表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/45

異世界の問題児

 部屋にさわやかな朝の光が差し込み、小鳥のさえずりで目を覚ます。



「やっぱり夢じゃないのか……」



 広い石畳の道に、馬車や人が行き交っている。男性は革のズボンを、女性はワンピースと巻きスカートを身につけていた。


 あんな服を学生時代に友達と一緒に、民族博物館の民族衣装体験コーナーで着たことがある。あの時はコスプレしているみたいでテンションが上がったが、ここの人たちはどうやら仮装をしているわけではないようだ。



 私は身支度を整えて下の階の台所へと向かう。

 そこそこ裕福な家の娘だったおかげで自分だけの部屋があったのは、全く不幸中の幸いだった。親という設定の知らないオジさんやオバさんと一緒に寝るのだけは本気で無理である。


 私の顔を見るなり、『父親』はおはようも言わずにこう言い放った。



「アンジェラ、お前の新しい仕事、見つかったから。今日から酒場で働きなさい」



 冗談じゃない。


 なんで私のようなお酒も飲めないコミュ障がそんな賑やかな場所で働かないといけないのだ。居酒屋なんて、正直言って客としてでもあんまり行きたくない場所である。


 大体、年頃のお嬢さんが働くにはちょいとガラが悪すぎやしないだろうか。

 ファンタジーとは言え、そんな場所で娘を働かせようとする親がいることにビックリである。



「お父様、私できればもう少しお上品な場所でお仕事がしたいのですが……」



 やんわりと拒否しようとする私の声を、今度は『母親』がさえぎる。



「ワガママ言うんじゃないよ。魔法道具が使えずに道具屋の店員も満足にできない子が何を言うんだい。

アンタに仕事を選ぶ権利なんてないんだから、大人しく働きな」



 マジかよ。こっちの世界の私もニートだったのか。


 よく考えたら、今の私、つまり隠しステージの主人公は魔力がないせいで完全な落ちこぼれなのであった。下手したら前世以下の立場なんじゃないか、これ。



◇◆



 そういう訳で、私は渋々街の酒場で働くこととなった。


 簡単な自己紹介をした後、キャピキャピした感じの若いお姉ちゃんにビールの淹れ方やオーダーの通し方を教えてもらう。



 夕方になって、店がオープンすると続々と人が入ってくる。どうやら結構人気の店のようだ。私ははじめのうちは注文を聞いて料理を運ぶ係をしていたのだが、あまりの鈍臭さに途中で裏方に回されることとなった。


 皿を洗ったり、拭いて重ねていくのは面倒だが楽しい。これならなんとか明日からも続けられそうだと安心するのも束の間、マスターから「水魔法が使えたら一瞬なんだがな」と言われて一気に気分が萎える。


 っていうか皿洗いごときにいちいち魔法使わせんじゃねーよ。



 私が心の中でブツクサ文句を言っていた時、突如ホールの方から怒鳴り声が飛んできた。



「上等だ、それなら決闘で勝負をつけよう」



 厨房のスタッフたちが一斉に、何事かとホールの方を覗き見る。


 どうやら若い男性客2人が女の人を巡って争いになっているらしい。ひとりは筋骨隆々としたマッチョタイプで、もうひとりは細身の優男だ。ふたりとも腰の剣に手を伸ばして、すぐにでも戦闘を開始しそうな様子である。


 私はこのゲームに、決闘というお約束イベントがあることを思い出した。


 この世界では、1人の女性に2人以上の男性が恋をした時には、剣と魔法を使った決闘でどちらと付き合うのか決めるシステムになっているのだ。もちろん真剣でガチンコ勝負するので、負けた方はよくて大怪我、ひどいと死亡である。



 こんな時、私のような一般人はどうすればいいのか。

 答えは明白である。何もせずに、黙って後ろから見ていればいい。


 自分がすべき事は分かりきっていたのに、私は悪い癖を抑えることができなかった。


 私は手に持っていたグラスを洗い桶にそっと置き、ずんずんとホールの中央へと進んでいく。そして、このゲームをプレイし始めた時からの疑問を、今にも闘い出しそうなお兄ちゃんたち2人に向かってぶつけたのだ。



「あのー、わざわざ斬り合わなくても、相手の女の人に直接気持ちを聞けばいいんじゃないでしょうか」



 2人の男性は、剣に手をかけたまま、ぽかんとした表情で私を見つめている。ギャラリーのうちの数人が、「俺たちで、ルイーゼさん呼んできます」といって酒場を走って出て行った。


 しばらくして、彼らは1人の清楚系美少女を連れて戻ってきた。きっとこれが例の女性なのだろう。なるほど、確かにめっちゃ可愛い。


 これで準備は整った。男2人は彼女の前に手を差し出して、私が教えた通りの言葉を同時に叫んだ。



「「好きです、付き合ってください。よろしくお願いします!!」」



 ルイーゼというその女性は、いきなりの告白にうろたえていたが、やがて意を決して1人の男性の手を取った。細身で、決闘には不利に見えた方の男だ。



「ペーターさん、喜んでお付き合いいたしますわ」



 男は顔を真っ赤にして何度もうなずいている。まさに天にも昇りそうな様子である。


 私は、ゆっくりと選ばれなかった方の男の顔をうかがった。

 顔面蒼白で、このままでは川にでも身を投げて死んでしまいそうだ。



「人生、こういう事もありますよ。こうなったらパーっと飲んで忘れちゃいましょう?」



 私は全力で笑顔を作り、わざと明るい口調で話しながらも、ゆっくり大股で後ずさりした。



「待て、ブス」



 男は、さっきまでより1オクターブ低い声でそう囁くやいなや、剣を抜いてこちらに構えた。


 鋭く光る剣先は、それが偽物のオモチャなんかではなく正真正銘の本物であることを物語っている。それも、マッチョ体型にふさわしい重量級の大剣だ。あんな物で斬りつけられたらたまったもんじゃない。


 すぐにでも逃げ出したいのに、私の足はすくんでもう一歩も動くことができない。



「お前のせいで、失恋した上に大恥までかいたじゃないか……!」



 目は血走っており、完全に頭に血が昇っている。今更ながらに、しまったと思うがもう後の祭りだ。


 私の異世界生活は、わずか2日で幕を閉じるのね……覚悟を決めて、そっと目をつむる。



 その瞬間、金属と金属とが激しくぶつかる音が耳に飛び込んできた。

 恐る恐る目を開けると、私と失恋男の間にフードをかぶった男が立っていて、斬りつけてきた剣を自分の剣で受け止めていたのだ。


 失恋男がなおも振り下ろしてきた剣を連続で防ぐ。こちらの方が、明らかにスピードが速い。

 フードからのぞかせた口元は、不敵な笑みすら浮かべている。


 やがてフードの男は剣を持っていない方の腕をおもむろに差し出すと、何かを唱え始めた。開いた手のひらから、激しく炎が舞う。

 しつこく攻めてきていた失恋男だったが、これには引き下がるしかなかった。



「畜生、覚えていろよー!」



 テンプレ中のテンプレの捨て台詞を吐いて、男は走り去っていった。


 フードを被った謎の男は、「お前、そんなんだからモテないんだぞ! レディには優しくしな!!」とその背中に投げつける。


 そしてこちらを振り返ると、彼はフードを上げ爽やかに微笑みかけて、こう言った。



「お怪我はありませんでしたか、美しいお嬢さん」



 完璧すぎる剣さばきに思わずポ~っとなりかけていた私だったが、顔を見た瞬間に驚きのあまりその場で飛び上がってしまった。


 心配して差し伸べてくれた手をはねのけて、思わず絶叫する。



「リヒト王子!? どうして、こんなところに……??」



 なんで、攻略対象のチャラ王子が下町の酒場で飲んでるのよ!? こんなシーン、原作にはなかったじゃない!!


 明るい栗色の髪に、赤みがかった茶色の瞳をした長身のその男性は、まごう事なき女性向け恋愛シミュレーションゲーム『乙女の祈りと薔薇の園』のメイン攻略キャラクター『リヒト=ローゼンベルク王子』その人だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ