愛と勇気とSDGs(2)
リヒト王子と週末ピクニックに出かけた私は、王子のお姉様であるイザベラさんとユリアさんが同行したことに戸惑いつつも、賑やかで楽しいひと時を過ごした。
小川沿いを散歩した後、私たちはまだ日が高いうちに帰ることにした。馬車に乗り込むと、お姉様2人は私と向かい合わせに座った。
「今日はありがとう。アンジェラさんとは一度お話がしてみたかったの」
「私もです。機会があれば、王子の幼少時代のお話をもっと聞かせてください」
「もちろん、いいわよ。今度お部屋に遊びにいらっしゃい」
「あたしも国に帰る時には連絡するから、また会ってお茶でもしよう」
2人ともニコニコ顔だ。一緒に出かけたのは予想外だったけど、いい人たちでよかった。
つられて笑顔になった私に、突然イザベラさんは質問を投げかけてきた。
「ところでさ、アンジェラはリヒトをどう思ってるんだい?」
「えっ!? どうって……」
不意打ちを食らった私は思わず黙り込んでしまった。
「アイツが新入りの女性職員に夢中だって、嫁ぎ先にまで噂が流れてきたよ。アンジェラの事だろ?」
「あの子ってば春頃から急に勉強熱心になったのよ。座学なんて嫌いだって言ってたのに、今じゃ自分から家庭教師に質問に行ってるし。これは恋に違いないわ」
話が誇張されていると思うが、訂正する間もなく次々に畳み掛けてくる。私はタジタジになりながらも、なんとか無難な返事を絞り出した。
「えぇと……王子のことは、頼りになる上司だと思っています。噂の女性が本当に私か疑わしいですが……もしそうなら、信頼してらもらえて役人冥利に尽きますね」
「そうじゃなくて、リヒトの妃にならないかって聞いてるの。あんたたち、ただの仕事仲間には見えないよ」
イザベラさんのどストレートな物言いに、思わず吹き出しそうになった。彼女の表情は真剣そのものである。
しかし、お妃様って本来はよほど強力な地位やコネが無いとなれないんじゃないのか。それに、仮にリヒトが私に好意を持っていたとして……
「あの位の年頃の子は、すぐに気が変わりますから。勉強しているうちに他の子に興味が移りますよ」
彼みたいなリーダー格の男の子は、結局はピュアなヒロイン枠の女の子とひっつくのが相場なのだ。例えば、聖女ダニエラみたいな。
私は学生時代の嫌な記憶を思い出しかけ、それを払いのけようと軽く首を振った。目線を戻すと、お姉様たちが不満そうな顔をしている。
「なーにさ、そのつっまんない返事。真剣に考えないと、リヒトに失礼だよ」
「あなたも王子と同い年でしょ? 若いのに随分と枯れた考え方をするのねぇ……」
私は、城に着くまでずっと2人の大ブーイングを浴び続けることとなった。
馬車を降りる際に、ユリアさんは私にこっそりと耳打ちした。
「リヒトも来年で成人だし、父王の仕事を引き継ぐ重圧に苦しんでるの。どうか支えてあげてね。それと……」
他人を愛することは勇気が要るけど、逃げちゃダメよ。きっと後悔するから。最後に彼女は誰にも聞こえないような声でそう囁いた。
私の心臓は大きく跳ね上がったが、曖昧に笑って見透かされた動揺をごまかした。
◇◆
リヒトとお姉様たちに別れを告げて、私は寮へと向かった。入り口の扉を開けようとしたその時、後ろから大きな爆発音が聞こえた。
振り返ると、広場の方から勢いよく煙が昇る。
「アンジェラ様、ご無事ですか?」
カイルが王城の方から駆け寄ってきた。
「私は大丈夫だけど、リヒト達はどうなの?」
「リヒト様とお姉様方は、騎士団が守っているのでご安心ください。僕は王子に許可をいただいて、アンジェラ様の護衛に専念することにいたしました」
通信機が着信を受けて光り出したので、慌ててポケットから取り出した。鏡には、半ベソをかいているハンナの顔が映っている。どうも広場にいるようだ。
「大変です!! 教会で爆発がしたと思ったら、いくつもの家から一斉に火が出てきて……」
通信はそこで途絶える。考えを巡らせる前に、私の足は走り出していた。
中央広場は、爆発した教会から逃げてきた人でごった返していた。騎士が避難民を誘導した先に、手を振るハンナを見つけた。
「よかった、怪我はない?」
「ご迷惑をおかけしてすみません。パトロールをしていたら突然火事が起きて、慌ててこっちに逃げてきたんです。エミールは宮廷魔術師たちと調査をしていましたから、そのまま火消しに行っていると思います。……でも……」
ハンナは持っていた通信機を私の方へ向けた。壊れたテレビのような乱れた画像しか映っていない。
「魔法が使えなくなっているんです」
恐らく、消火活動がうまく行かないのも同じ理由なのだろう。
ハンナは脱力した様子でしゃがみ込んでしまった。絶望的な表情でこちらを見つめる。私は彼女と同じ目の高さまで腰を屈め、周りの音に負けない声で語りかけた。
「魔法が使えない原因はわからないけど、できる事をしよう。今は、逃げ遅れた人を助けるのが先」
「……確かにその通りですね。行きましょう」
私の言葉に元気づけられたのか、ハンナは顔を上げてしっかりと見つめ返してきた。
見回り中の騎士2人組に話しかけて、協力を申し出た。魔法で連絡が取れず全貌が分かりづらいが、どうも教会を中心とした町の東側が被害に遭っているようだ。
「街区ごとに数軒ずつ火事が起きているようですね。地図を持ってきててよかった」
騎士が火事の出た建物を調べて、人がいないことを確認できたらハンナが地図にバツ印をつける。同時に近隣の住民たちにも避難を呼びかけた。
町の中心から離れるにつれて、レンガ造りから木造が中心となり火事が広がるのも早くなる。魔法が使えないため、人々は代わりにバケツの水を使ったり、建物を壊して延焼を食い止めようとしていた。
建物の引き倒しを主導している、大工の棟梁と見られる男に被害状況を記した地図を手渡し、私たちは救護に集中することにした。
「おーい、こっちだよ! 早く来ておくれ」
大衆食堂のおかみさんが騎士の腕を引っ張り、自分の店を指差す。店の中から、顔を大火傷した人が担ぎ出されるのが見えた。揚げ物油からいきなり発火して、料理人に襲い掛かったという。
騎士の1人はすぐさま手持ちの薬草で応急処置をはじめ、もう一人は診療所に担架を取りに行った。
無事を祈る私たちの背後から、若い女性の悲鳴が聞こえてきた。
「誰か来て! 坊やがまだ2階で寝ているの」
駆けつけると、先程見た時には無事だった民家から煙が出ている。まだ建物全体には火の手が回っていないようだ。
「カイル、ごめん。一緒に来て!」
私は護衛の返事を待たずに家に入っていった。




