙ちくりんな格好のリヒトが混じっていても気づかれないと安心していた矢先に、若い女性の悲鳴が聞こえてきた。
「やめてください、困ります!」
「いいじゃねーかよ、お姉ちゃん。そんなモヤシ野郎放っておいて、俺たちと遊ぼうぜ」
無理やり人混みを掻き分けて辿り着いた先には、例の乙女ゲームで見たブロンド美少女の顔があった。
うわ、聖女ダニエラじゃん! 酒場でリヒト王子の名前を言って大騒ぎになった経験から、私は声に出す代わりに心の中で絶叫した。
でも彼女は筋金入りの箱入り娘。普段は王都から遠く離れた神殿にいて、通学以外の外出は認められていないはず。その疑問は、彼女の隣で震えている派手な服装の男の顔を見て解消した。
王立学院に通う同級生の貴族、ハンス。もちろん(表の主人公ダニエラの)攻略対象。
確か序盤の方で、彼と一緒に城下町まで遊びに来るイベントがあった。でも、チンピラに絡まれるシーンなんて無かったはずだ。
疑問に思う私をよそに、ハンスは妙な動きを見せていた。一切の言葉を発せずにゆっくりとしゃがんで後ろの木箱の影に隠れ……。男2人が自分の方を全く見ていないことを確認すると、勢いよく逃げ出してしまった。
なんなのあのクズ。聖女を唆してこんな所まで連れてきておいて、自分だけ逃げるなんて最っ低な男である。
チンピラたちはいよいよ調子に乗って、聖女の腕を引っ張りだした。もう黙って見ている訳にはいかない。私は男たちを指さして、カイルに命令した。
「行けーカイル! 攻撃だ!!」
「ラジャー! って僕は使い魔じゃないんだから、もっと丁寧にお願いしてくださいよ〜」
確かにこれでは、某アニメのモンスター同士のバトルのようである。
しかしカイルは嘆きながらも忠実に命令に従った。狭くて剣が振り回せなかったが、心配は無用のようだ。ダニエラを掴んだ男の手を振り解いたと思ったら、そのまま背負い投げしてもう1人にぶつける。その間数秒もなかった。
これで聖女をナンパした野郎どもは完全にKOだ。でも公務員の仕事にしては、ちょっと荒っぽかったかも。私たちは少し反省しつつも、騒ぎが大きくならないうちにその場から逃げ出した。
ここまで来ればもう安心かな……しばらく無我夢中で走ったあと、路地裏で息を整えながら後ろを振り返ると、ダニエラは息を荒げてフラフラしている。その背後には、彼女を守りながら走っていたリヒトとカイルが続いた。
学校の勉強以外の時間は礼拝や儀式に明け暮れ、休みの日も読書と手芸しかしていない彼女には酷だったみたいだ。声をかけようとしたが、その前にダニエラのほうから口を開いた。
「どなたか存じませんが、ありがとうございました。私の事は気にせず行ってください」
「いや、そんな事できないですよ」
私がまごついていると、追いついたリヒトが声をかけてきた。
「大丈夫かダニエラ、辛そうだぞ」
王子の声に振り返ったダニエラはビックリした様子だったが、すぐに表情を和らげた。
「リヒト王子! それに護衛の方も! こんな所で会うなんて奇遇ですね。……では、こちらの方は王子のお友達ですか?」
「王子の下で仕事をしています、アンジェラ=マイヤーです。どうぞよろしく。」
「私はダニエラ=ルピス。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
私たちは、はにかみながら軽く握手をした。
「護衛もつけずに町を出歩いたら危険だ。神殿まで送るから、一緒に帰ろう」
「ちょっと待ってよ。ここまで来たんだから、少しお店を回るくらいいいじゃない。
この子、滅多に外に出られないんでしょ?」
私はダニエラを帰るように促すリヒトの前に出て、彼を止めようとした。
聖女が町に出るするシーンは、ゲーム中でこのイベントしかない。籠の中の鳥のように不自由な彼女を、私は気の毒に感じたのだ。
「アンがそう言うのなら仕方ないが……でも、なんで、ダニエラの事を知ってるんだよ」
「神殿にいる聖女様でしょ? 噂で聞いたわ」
私は返事を誤魔化した。ここがテレビゲームの中の世界だと知ったら、繊細なリヒトはショックを受けるに違いない。カイルは案外逞しいから平気そうだけど。
こうして、私たちは聖女ダニエラに王都を案内することになった。




